第十話「計画」
──遠い日の夢。
「──、一緒に来てくれるか?」
「──、───?」
「なんだ、そんなことか。大丈夫だって、俺たちならなんとかなる」
……。
…………。
………………。
───
新しい家に住み始めてから、早いもので二週間が経ったある日の夜。
あれからアイアスとは、多少なりとも打ち解けてきたと勝手に思っている。
家を掃除し、綺麗になった環境のおかげだろうか。
彼とは初対面の時より幾分か話せるようになった。
心なしか表情もサッパリしていた。
「ハルトォ! オレの酒をどこにやった!」
相変わらず飲んだくれのオッサンではあるが。
木で作られた机。
木で作られた椅子。
そこに座って読み進めていた本から視線は外さず、勢いよく扉を開け放ってきたアイアスに言葉だけを返す。
「知らないよ。昨日の晩に酔っ払って、庭で酒瓶を振り回してたのは見たけど」
この人の頭の中にあることと言えば。
一に酒、二に酒、三、四も酒だが五に剣。
どうやら昔は冒険者をやっていたらしい。
当時の癖か、たまに酔っ払ったまま酒瓶を剣に見立てて振り回してる時がある。
とてもじゃないが危険極まりない。
幸いにも振り回す時は決まって庭なので、俺とルナは基本家の中で過ごすようにしている。
「クソッ、となると割っちまったのか……? おいハルト、オレはこれから酒を買ってくる。留守番しとけ」
「こんな時間じゃどこも閉まってるって。今日は我慢しなよ」
頭を乱暴に掻きながら舌打ち混じりに家を出ようとするアイアスの背に、彼が失念しているであろう時間の概念を思い出させる。
この人は酒のこととなると一気に知能が低くなる。
なんせもう夜もかなり更けてきている。
そんな時間まで開いてる店など、この街には無いだろう。
「チッ……。どこもかしこも、店ぐらい二十四時間やっとけってんだ」
コンビニってご存知です?
知らないですよね異世界だもの。
ふと思い浮かんだ言葉を飲み込みながら、分かりやすく苛立つアイアスを横目に考える。
もしや地球でコンビニが始まったのも、彼のような人が発端だったりしたのだろうか。
そう考えたら、この世界でもいつかコンビニが生まれるかもしれない。
懐かしの故郷の景色を思い浮かべ、何を馬鹿なことをと、ため息をつく。
そんな陽翔を見てか、アイアスがひとつ提案をしてきた。
「おいガキンチョ、酒の代わりだ、ちょっと付き合え」
「俺これでも成人年齢なんだけど……」
この世界では十五から成人とされる。
無論陽翔も例外ではない。
子供扱いをしてくるアイアスやナターリアの影響で、自分でも分からなくなるが。
「んな事ァ知るか。オレからしたらテメェなんかまだガキンチョなんだよ。いいから来い」
「はいはい……」
多少打ち解けてきたとはいえ、家主である。
彼の頼みを拒み続けた結果、逆に家に住むのを拒まれてはたまったもんじゃない。
大学から借りてきた"種族図鑑"という、それまで読んでいた本を閉じて椅子から立ち上がり、アイアスの背中について行く陽翔。
そして庭に出た二人だったが、はて、彼は何をするつもりなのだろうか。
陽翔を立ち止まらせ、距離を取るアイアス。
その差、約十メートル。
すると彼は何かを雑に投げた。
「ホラ、拾え」
「えっ、とわあっ!?」
月明かりだけでは見えにくく、反応が遅れた陽翔は焦ってそれを掴む。
「……、剣?」
それは一本の木剣だった。
いつしか鍛錬していたレオが使ってたのを思い出す。
軽そうに見えて、その実しっかりとした重量のあるソレを、同じように一本手にしたアイアスは構えた。
そして力を溜めるように、腰を下ろして足も曲げる。
「オラ、構えろ。行くぞ」
「は?」
呆然とする陽翔を無視するように、弾丸のように突っ込んでくるアイアス。
「いやいや、剣なんか握ったことないんだけど!?」
慌ててアイアスが振りかざした剣を避けるように地面に転がる。
すぐさま顔をあげると、先程まで自分が立っていた場所で、剣を振り下ろした格好で静止したアイアスが見えた。
突然の展開に脳が処理落ちする。
だがアイアスは待つことなく右から左からと、剣を振り払ってくる。
とにかく避けなければ。
その一心で陽翔は何度も飛び跳ね、地面を転がり続ける。
「オイオイ……。テメェはダンゴムシかなにかか? コロコロ転がりやがって、相手を殺す気で向かって来いっての」
ダンゴムシいるんだ。
「じゃなくて、だから剣なんか握ったことないんだって! 振り方も何も知らないんだよ!」
五回か六回ほど同じことを繰り返してると、立ち止まって木剣を肩に乗せたアイアスが揶揄ってくる。
生憎、陽翔に剣道の経験は無い。
鷹也と一緒に、大剣やランスなどを用いてモンスターをハンティングした経験はあるが、それはあくまでゲームだ。
まさか、指先だけで剣は操れまい。
至極真っ当な泣き言で騒ぐ陽翔に、アイアスは呆れる。
「カァーッ、それでもホントに男かぁ? いいか、剣ってのはな──こう振るんだよッ!」
そこから先の記憶はない。
気付いたら部屋の床で眠っていた。
とてつもなく痛む頭と、硬い床で寝ていたせいで身体まで痛い。
どうやらアイアスが気絶した陽翔を、部屋まで送り届けてくれたみたいだ。
「どうせならベッドまでお願いしますよ……!」
あのオッサン、部屋まで担いできたのなら、ベッドなんてすぐそこじゃないか。
体に残った痛みが、起き上がるのも億劫にさせる。
仰向けに大の字になった陽翔のそんな嘆きは、誰にも届かなかった。
それからというもの、なぜか毎日剣の稽古を付けさせられた。
稽古とは名ばかりで、傍から見なくとも弱いものいじめのようなものだ。
木剣を握りしめて弾丸のように迫ってくるアイアスから、避ける、転がる、避ける、転がる。
そして一発貰って気絶する。
目覚めると、目の前にはよく知る冷たい木の床。
そんな日々だった。
おかげで毎日、苦痛で全身が悲鳴をあげている。
本当に嫌になっちゃうなあ。
───
剣の稽古という名の暴行が増えたが、それとは別に今の陽翔にはルーティンがあった。
朝はルナと朝食を取り、二日酔いにうなされるアイアスを刺激しないよう家を出る。
昼は大学で、レオやセレフィアと一緒に魔法の特訓。
夜は思い出すのも恐ろしい剣戟の嵐を受ける。
そんなある日。
「……どうやるって?」
「だから、グッとやってドンッ! だって」
陽翔はレオを師匠とし、魔力による身体強化を教わっていた。
のだが。
結果、レオには人に物を教える才能が全くと言っていいほどなかった。
あまりにも感覚人間過ぎるレオは、らしいといえばらしい。
けれどそれは教えを乞う側からしたら難しいことこの上ない。
「ガっとやってグンッ、そしてドンッ。分かんねえ? 教えるセンスなくてゴメンな……」
「いや、その……、うん」
普段は天に向いてる立派な耳も畳み、同じく普段は荒ぶってる尻尾も静か。
分かりやすいほど申し訳なさそうなレオを見て、陽翔にはフォローなど出来なかった。
あまりにも理解不能であるからだ。
レオの前に、既にルナにも確認していた陽翔。
初めて彼女と出会ったあの日、月の遺跡で巨大な石扉を簡単に開けて見せたのは、魔力による身体強化しか無いと気付き、本人に聞いてみたところ帰ってきた返事は。
──わかんない。
分からないわけないでしょーが。
だが確かにルナであれば、と妙に納得してしまい、聞く相手を変えたのだが。
どうやら魔力による身体能力の強化を扱う連中は、感覚派しか居ないみたいだ。
「大丈夫だハルト、安心しろ。少なくともアンタにセンスがないわけじゃねえ」
白い牙を輝かせながらドヤ顔でサムズアップするレオに、なんとも言えない気分になる。
そも、魔力による身体強化とはなにか。
呆れながらレオに返事をしながら、以前学んだ知識を呼び起こす。
「ハハ……、そう言ってくれると助かるよ……」
体内にある魔力回路を通じて、筋肉・骨格・神経を同時に補助し、本来の能力を限界以上に引き出す技術。
それこそが、魔力による身体強化というものだ。
「オシ、じゃあちょっと休憩したら再開するぞ!」
拳を片手のひらに叩きつけ、軽快な音を鳴らしながら気合を入れるレオを他所に思考にふける。
この身体強化は誰にでも出来る訳ではなく、魔力操作に長けていないと、そもそも補助が難しいらしい。
「うーん……。やっぱり、アレかなぁ」
ナターリアいわく、陽翔には魔力操作の才がある、と。
しかしいくら挑戦しても、出来そうな雰囲気が無かった。
腕を組んで唸ってる陽翔に、腰に手を当てたレオが顔を覗き込んでくる。
「どうした、なにか思い当たることでもあんのか?」
ここで別の可能性を考える。
目の前に教えてくれる人がいるこの状況。
陽翔は顎に手を当てて問う。
「なぁレオ。魔法を使って魔力量が変わったら、魔力操作の感覚も変わるのか?」
陽翔が考えついた、別の可能性。
魔力量の変化による、操作性への影響。
「あー、確かにちょっとはあるかもな。けどそんなの微々たるもんだって。普通、そんな気にするもんじゃない」
どうやらレオいわく、微々たるもの。
普通はそうらしい。
だが、陽翔は悪い意味で普通じゃない。
「俺の魔力がミジンコ級なのは知ってるだろ? 最初はそれが原因で、そもそも強化出来るほどの魔力がないんじゃないかって」
「ふむふむ」
レオは腕を組みながら、真剣に話を聞いてくれる。
「だから少し前まで、身体強化の特訓はしてなかった。だけど最近、ちょっとずつ増えてきてるんだ。だからこうして、レオに教えて貰ってるわけなんだけど」
「その魔力の上昇量に、操作の感覚が追いついてないのでは、ってことか?」
「そゆこと、どう思う?」
さすがレオ。
こと魔法や魔力においては、話が早い。
前に読んだ"種族図鑑"に記されていた内容だが、獣族とは素の身体能力に秀でていて、平均的に魔法の才は少ないらしい。
けれどそんな獣族であるレオは、剣と魔法、ふたつを同時にこなす、いわゆる魔導剣士として優秀とされている。
つまり彼は、天才なのだ。
人に教えること以外は。
「まず考えられんのは、魔力の伸び幅がどんなもんかってトコ。例えば俺も、一気に魔力切れ寸前まで使ったあとに強化すんのは、たしかに難しい」
そして陽翔の魔力量が増えている、という話。
そう。
増えているのだ。
魔力が。
といっても、微々たるものだが。
文字通り、血反吐を吐く努力をして何度も気絶した陽翔。
万が一のために、ルナとセレフィアに頼んで見守ってもらってる。
その甲斐あってか、魔法を行使できる回数が増えているのだ。
初日はゼロ回、二日目もゼロ回。三日目も。
「ならレオも、魔力切れ寸前と魔力マックスじゃ、感覚は違うってことか?」
変化があったのは一週間ほど経ってから。
そこでついに陽翔は、人生初の魔法に成功した。
と同時に、人生初の吐血も経験した。
「つまりそういう事だな」
それから陽翔の魔法の行使可能数は、牛歩ではあるが増えている。
それを踏まえて、レオの話を元に例を出す。
「湖に雨が降っても違いは生まれにくいけど、池ならすぐに大きくなる。池が大きくなればなるほど、波紋の出方も当然変わってくる、と」
意図を汲んだかレオが続ける。
「けど、池である以上子供が遊べばすぐに水はなくなるってか。面白れえ例えだな」
雨は少しずつ増える魔力で、波紋は操作の影響、そして池や湖は魔力総量。
そう考えれば、まさに今陽翔の魔力は雨が降ってる状態だ。
少しずつ大きくなる魔力総量という池では、波紋という操作の影響も変わってくる。
レオが補足してくれた子供とは、いわば魔法の行使による魔力の消費。
「うん、かなりスッキリした。これが合ってるか分からないけど、それを踏まえてやってみるよ」
「応よ! 俺もとことん付き合ってやるからな、獣族の戦士たるもの、友には手を差し伸べるべし!」
本当に彼が居てくれて助かった。
おかげで魔力操作の才が腐らずに済みそうだ。
そうしてしばらく二人で特訓に向き合い。
もうじき日も暮れるといった頃に。
「で……出来た……!」
ついに陽翔は練習用の果物を、片手で握り潰すことに成功した。
「おお! やったなハルト、ついに成功だ! よし、剣を取れ!」
「ありがとうそして遠慮するね……。ちょっと休ませてくれ……」
これは、思ったより消耗が激しい。
タダでさえ常に限界ギリギリの魔力総量で、魔力による身体強化という高度な技術は神経をすり減らす。
けれど、これで自分もようやくフィジカルゴリラの仲間入りに片足を突っ込んだ。
フィジゴリの先輩として、レオには感謝でいっぱいだ。
どこからか、白い殺気が飛んできた気がした。
───
「スゴいですよ、ハルトさん! 本当に魔法の行使回数が増えてます!」
ポニーテールと長い耳と一緒に、ぴょんぴょんと自分の事のように嬉しがって跳ねるセレフィア。
その視線の先には、右手を開いて突き出したままの陽翔がいた。
レオとの特訓の成果で、遂に魔力の何たるかを掴んだ陽翔。
その効果は魔法にも現れていた。
「ナターリアさんが言ってた、燃費がいいって話がようやく分かってきたんだ。今まではコップ一杯のガソリンを全て使って車を動かしてたけど、今は一滴一滴のガソリンで動かせる」
「がそりん……? なんでしょうかそれは……?」
「あっ、ごめん、忘れてくれ」
危うく逆異世界知識を披露するところだった。
頭にハテナを浮かべたセレフィアに、なんでもないと手を振る。
コツを掴んだ陽翔は、いつしかナターリアが言っていた燃費のいい魔法の行使が出来るようになっていた。
火属性初級魔法、"火球"
初日では不発に終わったそれも、今では三回撃っても倒れないようになっていた。
たった三回。
されど三回。
それは陽翔の成長を、確かに示していた。
「ヨシ、じゃあこのまま火属性中級魔法でもやっちゃおうかな」
「えぇっ、危ないですよハルトさん。中級は才能も関係しますし、仮に使えたとしても今のハルトさんに残ってる魔力じゃ……」
中級魔法。
それは才ある者が、努力した上で到達出来る領域。
中級と侮るなかれ。
一生を費やしても習得出来ない人がいるのも事実である。
陽翔はそれを発動しようとしていた。
実際、この時の陽翔は慢心していた。
一瞬とはいえ身体強化にも成功し。
魔法の回数も増えた。
成功続きで自信が湧いたのだろう。
慢心のし過ぎは、往々にして己の首を絞めるものだ。
「大丈夫だ、問題ない」
それフラグですよね?
そう呟くセレフィアを無視して。
「"燃え上がる星の光、焼き尽くすは猛き焔"。"火炎弾"!」
……。
…………。
………………。
「オロロロロロロ!?」
「ハルトさーん!?」
───
──やあ、また会ったね、医務室の天井。
目覚めて最初に出た感想がそれだった。
何度もお世話になってるベッドから、上半身だけをゆっくりと起こす。
寝ぼけ眼を擦りながら、辺りを見回して気付く。
ルナが椅子に座ったまま、こちらに突っ伏して眠っていた。
机の上には花瓶に入った花が一輪と、何も乗ってない皿が一枚。
「まるで病人だな」
「んん……。起きた、ハルト。おはよう」
「はいおはよう白雪姫。ところで、こちらのお皿にあったであろう食べ物の行方をご存知ありませんか?」
「すぴーすぴー」
すごいすごい、一瞬で寝ちゃった。
軽く小突く、ルナの白い頭。
目に見えてわかる嘘寝に呆れるが、同時に申し訳なくなる。
きっと心配してくれていたのだろう。
窓から見える綺麗な星空が、それまでずっとルナがそばに居てくれたのだと教えてくれる。
もうすっかりこんな時間か。
アイアスは今頃酒で潰れてるか、庭で暴れてるかのどちらかだろう。
相変わらず嘘寝を敢行中のルナを起こし、帰路へとついた二人。
もう調子には乗るまい、と星空のもと静かに誓った。
───
途中から本当に眠ってしまったルナを背中に担いで歩き続けていた陽翔は、ようやく家の目の前まで辿り着いた。
「おせぇぞ。何時だと思ってんだ、ガキンチョ共」
しかし家に着くと同時に、酒瓶を片手に玄関の前で座り込んでたアイアスに睨まれる。
「えっと、魔力切れを起こして気絶してたんだ。その、今日は剣の稽古は無しにしてほしい」
まさか玄関前に居るとは思わず、少々動揺してしまう。
でも何も悪いことはしてないし、問題ないだろう。
そう軽く考えていた。
しかし。
「アァ? ナメてんのかテメェ。違ぇだろ」
「え……?」
出会い頭に睨まれたのは、せいぜい酒に酔ってるからだと思ってた。
けれど、どうやら違うようだ。
この感じ、この状況、妙に懐かしい。
まるで日本にいた時、英紀たちと夜遅くまで遊んでて、帰る頃には門限を過ぎてしまった日。
あの日、家に帰ってそのまま部屋に戻ろうとしたら、父に呼び止められた。
普段は滅多に怒らない両親が、その日は珍しく激怒していた。
陽翔、父さんたちがなんで怒ってるか、分かるか?
えっと、門限を過ぎてしまったから……。
いい、陽翔? お母さんたちはね、何も門限を過ぎたことを怒ってるわけじゃないの。
お前が、父さんたちに心配をかけておいて、何も言わずに部屋に行こうとしたことを怒っているんだ。
心配をかけて、ごめん。それだけでいいのよ。
当時はよく分からなかった。
今でも、完全に理解したかと言われて、すぐに顔を縦には振れない。
子供心ながら、勝手に心配したのはそっちじゃないか、なんて考えながら。
その場を乗りきるために、とりあえずで謝った。
そして今、似たような状況で、似てはない人が怒ってる。
もしこれが、逆の立場だったら。
例えば今、自分の背中で眠りこけてるルナが、いつまで経っても帰ってこなかったら。
その時になって、ようやく理解した。
「……。すみません、ご心配をお掛けしました」
「……チッ。とっとと風呂入って寝ろ」
そう言って、酒を煽りながら家の中に戻って行ったアイアス。
少し、彼のことを勘違いしていたかもしれない。
なんとも言えない感情のまま自室に戻った陽翔は、今後の計画を練り始める。
主に魔力の特訓の事だ。
何事も計画性。
それさえあれば、今日のようにルナやアイアスに心配をかけずに済む。
「まず魔力は確実に増えてる……。ノアの言っていた通りだった」
銀色の女性を思い出す。
どこか不気味で神秘的な雰囲気を醸し出す彼女の言葉は、その実間違ってはいなかった。
「魔力は、ギリギリまで空っぽにすることで増やせる……」
これはもう、既に自身の体で立証済みだ。
当然、完全な枯渇に近づくほど、死んでしまう可能性も高くなる。
「死なない程度に魔力を空っぽにして……、魔力を増やす方法……」
けれどそれは、魔力が増えるスピードを犠牲にするのと同じ。
と、そこまで考えて気付く。
「なんか……やってること筋トレみたいだな」
筋トレ。
筋肉トレーニング。
それはつまり、筋繊維に負荷をかけ破壊させること。
そうして破壊された筋繊維は、人間の再生力を持ってより強く頑丈に再生される。
すると筋肉はどんどん肥大化し、いわゆるマッチョに近づいて行く。
「もし、魔力も同じ理論なら……」
陽翔は何度も魔力を空っぽにし、その都度魔力は再生され、より大量となっていった。
同じ、とまではいかなくとも似てる、とは言えるのではないか。
トレーニングによって破壊する筋繊維。
トレーニングによって枯渇する魔力量。
再生力によってより強固になる筋肉
再生力によってより大量になる魔力。
違うようで似てる。
なら、今後の方針は。
「常に限界ギリギリを維持する……?」
加速した思考は止まらない。
例えば、プロテインとか。
かの栄養ドリンクは筋肉の成長に不可欠なタンパク質をメインに、かつ大量に摂取出来る飲み物。
もし、それの魔力版があるなら。
「……魔鉱石を加工して採取できる魔石には、微量の魔力が含まれてる」
学んだ知識が、パズルのピースのように埋まっていく。
「つまり、魔石を粉末状にして溶かすことができれば、それを飲み物と混ぜて魔力版プロテインが出来上がる……?」
粉末化、溶解化。
そのどちらも、この世界では容易にクリア出来そうだ。
魔法を使えばいい。
土魔法でプレスして砕き、火魔法で焼いて溶かす。
それを飲み物に混ぜれば、魔力版プロテイン。
いや。
マナテインが、作れる。
「うおー! そうと決まれば明日から早速試すぞー!」
「うるせぇぞクソガキィ!」
───
その頃、グランディオ帝国。
帝都にある、立派な城にて。
「──それで、彼らの現状はどうだ?」
「はいですはいです、タカヤさんとユミさんは、それぞれ自分の魔法に慣れ始めた頃です」
「そうですそうです、ヒデキさんも日々鍛錬されてます」
豪華絢爛な一室。
そこにはこれでもかと装飾を散りばめた服を着込んでる男と、その正面で畏まる双子の少女がいた。
宝石が至る所に埋め込まれた椅子に深く腰をかけた男は、これまた宝石まみれのテーブルの上にあるチェス盤を眺めていた。
「そうか、それは良い。まさか片や神級魔法、片や世界で唯一無二の能力に目覚めるとは……。英雄の魂に付いてきた金魚のフンと思っていたが、嬉しい誤算もあるようだ」
そっと腕を伸ばした男は、痛々しいほどにいくつもの指輪を嵌めた太い指でチェスの駒を弄りながら呟く。
白のナイト、それから白のビショップ。
「そしてかの英雄の生まれ変わり……、流石と言ったところか。しかし意外だったな。まさか彼が、初級ですら魔法を扱えないとは。もっとも、それを補って余りある才があるようだが」
そして、白のクイーン。
「問題ない。余の計画は、全て順調だ」
男はそのクイーンを持って、黒のキングに軽く押し当てる。
なんの支えもなかったその駒は、静かに盤上へ倒れこんだ。




