第八話「魔力」
「ミジンコハルト、元気だして」
遂に魔法に触れることを決めた陽翔。
しかしその第一歩は彼にとって、無情な現実を突きつける結果となった。
「そうですよ、ハルトさん。あまり落ち込まないでください。いくらハルトさんが赤ちゃん並でも、増やす事は可能ですから……」
魔導具である水晶が置いてある部屋には、陽翔とルナ、そしてセレフィアの三人がいた。
部屋の奥から人数分の紅茶を持ってきたエルフのセレフィアが、陽翔を励ます。
ミジンコ。
赤ちゃん。
本当に元気を出そうとしているのだろうか。
よもやトドメを刺しに来てるわけではあるまいな。
「まさかこんなに魔力総量が少ないなんて。本当に嫌になっちゃうなぁ……」
そう。
先程から言われていたミジンコやら赤ちゃんやらというのは、陽翔の魔力総量の話だった。
この世界、アステリアの一般常識を学んだ陽翔は、日本へ帰るための手立てを探すため、中央大陸にある魔術都市アルカディアへ向かうことを目標にした。
しかし金もない。
魔法も使えない。
武力はもっとない。
そんな無い無い尽くしの陽翔が考えたのは、魔法を覚えることだった。
その第一歩として、魔力総量の確認作業を始めたのだった、が。
どうやら彼の魔力量は生まれたばかりの赤子程度だったらしい。
「ミジンコハルト、すぐ死んじゃう」
「魔力とは即ち生命力ですからね……。つまり魔力が赤ちゃん程度となると、それに比例して生命力も……」
「もうやめてっ! これ以上傷を広げないでっ!」
なんの。
自分は月にも行ったし雪山からも生還したんだぞ。
並の赤子には到底真似出来まい。
そこまで考えて、比較対象がか弱き命になってる事に気付いた陽翔はまたも項垂れる。
頬を伝う透明な液体は雨だ。
室内だろうが、雨ったら雨なのだ。
「はぁ……。これからどうしよ……。レオに弟子入りして身体を鍛えるか……? いや、あいつも魔導剣士とやらだから魔力ありきだったな……」
ナターリアが話していた魔力操作による身体強化。
その道を極めようとしてる、という生徒はレオの事だった。
実際にレオの修行を見物したことがあるが、到底真似出来そうにはなかった。
なぜ十七歳の青年が、数十メートルも飛び上がれるのか。
なぜ瞬く間に数十メートルもの距離を詰められるのか。
獣族は人族よりも素の身体能力が高いらしい。
更にそこへ魔力によるブースト。
人型砲弾の出来上がりだった。
とてもじゃないが正面には立ちたくない。
陽翔には人間を卒業する覚悟が無かった。
何よりその強化だって、元となる魔力を消費しなければならない。
ミジンコがどうやって強化しろと言うのか。
「チクショウ……魔力量は最強だ、って信じてたのに……」
「一体いつから、魔力量が凄まじいと錯覚していた? あぁすみません、つい口が勝手に……!」
もうある程度慣れたが、しかしそれでもセレフィアの口から、日本文化の言葉がよく出てくるのは妙な感覚になる。
赤面しているセレフィアと、口いっぱいにお菓子を詰め込んだルナに、力なく片手を上げて外出してくる旨を伝える。
「空気だ、新鮮な空気を吸おう……少し外を歩いてくるよ」
「うん、わかった。セレフィア、このお菓子もっとちょうだい」
「一体いつから、お菓子がまだあると錯覚──、えぇっ、もう全部食べちゃったんですか?」
リスのように頬を膨らませた雪団子の面倒は、本の妖精さんに任せよう。
いつまでも落ち込んでいられないが、それでも残念なものは残念。
期待してたが故の代償だった。
───
気分転換しようと、外へ散歩に出た陽翔。
今日は晴天。
北方大陸は年中ずっと冬らしいが、日差しのおかげで比較的暖かった。
今の陰鬱とした陽翔からして、願ってもないことだった。
南に続く橋を渡ってヴィッセンまで向かおうと考えた陽翔は、校門付近で一人の男性を見かけた。
手に持つ紙と辺りを交互に忙しなく見回している。
その動きからして、なにやら困っている様子。
「広すぎるなぁ……、副学長さんはどこにいるんだ……?」
「あの、どうかされました?」
荷物を載せた馬車。
そして地図を片手に挙動不審な動きをする男性。
察するに、ここに何かを届けに来た商人と言ったところか。
声をかけた陽翔に気付いた男性は、それまで下がっていた眉を上げて人当たりのいい表情となった。
「すみません、私は黄金商会の指示で、こちらの副学長さんにイカリオンティーの茶葉を届けに来た者でして……。すみませんが場所を教えて貰ってもよろしいですか?」
どうやら商人という勘は当たっていたようだ。
イカリオンティーとやらは存じ上げないが、どうやら紅茶に使う茶葉のようだ。
このまま案内してもいいのだが、生憎今はそんな気分では無かった。
かといって放置するのも心苦しい。
とりあえず、大学のルールに則って職員に引き渡すか。
そう考え、入口横に備え付けられてる受付。
そこで居眠りをしている職員を指さす。
「学長室にいると思いますが、荷物ならあちらの職員に渡していただければ」
「あぁ本当ですか! 親切にありがとうございます!」
そう言って、大きめな木箱を三つほど抱えて受付へ向かう商人の背中を、見送りながら思い出す。
茶葉か、そういえばナターリアさんは紅茶が好きそうだったな。
かの副学長は紅茶をよく飲んでいた。
何かこだわりがあるのだろう。
わざわざ取り寄せているようだ。
「今度機会があったら飲ませてもらおうかな」
そう独りごち、下町へと続く石で作られた短い橋を渡ろうとした時。
欄干に腰をかけ、流れる川に視線を落としていた誰かがいた。
「イカリオンティーは魔力を活性化させる効果があってね。普通に飲む分には問題ないのだけど、魔力量が多すぎる人が飲むと魔力酔いを引き起こすんだ」
長い銀髪が風に揺られながら、どこか不思議な雰囲気を醸し出すその女性は、唐突に語り始めた。
そして振り返って、その灰色の瞳がこちらを見つめる。
綺麗だ。
と同時に。
その眼を見たとき、名状しがたい親しみのような何かを感じた気がした。
呆然とする陽翔を他所に、灰色の瞳は流れる川へ向きを戻した。
「副学長さんは飲み過ぎには気をつけてるようだし、キミにはそもそも、あまり関係が無いかもしれないけどね」
「はあ……、えっと、どこかでお会いしましたっけ……?」
どこか謎めいた女性。
少なくとも見覚えはない。
なのに突然、このように話しかけられた。
一度見たら忘れないだろう強烈な印象がある女性は、銀色の髪を揺らして軽やかに目の前に立つと、陽翔が女性を忘れてる可能性を否定した。
「いいや、ボクとキミは初めましてだよ」
「えっと、そうですよね……」
じゃあどちら様?
というか、何だ、この感じ。
よく分からない目の前の女性の雰囲気に、飲まれ始める陽翔。
そこで銀色の女性は口を開いた。
「ボクはノア。ノアちゃんって呼んでよ」
性別は女性。
一人称はボク。
けれど人からは、ちゃんを付けて呼んで欲しいと。
どうやら、なかなか濃い人物と知り合ったようだ。
「それじゃあ……ノア、ちゃん? その、僕は陽翔って言います。よろしく……?」
「アハハ、そんな固くならないでよ。もっと気軽に接してって。それに本当にちゃん付けで呼んでくれるなんて、嬉しいよ。ボクの周りの人は誰も呼んでくれないからね。ヒドイと思わないかい?」
確かに、まだノアさんと呼んだ方がしっくりくる。
初対面の女性をいきなり、ちゃん呼びすることにむず痒さも覚えるし。
それにしても彼女はいったい、何者なのだろうか。
「酷いかどうかは分からないけど……、ノアちゃん、はここで何を?」
「そうだねぇ……。面白いものか、面白いことを探してた、と言ったところかな。そしたら、面白いひとを見つけた」
なんとも曖昧な返答。
学長といい、ノアといい、ルナといい。
この世界の住民は、自由奔放で不思議な人で溢れかえっているのだろうか。
言葉の真意を察しようとするも、答えが出る前に本人から教えられる。
「要はフィールドワークも大事ってハナシ。ボクはこれでも研究者でね、色んなコトを研究してるんだ」
面白い何かを探すのが、本当にフィールドワークなのだろうか。
ただの散歩と何が違うのだろうか。
そんな疑問を振り払いながら、もうひとつ気になることを聞いてみる。
「それで、面白いひととやらを見つけた感想は?」
いったい何が面白いのか。
妙な勘が働く。
この人とは、あまり深く関わらない方がいい気がする。
それこそ、マッドサイエンティスト、だったりするのだろうか。
「そうだね、魔力量がミジンコみたいでカワイイ。って感じかなっ」
まるで剣王の一太刀による一刀両断。
せっかく気分転換に外へ出て、忘れかけてたというのに、ノアの一言で思い出させられた。
そのうえで陽翔は全身が真っ二つに斬られたような感覚に陥る。
念の為、自分の体を触って裂けてないか確認。
検証結果、物理的損傷は無し。
「……、人がせっかく現実逃避してたのに……。なんであなたがそれを知ってんですか……」
恨めしそうに軽く睨んでみるが、当の本人は何処吹く風と、頭の後ろで手を組んで笑っていた。
「見ればわかるよ。さっきも言ったでしょ、研究者だって。長年の経験かなっ」
「長年って……、そんな歳も変わらないでしょう……」
目の前の女性を改めて観察する。
陽の光を反射する長い銀髪。
まるで見るものを吸い込むような灰色の瞳。
それ以外に特筆すべき特徴は見当たらず、つまり人族であることしか分からない。
強いてあげるなら、年齢はおよそ二十歳前後だろうか。
つまり若者である。
それとも何か、いわゆる美魔女とでも言うのだろうか。
「副学長さんやエルフには会ったでしょ? 人の年齢を見た目で決めつけるのは良くないぞ〜。ボクだってそれなりに生きてるんだから」
人差し指を立てて「チッチッチッ」と訂正してくるが、その仕草が年相応に見えると気づいていないのだろうか。
しかし、エルフか。
そういえばエルフというのは、往々にして長寿な種族だったか。
セレフィアも同年代だと思ってたが、もしかして既に数百……あるいは数千とか……?
だとしたら、相当失礼を働いた気がする。
女性に年齢を聞くのは野暮だと言うし、わざわざ聞かなくとも良いだろう。
うん、忘れよう。
「ところで、そろそろキミの事を聞かせてよ。キミこそどうしてここに? あっ、生徒だからっていうのはナシだよ」
「あなたもご存知のように、魔力量が少ないことに絶望してたので、気分転換の散歩をしていたんです」
まるで拗ねた子供のように、そっぽを向いて答えてしまう。
頭では良くないと分かりつつ、悔しいものは悔しい。
「んー、なら増やせばいいんじゃないかな」
「いやいや、そんな単純な話ではないでしょう……、それにどうやって増やせばいいかも分からずで……」
しかし、言われてみればそうだ。
ナターリアもセレフィアも言っていた。
魔力量は鍛えて増やすことが出来る。
なぜ失念していたのか。
いや違う、楽をしたかっただけだ。
チート級だなんて贅沢抜きに、最初から並の魔力量があれば。
ゲームのように経験値がある訳でもない。
ましてやすぐ実感出来るものでもないのだろう。
それこそ地道に、積み上げていくしかないのだろう。
だけど、何年掛かるんだって話だよな。
頭の中でそう呟く。
この世界において成人とは十五歳からを指すらしい。
当然それまでの教育や育ち方にもよるが、大抵は成人したら各々夢へ向かって進んで行くのだとか。
冒険者、魔法使い、戦士。
あるいは研究者。
十五年を費やして彼らは世界へ踏み出す。
しかし陽翔は、齢こそ同じであっても魔法に関してはゼロ歳児。
彼らと同じ年月をかけるとしたら、単純計算で三十歳近くになってしまう。
それまで。
日本へ帰るための一歩すら踏み出せない。
身震いするような想像をしてしまった。
青ざめた表情の陽翔を見て、ノアは声をかける。
「ありゃりゃ……これは重症だね。それなら、この優しいお姉さんがひとつ、アドバイスをしてあげよう」
「アドバイス……?」
見ていられない。
そんな表情をしながら、先程とは違い真っ直ぐに人差し指を立てて、助け舟も出してやろうというノア。
ちょっと不思議な人だけど、案外いい人なのかもしれない。
陽翔は藁にもすがる思いで話の続きに耳を傾ける。
「魔法を使って魔力を消費するのさ。何度も、何度も。もう無理、限界だ、という所からもう一段、ね」
「そんな簡単に増やせるんですか……?」
有り得ない。
ただ魔法を使い続けるだけで魔力が増えるなら、みんなやっている事だろう。
「ところがそう単純じゃないんだよね。魔力切れの症状として、何があるか。ハイッ、ハルトくん。答えてください」
教師と生徒。
まるでごっこ遊びのようだが、今この場においては間違いではなかった。
空へ立てられていた指が、今度は陽翔に向けられる。
「えっと、魔力切れの症状は三段階あって、それぞれ軽度、中度、そして重度と分けられる……」
軽度では疲労や倦怠感などが見られ、中度は歩くこともままならない。
そして重度の症状では、意識の喪失を引き起こしてしまう、と魔力について本で学んだ知識の中から引っ張り出した。
陽翔の回答を聞き、拍手をしながら満足気な顔をするノア。
「うん、よくできました。だから一般的に魔力切れは避けるべきなんだよね」
それに、と彼女は続ける。
「重度の中でも特に、完全に枯渇した場合、最悪死に至る」
そう。
つまり自主的に度を超えた魔力切れを引き起こそうとするのは、自殺行為も同然。
当然するわけが無い。
しかし、彼女の言い方はまるで。
「……完全に枯渇させろ。ということですか?」
その問いに、両手で大きく丸を作るノア。
「ピンポーン! 百点満点だよ。優秀な生徒で先生は鼻が高いなぁ」
それは、要は。
「死ねって、事ですか」
陽翔の表情が険しくなる。
「やだなぁ、人聞きの悪い。ボクはそんなこと言ってないよ」
「だけどあなたが言ってることは、つまりそういう事だろ」
二人の間に、冷たい空気が流れ始める。
比較的暖かい気温だった要因の太陽は、いつの間にか雲に隠れている。
先程までごっこ遊びをしていたようには見えない。
足元で流れる川の音が、妙にうるさい。
「キミが何を目指してるのか、ボクは知らない。けれど大きな目標なんだろうね。それこそ達成が難しいとなると、絶望するくらいには」
「……」
陽翔は口を開かない。
無言のまま、続きを促す。
「何度も死にかける事で、目標達成の為のスタートダッシュを切るか。それとも長い年月をかけて足腰が悪くなってから、ようやく動き出すか」
「……でも、だからといって、それで死んだら元も子もないだろ」
至極真っ当な意見。
だがそれすら、目の前の銀色の女性は歯牙にもかけない。
突如感情が抜け落ちたような無表情で、言い放たれる。
「人なんて何もせずとも死ぬでしょ」
温度が下がった。
空気が冷え込んだ。
背筋に、冷たい何かが当たった。
「やれる事を、やるだけやって死ぬか。それとも後悔を積み重ねて死ぬか。ボクなら好きに生きてなんぼだと思うなぁ」
しかしそれらは全て陽翔の気のせいだった。
そう思わせる圧のようなものが、未だ無表情な目の前の女性から発せられていた。
「おっと、もうこんな時間か。ボクはもう行かなきゃならない場所があるから、ここでお別れだね。じゃあ精々迷いなよぉ、若人くん」
何かが付けられてる訳でもない左手首を、一目見たかと思えば、先程までの冷たい表情から一変し、明るい笑顔を見せてきたノア。
陽翔は返事をしない。
いや、出来なかった、が正しい。
自分でも気付かないうちに呼吸を忘れていた。
まるで時が止まったかのように全く身動きが取れないまま、ようやく息の仕方を思い出したのは、ノアが見えなくなったあとだった。
すぐさま膝に手をついて全身で息をする陽翔。
額、頬、顎と伝って下に落ちていく汗が、足元の橋を構成する石材に染みを作る。
なんだったんだ、今の。
怖かった訳ではない。
恐ろしかった訳ではない。
ただ、あの眼。
とてもじゃないが、普通の人間がしていい眼ではなかった。
不気味。
そんな言葉が妙にしっくり来た。
「汗でビショビショだ……、シャワーを借りよう……」
結局下町まで辿り着く前に、陽翔の散歩は終わりを迎えた。
「やれる事を、やる……か」
そう独り言を呟く陽翔を、影から覗き込む人物がいた事に彼は気付かない。
───
それから、数日経ち。
陽翔は、医務室のベッドに横たわっていた。
それもまるで、今すぐにでも死んでしまいそうな様子で。
「うげぇ……きもちわるい……しにそうだ……」
「ハルト、大丈夫? お菓子、食べる?」
青ざめた顔でうなされる陽翔に、その横で両脇に抱えたお菓子を、口に頬張るルナが心配の声をかける。
「それセレフィアが作ったお菓子だろ……。遠慮する、今食べたら絶対に戻す……」
「良かった、もう無くなっちゃってたから」
星のカ〇ビィなの?
今の一瞬で消えたの?
そんなツッコミを入れたくなるが、込み上げてくる吐き気の前では、それどころでは無かった。
何故こんなことになっているのか。
それは、以前出会ったノアの言葉が関係していた。
やれる事をやるだけやるか。
出来ずに終わるか。
日本には"やらない後悔よりやる後悔"なんて言い回しがあるが、こと今回はそんな単純な話ではない。
しかしこのまま毎日一滴一滴、雫を垂らしながらプールを作るのか。
それともバケツごとひっくり返すのかでは、文字通りかかる時間が違う。
帰りたい。
でも死にたくはない。
かと言って時間をかけすぎるのも良くない。
迷いに迷った結果、陽翔は魔力総量を増やす特訓を始めることにした。
もしここが平和な世界であれば、きっと陽翔は時間をかける道を選んでいただろう。
けれどここは異世界。
魔物や怪物、更には人攫いや違法な集団もいるらしい危険な世界。
明日は我が身。
もちろん魔法大学にいる以上、危険と隣り合わせと言うことは無いかもしれない。
事実ナターリアのおかげで、そういった邪な連中は敷地を跨ぐ前に排除されるらしい。
だが、外は。
中央大陸は。
この世界全体は。
ここまで平和な環境は、おそらく無いだろう。
そんな場所で長い年月をかけてようやく並の魔力を手に入れても、結局外に出れば死の危険がある。
陽翔は既にそれを何度も見た事がある。
北の遺跡周辺に現れたドラゴン。
夢で見た、森の中で遭遇した虎。
そして、ケルベロス。
気が付けば最初に立っていた、あの月の遺跡に戻って調べてみることも考えた。
けれどあの三つの顔が、あの恐怖が、忘れられない。
覚悟を決めた陽翔は、やる後悔を選んだ。
そして今日、いよいよ初めての魔法として、火属性初級魔法である"火球"の発動を試みた陽翔。
結論から言うと、魔法は発動出来なかった。
それどころか、その一回の挑戦で陽翔は無惨な姿を晒すことになっていた。
「舐めてた……! ミジンコ魔力がここまで少ないなんて……!」
ミジンコ、ミジンコと言われても、それが実際どれほどのものかはやってみなければ分からなかった。
それがどうだ。
訓練すれば誰でも使えるようになると言われる初級の魔法。
それすら、発動もせず魔力切れを起こしてしまった。
幸いだったのは、重度の魔力切れの症状ではなく、中度で済んだことだろうか。
初めての魔力切れ。
倒れた陽翔が行き着いた先が、医務室だったという訳だ。
「おぇぇえ……」
「ハルト、きたない」
大目に見てくださいよ……。
そっ、と身を引くルナに恨めしそうな眼差しを向けようとするが、体の奥から湧き上がってくるナニカを堪えきれずに顔ごと手元の桶へ突っ込む。
魔法の特訓、初日。
成果、初級魔法不発。
完全敗北に終わった一日目だった。




