誓いとこれからの日常
ゆっくりと開いたドアの向こう。そこには目元を真っ赤にし、ボロボロと涙を溢れさせながら肩を揺らす巧が立っていた。
「巧……それ、どういう……」
問いかけを最後まで口にすることはできなかった。
巧が自分から千秋の胸へと飛び込んできたからだ。
強い衝撃とともに、懐かしい巧の体温が胸いっぱいに広がる。抱きついてきた巧の腕は、千秋の服をちぎれんばかりに強く掴んでいた。
「お前が好きだ、千秋……! ずっと、自分の気持ちから逃げて、気づかないフリして……お前に甘えて酷いこと言って、本当にごめん……っ!」
巧の腕が、体温が、言葉が、千秋の心に築かれていた巨大な諦念の壁をガラガラと崩し去っていく。
(……本当に? これが夢じゃなくて……本当に、巧が僕を……?)
千秋の瞳から静かに一滴の涙が零れ落ちた。
二十年間、隠し通してきた愛。巧が他の女性と付き合うたびに死ぬ思いで耐えてきた夜。あの日、理性を失って巧をソファーに押し倒した時の絶望。そのすべての苦痛が、目の前で自分にすがりついて泣く巧の存在によって、鮮やかに上書きされていく。
「……後悔しない?」
千秋の声は低く掠れていた。その手はゆっくりと巧の背中に回され、二度と引き離せないほどの強さで抱きすくめる。
「僕はもう、ただの幼馴染の顔なんてできないよ。他の誰かのところへ行くのを笑って見送ることも、もう二度としない。……それでもいいの?」
「後悔なんかするわけねえだろ! ずっと俺の傍にいてくれよ……!」
巧の叫びを聞いた瞬間、千秋の中で何かが完全に弾けた。
諦めという鎖から解き放たれた愛と執着が、一気に全身を駆け巡る。
「……もう遅いからね。絶対に逃がさないよ」
千秋は巧の顔を両手で挟み込み、逃げる隙も与えずに唇を重ねた。
あの夜の強引なキスとは違う。
二十年分の恋しさと、溢れるほどの愛おしさ、そして二度と手放さないという深い執着が込められた激しい熱。
巧は一瞬身体を震わせたものの、すぐに千秋の首に自ら腕を回し、その熱を全身で受け止めた。舌が絡み合い、互いの息が途切れるまで幾度も唇を重ね合わせる。
「ん……っ、千秋……」
「巧……僕の巧……」
何度も名前を呼びながら、千秋は巧の額、目元、頬に愛おしそうにキスを降らせた。もう隠す必要のない、剥き出しの愛。
巧は千秋の腕の中でようやく見つけた安らぎに浸りながら、涙の浮かぶ目で力強く微笑んだ。
「もう、どこにも行かない……。お前の側にいる」
「うん。……ずっと、僕の側にいて」
翌朝。
カーテン越しに差し込む柔らかな朝の光が、部屋を明るく満たしていた。
ベッドの上、千秋は目覚めていたが、腕の中で愛おしそうに息を吐く巧を起こさないよう、静かにその寝顔を見つめていた。
巧の首筋には、昨夜自分が残した生々しい赤紫の痕がいくつも残っている。自分のものだという目印。それを見るたび、胸の奥から甘い満足感が込み上げてきた。
「……ん……」
巧が微かに眉を寄せ、ゆっくりと瞼を開ける。視線が交わると、巧の頬が途端に赤く染まった。
「……おはよう、巧」
千秋は昔と変わらない穏やかな口調で、けれどその瞳には隠しようもない熱を宿して微笑んだ。
「……おう。おはよう、千秋」
照れくさそうに頭まで布団を被ろうとする巧の手を、千秋は優しく、だが逃がさない強さで掴み、指を絡め合わせた。
「夢じゃないよ。逃げても無駄だからね」
「逃げねえよ……。つーか、朝から重いんだよ、お前」
悪態をつきながらも、巧は絡められた手を握り返し、千秋の胸元にそっとおでこを押し当てた。
二人が回り道をした時間は無駄ではなかった。傷つき、壊れかけたからこそ辿り着いた本当の絆。
これからの毎日は、もう一人で傷つくことも、一人で耐えることもない、二人で生きていく愛おしい日常だった。




