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未完のアステリア  作者: 星見恒星
第1章 ヴィッセンベルク魔法大学編
12/12

第十一話「筋肉」


 あれから陽翔は、独自の"魔力イコール筋肉理論"に基づいた計画の実行に移っていた。

 授業で実験用として大学から分け与えられている、小さめの魔石をいくつか入手した陽翔。

 そうして大学敷地内の広場にて、実験を開始した。


 今の陽翔は日に三回と少しの魔法が使える。

 効率よく、かつ大胆に。

 まずは土魔法で大きめの岩を空中に作り、落とす。


「"支えるは星の鼓動"。"石柱(ストーンピラー)"」


 どうやら自身は、土属性が比較的得意だと気付いた今日この頃。

 土属性派生である、岩の初級魔法により生成された柱。

 それを掘った穴に入れた魔石目掛け、落とす。


 極力小さい魔石を選んだからか、簡単に粉々になった。

 役目を終えた柱は、魔力の残滓となり空に消える。

 そのまま次の段階へ移る陽翔。


 この実験を思いついた昨晩、事前に土魔法の土塊(クリエイト)で生成しておいた皿を取り出し、そこに砕けた魔石を入れて火魔法で熱する。


「"燃え上がるは星の光"。"火炎(フレイム)"」


 燃費の良さを存分に活かし、まるで火炎放射器のように突き出した両の手のひらから火を出し続ける陽翔。

 しばらくすると、魔石は少しずつ熱を帯び、やがて表面からどろりと溶け始めた。


 魔石や、その加工元である魔鉱石は元を辿れば世界樹の根から出た樹液が凝固したものだと聞く。

 であるなら、溶けた魔石は金属とは違う性質を持つのでは。


 その程度の仮説をもって実験に挑んでいる訳だが。


 しばらくして変化が見られる魔石だったもの。

 まるで加熱された魔石は、鉱物としての結晶構造が崩れ、内部に封じ込められていた魔力が液状化し始めたように見える。


「よしよし。あとはこれを、キンッキンに冷えてやがるミルクに流し込めば……」


 流し込んだ瞬間、沸騰し始めるミルク。

 それを慌てて氷魔法で冷やし続ける。


 しばらく経ち、三回目の魔法を使ったことで急激に疲労感が襲ってくるが、大人しくなった魔石インミルクを覗き込む。


 すると、あら不思議。

 真っ白だったミルクはその色を変え。



 なぜか虹色に光りだした。


「いや、なんで?」


 中にミラーボールでも誕生したのだろうか。

 こう言ってはなんだが、これではまるで光る吐瀉物だ。


「ゲーミングミルク? じゃなくて、大丈夫かコレ……」


 今なお幻想的に七色に光るミルクだったもの。

 人が飲んでも大丈夫なのか。

 そんな不安が脳裏に過ぎる。


「ええい、ままよ。こちとら血だって吐いたことあるんだ。ゲロるくらいどうってことない!」


 ここ最近、なにかと吐いてる陽翔。

 自信か、あるいはヤケになったか、一気にソレを飲み干す。


「……っ!」


 喉を鳴らして飲み込む。

 堪えるように顔をしかめる。

 そして、目を見開いた。


「美味い……! 美味いぞ、コイツ……!」


 例えるならエナジードリンクと言ったところか。

 なぜミルクがエナドリ味になるのか皆目見当もつかないが、きっと魔力による影響がそうさせたのだろう。


 何やら体の奥から湧き上がってくるような力を感じる。

 体も軽くなってきた。

 先ほどまで感じていた疲労感は抜け、まるで翼でも生えたかのようだ。


「よし……! このまま、魔法が何回使えるか検証だ」


 だが味など二の次三の次。

 この実験の本来の目的は魔力の回復が可能かどうか。

 そう気持ちを切り替えた陽翔は、本日四度目の魔法を行使し始めた。


「"零れるは星の雫"。"水弾(ウォーターボール)"!」


 空に向かって構えた手のひらから、サッカーボールほどの水の塊を生成し、射出する。

 綺麗な放物線を描いた魔法は空中で弾け、少量の雨となって全身に降り注いだ。

 濡れた顔を拭いながら、疲労感がないことを確認する。

 四度目の魔法だったというのに、体は軽いまま。

 続けざまに別の魔法も行使してみる。


「はは! "生み出すは星の呼吸"、"風刃(ウィンドカッター)"!」


 鋭い風の斬撃が空を飛ぶ。

 五度目。

 普段であれば、もう倒れてもおかしくない頃合いだ。

 だが。


「あははは! "轟くは星の咆哮"! "雷針(サンダーニードル)"!」


 細く鋭く、それでいて高速で彼方に消えていく、電撃。


「マジかよ、キツくない、むしろ余裕さえある!」


 そう。

 確実に、魔力は回復していた。

 六度目の魔法を放ってもなお、まだ使えると確信できる体の状態。


 前回の失敗から学び、このまま調子に乗って七回、八回と続ける気はない。


 そもそも実験において、もうする必要がなかった。

 既に完璧な結果が見られたのだから。


 そうだ、正式に宣言しよう。


「ふはは! 実験は、成功だ! はっはっはっ!」


「静かにしたまえ」


 背後から突如、冷水をぶっかけられたような感覚に陥る。


 なんだいなんだい、こちとら今最高にハイってやつなんだ、邪魔するなら中級魔法で吹き飛ばしちまうぜ。


 調子には乗らない、と誓ったばかりなのだが。

 やはり苦労して検証した成果が、ここまで上手くいってしまうと鼻も多少は伸びるらしい。


 そうして振り返った陽翔の目の前にいたのは。

 あからさまに不機嫌ですと顔に書いてあるアルベルトと、相変わらず子鹿のように震えるエリナがいた。


「なんだ、エリナさんとアルベルトか。なんの用だ?」


「キミ、本当に礼儀がなってないな。それどころか常識すらないらしい。もっとも、それは既に分かっていたことだが」


「ぴえぇええ、ア、アルベルトさん。お口が悪いですよぅ……」


 腕を組んでこちらを睨みつけてくるアルベルトを、涙目になりながら頼りなく静止しようとするエリナ。


 出会い頭に挑発してくるのは、どうも彼にとってはノルマか何からしい。


「毎度毎度、顔を合わせる度に煽ってくる方も、礼儀も何もないんじゃないか」


「ほう? では周りを見たまえ」


 周り?

 そう言われて辺りを見渡すと、あることに気付いた。

 広場に居る他の生徒が、こぞってこちらを見ている。

 その中にはいつぞやのワニ魔族とキリン魔族の姿も。

 だがそんなことより、全員何やら様子がおかしい。

 見ていたのはこちら、というより正確には陽翔を、だった。

 それも鬱陶しそうな、怪訝な表情の生徒も多い。


「……あっ」


 やっちゃった。


 そう気付いてからでは遅かった。


「この広場はキミだけのものでは無い。無論、他の生徒や学者も利用する。かく言う私も、静かに日差しを浴びながら読書をしていたのだがね」


 そう言って彼は、読んでいたと思われる本を見せてきた。

 その表紙が、少し濡れていることに気づくのに、時間はかからなかった。

 焦り出す陽翔を前に、しかし、と続けるアルベルト。


「あのように何度も花火を打ち上げられては、こちらの気も散るというもの。それも星級のような大魔法ならまだしも、お粗末な初級魔法。なにより!」


 アルベルトの口撃は止まらない。

 それどころか、より苛烈さを増していく。


「我がペットのカゲちんが驚いて胸ポケットから顔を出さなくなってしまった! キサマ、カゲちんに謝罪したまえ!」


「ううぅ……、こ、声が大きいですよぅ……」


 こちらを指さして激昂する彼の胸ポケットには、確かに丸みの帯びた小さい頭が見える。

 隣でエリナが身を縮こませているのは、アルベルトの声が響いて驚いたのだろう。

 いや、それよりも。


 彼が言ってることは事実だ。

 実際、はしゃぎすぎて周りを考えられてなかった。

 トカゲのカゲちんが怯えているように、アルベルトの本が濡れているように、先ほどまでの行いは多大な迷惑行為。


 言い訳なんて出来るわけがない。

 完全に自分が悪い。


「ごめんっ! 全く周りが見えてなかった、アルベルトもエリナさんも、カゲちんも……、ごめん!」


 彼らだけじゃない。

 振り返って周りの人へ視線を合わせる。


「お騒がせしてすみません! お見苦しいものを見せました! 以後気を付けます!」


 そう頭を下げて述べた謝罪を、どう受け取られたかは分からないが、周りの人は各々自分の好きなことをしはじめた。


 ワニ魔族とキリン魔族も、球技スペースにて二人だけで火の玉ドッジボールを再開していた。


 そして、改めて二人と一匹の方に向く。


「その、ありがとう、アルベルト。君に言われてなかったら、たぶん俺気付いていなかった」


「フン、分かれば良いのだ。このアルベルト・アウグスト・エーデル・ローゼン・クロイツ・セバスティアン・ヴィルヘルム・フォン・ヴァルディアが特別に許そう」


「な、な仲直りが出来たようで、よ、よかった、です……!」


 すると小さな生命が、アルベルトの胸ポケットから顔を出した。

 黒い瞳に茶色い頭の、トカゲという割には随分丸まった可愛らしい顔がこちらを見つめてくる。


「おぉ〜カゲちん、怖かったでちゅねぇ。もう大丈夫でちゅよぉご飯でも食べまちょね〜。では、私は行くところがあるのでな。行くぞエリナ」


「は、はいぃぃ……!」


 今とてつもない光景を目の当たりにした気がするが、ろくに反応出来ない。


 反省の念で染まってる陽翔には、その他を気にする余裕などなかった。


 本当に悪い事をした。

 それをわざわざ、彼は叱責してくれたのだ。


 嫌なヤツだから、だから無視しよう、なんて事、出来るはずがなかった。


 周りに迷惑をかけたら謝る。

 至極当然のことだ、今後は気を付けよう。


 実験の後片付けをし、そのまま図書室へ向かった。




 そうして辿り着いた静かな本の広場で、適当な席に腰をかけた陽翔。


 やはり頭を冷やすのにここ程最適な場所もない。

 そう思いながら陽翔は静かな空間で、本を読むでもなく両手で顎を支えながら思考に耽り始めた。


 兎にも角にも、実験は成功した。

 つまりマナテインの開発に成功したのだ。

 人様に迷惑をかけてしまったのは反省しているが、この事実は変わらない。


 これは大変喜ばしいことだ。

 おかげで今後の魔力総量を鍛える特訓に、ブーストがかかる。


「そうだな……。筋トレから連想した訳だし、マナトレとでも呼ぼうかな」


 そうして陽翔の魔力総量増加トレーニングの呼称が決まった。


 今後はマナテインを飲みながら、回復した魔力を消費し、またマナテインで回復、そして消費する。

 これを繰り返せば、一日に魔法を扱える回数も増えるし、何より完全枯渇の心配が薄れた。

 であるなら多少無理をしてでも、もっと負荷をかけても平気だろう。


 回復アイテムがある。

 そして先の実験中に気づいた、マナテインの最大の特徴。

 それは魔力イコール生命力に基づき、ゲームで言うところのHPとMPの同時回復が可能であるということ。

 

 それは陽翔にとって、この上なく頼もしい存在だった。



───



 時を同じくして、ルナは今日も今日とてセレフィアの部屋で、彼女にお菓子をねだりに来ていた。

 セレフィアも慣れたもので、既にかなりの量のお菓子を用意してルナをもてなす。


 上機嫌に鼻歌を奏でながら、美味しそうに頬張るルナを見て、エルフの少女は呟く。


「……甘いものというのは不思議ですね。口にすればすぐに消えてしまうのに、幸福だけはいつまでも残るのですから……。また今日も、ささやかな甘い幸せに感謝を……」


「なにを言ってるの?」


 優雅に紅茶を飲みながら変なことを口走るセレフィアだったが、文学的見識を持ち合わせていないルナには何を言いたいのかサッパリだった。

 そんなルナの反応に対し照れくさそうに咳払いしながら、なんでもないですよ、と返すセレフィア。


 少し気まずくなったのか、彼女は続けざまに質問する。


「ところで、ルナさんのその鼻歌、素晴らしいメロディですね。思わず聴き入ってしまいます。何の歌なんです?」


「ちっちゃい頃に、お母さんがよく歌ってくれたの。もういないけど」


 ルナはいつもと変わらない様子でそう述べた。

 しかしセレフィアは、少しバツの悪そうな顔をしている。


 もう居ない。

 それが指し示すのはつまり。


「死んじゃった。お母さんもお父さんも」


「それは、すみません……。嫌な過去を思い出させてしまって……」


 頭を下げるセレフィア。

 けれど当の本人は、何も気にしていないと返す。


「んーん、だいじょぶ。お兄ちゃんがいるから」


 飄々としたままのルナから、許されたことに安堵したような表情のセレフィア。

 するとそのまま、何かを思い出したかのように今度はルナが逆に聞き返す。


「ねえねえ、セレフィア。あなたの魔術ってどんな名前?」


「ええっ? わたしは魔術なんて扱えませんよ……?」


「んー? じゃあこのお菓子はどうやって出してるの?」


「それはお料理してるんですよ、ルナさん」


 どうやらルナは、セレフィアが料理で生み出していたお菓子を、魔術で作っていたと勘違いしていたらしい。


 なぜそんな勘違いをしたのか。

 そう疑問に思ったのだろう、セレフィアはルナへ問いかけた。


「どうしてそう思ったんですか?」


「お兄ちゃんはいつも、魔術でお菓子を出してくれてたから」


 お兄ちゃん。

 先程もルナの口から出た言葉。

 しかしセレフィアは考える。


「ハルトさんの事ですか? ですが彼が魔術を扱ってるとこなんて見たことが……」


 ルナの兄は陽翔。


 前を歩く陽翔の背中に、いつもついて歩くルナ。

 あまり似ていないが、そんな二人の普段の距離感を知るものは、そう勘違いしてもおかしくない。

 故にセレフィアの疑問は真っ当なものだった。


 それをルナは首を横に振ることで否定する。


「ちがうよ。ハルトはお兄ちゃんじゃない」


「……? ではルナさんのお兄さんとは?」


 気になるのも無理はない。

 今までルナの周りで、陽翔以外に兄と呼ばれそうな人物はいなかったはずだ。


「私のお兄ちゃんは、ヘリオスっていうの。しばらく会ってないけど、迎えに来てくれるって約束したんだ。そうそう、この首飾りもお兄ちゃんがくれたんだ」


 だから安易にルナの兄を聞いた。

 聞いてしまった。

 三日月を模した銀色の首飾りを撫でるルナは、懐かしむような表情をしていた。

 しかし答えを聞いたセレフィアは、その瞬間青ざめた。


「……え? いま、なんとおっしゃいました……?」


「んー? いつか迎えに来てくれるんだって」


「いえ……そうではなくて……! お名前は……!?」


「名前? だから、ヘリオスだよ」


 しばしの沈黙。


 ルナの顔には、どうして黙るのだろうとでも言いたげな純粋な表情が浮かぶ。

 兄の名前がおかしいのだろうか。


 そうではない。


 セレフィアが固まった理由は他にあった。


「ヘリオス……ってあの、大英雄ヘリオスと同じですか……?」


「だいえーゆー?」


 そう。

 ヘリオス。


 その名は、ここアステリアで生きる者なら誰でも知っている。

 その名は、かつてこの世界の窮地を救った者の名だ。


「えぇ、神話時代の大英雄ヘリオス。有名なおとぎ話にも出てくる勇者のお名前ですよ……。ご存知ないですか?」


「しらない。私にとってヘリオスって名前は、お兄ちゃんだけ」


 セレフィアは黙った。

 何かを考えているようだ。


「では、もしやルナさんはアレクシア王国の王族ですか? あそこの王族の方たちは、代々ヘリオスの名を継いでいますし……」


「そんなとこ知らない」


 アレクシア王国。

 そこの王族は、代々大英雄ヘリオスの名を世界を救った者の名として、建国当初からミドルネームに継承していく伝統がある。

 だがルナはそんな王国を、はっきりと知らないと述べた。


 人族最大の国家を知らないと聞かされた彼女は、しばらくすると額に汗を浮かばせながらルナに聞く。


「ひとつお聞きしたいのですが、ルナさん……。あなたは、魔王という言葉に聞き覚えはありますか?」


 魔王を知ってるか。

 文面だけ見ればそのままの意味。

 だが。


「……。しってる」


「……では、あなたにとって魔王とは、どういった存在ですか」


 魔王のことは知っているというルナ。

 セレフィアは一体何を確認したがってるのか。


 次に投げかけたのは、魔王とは何か。


 セレフィアにとって魔王とは、八大星王のひとりで、魔族の頂点。

 

 この世界を象徴する星王。

 約一万五千年前に、正式に加わった、世界を破滅から守る一角。

 既に初代八大星王の魔王は逝去しているが、現代の魔王もその責務を担っている。


 しかし、ルナは。


「……。私たちの村をこわした。そして世界を破滅に導こうとしてる悪魔」


 キッパリと、悪魔だと。

 それこそが魔王だと述べる。


「八大星王は、ご存知ですか」


 知らない。

 そう答えるルナ。


 何かがズレている。

 ずっと溢れていた、ルナの妙な雰囲気。


 セレフィアは知る由もないが、いつぞや白い少女はアイアスの背中に刃物を押し付け、いつでも殺せるようにといった判断を即座に下した事がある。


 それだけではなく、ルナと陽翔が魔法大学の人間に囲まれた時も、突如現れたドラゴンに周りが気を取られる中、ルナだけは行動出来た。


 なぜそのような事ができたのか。

 ルナの、まるで何事にも動じない強靭なメンタルはどこから来ているのか。

 この雰囲気は、どのようにして形成されたのか。


 それら全てに通ずる答えは、セレフィアの中で出来上がりつつあった。

 かろうじて聞き取れる彼女の呟き。


 ヘリオスの妹。

 古の魔王。

 八大星王を、知らない。


「ルナさん。今は……、何年ですか」


 そして。


「えぇーっと……、たしか──」


 ──オグドアス暦一五一八年。


 そう答えを受け取ったセレフィアの表情は、名状しがたいものだった。


 それは、神話時代末期に終わった暦です。


 か細い言葉はルナには届かず、首を傾げさせるだけだった。


 そしてエルフはその答えを、訂正する。


「今は、盟星暦二五六年です。……ルナさん、もしかすると──」



 ──あなたは二万年前の人物かもしれません。



───



「ヨーシ、ハルト! 今日こそは剣を取れ! 俺と試合しよう!」


「レオとやったら、試合が死合になるからパス。それよりも、今日は面白いものを持ってきたんだ」


 剣を振り回しながら迫る青髪の獣族による求愛行動、もとい求合行動をサラリと交わしながら、少年は七色に光る奇妙な飲み物を取り出す。


「クンクン。なんだそれ、すっげえ変な匂いがすっぞ……。それに何でこんな主張が激しいんだ……?」


「一応嗅覚は生きてるんだ、じゃなくて。これこそ、俺の長年の研究成果であるポーション。その名も、マーナーテーイーンー!」


 どこからか、軽快な音が聞こえた気がした。


 長年という言葉の裏に、一日という具体的な日にちが隠れてることまでは伝えない。

 それは野暮というものだ。


 陽翔は自身の計画により生まれたドリンクを高々と掲げた。


「マナテイン? なんだそのヘンな名前」


 おいおい、これは我が故郷地球に存在する、筋肉の妖精さんたちの愛用ドリンクから取った名前だぞ。


 自身のネーミングセンスに一遍の曇りなし、と頑なに信じる陽翔はこのドリンクがどういうものか伝える。


「ヘンじゃない! いいか、これはな、いわゆる回復アイテムなんだ」


「回復アイテムぅ?」


 いまいちピンと来ていない様子のレオに、はやる気持ちを抑えて説明を続ける陽翔。


「えっと、だから、つまりこれを飲めば魔力が回復するんだよ」


「本当かぁ? 魔力を溜め込む神器の伝承は聞いたことあるが、回復するだってぇ?」


 神器ってなんですか、そっちの方が気になります。


 レアアイテム枠が存在することに虚を突かれた陽翔だが、姿勢を正してマナテインの詳細を語る。


「その神器とやらも気になるけど、今はこっち……これの材料はミルクと魔石なんだ。魔石を砕いて溶かして、それを混ぜることでコイツが完成するのさ」


「魔石を溶かして飲むって、アンタとんでもねぇ発想してんな」


 そうだろうか。

 自信作ではあるが、なぜ似たようなものが作られていないのか、正直不思議なぐらい単純な構造なのだが。


 そこまで異質なことをしているつもりは無い、といった顔をする陽翔にレオは言う。


「魔石って、杖の装飾やアクセサリーみたいな小物、それか魔導具に利用するぐらいしか、使い道がねえって言われてんだけどな」


 剣にするには脆く、防具にしてもコストが高い。


 そして傷の回復手段は昔から水属性の派生である、治癒魔法に頼っていた。

 病気には薬草から生成される薬もある。


 それらに比べると、若干ではあるが貴重な魔石をよもや飲むとは。

 そういう事が言いたいらしい。


「でも誰か一人ぐらいは、やってるもんだと思ってたけど」


「そう言われたらそうだが……。いや、ないな。アンタは魔石以外にも、鉄を溶かして飲むつもりか?」


 なるほど。

 そこまで言われて理解した。


 この世界の人間からすると、産まれた時から身近にある鉱石の一種。

 幼い頃から飲んではダメ、とでも教わってるのだろうか。


 しかし陽翔は日本人。

 鉄は飲むなと教わってても魔石は飲むなとは教わっていない。


 だからと言って、鉱石は飲んでもいい、とも教わってないが。

 どうやら恐らく、ある種の認識や常識の違いから辿り着いた裏ルートだったのかもしれない。


 しかしレオは何か言いたげだった。


「ハルト、これはあんまし人に言いふらすもんじゃねえかもな」


「どうして?」


 腕を組んで何やら神妙な面持ちをする獣族の青年。

 なぜ、と陽翔が問いかけるとその返事はすぐに返ってきた。


「恐らく、戦争の火種になる」


 戦争。

 火種。

 つまり何か、このマナテインが戦争を引き起こすとでも。


「はは、何言ってんだよレオ。これが戦争を? ないない、ありえないだろ」


 呆れたように笑う陽翔だが。

 レオの表情は変わらない。


「……、理由は?」


 事の深刻さを感じ取ったか、陽翔は聞く。


「身体の傷や病気を治す手段は今までもあった。だが体力そのものと魔力そのものを、同時に回復できる代物だと? そんなのを過激なとこの兵士や奴隷に持たせてみろ。アンデッドのように戦い続ける軍団が出来ちまう」


 想像する。


 戦場のど真ん中。

 何人もの兵士が倒れていく。


 だが傷だらけの彼らがコレを飲み、回復した体力と魔力による治癒魔法で傷を癒して、また死地に飛び込む。


 何人も、何十人も、何百人も。

 それこそ、コレが尽きるか首を跳ね飛ばされない限り。


「そんな使い方も出来ちまうし、何よりアンタを拉致して製造方法を聞き出したり、各国で利権争いが起きる可能性もあるかもしれねえ。魔石の独占も始まるだろうな。火種ってのはそういう意味だ」


 夢で見た戦争。

 あの地獄のような光景。

 それを、自分が作ったものが、再現してしまう。


 背筋が凍った陽翔は固く誓うことにした。


「わ、分かった。これは人前では飲まないし、作り方も墓場まで持ってくよ。絶対に他人には教えない」


「応よ、それがいいな。なんかあったらすぐ呼べよ。誰かに尾行されてるとか、怪しい気配を感じたりしたら、獣族の戦士の誇りにかけて友を守ろう」


 そう言って逞しい胸を張って叩くレオ。

 あまりにも頼もしい。

 戦いに有利となる、と考える人からすると喉から手が出る程に欲しいだろうに。


 いや、彼はこういったものに頼るつもりはなさそうだ。


 己自身の限界を、己自身の力で乗り越える。

 死ぬ時は、悔いを残さず潔く死ぬ。

 しばらく交友を続けて分かった。

 レオという青年は、そういう人間だ。


 少し恐ろしい話題により重くなった空気を、明るくしようと陽翔は提案する。


「恩に着るよ。貴重な助言をありがとう。という事で飯を食いに行かないか? 奢るぜ」


「ハハハッ、ここの学食はタダだぜ。なにが奢りだよ」


 肘でお互いを小突きながら食堂へ歩き出した二人。

 陽翔はふと気になったことをレオにぶつける。


「そういえば、レオの実家ってどんなとこなんだ? 兄弟とかいないのか?」


「エ゛ッ……ハハッ、聞いて驚け、ウチはとある王族の一員で、俺は将来獣族の長になるんだゼ!」


「うーん、怪しい。言いたくないならそう言えばいいのに」


「誰にだって秘密のひとつやふたつあるもんだってーの」


 そんな軽口を叩きあう二人のもとへ、遠くの方から走って近付いてくる影があった。



「はぁっはあっ、見つけました、ハルトさん!」


 全身で息をしながら、青ざめた顔で陽翔を呼ぶ女性。

 緑髪のエルフ、セレフィアがそこにいた。


「セレフィア? どしたの、そんなに慌てて。あぁ紹介するよ、コイツはレオって言って──」


「ごめんなさい! 私が、軽率だったばかりに……!」


 一体なんの事やら。

 訳が分からない陽翔は、とにかく頭を下げ続けるセレフィアを落ち着かせることにする。


 そうして冷静さを少し取り戻したエルフの少女。

 だが続けて放たれた言葉は、今度は少年を混乱させた。



「ルナさんが……、ルナさんが、行方不明に……!」



 ──ルナが、行方不明……?




──




「案外、役に立つ事もあるかもな」


 陽翔たちのやり取りを、影から盗み聞いていた人影がひとつ。

 その人物は短く独りごちると、そのまま建物の裏に消えていった。

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