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冒険者たちの浮世語り (1)

 雨の日の冒険者は暇だ。

 誰もかれも進んで濡れたくはないし、露店もほとんど店を開かない。冒険者のためにできたにわか景気の町は、雨一つで廃墟のごとく静まり返る。

 しかしそれは表の通りだけの話で、宿屋では暇を持て余した冒険者たちが、昼間から酒を片手に与太話に花を咲かせていた。

 誰かが木製のジョッキを掲げ、安酒で焼けた声で高らかに、自らの野望と夢を語る。そして誰かが、できっこないやいと野次を飛ばす。


「賑やかだねぇ」

「全くだぜ」


 喧騒を嫌う金髪の魔術師も、今日ばかりはいい気分でジョッキに口をつけていた。向かいで仮面の双剣士は、熱いコーヒーのカップを揺らしている。


「君は何かないの? 面白い話」

「あ? そうだな……」




『チェチア谷のイスカへ、谷底から』


 世界にダンジョンは数あれど、攻略に数年かかるものは少ない。大抵のダンジョンは単純な過去の遺構であり、魔術よりも科学の時代に築かれたものだからだ。

 反対に、魔術によって築かれたダンジョンの攻略はきわめて難航する。古代の魔術、あるいは魔法というのは世界の理をやすやすと捻じ曲げ、魔物を呼び寄せ、絶えず変化する『生きた迷宮』を作り上げるからだ。

 多くの冒険者は、そんな生きた迷宮にこそ魅了される。金に換えられる金銀財宝は、大抵こんな迷宮にしか残っていないからだ。

 しかし、冒険者を名乗る魔術師は、反対にこの手のダンジョンを嫌う。

 なぜか? それは、魔術師という名乗りの裏に隠された、公然の秘密のためだ。


 とある冒険者たちの話をしよう。


 冒険者になるには、ギルドで登録料を払い、身分証を受け取ればいい。年に一度、十分程度の手続きで手に入る簡単な身分だ。だが一方で、魔術師の資格証はそうはいかない。魔術師の素質があったとしても、資格証を手に入れるに至るのは十人に一人。そう言うと多いように思えるが、方々から千人の学生が集ったとして、卒業までに九百人は落伍者となるのである。

 諦める理由は様々だ。とある魔術師も、半端に魔術をかじっただけの落伍者の一人だった。しかし最低限の知識はあったので、いかにも魔術が使えるような顔をして、冒険者としては引っ張りだこになっていた。

 明かりが欲しい。清潔な水が欲しい。火が欲しい。重い扉を開けたい。魔術師に求められる技能は、基礎魔術ができれば事足りる。ちょっと難しいことを言われたら、「魔術は万能じゃないんだ」と説教臭く言っておく。しかしそんなことが続くと実力不足がバレるので、そこそこでパーティを離れ、また新しいパーティに加わる。それを繰り返し、拠点を移しているうちに、自然と熟練の魔術師としての箔がつくのだ。


 さて、とある魔術師をスカムと仮称する。本名は不明。詐欺師(スカム)は後年、彼を知る冒険者がつけたあだ名である。なんともみすぼらしい身なりで、そのくせ立派な杖を持っていたそうだ。木製の杖の先に鉱石がはめ込まれたそれは、薄暗いギルドの中でもぴかぴか光っていた。

 スカムは初心者のパーティに好んで加入し、他のメンバーの目が肥える前に脱退するということを繰り返していた。よほど魅力があったのか、スカムはいつでも引き留められた。そのたびに、「もっと立派な魔術師を選びなさい」と言って去る。いつしか、命の軽い冒険初心者を導く賢者のように崇められるようになった。


 スカムはあるとき、冴えない剣士と出会う。スカムに負けず劣らずみすぼらしく痩せっぽっちで、剣以外に財産らしいものを持っていなかった。剣士はどこのパーティにも所属できず、このままでは冒険者としての登録更新料すら用立てられないと焦っていた。ちょうど暇をしていたスカムは、二人でパーティを組んでしまおうと剣士を誘った。

 剣士は髪をぎりぎりまで短く切り、垢で肌は真っ黒だった。しかし口を開けば小鳥のような少女の声がした。少女剣士はチェチア谷のイスカと名乗った。


 スカムにとってイスカは、非常にいい隠れ蓑だった。なにしろ自分の名前すら書けない田舎の出で、髪を売って刃こぼれのある剣を買っていた。悪意というものに鈍感な少女は、その純朴さゆえにスカムを救世主のように崇めた。

 いくつかのダンジョンで金を稼ぎ、身なりを整えて護衛となり、街から街へ。イスカは順調に成長していった。なまくらな剣は魔物の首を突き刺すことを躊躇わなくなり、骨の浮いた足はスカムを置き去りにして走れるようになった。若者らしく、環境さえ整えてやればイスカは瞬く間にいっぱしの冒険者になった。

 一方で肩身が狭くなったのはスカムであった。自分の後ろをちょこちょこと付き纏っていた田舎娘は、今や誰しもを魅了する戦士である。さながら姫騎士に群がる群衆が如く、イスカを慕い、パーティに応募してくる冒険者も増えていった。そうなれば、自分の豊かではない才能と知識に、イスカはさぞ失望するだろう。普段であれば、もうとっくにイスカを独り立ちさせている頃合いだった。適当に、具合の良さそうなパーティに放り込んでおけばよかった。しかし、今回ばかり、スカムはぐずぐずとイスカの隣に居座っていた。

 冒険者黎明期の頃である。まだギルドの数も少なく、同じ地方を転々としていれば、顔見知りと自然と再会する。そしてかつてスカムがいたパーティの者たちは、今更ながら、スカムの正体に気付くのだ。初心者を導く賢者ではなく、初心者しか騙せない半人前であると。

 そんな浅学菲才な男が、少女の腰巾着をやっている。何とも無様で、滑稽で、浅ましいではないか。

 スカムへの陰口に反論するのは、いつもイスカであった。イスカはスカムがいかに素晴らしく、自分をここまで育ててくれた恩人であるかを語り、そのたびにスカムはいたたまれなくなった。イスカに向けられていたのは哀れみの視線だった。


 さて、『生きたダンジョン』に話を戻す。

 冒険者、かつ魔術師が『生きたダンジョン』を厭う理由は、つまりは攻略を可能にする知識を、ほとんどの自称魔術師は持ち得ないからである。

 魔術など一部の恵まれた人間のもの、と思っている冒険者ならば、一度二度は騙せるだろう。しかし古代のダンジョンが相手となると話が変わる。資格証を持った正規の魔術師ですら二の足を踏む。まして、魔術師と名乗っているだけの落伍者など、無様を晒して死ぬだけだ。

 スカムとてそれを重々承知であったので、初心者のパーティを渡り歩くことで、これまでは『生きたダンジョン』を避けてきた。

 しかし悲しいかな、イスカはスカムを信じていた。心の底から信じきっていた。田舎育ちの、十六になったばかりの少女は、売り言葉に買い言葉で依頼を受けた。

 たった二人で死地に赴くことになったスカムに、少しばかり同情が向けられた。しかし身から出た錆である。虚栄の魔術師は、今や唯一、自分を崇拝する無垢な少女の軽蔑をこそ恐れていた。

 そのダンジョンは、深い谷底にあった。蔦に覆われた入り口から地下へ、幾つもの階層ができていた。どの階層も、魔法で作られた出鱈目な広さをしていた。冒険者たちの白い骨が、二人の進む道を彩っていた。


 さて、たった二人の冒険者は、着々とダンジョンを進み、そして囚われていた。目も眩むような宝石の山も、柱を彩る純金も、持ち帰れなければ意味はない。濃い魔力の中で育まれた魔物たちが、我先にと新鮮な肉を喰らいに来た。

 スカムは悩む。彼にはまだ一つ、隠し持った秘策があった。

 生得魔法である。

 スカムの生得魔法は、限定的な転移術であった。地面に描いた輪の中のものを入れ替える、便利だが応用の効かない術である。大きさは人ひとりまで、距離はせいぜい町の端から端まで。ダンジョンの入り口に輪を描き、石を置いてきた。一人までなら、今すぐ脱出ができる。

 スカムはイスカに告げた。自分の魔法でイスカを外へ出すので、助けを呼んできてほしいと。助けを求めることを拒絶するイスカに、それは恥ずかしいことではない、懸命なことなのだと言い聞かせた。

 離れたがらないイスカを宥めすかし、スカムは地面に輪を描いた。いかにも大仰な魔術をやりますよと言うように、杖を振り、ごにょごにょとうろ覚えの呪文を継ぎ接ぎし、最後にチラリとイスカを見る。

 輪の中にいたイスカは、スカムと目が合うと、一目散に駆けてきた。たった二歩で掴んだスカムの腕を引き寄せ、ぶうんと投げ飛ばす。スカムは輪の中に、尻から着地した。

 ごめんなさい、とイスカが泣いた。言いつけを破ってごめんなさい。信じて待っているから。スカムは輪の中であぐらをかき、微笑んで見せた。

 イスカが強情なことは知っていた。イスカが生得魔法を知らないことも知っていた。

 なのでスカムは、輪を二つ描いておいた。


 かくして、一人の詐欺師は姿を消した。イスカはその後ギルドに駆け込み、ダンジョン内のスカムを助けるように懇願した。捜索隊がダンジョンに踏み込んだが、スカムの姿はどこにもなかったという。

 ある冒険者は言う。魔術師気取りのあの詐欺師は、かの姫騎士に幻滅されることを恐れ、英雄ぶって逃げ出したのだと。詐欺師らしく用意周到に、別の手段を隠していたに違いない。

 ある吟遊詩人は言う。他者を欺き、魔術師という役で着飾ったその青年は、最後に本物の魔法使いになったのだと。そこには年若い少女との、語られぬ愛があったに違いない。

 ある魔術師は言う。例え乏しい才であっても、磨くに足る魂があったはずだと。落伍さえしなければ、賢者に名を連ねていたに違いない。

 ある少女は言った。千夜をかけて語ろうと、そのどれも足元には及ばない。ただ、彼の最後の笑顔を知るものだけが、唯一自分の理解者であると。

 愛というには辿々しく、打算というには不恰好で、仲間というには未熟だった。



 チェチア谷のイスカは現在、冒険者ギルド直属の剣士として後進育成に励んでいる。

 恩人の行方は未だ知れない。

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