第六話「英雄」
「癒美、ちょっと良いかい? ここを教えて欲しいんだ」
あの日、突然訳も分からずに見覚えのない場所へ召喚された日。
あれから二週間程経った。
僕たちはひとまず、巨大な城に住まわせてもらっている。
そこでひたすら異世界語を学んでいた。
「えぇもちろんよ、英紀くん。どこを教えて欲しいの? ……あぁ、そこはね日本語で言うところの──」
僕や鷹也が苦戦している異世界語を、ものの二週間で日常会話レベルとなった癒美。
小さい頃から頭が良かった彼女のおかげで、僕たちの学習スピードも増幅していた。
何故こんなことになったのか。
昨日の事のように思い出せる。
一週間ぶりに登校すると聞いた陽翔の元へ、鷹也と癒美と一緒に迎えに行った朝。
その通学途中で、突然眩い光に包まれた。
長かったような。
短かったような。
しばらくして光が止んで目を開いた。
そこに陽翔の姿はなく、代わりに大人が四人と子供が二人。
一瞬前まで外にいたのが、突然豪華な内装の部屋の中だった。
呆然とする僕達を前に、全く分からない言葉で誇らしげに語っていた身分の高そうな人。
どうやら彼は、グランディオ帝国という大国の皇帝らしい。
黒い髪を揺らし灰色の目を細めながら、ふくよかなお腹を揺らして笑っていた男性を思い出す。
名前は確か、マルクスといったか。
そして僕たちをこの世界に召喚した張本人。
訳も分からないまま、使用人らしき子たちに各々の部屋を紹介され、衣食住を与えてくれた。
そうして、僕たちは日本に帰るため。
この世界を知るために、まずは言語を覚えることにし、今に至る。
「ありがとう、癒美が居てくれて助かったよ。僕と鷹也だけだったら、言葉の壁に一生足止めを食らってたところだ」
まるで溶けたように、机に突っ伏した鷹也を見ながら笑う。
「二人の助けになるなら、いくらでも任せてちょうだい」
そういって癒美は昔から変わらない明るい笑顔を見せてくれた。
「癒美センセー、おれも分からないデース」
「ハイハイ……、どこが分からないのよ?」
「全部デース」
「あなたはもう少し、勉強に対するやる気を……あら、カノンさんにサーガさん」
気の抜けるような二人のやり取りに安堵する。
世界は変わっても、僕の親友は変わっていない。
ホッとするのも束の間。
どうやら誰かいるようだ。
部屋を覗き込む二つの小さい人影。
短い金髪をしてるカノンさんと、これまた短い銀髪のサーガさんだった。
二人とも同じ青い目をしているうえに、顔立ちまで本当に瓜二つな双子の姉妹。
だが特筆すべきは、彼女たちの頭と腰から生えている、人のものではないもの。
それは、猫のような耳と尻尾だった。
初めて見た時は何かのコスプレかと思ったが、そうではなく、本当に生えているらしい。
この異世界において、多種多様にある種族。
彼女たちは、どうやらその内のひとつである、獣族という種族なのだとか。
癒美から聞いた事だが、あの日言葉も分からず戸惑っていた僕たちへの、世話役として任命されたらしい。
実際、部屋まで案内してくれたのも、食べ物を持ってきてくれたのも彼女たちだった。
まだ十歳かそこらの子供だと言うのに、真面目に仕事をするその姿勢には素直に感心していた。
『ユミさんユミさん、言葉はもう分かってきた?』
『ユミさんユミさん、他の二人は大変そうだね?』
『えぇ、大丈夫よ。私もまだ少し分からないところがあるけれど、外国語の勉強だと思えば楽だったわ』
『ガイコクゴってなに?』
『ナニソレ、おいしいの?』
『えっと、外国語って言うのは私たちの故郷では──』
癒美は早速身についた異世界語をフル活用して双子と会話してる。
僕も早く追いつかないと。
「さっすが天才。たった二週間で異世界語で日常会話が出来るようになるなんて、そこにシビれる憧れるー」
溶けすぎてまるでスライムのようになってる鷹也から、これまた溶けるようなやる気のない声が出る。
無理もない。
己も文武両道を心掛けてるつもりだが、如何せん見たことも聞いたこともない言語だ。
一から覚えるのは中々に骨が折れる。
「はは……、僕たちも頑張らないとね」
「癒美に通訳してもらえばよくなーい?」
癒美の頭の良さを鑑みれば、通訳という更に難しいことも難なくやってのけてしまうのだろう。
しかしそれでは自分たちの為にならない。
何より彼女にだけ重荷を背負わせるのは違う。
僕たちは三人で力を合わせて、日本に帰るのだから。
「彼女一人にそんな負担はかけられないさ。ほら、鷹也も溶けるのをやめて、人に戻ってくれ」
鷹也だったスライムを、元に戻そうと背を叩く。
「へいへい……。にしてもマジでサッパリなんだよな。発音が日本語と少し似てるっていうのは分かるけど、それとこれとは話が別っていうか」
「地道に頑張っていくしかない、かな。幸い覚えの早い癒美が、僕たちにも気付きを共有してくれるから、あまり重く考えなくてもいいんじゃないかな」
持ちつ持たれつ。
癒美に甘える格好となってしまって不甲斐ない。
だが必ず、別の機会で彼女が困っていたならば、真っ先に手を差し伸べる。
だから今だけは彼女に頼らせてもらおう。
そう思いながら、生やした耳と尻尾を揺らしてる獣族の双子と、仲良さげに会話している癒美を見つめた。
───
それから更に二週間。
つまりこの世界に来てから一ヶ月が経とうとしていた。
日本語と異世界語を駆使しながら、僕たちの勉強を見てくれる癒美。
彼女のおかげで僕たちも、少しは話せるようになってきた。
『皆サマ皆サマ、お話があるの』
『皆サマ皆サマ、お時間ちょうだい』
朝食を取る。
勉強する。
そうしていつものように日常を過ごしていると、双子の使用人カノンさんとサーガさんがやって来た。
『どうしたんだい?』
膝をたたみ、まだ幼い二人の背丈に合うよう目線を合わせる。
『皇帝サマが、言ってたの』
『そろそろ言葉も覚えてきたんだ。チキュウだかなんだか知らないが、早く今の世界に慣れてもらわねば、って』
妹のサーガさんが、かの皇帝の特徴を見事に捉えたモノマネを披露する。
『サーガサーガ、すごい似てる』
『でしょでしょ、カノン』
「アハハ! スッゲー似てる!」
驚いた。
かなりの精度で再現された皇帝のモノマネに、心の中で拍手を送る。
これは将来、きっと凄く演技派な役者になれそうだ。
そんな感想を抱かせながら、爆笑する鷹也に釣られるように笑う。
けどこれ、本人に聞かれたら不敬罪に問われそうだ。
『それで、私たちは具体的に何を?』
本に視線を落としていた癒美が顔を上げる。
『教えてあげるの、カノンとサーガで』
『今の世界がどうなってるか、教えてあげるの』
前々から感じていた。
どうやら彼女たち、というより皇帝も含め僕たちをこの世界の住人だと勘違いしている。
僕たちはこの世界の人間じゃない。
僕たちは異世界人だ。
わざわざそのような訂正を入れてもろくに信じて貰えないだろう。
僕たちが別の世界からやって来たことは伏せておく。
これは三人の中で共通の認識となっていた。
なので現在彼女たちからして僕たちは、タイムスリップでもした程度に捉えられてるのだろう。
その証拠に、節々から時代のズレを埋めようとするような発言が見られる。
今も僕たちに対し、この世界が現在どういう状況かの説明をしてくれている。
種族、魔法、魔力。
そして地理。
まず気になったのは、ここがどこなのかということだった。
僕たちがいるのは三大国家のひとつ、グランディオ帝国の帝都。
中央大陸と呼ばれる場所にあるらしく、同じ大陸にはもうひとつの三大国家、アレクシア王国という国もある。
どうやら二つの国は、あまり仲が良くないらしい。
他にも国や都市が点在しているようだが、主要なのはここグランディオ帝国とアレクシア王国、そして三大国家最後のひとつ、魔術都市アルカディアだそうだ。
都市だと言うのに『三大国家』に数えられているのは、それほど影響力のある都市国家なのだろう。
さらに話を聞いていくと、世界には中央大陸だけではなく、東西南北それぞれに大陸や各種族の故郷が存在しているという。
そして、それら世界の中心にあるのが世界樹。
天にも届くほど巨大な樹で、この世界に満ちている魔力はそこを中心に循環しているらしい。
先程の魔術都市も、この世界樹の周りを囲うように建設されてるのだとか。
話を聞けば聞くほど、僕の知っている世界とはかけ離れている。
日本へ帰る方法を見つけるのは、相当時間がかかりそうだ。
時折癒美が質問を投げかけ、双子はそれに合わせて答えをくれた。
そも魔力とは生命体が持ち合わせてるのとは別に、空気中にも充満しており、それらは世界樹を中心に循環してるらしい。
この星全体に根を張る世界樹の樹液が、長い年月をかけ凝固し結晶化したもの。
それと地中に還った魔力がそのまま結晶化した魔鉱石と呼ばれる鉱石もあると。
これらの話を聞いてて、特に気になったのは北方都市ヴィッセンだ。
そこには魔法大学があるとのこと。
魔法という言葉に胸が踊るのも無理はない。
それと天空都市と海底都市。
読んで字のごとくなのだろう。
あくまで僕たちの目的は元の世界へ帰る事だが、個人的にいつか機会があれば行ってみたいものだ。
僕がそう結論付けている横で、癒美はここでも几帳面さを発揮していた。
話を聴きながらメモまで取るその姿は、僕からしたらありがたいことこの上なかった。
鷹也はというと。
白目をむいていた。
仕方がない。
あとで癒美が取ってくれたメモも交えて情報をまとめよう。
長々と説明してくれた双子が「他に仕事がある」と、尻尾を揺らし踵を返して行ったのを見送ると、横にいた癒美と視線が合う。
「さて英紀くん、オーバーヒートしてる彼を起こしてあげて。作戦会議といきましょう」
日本語で喋りかけてきた癒美の視線が、書いたメモと鷹也を行き来する。
「任せてくれ。おい鷹也、起きてくれ」
「鳥は良いッスねぇ……、自由気ままに空を飛べて……って、あれ。いつの間に寝てた?」
「寝坊助さん、あなたが気絶してる間に情報をまとめたから、これからどうするかをみんなで話し合いましょう」
ヨダレがついた口を拭いながら起きる鷹也。
双子の話をメモに取っていてくれた癒美。
僕なりに整理したものも含めて、僕たちは現状の確認と意見交換を始めた。
───
「……やっぱり、異世界なんだな」
最初はこの世界特有の常識に目を輝かせていた鷹也だったが、話が進むにつれて深刻な表情になっていった。
双子が話してくれた内容を要約し、共有し終えた頃合で、鷹也が現実を再確認する。
「ええそうね、信じたくないけれど。まったく……なんでこんなことに……」
「起きてしまったことは仕方がない、今は前を向こう。とにかく、日本に帰るためにも出来ることからやっていくんだ」
そうだ。
このまま現実から目を背け続けていても何も進展は得られない。
僕たちは帰るんだ。
必ず、日本に。
僕たち三人の共通の目標。
その為にも今日ここで、今後どうするのかを話し合わなくてはならない。
「まず、僕たち三人が飛ばされたのは不幸中の幸いだ。一人だけで飛ばされるより何倍もマシだからね」
「マジそれな。こんな異世界に一人だけって、考えただけで鳥肌がたつ」
異世界と一言で言ってしまえば実感が湧きにくい。
しかし蓋を開けてみれば、全く聞き馴染みのない言語。
創作物でしか見たことの無い魔法。
日本では到底味わえない文化。
自分が今まで培ってきた常識の全てが通用しない。
僕一人だけならまだ良かった。
自信はないが、ひたすら帰るために全力を尽くしていただろう。
だがもし鷹也や癒美が一人だけで召喚されていたとしたら。
もし一人だけの現状に絶望してしまっていたら。
「……」
無意識に拳を握りこんでいたらしい。
手のひらが赤く充血してる。
とにかく、そうならずに済んでひとまず安心だ。
「次に、陽翔の事だけれど……二人はどう思う?」
もう一つ大事なことがある。
陽翔の事だ。
彼もまた、僕たちが光に包まれた時にそばにいた。
厳密にはもう一人見知らぬ少女もいたが。
ここは親友を優先的に考えてもバチは当たらないと信じたい。
けれどその陽翔の姿が見当たらなかった。
帝宮の人に聞いても、召喚されたのは僕たちだけで、他の部屋に迷い込んだりもしていない、と。
「そうね……、順当に考えれば一緒に飛ばされたはず……なのだけれど」
「あの場にはおれら三人しか居なかったんだ。陽翔は無事なんじゃねーの?」
「それは陽翔は飛ばされていなかった、という事かい? 正直その考えは、楽観的すぎる気もするけど……」
僕もその可能性は考えた。
しかし非常識の連続で慎重になっているからか。
それは一種の逃避のようにも感じられた。
何故なら──
「けれど確かに、鷹也が言うことも一理あるわ。だって……」
「……あくまで召喚の対象は、僕だけだった、という話かい?」
──これだ。
自分でも認めたくはない。
だが皇帝や双子の話などを聞いていると、嫌でもそうなんだと思わされてしまう。
もちろん陽翔は召喚されていない、と考えるのが最も好ましい。
だがその場合、本来僕一人が召喚されるはずだった、という話に信ぴょう性が増してしまう。
もし陽翔も居たら、話は変わってたかもしれない。
それこそ別の場所に。
そこまで考えてハッとする。
これじゃまるで、自分が現実逃避をしたいが為に、陽翔を利用しているみたいだ。
「……」
「……えっと、あー……」
気まずそうに口を閉ざした二人を横目に、双子から聞いた話を思い出す。
元々皇帝マルクスさんは過去の大英雄を召喚しようとしていたらしい。
もちろん何千年、何万年も前の人物だ。
現在まで生きているわけがない。
それならマルクスさんが真に喚ぼうとしたのは、魂だ。
それが何の因果か、僕たち三人を召喚した。
マルクスさんは真っ先に、僕が件の大英雄の生まれ変わりだと信じたらしい。
僕自身には、当然身に覚えがない。
しかし実際に英雄として召喚され、喚び出した本人からもそう言われてた。
分からない。
だが、もし本当にそうなら?
どうやら彼からすると、鷹也と癒美まで居たのは誤算だったらしい。
カノンさんとサーガさんいわく、召喚の対象がひとつの魂だった時点で、複数人喚び出される事は無いとの事だった。
それなのに、何かしらの事故で二人も一緒に来てしまった。
そこからは、なし崩し的に繋がる。
つまり鷹也と癒美の二人は、召喚に巻き込まれてしまった被害者、という訳だ。
そう結論付けると、先程よりもっと気分が悪くなってきた。
「本当にすまない。僕のせいで、二人をこんな危険な世界に巻き込んでしまった」
僕のせい。
そうだ、皇帝でもない。
件の大英雄とやらでもない。
ましてやこの世界ですらない。
僕だ。
僕が巻き込んでしまった。
そう信じ込む事で、幾分か気持ちの整理がつく。
「何言ってんだって! おれらはそんなの気にしてないっていうか……、むしろ妙に納得したというか……」
「そうね、英紀くんがその大英雄の生まれ変わり、というのはなんだか凄く説得力があったもの」
大英雄の生まれ変わり。
果たして僕が本当にそうなのか。
自分からすると疑問でしかない。
「そうだそうだ。それにさっき自分で言っただろ? 一人で飛ばされなくてよかったって! みんな同じ気持ちなんだ」
「あなたが一人きりにならなくて良かった。私たち三人で、協力しましょう」
けれど、もし。
もし本当に僕が大英雄の生まれ変わりならば。
いや。
生まれ変わりでなくともやる事は変わらない。
こうして信じてくれる二人の為にも、僕は僕が出来ること全てで力にならなければならない。
英雄とか、異世界とか、そんなものは関係ない。
まずは目の前の親友たちを救けるんだ。
「二人とも……。本当に、ありがとう」
───
「それじゃあ次の議題ね」
一通り落ち着いた心を持って会議を続ける。
ひとまず陽翔に関して。
もう一人の見知らぬ少女もいなかった事、そして召喚の性質上から、きっと召喚されていないと結論付けた。
仮に別の場所へ飛んだとして、その理由が全く説明出来ない。
陽翔だけ、彼一人だけ別の場所に飛んだ。
あるいはもう一人の少女と一緒に。
そう考えるより、同じ召喚魔法陣の上にいなかったのだから、巻き込まれていないのでは。
自然に考えた結果だった。
もちろん万に一つの可能性もある。
僕一人だけだったはずの召喚が、二人増えてたといったところから、絶対なんてないのだと。
陽翔の痕跡があれば、逐一見逃さないようにしよう。
それが僕たちが現状出せる答えだった。
「……どうすれば帰れるか、だね」
癒美の合図に合わせて、僕たちの共通目標を提示する。
しかし彼女は少しばかり苦い顔をした。
「それに関して、少し文献を漁ってみたの。結論から言うと、日本という言葉も地球という言葉もなかったわ」
分かりきっていたことだ。
だけど改めて告げられると落ち込む。
ここは日本ではない。
地球ですらない。
であればこの世界の人たちが観測でも出来ない限り、文献に名前がないのは自然なことだろう。
「そしてもう一つ、皇帝マルクスさんが使ったとされる召喚魔術ね」
「召喚……魔術? 魔法とは違うのか?」
鷹也が至極真っ当な疑問を持つ。
魔術。
双子の説明で魔法と魔力の事は聞いた。
もしや派生したものなのだろうか。
「えぇ、魔法を科学的に研究、解明、応用した技術の事を、魔術と呼ぶようね」
その一、魔法の解釈を広げ、可能性も広げる。
その二、魔術刻印を刻み魔力を流し込むことで起動する。
その三、魔力源には魔鉱石、つまり魔力を含んだ鉱石などでも良いらしく、この技術を用いて生産された魔導具と呼ばれる物が存在する。
そして、その四──
「そしてこの魔術には、可能性が広がる分、禁術とされてるものもあるの。それが魂に干渉する魔術」
──魂に干渉するほど解釈と可能性を広げた魔術は、総じて禁術とされる。
例えば魂を生み出したり、書き換えたり、蘇らせたり。
そこまで聞いて、彼女の表情に影が指していた理由に気づく。
「……そういうことなんだね」
「え、はい? ドユコト?」
ピンと来ていない鷹也の為にも、説明口調で話し始める。
「マルクスさんが使ったとされる召喚魔術、その実態は英雄の魂を呼び寄せるという、魂に干渉する禁術だった」
そのまま一息入れて続ける。
「実際は英雄の魂を引き継いでるらしい僕と二人が引き寄せられ、帰るには同じ禁術になるであろう、魂を送り届ける魔術が必要……、ということだね?」
「地球をピンポイントに目的地として指定できる、そんな魔術があるのかすら、そもそも怪しいわ……。でも帰る方法として一番可能性が高いのも否定できない」
転移魔術というのもあるにはあるらしいのだけれど、それは双方向のものだから地球にも同じ転移陣が必要なのでしょうね。
眉間に皺を寄せながら癒美はそう続けた。
事の重大さに気付いた鷹也が眉をしかめる。
帰る方法。
それが一筋縄ではいかないという現実。
嫌になるのも無理はない。
「この問題の厄介な点はいくつもあるね……。まず禁術となってる技術を、盗まなければならないこと」
盗む。
それも秘匿された禁術を。
どこに保管されてるか。
本当にあるのかすら分からない技術を、探して僕たちのものにしなくてはならない。
「それと皇帝を脅して吐かせる、のも無理でしょうね」
「ドシテ? バコーンとイッパツ入れちゃっても良いんじゃないか?」
私怨も混ざってそうに軽く言ってのける鷹也。
脳天気な彼の明るさには何度も助けられた事がある。
しかし今回ばかりはそう単純な話ではない。
「鷹也、あなたね……。相手は皇帝よ? この世界、この国における大統領みたいなものなのよ、同じことが言える?」
「スゥーッ……、なるべく、確実に、穏便に、済ませましょう」
地球で例えたら、日本からやってきた一般学生が、突然アメリカ大統領に喧嘩を売るようなものだ。
当然どうなるかは火を見るより明らかだった。
「そうなると最も確実なのは、マルクスさんの信頼を得ること。になるかな」
鷹也の意見を取り入れるなら、当然こうなる。
もちろん僕も、最初から荒事を起こそうなんて気はなかった。
いわば懐に入り込むのだ。
魂を喚び寄せる禁術を使っておきながら、未だ皇帝の座でふんぞり返っている。
権力。
つまりそういう事なのだろう。
であれば、皇帝の信頼を勝ち取る。
そうすれば禁術を探すのも楽になるかもしれない。
そこまで単純に物事が進めば、だけれど。
「えぇ、その為にはやっぱり力をつけないと。魔法でも情報でも何でもいい。英雄とその仲間たちとして、皇帝の信頼を得ることが出来れば、あるいは。という所かしら」
日本語でメモに「皇帝の信頼を得る」と書く癒美。
「力を付けるのはサンセーだな。もし盗むってなっても、力があれば解決できそうだ」
「僕としては、それでも穏便に済ませたいけどね……」
さっきまで日和っていたハズの鷹也が、力をつけるという提案で元気を取り戻す。
元気すぎて、無鉄砲さに繋がっているが。
どうどう、と燃え上がる彼を抑えつつ、目先の目標が定まったことに安堵した。
「そうと決まれば善は急げよ。早速双子の召使いさんに、私たちの魔法適性を確認しに行きましょう」
そうして僕たちは、例の双子の元へ歩き出した。
しばらく歩いたところで、ふと癒美が思い出したかのように提案する。
「そうだわ、ここからはこの世界の言葉……、アステリア語で話しましょう」
アステリア。
それがこの世界の名前だったか。
言葉を覚えるのに必死で、世界のことは二の次だった。
本当に彼女には頭が上がらない。
「何か考えがあるのかい?」
もうすっかり僕たちの中での参謀となった癒美に、意図を聞く。
「えぇ、慣れない土地、慣れない文化、慣れない世界……。どれ一つとっても厄介極まりないけれど、私たちには最高の武器がある。それが日本語よ」
「はい? なんの関係が?」
日本語。
生まれてからもっとも身近にあったもの。
それこそが武器になると癒美は言う。
「単純よ。この世界で日本語を知る人間はいない。それはつまり、私たちはこの世界で最も秘匿性のある会話が出来るということ」
「確かに。誰かに話を盗み聞きされたとしても、言語が違うのだから何も問題は無い、か」
なるほど。
出来れば避けたいが、仮に盗みを働くことになった際、必要となる暗号などを用意しなくともいい事になる。
日本語自体がこの世界では暗号なのだから。
「そしてこれは言いふらすことでもない。ある種私たち三人だけの秘密ね。……まぁ召喚の場に居合わせた人たちにはバレてしまってるのだけれど」
けれど彼らも意味は分かっていない。
あくまで僕たちが別の言語を話せる、という情報だけだ。
「なるほどな、つまり普段の会話はこっちの世界の言語で、秘密の会話をする時はジャパニーズってことだな!」
「そういうこと。さてカノンさん、サーガさん。少しお時間いい?」
言語を使い分けるという話が、丁度まとまった所で双子の元へたどり着いた。
「皆サマ皆サマ、どうなされたので?」
「皆サマ皆サマ、どうかしましたか?」
初級魔法とやらを使いながら、厨房の掃除をしていたらしい。
その手を止め、同時に首を傾げながら聞き返してきた。
いつも息ピッタリな彼女たちに、ある種の癒しを感じながら本題に入る。
「僕たちに魔法を教えてもらいたいんだ。知識はついても実際、どうすれば魔法を使えるか分からなくてね」
「なるほどなるほど」
「もちろんもちろん」
双子は快諾してくれた。
そうして僕たちは二人に教えて貰いながら、少しずつ魔法とやらに触れ始めた。
「ではでは、こちらの魔導具に」
「どうぞどうぞ、触れてください」
奥の部屋から何かを取り出してきた少女たち。
そうして差し出されたのはひとつの水晶だった。
若干濁っており、中をのぞき込むと何らかの刻印が見える。
「えっと……、これはいったい?」
「こちらはこちらは、通称魔力測定器です」
「つまりつまり、皆サマの魔力総量を測る魔導具です」
そんなことが出来るのか。
魔術、そして魔導具というのは想像以上に便利なのかもしれない。
「異世界キター!!」
「ちょっと鷹也! 突然叫ばないでよ!」
急に雄叫びをあげる鷹也。
確かに、彼や陽翔はこういったものを特に好んでた。
四人で買い物に行った際も、いつも服屋で時間のかかる癒美を待ってる間に二人はよくゲームをしてたな。
楽しそうな二人を眺めながら癒美を待つ。
懐かしい記憶が呼び起こされた。
──戻りたい。
「叫ばずにいられるかっての、自分の魔力量が分かるんだぜ! これに触ればいいんだよな!」
「はいですはいです」
「そうですそうです」
物思いに耽っていた自分を置いて、鷹也はその水晶に手をかざした。
すると綺麗に、そして眩しすぎない程度に光り輝く水晶。
僕と癒美はその綺麗さに言葉を失ってしまう。
「キレイ……」
「おぉ……、まぁまぁ光ってるんじゃないか? 癒美、お前も触ってみろよ!」
この世界での平均がどれ程のものかはまだ分からない。
それでも確かな感触を感じたのか、あるいは魔力がある実感が湧いたのか。
僕と同じように綺麗な光を眺めていた癒美の手を引く鷹也。
「えっ、私? ちょ、ちょっと待って」
静止する声も間に合わず、そのまま水晶に触れた癒美。
すると鷹也と同じくらいか。
こちらもまた綺麗な光を放っていた。
「俺とまぁまぁいい勝負してんな!」
「お二人お二人、平均以上にあるみたい」
「すごいすごい、たくさん魔力あるみたい」
双子いわく、どうやら二人にはこの世界の平均以上の魔力総量があるようだ。
どうしてだろう。
少し緊張する。
二人のために、僕に出来ることなら何でもすると誓った手前、当然出来る幅みたいなのは広くあって欲しい。
これで、もし二人より光が小さかったら。
もし魔力が少なければ。
そんな心配を振り払うように、気持ちを保つ。
「平均以上の二人のあとは、少し不安になってしまうね……」
「ダイジョブだって! 英紀もおれらと同じくらいは絶対あるって!」
「そうね、英紀くんだもの!」
鷹也と同じように、実感が湧いたのか珍しくはしゃぐ癒美。
そんな親友たちに背中を押される。
覚悟を決め、水晶の前に立つ。
「……、よし」
そうしてかざした手の前で、本日もっとも。
あるいは過去類を見ない程に。
「……え?」
その水晶は。
僕の不安を吹き飛ばす程の、とてつもなく眩い光を解き放っていた。
───
「……え?」
時を同じくして、とある魔法大学にて。
一人の少年が水晶の前に手をかざして立っていた。
その水晶は。
凄く、それはもう物凄く。
小さな光が、風前の灯のような弱々しい光を放っていた。
いや、放つ、という言葉すら適切ではないかもしれない。
「ミジンコみたいな光だね、ハルト」
ハルト。
そう呼ばれた少年は何やらこの世の終わりかのような表情をしていた。
彼が今何を考えているか。
何を感じているか。
何を思うか。
全てを語るのは無粋だろう。
しかしひとつだけ挙げるとするならば。
彼はひと月ほど前に、とある女性から言われた言葉が脳裏をよぎっていた。
貴方は、文字通り何もない。
気になる点は……えっと、見当たらないですね。
「正しく文字通り……だったってことか……!!」
「ハルト、赤ちゃんレベル」
「……本当に、嫌になっちゃうなぁ!」




