第七話「勉強」
己の魔力がミジンコ程度という事実を知る日より、二週間ほど前。
つまりこの世界に来てから三週間ほど経った頃。
すっかり大学での新生活に慣れた陽翔は、自室と図書室を行き来する日々を過ごしていた。
ルナはというと、そんな陽翔の背中に付いてきては本を読むことはせず、辺りを散歩してるだけのなんとも自由気ままな生活を送っていた。
暇なのだろうか。
暇なんだろうな。
あれから何度かルナ自身のことを聞いてみた。
しかし封印されていた影響だろうか、名前と瞬間移動の魔法、それと兄の事しか覚えていないらしい。
その兄がどんな人だったのかを聞こうとしても、毎回タイミングを逃してしまって結局聞けず仕舞いだった。
それに、兄の話題に触れようとすると悲しそうな顔をするルナを見ると、あまり聞かない方がいいのかもしれない。
そんなルナは相変わらず背中を付いてきていた。
彼女を尻目に、今日も今日とて図書室へ向かっていた陽翔。
そして、その道中の中庭にて。
「あれ、レオじゃないか」
「ハルト! 何してんだ、こんなとこで。アンタも遂に剣に目覚めたか?」
陽翔がヴィッセンベルク魔法大学に正式に入学したあの日。
さっそく知り得た情報をまとめようと、自室に戻る途中で出会った青年、レオ。
まるで狼のような耳と尻尾を生やし、青色の短髪と金色の目を持った獣族だった。
近所にいるような、気さくな兄貴風な彼と陽翔が親しくなるのに、そう時間はかからなかった。
歳が近いらしく、彼は今年で十七歳になったばかりだと言う。
つまり日本でいうところ、陽翔のひとつ上の学年の先輩という訳だ。
陽翔とルナの事情を聞き、なにか困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ、と逞しい胸を叩く様には頼もしさを感じた。
「剣はちょっと……、それよりもまずは勉強しないと。ちょうど図書室に向かう途中だったんだ」
「勉強ばっかじゃ強くなれねえぞ。体も動かさねえとな! さぁ剣を振れ!」
「あなたがここにいる事が不思議でなりません……」
ここって魔法大学だよね?
それとも、魔法(物理)だったりする?
「それより、レオこそどうして中庭に……、って聞くまでもなかったか」
「応よ! ちょうど今、剣の素振りが終わったとこでな。これから水浴びしに行くとこよ。一緒に来るか?」
彼の近くには、素振り用であろう木製の剣が地面に突き立てられていた。
「いやいや、俺はこれから勉強しなくちゃいけないんだって」
「レオ、くさい」
やんわりと断る俺と、あからさまな拒絶を見せるルナ。
「臭くねーよ! いや……確かにこの汗の匂いは……。まぁ気にすんなって!」
それって臭いってことですよね?
それともなにか、狼であっても鼻は効かないのだろうか。
「狼の獣族でも嗅覚には難アリ、と」
「ちっげーよ! ただこれはその、あれだ。獣族の戦士たるもの、汗の匂いごときで歩みを止めてはならん!」
良いのだろうか。
獣族の誇りをそのような言い訳に転用してしまって。
俺が呆れていると、すかさずルナが鼻をつまみながら告げる。
「じゃあ早くお風呂まで歩みを進めて」
「はい……、それじゃ二人とも、またな……」
まさしく王手。
ぐうの音も出させないルナのカウンターをくらい、トボトボと歩き出したレオ。
まるで嵐。
かと思えば去り際の背中は雨に濡れた子犬を彷彿とさせる。
「フン。まったく、ヴィッセンベルクの面汚しめ」
「あぁぁあぁわわわわわわ……」
「エリナさん、それと……。またイチャモンか、アルベルト?」
哀愁漂う子犬の背中を見送っていると、背後から声が聞こえた。
物陰から現れた二つの影。
ものすごく引けた腰で、今にも消えてしまいそうなほど、生まれたばかりの子鹿のように足を震わせてる少女。
その眼鏡越しに緑の目を覗かせる茶髪の少女の前に、堂々たる姿勢でこちらを冷たい青い瞳で見下している高圧的な金髪の青年。
二人とも、レオと同じく以前知り合った大学の生徒だった。
眼鏡女子は相変わらずだが、青年の方は初対面の時とは随分印象が変わってしまった。
ふと、ついこの間のことを思い返す。
「キミが例の特別招待生だね? 初めまして、私はこの大学に在籍する生徒であり、アレクシア王国のヴァルディア家長男である、
アルベルト・アウグスト・エーデル・ローゼン・クロイツ・セバスティアン・ヴィルヘルム・フォン・ヴァルディアと申す。以後お見知り置きを」
「ピカソ?」
「なんだい、その絵でも描いてそうな名前は。隣にいるのは私の秘書として雇っている、同じく生徒のエリナだ」
「はじっはじめっめっ、あっ、はぢめ、ましてぇ! エ、エリナ、シャルリア、ですぅぅ……」
「少しあがり症な所にはどうか目を瞑って頂きたい。そして、この胸ポケットにいるのが私のペットである、トカゲのカゲちんだ」
「カゲちん」
なかなか一発目から濃い出会いではあったが、今回のように出会い頭に煽ってくるような人物ではなかった。
それが、何故。
特別招待生という肩書き。
それに見合わない知識。
果てには一度も魔法を使ったことがないという事実。
貴族である、という彼はどうやらプライドが高いらしい。
この魔法大学に在籍してること、それ自体も誇りとしてるそうだ。
そんな自身の誇りである魔法大学に、魔法のまの字も無い一般人が入学した。
それも特別招待生なんて言う仰々しい肩書きをぶら下げて。
恐らく彼にはそれが耐え難かったのだろう。
以来こうして出会う度に難癖を付けてくることが増えた。
文句ならナターリアさんに言って欲しいのだが……。
心の中で静かに愚痴をこぼす。
「それで、キミは一体いつになったら魔法を学ぶんだい? 地理や歴史を学ぶだけなら、わざわざココでなくとも良いだろう。おっとすまない、そもそもキミは、ついこの間まで魔法すら知らなかったのだったか」
オホホ、よく回るお口ですこと。
けど、言ってることは間違っていない。
彼の言う通り、陽翔は未だに魔法を学んでいなかった。
理由はいくつかある。
確かに魔法は興味深く、ゲームやアニメを嗜んでいた日本男児からすると、早く触れてみたいのは山々。
だが陽翔にはそれよりも優先すべき目標がある。
無論、日本へ帰ることだ。
そのために陽翔が起こした行動は、情報収集だった。
言語から始まり、魔法や魔力、そして魔術の存在を知り、地理や国家を学んだ。
だけどまだ足りない。
ある程度この世界の知識を付けた陽翔はそんな確信があった。
尽きない疑問も多々ある。
何故自分はこの世界に転移したのか。
どうすれば帰れるのか。
何か策はないか。
どうやら魂に干渉する魔術があり、それは軒並み禁術指定とされてる、といった記述を見かけたことがある。
それを使えばあるいは、とは考えたものの。
であるなら自分の魂を喚び寄せた存在がいるはず。
だが目覚めた時には祭壇しか無い謎の場所で、自分を転移させた犯人などその場にはいなかった。
ならば自分は、そういった魂を呼び寄せるといった技術を使われたわけでもないのでは。
まだこの世界でも解明されていない謎の力が働いたのでは。
そうした疑問のループから抜け出せずにいた陽翔には、魔法を学ぶ余裕などありはしなかった。
「別に俺がここで何をしようが勝手だろ。文句ならナターリアさんに言ってくれ、彼女が俺の入学を認めたんだから」
出会い頭にこう何度も煽られては、それ相応の対応になるのも致し方ない。
「フン、レオのように肉体の鍛錬をする訳でもなく、私たちのように魔法を極めようともしない。キミはなぜここにいるんだい?」
だからナターリアさんのご厚意だって言ってんでしょうが!
「だからナターリアさんの……、もういい。俺はこれから調べ物をしなくちゃならないんだ。邪魔するんだったら帰ってくれ」
「良いだろう。さっさと魔法を学ぶか、自主退学するか、次会う時には決めときたまえよ」
そう言うと、アルベルトは不満を隠そうとせず立ち去って行った。
去り際にルナの事を一瞬見た気がしたが、気のせいだろうか。
というか、あの人ルナには何も言わないんだよな。
それもそうか、神級サマだもんな。
彼はあれでいて、実は強者はしっかり認めるタイプなのかもしれない。
誇りがどうとか言ってたし、多分そうなのだろう。
「ぇえっと、あの、その……ししし失礼します! 待ってくださいぃ、アルベルトさーん!」
「はい、お気をつけて……、エリナさんも大変そうだなぁ」
「大丈夫、ハルト? お菓子食べる?」
「お前の頭には食うか寝るしか無いのか」
心配してくれたルナと軽口を叩きながら本来の目的地へ向かい直した。
───
「さて、と。今日の調べる範囲はこんなところかな」
図書室。
机の上で山積みになった本を見て一息つく。
「また本がいっぱい……。ハルト、なにを調べるの?」
「今日はコレ、歴史です」
"アステリア神話"と書かれた本を指さして答える。
同じ著者の"星王誕生秘話"だったり、別の人が著者の"ヴィッセンベルク魔法大学の歴史"や、"世界樹~研究か共存か~"といった本もある。
この世界を知るために歴史は不可欠。
そう考えて歴史コーナーにある本で気になるのを拾ってきた。
だが特に気になったのは"魔王と呪い"といった本だった。
著者は、ルシファリス・ノクティカ。
随分とカッコイイ名前だ。
歴史に関係があるのかは分からないが、歴史本の近くにあったのだから無関係ではないだろう。
ルナも読書に興味が出始めたか。
ならば自称お前は妹みたいなもんだから系お兄ちゃんが読み聞かせでもしてやろう。
「ふーん、じゃあおやすみ」
なんで聞いた?
ねぇなんで聞いたの?
「はぁ……、いつものことか」
毎度ルナは図書室に訪れる度に爆睡し始める。
今日は珍しく興味を示したかと思えば例に漏れなかった。
気を取り直して本を読み始めようとした、その時──
「すみません、この辺りで花の栞が落ちてませんでしたか?」
──凛とした声音が耳を突き刺した。
薄い緑のポニーテールが視線を攫う。
次に視界に入ったのは長い耳。
そして最後は水色に輝く瞳に目を奪われた。
エルフの少女がそこに立っていた。
初対面のはずなのに、妙に見覚えがあった。
あれ、この人どこかで。
思い出した、大学に来た日に見かけた、エルフの──
「あの……すみません、聞こえていますでしょうか……?」
「えっ!? あぁ、ごめんなさい。少し思考の波に囚われていました」
焦りから変な言葉遣いになってしまった。
恥ずかしい。
なんだ思考の波って。
ソレは卒業したはずだろ。
「え……、と。そうですか、大丈夫ですか?」
引かれた。
完全にドン引きされてる。
もうやだおうち帰りたい。
あぁちがう帰れないんだった。
「はい、大丈夫です……。それで、花の栞でしたっけ? すみませんが見てませんね」
若干ショートしかけてる頭をどうにか回転させ、エルフの少女の質問に答える。
「そうですか……。ありがとうございます。お勉強の途中に申し訳ありませんでした」
「いえいえ! そんな、お気になさらず……。はは、は……」
気まずい。
あまりにも気まずい。
こんな幻想的な女性に下手に出てこられると、どう会話したらいいか分からなくなる。
「えーと、その、アレですね。なんだか風が騒がしいですね、アハハ」
「……え?」
何言ってんの?
何言っちゃってくれてるの?
己の口を叱咤する。
陽翔は焦っていた。
そう、テンパっていたのだ。
それも派手に。
普通落し物を見かけませんでしたかと聞かれて、見てないと答えたらそれで終わりだろう。
なのに何故自分は無理に会話を続けようとしてるのか。
おかげでとんでもない自爆を続けている。
何よりここは室内だ。
風なんて吹いてる訳がないだろうに。
「あぁえっとなんでもないです! 少し焦ってしまってその──」
「でもこの風、少し泣いています」
──は?
「は?」
「あ、あれ? 間違ってましたか?」
「え? いやそうじゃなくて……いや、え?」
なぜそのまま続けられる?
違う。
なぜそのネタを知っている?
「私の好きな本にあったセリフだと思ったので、つい……。あなたも知っているのだと思ってしまいました……」
好きな本にあったセリフ?
理解が追いつかない。
呆然としている陽翔を置いてエルフの少女は続ける。
「文学的な表現を好む方だと……。もしかしたら"同類"ではと勘違いして少し、はしゃいでしまいました……。恥ずかしいです……」
長い耳まで真っ赤にしながら、彼女は弁解した。
なにやら誤解があったようだ。
「あ、ドン引きしてたわけじゃなかったのね、良かった……じゃなくて、好きな本に書いてあったって、どういうことですか?」
「えっと、そのままの意味ですが……、もしかして興味があるのですか! それならそうと早く言ってくだされば、かの聖典は私、常日頃持ち歩いてるのですぐにでもお読み出来ますよ。ほらこちらです、女性魔法使いの非日常。私この作品がすごく大好きで! 主人公の魔法使いは平凡な人で登場人物もみんな普通の人達ばっかなんですが普通の人たちに降りかかる普通じゃない日常を描いた娯楽小説で──」
「ステイ、ステイ! ちょっと止まってくれ!」
怒涛の早口。
なんだか懐かしくもむず痒いこの感覚。
そうだ、アレは中学二年の頃。
今はもう卒業しているが、とある病にかかってしまっていた時期。
当時鷹也と一緒にハマっていたアニメがあった。
クラスメイトに共有しようと意気揚々と語ったは良いものの、その反応は予想とは違って。
あの時と一緒だ、つまり、これは、俗に言う。
オタクくんさー(笑)
───
「すみません……少々取り乱してしまいました……。うぅ、またお恥ずかしいところを……」
「あれで少々……? じゃなくて、大丈夫ですよ。僕も似たような経験ありますから」
深呼吸して落ち着いたのか、またもや耳まで赤く染めた彼女は俯きながら謝罪する。
少し、でアレならば、激しく取り乱した場合どうなってしまうのだろうか。
そんな無粋な疑問を心に留め、お互いにまだ名前を知らないことに気づく。
「自己紹介がまだでしたね、陽翔って言います。数週間前に入学したばっかの新参者です、よろしく」
「あなたが例の特別招待生だったんですね……。私の名前は……セレフィア。セレフィア・エルヴァリエ」
さっきまでとは打って変わってカッコイイ名乗りをあげるエルフの少女、もといセレフィア。
やはりこの子、少しオタク趣味を持ち合わせているようだ。
「ところで、さっきの本を少し借りても?」
「……ふぅ、いいですよ。どうぞ」
グッ、とこらえるような仕草をするセレフィア。
どうやら相当語りたい欲が溜まってるようだが、それよりもまず確認しなければならないことがある。
「著者……、タイム・コントローラー? どういうネーミングセンスなの……?」
ネーミングセンスはこの際置いておくとして、軽く数ページ捲ってみる。
そして気付く。
やっぱり、この本は日本の作品を丸パクリしてる。
所々に感じる親近感。
見たことあるようなセリフや展開。
そしてタイム・コントローラーという名前。
そうだ。
そういうことだ。
つまり。
日本の知識を持った人間が、この世界にいる。
もしくは居た、になるのか。
加速した思考で瞬く間にそんな結論に至ってしまっては、冷静さを失ってしまった。
「……っ、セレフィア! この本、どこで買った!? 誰が売ってた!?」
「えっえっ? その、この本は昔、中央大陸の方で出会った、道行く商人さんから買いまして……」
中央大陸。
それはつまり、ここ北方大陸から随分と遠いことを示している。
更には道行く商人。
それはつまり店を構えていないということ。
今どこにいるかは、全く分からない。
せっかく掴めたと思った手がかりが、また消えていく感覚に陥った。
「えっと、もしお気に召したのなら、お譲りしても構いませんが……」
項垂れた陽翔を気遣ったのか、セレフィアは快く譲ると提案してくれた。
そうじゃないんだ。
ようやく見つけた手掛かりなのに、それより先に進めそうにない。
しかしみなまで言うまい。
冷静さを取り戻しつつ、セレフィアに返答する。
「欲しかった訳じゃないんだ。ただ少し確認したいことがあっただけだし、君にとっても大事な聖典なんでしょ?」
「これは布教用なので。部屋にはあと保存用と観賞用、そして予備がありますので、問題ないですよ」
「あーはは、は……えっと、それでも遠慮しておこうカナ……」
少しどころではなく、重度のオタクであることが判明したセレフィアの好意をやんわりと断る。
他にも何か知ってそうなことはないか。
単純な疑問を解消すべく、セレフィアに質問を投げかける陽翔。
「セレフィアは本に詳しいの?」
「グッ……。詳しい、とまでは言えないかもしれませんが、それなりに、と言った所でしょうか」
……おや?
「例えばどんな本が好きなの?」
「ガッ……。そうですね、例えばタイム・コントローラー先生の他の作品には、また一味違った作風のものもありまして……スゥー……ハァー……、英雄譚や恋愛がテーマの作品もあるんですよ」
……ふむ。
「へぇ……それはぜひ読んでみたいな」
「グギッ……。もしハルトさんがわたしの故郷を訪れるような事があれば、わたしの実家には大量の本がありますのでお貸ししますね。その際には是非わたしの秘蔵の……ハッ、いえ、なんでもありません」
……まずい、この子、面白い。
セレフィアが好きそうな話題をする度に、何かをこらえるように力を入れてその綺麗な顔が台無しになる様を見ていると、新しいおもちゃを見つけたような感覚になってしまう。
自分でも人が悪いと思う。
これ以上は彼女に申し訳ない。
ここらで止めておこう。
そのうち怒られそうだ。
「ってそうだ、遊んでる場合じゃない」
ひとつ進展があった。
日本の知識を持った人間が、他にもこの世界に。
その新事実は、陽翔を奮い立たせるのにこれ以上なかった。
「セレフィア、ひとつ聞きたいのだけど。もし自分が異なる世界に──」
「ハルト、おなかすいた」
最後まで話を続ける前に、眠り姫が目を覚ました。
本当にこの子はもう……。
寝るか食べるしか脳がないのか。
やれやれ、と言った具合にルナの方へ視線を向ける。
「ルナ、お前それでも神級魔法使いか? 神級食っちゃ寝じゃなくて?」
無論他の神級魔法使いを見たことがないので基準など知らないが。
少なくとも、神級サマが全てルナのように自由気ままで、己の欲望のために才能を振りかざしていたとしたら、この世界は地獄と化していただろう。
「え? 神級魔法使い……この子がそうなんですか? 霊王様と同じ?」
「そうみたいだけど……、霊王様って?」
「ご存知ないのですか? 霊王様ですよ、八大星王の」
ハチダイセーオー?
あぁ、読もうと思ってた本のタイトルに、似たような名前があったか。
「えっと……ごめん、どうも記憶が曖昧で。良ければ教えてくれる?」
「ごめんなさい、配慮が欠けていました。もちろんですよ、教えてあげます」
そうして語り始めたセレフィア。
いわくこの世界には八人の星王が居るらしい。
星王とは、いわゆる国王等とは違い、その分野、その種族の頂点に立つ存在とのこと。
それが八人いるから、八大星王と。
剣士の頂点、剣王。
獣族の頂点、獣王。
魔法の頂点、冥王。
龍族の頂点、龍王。
魔族の頂点、魔王。
エルフの頂点、霊王。
そして空の頂点と海の頂点、空王と海王。
なんとも異世界ファンタジー感溢れる話だな。
特に空王と海王は、長い年月災害や天災から人々や世界を守ってくれてるそうだ。
つまり守り神ってやつだな。
どうやら大昔、最初は七大星王だった時期もあったようで、後から魔王が加わって、現在の八大星王になったのだとか。
この魔王という単語に、また夢の世界へ旅立っていたルナが一瞬反応していたが、すぐにまた船を漕ぎ出していた。
それにしても、冥王は聞き覚えがある。
いつだったか。
「そういえば、勧誘してくれた教授がメイオウがどうのって言ってたっけ」
「冥王様はこの魔法大学の現学長さんですからね」
驚いた。
放浪癖で聖母ナターリア様に迷惑をかけてる問題児、改め問題長が八大星王だったなんて。
聖母様に迷惑かけてないで、ちゃんと働きなさい。
いつか学長にそう言ってやるんだと息巻いていたが、考えを改める必要がありそうだ。
「その……やっぱり各々、とてつもなく強かったり……?」
「何を持ってして強いとするか、にもよりますね。例えば剣王様や冥王様はそれぞれ剣と魔法の頂点、つまり武力の頂点とも言えます」
剣と魔法の頂点。
聞くだけでも強そうなのが分かる。
「対して我らがエルフの母である霊王様に、戦いが得意といった話は聞いたことがありませんね。ですが彼女も神級魔法使いでして、知恵と叡智を備えた強者である事は間違いありません」
なるほど、武を極めた星王と、知を極めた星王がいる訳だ。
「ただ龍王様に関しては……何も分からないんです」
「分からないって?」
そもそも龍族が幻級に出会えないということは知ってる。
その頂点である龍王は、一体どれだけ神秘性があるのやら。
「龍王様は人前に姿を現さないんです。それも数万年以上。生きてるかどうかすら分からない……、もはや伝説上の方となっていますね」
数万年姿を見せない星王。
生死も不明。
なるほど、とどのつまり、陰を極めた星王ということか。
「ですがひとつ、龍王様にまつわる面白い予言があるんですよ」
予言に面白いとかあるんだ。
そんな疑問を飲み込んで拝聴する。
「世界が闇と混沌に飲み込まれた時、龍王はその背に英雄を乗せ、戦場へと舞い降りるであろう……。どうです、面白くないですか? この予言には元となる話があって、神話時代に実際にあったらしい出来事を現代のアシュタ教徒達が広めたのが始まりで、オグドアス教徒はそんな迷信広めるなって怒ってるんだとか。でもでもそれを気にせずどんどん世界に広めてるアシュタ教徒たちいわく……って、わたしったらまた、ごめんなさい!」
星級魔法使いもビックリな高速詠唱を披露するセレフィアに、苦笑いしつつ感謝を述べる。
「ありがとう、大丈夫だよ。なかなか興味深かったし、確かに面白かった。そうか、神話で実際にあったこと……」
ということは、その話もこの"アステリア神話"と書かれた本に載ってるかもしれない。
これは余計、この本を読むのが楽しみになってきたな。
そうこうしているうちに、セレフィアは次の授業があるから、と図書室をあとにした。
自分も有り余った時間を使って本を読むことに専念しよう。
と決意したところで起き上がったルナにご飯をせがまれ、泣く泣く中断。
ひとまず、本は借りて自室でゆっくり読もう。
陽翔はそう考えを改めた。
───
そして、二週間後。
あの日以降、本の虫となった陽翔は自室ではルナに邪魔され、図書室ではセレフィアのマシンガントークを受けながら知識を蓄えて行った。
アステリア神話はなかなかに面白かった。
全能神オグドアス、女神アシュタ、そして世界を狂乱に陥れた古の魔王。
神話時代末期の大戦により古の魔王は倒され、オグドアスも世界を去り、今は女神アシュタがこの世界を見守っているとされてるようだ。
そして、この古の魔王を打ち倒したという大英雄。
彼が最後の戦場に向かう際に、龍王の背中に乗って飛び立って行ったとか。
セレフィアが言っていた予言の元とは、どうやらこれの事らしい。
他にも八大星王の剣王や獣王は、決闘により決まる事もあるが、空王や海王はどうやら世間が勝手に決めた、なんて記述もあった。
自分の好きなままに生きていたら、世界を象徴する星王として数えられていただなんて、いかにも伝説らしい。
著者のリコリスは、他にも歴史の本を複数出していると、セレフィアが教えてくれた。
それはそうと、以前セレフィアが言っていた落し物も拾った。
無くしたと言っていた花の栞を、偶然見つけて渡した時には泣いて喜ばれた。
誰かに感謝されるのは心地いいものだ。
そして学んでいくうちに気付いたことがある。
この世界の秘密、そして日本へ帰るための鍵は、おそらくここ魔法大学には無い。
無いと言うより、少ないと言った方が適切か。
ヴィッセンベルク魔法大学は、良くも悪くも魔法を中心とした場所だ。
魔術についての研究も行われてはいるが、陽翔が探しているのは、さらに踏み込んだ禁術寄りの知識。
魔法大学に、魂に関連する魔術の資料は少ない。
以前魔術部門のマーティン教授に、それとなく聞いてみたところ帰ってきた返事は予想通りだった。
魂に関する魔術は、ここでは扱っていない。
好奇心があるのはいいことだが、それだけはやめておけ、と。
しかし、そう言われても諦められるわけがない。
諦めたらそこで試合終了なのだ、日本に帰れないままだ。
では魂に関する魔術の知識はどこにあるのか。
恐らく、中央大陸。
そこには国があり、都市があり、情報がある。
最も収穫が得られそうなのは、魔術都市アルカディアだろう。
魔術都市。
その名の通り、魔術で溢れかえった街らしい。
魔術都市ならば、もしかすると。
そして八大星王のひとり、霊王。
エルフの頂点で知を極めたと言われる霊王こそ、何か知っているのではないかと考えた。
そうと決まれば、いざゆかん中央大陸。
と、そこまで単純であれば話は早かったが。
如何せんここは異世界。
車は無いし飛行機も無い、あるのは魔物と危険。
先月まで平和な日本で十五年しか生きていない少年は、完全徒歩で行くにはあまりにも無力だった。
そうして陽翔は力をつけるために、遂に魔法に着手することになる。
その第一歩として、魔力総量を測れる魔導具とやらの前に立った陽翔。
しかし。
「これが魔力総量を測る魔導具か……。ふふ、今から恐ろしくなっちゃうな。俺の溢れんばかりの魔力によって、この水晶が砕けちまわないか」
「セレフィアが言ってたよ。そういうの、フラグって言うんだって」
それが絶望へのカウントダウンとは、この時の陽翔は思いもしなかった。




