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第46話

「遅いぞ物朗(ものろう)くん。二十八分の遅刻だな」


 ——不貞腐(ふてくさ)れた顔で童子山(どうじやま)るるが言うので、俺は思わず「お前なあ」ときつめに言葉を返した。


「二十八分も遅刻してちゃ、絶対学校に間に合わないだろ。お前のボケは絶妙に微妙すぎてツッコミにくいんだよ」

「五分くらいの遅刻、私は別にいいんだけど。ひとちゃんを待たせるのは忍びないでしょ。二分前から待ってた私には、なんの責任もないけど」

「お前も三分遅刻してるじゃねえか!」


 普段通りの、やかましい朝の登校風景。

 るるとの合流地点は、俺の家から三百メートルほど離れた公民館の前で、さらに三百メートル歩いた先でひとと合流するのが日課となっている。


 いつだって、俺たちはくだらない話をする。匣庭(はこにわ)高校に入って——それはつまり転移して——前以上に馬鹿話をするようになった。


「そういや物朗くん。比延(ひえ)さんのことで話があるんだけど」

「ん? なんだ?」


 歩き始めてすぐ、るるがあらたまった調子で話し始めたので、俺もふざけるのをやめた。


「ゆうべひとちゃんとも話したんだけど、比延さん今、微妙な立場でしょ。合宿でもし一人ぼっちになってたら、声を掛けてあげて欲しい」


 俺たち一年生は今日から「一、二年生合同オリエンテーション合宿」に参加することになっている。三年生のいないオルタナティ部員も、当然全員がこの合宿に同行する。


 クラスで一番有名な幼馴染(なじ)みトリオ——二番目はもちろん俺たちだと思うが、三番目、四番目の可能性も否めない——の一人、比延叶実(かなみ)さんはそのミステリアスな雰囲気で一目置かれている存在だ。


 オルタナティ部では打って変わって、個性の強いキャラクターとして部活に溶け込んでいる彼女だが、最近幼馴染(なじ)みの他の二人が恋愛関係を解消し、板挟みになっているようだった。


 なるほどの心配りだ。こういう思いやりは、いかにもるる(ひとも)らしいと感じる。そこまで頭が回らなかった俺は、るるのことを素直に尊敬する。


「どうした物朗くん、私のことをじっと見つめて」

「尊敬の念を送ってる。届け、俺の(おも)い!」

「……悪いものでも食べたのか? 物朗くんは落ちてるものでも拾って食べるからな」

「それだ! その返し! まさしく俺が求めていた通り!」


 何を言っているのか自分でもよくわからない。わからないが、これだけは言いたい。

 るるは最高に気の合う、いい女だってこと。


 ——二人で歩を進めていると、いつもの待ち合わせ場所で電柱に寄りかかっている瀬加(せか)一図(ひとえ)の姿が見えてくる。

 ひとはこちらに気づくと、腰に両手を当てて言った。


「遅いよ。二十八分の遅刻だからね」


 この二人、発想が酷似しすぎている。もっともひとはイルカ、るるは鬼という相違点はあれど。


「なんで数字まで同じなんだよ! お前らはテレパシーででも会話してんのか!」

「ふああああ!? ものが(しゃべ)った!」

「そりゃ(しゃべ)るだろ! お前は俺のこと植物かなんかだと思ってるのかよ!」


 どんなノリ。どんなボケ。どんなツッコミだよ。

 テレパシーで思い出してひとの左手首に目を遣ったが、いるはずの——あるはずの物がないことに気づく。


「あれ? ひとちゃん、チーさんは?」


 同じく変化に気づいたるるが、ひとに問いかける。


 いつだってひとの左手には、イルカのぬいぐるみ——チーさんが乗っかっている。前は持ち歩くには大きすぎるぬいぐるみだったが、今は俺のプレゼントした『くるっとイルカ』をブレスレット替わりに手首に巻き付けている。


 常に彼女の守護者として、彼女の(そば)にいるはずのチーさんがいない。これは異常事態だ。


「おいお嬢、まさかオレのこと家に忘れて来やがったんじゃねえだろうな」


 オレが——もとい、俺がチーさんの口調で物真似(ものまね)をすると、ひとがぷるぷる震えながら笑い出す。意外とウケた。

 持ちネタにしようかと思ったが、チーさんのいる前で披露したら、容赦なくひれパンチを()らうことは間違いない。


「あのね、お兄……じゃない、チーさんね、他の女子と同室で寝泊まりはできないって、家に残ることになったの」

「へえ。意外とちゃんとしてるんだな、チーさん」


 チーさん——ひとのお兄さん。もちろん、みんな知っている。その正体が、ひとの他界した兄・七弥(ななや)さんだということを。

 そもそも玻璃先生には、自ら正体を明かしてもいた。


 だがチーさんは、自分はあくまでイルカのチーさんだと言い張る。少なくともひと、るる、俺の間ではそういうことにしろ、と言う。その方が厄介ごとを避けられる、と。


『いるんだよ、たまに。霊感のあるやつが。オレは信じちゃいねえが、除霊だなんだ言い出したら厄介でしょうがないぜ。だからオレはなるべくお前らだけがいる場か、誰もいない時にしか現れねえ。普段は違う場所にいる。お嬢が呼び出した時だけ、お前らとこうやって会話できるってわけだ』


 これは以前、チーさんが語ってくれた話だ。だから俺たちも普段、チーさんと七弥さんを結びつけるような話をしないように注意している。

 あのチーさんが除霊されるだなんてこれっぽっちも思わないが、そのことでひとにトラブルが及ぶのは避けたい。


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