1)都市国家ザマル
その国は、堅牢な城壁に囲まれている。石を積み上げて築かれた城壁の四方に門があり、街道はその中へと続いていた。浮遊馬車の御者に代金を支払い、クリフは御者台を降りる。
「なあ、お前の冒険者の登録証貸してくれ。『鋼鴉の嘴』が一緒に入国手続きしてくれるって」
「はーい」
遊撃機を覆い隠す布から滑り降りて、ロアルは懐を探った。
ザマルの城壁は二重になっており、二番目の城壁が門からも見えた。城壁の奥は地面が一段高くなっている。外壁の更に外側には、川から水を引いた堀が作られていた。長い石橋を振り返れば、入国審査の順番待ちをしている荷馬車が並んでいる。その先は、草原を切り開いた田園地帯になっていた。地形に合わせてゆったりと曲がった街道が、景色に白い線を引いている。
門をくぐると、馬車道と歩道が分かれていた。灰色の石で舗装された道は段差が多く、短い階段がそこかしこにある。町の端の家々は一様に、石を積んで高床になっていた。
「倉庫街は右手、五番通りだ。クリフォードは知っているな?」
「はい。ありがとうございます」
フードの奥で、赤い唇が笑う。
「いや。こちらも面白いものを見せてもらった。……クリフォードとユークリッド。お前達、その気になったらコーヴィスに来るといい。歓迎する」
スカーレットに「いやあ」と苦笑を返し、クリフは頬を掻いた。
「王国直属はちょっと……荷が重いっす」
「そうか? 我々の拠点は冒険者ギルドの裏側だ。では、いい旅を」
握手を交わし、クリフとロアルはコーヴィスと別れる。ジェイが小走りでロアルに近づくと、折り畳まれたメモを渡した。
「スカーレットさんが、ギルドの魔術師紹介してくれるって。エキスパートのこと。その気があるなら明日の昼、ギルドに」
早口で言い、名残惜しそうに手を振りながらジェイは去っていく。ロアルが手を振り返している間に、クリフは浮遊馬車の気球を再起動した。
「とりあえず倉庫行こうぜ。午後にはこれ、ギルドに返したいし」
「はーい。ボクが引くよ。道案内よろしく」
馬に繋いでいた綱を二本、ロアルは両手に握った。
ザマルの冒険者ギルドは、南門から伸びる大通りの先にある。内側の城壁前に広場があり、冒険者向けの店はそこに集中していた。冒険者ギルドの看板はかかっているが、一階は広々としたカフェである。【八重塔遺跡】付近でクリフ達が逗留していたギルドの二倍ほどの広さがあり、壁の掲示板は三種類、それぞれに掲示板が埋まるほどの依頼が貼り付けられていた。
「おっきーい」
「とりあえず宿取らねえとな……」
奥のカウンターは、依頼の受付と冒険者の登録、宿のフロントに分かれていた。
「ここでも登録するのかい?」
「いや? お前、もう登録証持ってるだろ。アレ、大陸共通で使えるから、アレ見せとけば依頼受けられるぜ」
「やった、出稼ぎしてくる!」
元気に掲示板へと走っていくロアルに、クリフは首を掻く。つまりそれ以外の雑務はクリフに任せる、と言うことだ。
「まあ、金稼ぐのは大事だけども……倉庫の使用登録と荷車の返却と宿と市民証と……」
仕事を指折り数え、クリフはカウンターの右端へと向かった。
冒険者ギルドは、複数の国によって共同で運営されている。冒険者は年に一度ギルドに赴き、銅貨三枚、三十ユルで冒険者としての身分を登録、更新できる。
登録証は金属板を木製の板で挟んだ形で、名前や年齢、性別のほか、どのギルドで登録したかなども記録されている。宿や倉庫、乗合馬車などギルドが提供しているサービスのほか、ダンジョンへの突入や依頼の引き受けなども、この登録証が必要だった。
「倉庫一日で五十ユル? 高くないっすか」
「もうすぐ冬だから倉庫は空かないんだ。ずいぶん大きな遺物を入れたようだけど、邪魔ならギルドに引き渡せば、高く買い取ってもらえると思うが」
中央のカウンターでは、帳簿をめくる男が呆れたように首を横に振った。両肘をカウンターに乗せ、クリフは不満を顔に浮かべる。
「それは……でも、五十ユルあったら二人で朝晩と飯が食える。管理しろってんじゃない、ただ場所を貸して欲しいってだけっすよ」
カウンターから身を乗り出し、倉庫係に迫る。若い倉庫係は、小さな丸眼鏡の奥で目を細めた。手元の帳簿に視線を落とし、それからわざとらしくため息を吐く。
「その場所が貴重なんだよ、ザマルではね。三ヶ月以上使うなら、四十までまけよう」
「う……三ヶ月……春までっすか……」
流石にそんな先のことは考えられない。【八重塔遺跡】の攻略では、結局、金に変えられそうな収穫はほとんどなかった。一応、コーヴィスからとスカーレットから個人的に、まとまった額の謝礼は受け取ってはいるが。
二人分の宿と食費のほか、新調したい装備もある。ロアルの分の食費はかからないが、それなら武器の手入れ道具を買いたいところだ。魔術で色々と融通できるといえばそうだが、無茶をするなと叱られたばかりで、横着は良くない。
頭の中で算盤を弾き、クリフは渋い顔で頷いた。
「分かりました。じゃとりあえず一ヶ月。延長するときはまけてください」
「よろしい。では目録を作ろう。倉庫からの書類はこれだね?」
「あ、はい」
「承知した。一ヶ月後まで、品物の安全は必ず、保証しよう」
支払いを終え、クリフは次に宿のカウンターへ向かった。安い二人部屋は貴重だ。ロアルは雑魚寝部屋でもいいと言っていたが、クリフは遠慮したい。
「あ」
「ん?」
クリフの前にいた男が、振り返る。黒髪に灰色の瞳、狼のような顔――アルグレッドだ。アルグレッドはクリフを見ると、「げっ」と露骨に顔をしかめた。
「お前もこっちかよ……」
「いーだろ俺の自由なんだから。……ケガしてんのか?」
アルグレッドの頬には、大きなガーゼが貼り付けられている。
「俺の都合。仮面はどうした」
「出稼ぎだとさ。あんたは、ここで冬越すのか?」
「あー、ちょっと調べ物したら、南の方に行く。挑戦してみたいダンジョンがあってな」
すれ違いざま、クリフの頭をわしっと撫でる。文句が聞こえた気がしたが、アルグレッドは構わず、待っている二人の仲間の元へと戻った。トートはホットミルクを置き、手を振ってアルグレッドを呼ぶ。
「あいつらもいたのね。また組むの?」
「どーおしても魔術師が必要になったらな」
「ならないやつだろう、それ」
フォレイルの指摘に、アルグレッドは笑った。
夜になると、広場から西側の城門にかけて、橙色の明かりが灯る。軽食の店や飲み屋が並ぶ、歓楽街だ。折りたたみ式の屋台は夕暮れ時から一斉に開き、腹の減る匂いが漂ってきている。安価で味の濃い屋台は、冒険者に特に人気だった。
「美味しそう」
「お前食えねえだろうが」
「友人との食事は楽しいものじゃない?」
軽い足取りのロアルは、どんどん歓楽街の奥へと入っていく。屋台通りを抜けた先、大通りから一本外れた場所には、やや敷居の高いレストランやバーがあった。節約をしたい冒険者には安くはないが、道端の椅子よりは落ち着いて食事ができる。疲れを癒したい冒険者や市民には人気だった。
「ディナーセットだって」
「たっけぇ……」
立て看板に書かれている値段は、クリフにとっては三日分の食費だ。
「俺、串焼きの方が好きだな」
「主食も食べようよぉ、炭水化物。夜だし一応油は控えめで、野菜たっぷりハムサンドとかどう?」
「あー……じゃあ任せる」
嬉々として屋台に向かったロアルは、ホットドッグを二つと魚の塩焼きを持って戻ってきた。野菜サンドはなかったらしい。道端の椅子を二つ拝借して、クリフは壁際に席を用意していた。
「酒あるか?」
「健康に悪いからダメ」
「親父みたいなこと言いやがる」
不満顔で果実水を啜る。ロアルはクリフの前に座り、頬杖をついて足を縮めた。クリフの片手が空いたと見るや、そこに肉と玉葱の串焼きが追加される。
「お前、俺が飯を無限に食うとか思ってないか」
「でもいっぱい食べるじゃない? ボクもご飯食べてる気分になれる」
「……お前の主食ってなんだ?」
「なんだろう。霞?」
クリフは指先のソースを舐めとると、その手をロアルに差し出した。首を傾げ、ロアルはその手にジョッキを乗せる。
「そうじゃねえ」
「何、お手?」
「【亡霊】は変質した魂だから、俺の魂も飯になるんじゃねえかと思ったんだよ」
手を押し返し、ロアルは首を横に振った。
「ノー、サンキュー。そんなこと言うなら、ご飯付き合わないよ」
「いや俺は別に、一人飯平気だし……」
ロアルは不満げに拳を上下させる。
「まあ、腹減らねえんだったらよかった」
「ふふ。じゃあ明日の話もしちゃおうか。スカーレットさんの誘いには乗るかい?」
視線を逸らし、クリフはジョッキで口元を隠す。
「……ちょっと考える」
スカーレットからのメモには、エキスパート魔術の再鑑定を奨めるとあった。結果如何によっては、相談に乗る、とも。
「君の考えるは多分、行かない、だよね」
「だって鑑定して、ないって言われたんだぜ。魔術学校で」
「何年か前だろう? 変わってるかもしれないじゃない」
「……分かったよ行くよ……」
嫌そうにクリフが言うと、ロアルは満足げに腕を組んで頷いた。
早朝、あくびをしながら、クリフは内側の城壁へ向かっていた。広場の左右から長い階段が続いており、その上に番兵のいる門がある。門の隣には、大きな荷物を運ぶ木製の昇降機があった。
階段を登りきった先では、白い壁と藍色のスレート葺の家々が並んでいた。家々の先には、高い一対の塔が見える。
「ここにも兵隊いるんだね」
「あー、壁内はザマルの国民か、三等以上の市民じゃないと入れないんだよ」
「三等? ボクたちは?」
「冒険者は市民権ねえよ。国内では五等相当。あそこで申請する」
円柱状の小屋で、番兵は片手を挙げて二人を呼んだ。石造りの小屋の隣には、柱に球体を突き刺したような物体が鎮座している。球体の前面は切り開かれ、大きな目玉のように水晶が嵌め込まれていた。
背伸びをして景色を眺めるロアルを引きずり、クリフは番兵の小屋へ向かった。
「おはよう、旅人さん」
「おはようございます。通行証が欲しいんすけど」
「はいよ。登録証をこっちに」
クリフとロアルの登録証を見た番兵は、何かに気付いたようにクリフを見上げる。
「もしかして、ちょっと前までここの学生だったかい?」
「え? あ、はい」
「ああ、やっぱり。ちょっと待ってな」
番兵は奥へ引っ込んだかと思うと、「マット!」と扉の向こうに呼びかける。ロアルはクリフの袖を引き、小屋の隣の大きな目玉を指差した。
「あれ何?」
「知らねえ」
ぽん、と目玉に黒い手が乗る。
「こいつぁ監視専門の土人形だ」
顔を出した若い番兵は、帽子を押し上げてニッカリと笑う。
「ひっさしぶりじゃん、クリフ」
「……マティアス!?」
人懐っこい笑みを浮かべたまま、青年はクリフの手を取って上下させる。
「一年ぶりくらいじゃん! 本当に冒険者になったんだなぁ、よく生きてたじゃん」
「お前こそ、お前……エストラニウスの騎兵団受けるって……」
笑顔のまま眉間に皺を寄せ、マティアスは「うるさいな」と返した。
「俺は現実主義者になったんだよ。俺のエキスパートは憲兵向きだし? 夢見がち冒険者で燻ってるお前とは違うんです」
「はいはい。早く通行証くれ。昼に予定あるんだよ」
「お前はいいけどさ。そっちの仮面の……坊ちゃん? お嬢さん? はちょっと待ってくれ。流石に素顔は見せてもらわなきゃな」
ロアルはクリフを見上げる。クリフは腕を組み、どうしたものかと思案していた。
「日光に弱い亜人種なんだが」
「日陰でちょろっとなら大丈夫だろ」
「旧友の再会に口を挟んですまないけれど、それはできない。月光ですらボクには痛い」
疑いの視線をロアルに向け、マティアスは口元に手をやる。
「それなのに冒険者?」
「ダンジョンは大体地下だからね」
「ふー……ん」
ジロジロと上から下まで見られ、ロアルは居心地悪そうに身じろぎした。
「彼らの身元は私が保証しよう」
尖った足音が、クリフとロアルの背後に立った。マティアスは顔を上げ、はっ、と息を呑む。
「クリフォードもユークリッドも、後ろ暗いところのない冒険者だ」
フードを下ろし、スカーレットは微笑してみせた。赤茶色の髪が、朝日に光っている。
「構わないな?」
「あ……は、はい! あなたがおっしゃるのでしたら……」
気圧されたようにマティアスは何度も頷く。
「ではそのように。クリフォード、今日の昼はギルドに来るな? うん、よろしい。私は時間を取れないが、ルビーが待っている」
有無を言わせずクリフの背を叩き、スカーレットは階段を降りていった。マティアスは気まずそうに頬を掻く。二枚の通行証が、無言で差し出された。
「……なんか悪いな」
「いや……うん。お前……スカーレットさんと知り合いなら言えよ」
「そんなすげぇ人なのか?」
クリフの間抜けな問いに、マティアスは信じられないものを見るような顔になった。
「そりゃ、この国自慢の探索部隊だからな。スカーレットさんがリーダーになって半年くらいだけど、なんとあの【八重塔遺跡】を攻略したんだ! 冒険者が何十人って束になってもどうしようもなかったダンジョンだぜ?」
「……ああ、うん」
「お前も冒険者なら、情報くらい集めとけよな。あの人に顔を覚えられるなんて、とんでもない栄誉なんだから」
まあ頑張れよ、と雑に肩を叩かれ、クリフは嫌そうに「ああ」とだけ返した。
門を離れ、大股で歩くクリフの隣を小走りでロアルが追いかける。
「誰?」
「昔のルームメイト。お前を紹介したいのも学校の時の先生なんだけど」
「え、聞いてない」
石畳の道を進んで行くと、下町の喧騒は遠ざかり、朝の静けさが辺りを覆っていた。新聞を満載にした自転車が、坂道を下っていった。
「ザマルの上層は学園都市なんだ。中央のあの塔、あれが、シーラー国立魔術学院。考古学者が多い国だけど、考古学と魔術研究は切り離せないからな」
「ふうん。紹介したい人って、考古学者か何かかい?」
「どっちかっていうと歴史学者かな。俺もずいぶん世話になってさ。まあ何というか、物好きな人だよ」
三階建ての下宿が並ぶ住宅街に入ると、どこからか朝食の良い香りが漂ってきていた。クリフは、ある下宿のブザーを鳴らす。
「はーい!」
明るい声が降ってきた。どたばたとした足音の後に、二人の頭上の窓が開かれる。
「イらっしゃいませ、待ってたよアータートン君!」
窓から身を乗り出し、男は満面の笑みを見せた。
「すぐそちらに行くからネ、旅の話を聞かせておくれ!」
男が引っ込んだかと思うと、大きな足音が、今度は階段を駆け降りてきた。
「いつ連絡したのさ」
「昨日、お前が出稼ぎでいない間」
数秒もせず、玄関扉が大きく開く。陽気に笑う男は、クリフより頭一つ背が高かった。浅黒い肌に焦茶色の瞳、癖のある髪もインクのように黒い。分厚い瓶底眼鏡の奥で、男はきゅうっと目を細めた。
「出逢いに感謝を、見知らぬ人。私はとある王国の研究をしている、リ・アンキュウと申します」
男、アンキュウは胸に手を当て、ロアルに礼をする。
「アータートン君、ヨく来てくれた。ちょうどコーヒーを淹れるところ。ご一緒に? ああ、君は紅茶だったね。良い茶葉があるよ」
階段を上がると、壁にぎっしりと本が並んだ部屋に通された。花が飾られた来客用テーブルに、二人分の紅茶が置かれる。
「君から声をかけてくれて嬉しい。何かご用事かな?」
「あ、はい。えっと、こいつ……ロアルは、今の俺のパルなんですけど」
「うんうん」
椅子に深々と腰掛け、アンキュウは嬉しそうに頷く。クリフは言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「ええと、アンキュウ先生は、その。この大陸に、昔あったはずの国について、研究してましたよね、確か」
「ああ」
「大戦前にあったはずなのに、どの記録からも、消されているっていう」
「うん、意図的に隠匿されているような様子だね。歴史に、説明のつかなイ空白が作られている」
ロアルは怪訝そうにクリフを見上げる。クリフは鞄から、一冊の本を引っ張り出す。
「これ、その国のことですよね。詳しく知りたくて」
本のタイトルは『蒼天に座す神々の国』、著者の欄にはアンキュウの名前があった。表紙には、空に浮かぶ巨大な島の絵が描かれている。
「……ソレはただの冒険小説。研究書としての価値はない。けれど、うん。どうして、それに興味を?」
「これ、【不夜の王国跡】じゃないですか?」
ぴくりと、アンキュウの眉が跳ねる。
「空に浮かぶ島で、かつて栄華を誇った王国。人の形を模した金属のゴーレムがいて、天候を操ることすらできた。授業の中の雑談で、先生が言ってた【不夜の王国跡】の話と一致します。知ってるんですよね、詳しく」
「……なルほど」
指先を膝で叩く。アンキュウの舐めるような視線が、真っ直ぐにこちらを見てくるクリフと重なった。隣のロアルは、室内だというのにフードも下ろさず、紅茶にも手をつけていない。ただ、じっ、とこちらを見返しているように感じられた。
「君、ソレを知って、どうする?」
「えっ……と。……俺たちは冒険者っすよ?」
クリフは、下手な笑みを作って見せた。泳いだ視線が、ロアルをちらりと見る。
「ロマン、追いかけても良いじゃないっすか」
誰にでも嘘と分かる顔と声。だがアンキュウは、満足そうに頷いた。
まだ半分残っているコーヒーを置き、立ち上がる。
「来たまえ」
アンキュウは二人を三階へと案内した。
三階は一部屋しかなく、ドアに『食事いりません』のプレートがかかっていた。
部屋に入ると正面の壁に、大きな図面が貼り付けられていた。本棚から溢れた本やノートが壁際に積み上げられ、テーブルの上にも紙が山を作っていた。
「……それ」
ロアルは部屋に入るなり、壁の図面に駆け寄る。
紙をつないで作られた図面は、巨大な都市を横から見たような形をしていた。だが、都市の下部は地面ではなく、抉り取られた岩盤のようだ。その岩盤の内側にも、都市の中央から直下通路が伸びている。都市自体も階層構造になっており、最上部、半円状の空間には『庭園?』とメモ書きがあった。
「……すっげぇ」
素直に感嘆の声を漏らし、クリフは図面を見上げた。
「国に残っていタ記録からの、予想図に過ぎない。それデモ、こちらに残っているよりは史料が多いから、驚きだ」
「先生の国ですか?」
「ああ。この大陸から海を越えて東へ東へ行くと、砂の海の国がある。そこを越えれば私の国、シャンカ・ハ・ルカリ。つまりそれほど遠くまで、この王国の名声は届いていたわけだ」
アンキュウは、図面を見上げるロアルの背に、静かに目を細める。
「アータートン君」
「はい」
「君の指摘通り、あの小説は、【不夜の王国跡】と呼ばれているものをモデルにした」
アンキュウは近くの山から紙を取り、その表面を撫でる。走り書きだらけのメモ用紙だ。そろそろ片付けなくてはな、と思い続けて半年になる。
「記録から消された空白の国。あった、という事実だけは誰でも知ることができる。その国の名は」
アンキュウの目が、ロアルへと滑った。図面を見上げたまま、黒衣の冒険者は黙っている。差し込んだ日の光に、仮面の装飾が銀色に光った。
「アルターレ」
ロアルは振り返り、ゆるく拳を握る。アンキュウはゆっくりと頷き、微笑した。俯き加減で、ロアルは仮面の目元を覆うように手を当てる。
窓からの朝日が、ロアルとクリフの間に差し込む。足元を照らす陽の光に、ロアルは一歩退いた。
「……あなたは、その国について」
「黙秘権を行使します」
アンキュウの問いを即座に棄却し、ロアルは腕を組んだ。
「過去語りは、好きじゃないんだ」
キッパリとした言葉に、クリフは口をつぐむ。
物言いは軽薄だが、ロアルはあれでいて頑固だ。意見は受け入れるが、考え方を曲げることはない。話さないと決めれば話さないだろう。
ゆっくりと、クリフはロアルに歩み寄った。見上げてくる仮面の瞳は、心なしか怒っているように見えた。
「悪い」
「何事も順序ってものがあるんだ」
「……おう」
「ふふ、別に怒ってはいないよ。ただ、先に相談して欲しかったな」
ロアルはクリフの肩に手を当て、アンキュウへ顔を向けた。
「ということで、この話はここでおしまいにしましょう? いずれまた、話すときは来そうだし」
「そうだね。知的好奇心とはときに危険なものだ。次は実りある話をしよう」
戻ろう、とアンキュウは部屋を出ていく。クリフもそちらへ足を向けた。
「ロアル?」
廊下からクリフが顔を出した。ロアルは図面を振り返り、黙っている。
「どうした」
「んー……なんだろうね。感傷?」
曖昧に答えて、ロアルは「違うか」と小さく笑う。
「ボクってば一丁前に、寂しいのかもしれないね」
「……行くぞ」
クリフに手を引っ張られる。
「痛いなあ」
「嘘つけ」
布の感触しかない手が、緩く、クリフの手を握り返してきた。




