第47話
「え、でも、るるが泊まってる時はどうなんだ?」
ひととるるの間では、互いの家でのお泊まりが恒例行事となっている。俺は言うまでもなく蚊帳の外だ。
「るるちゃんが泊まる時も、チーさんは別の部屋に行ってるよ」
「私は別に気にしてないんだけど、必ず部屋から出て行くよね。紳士なんだよ、チーさんは」
へえ。全然知らなかった。チーさんらしいというか、七弥さんの人柄が出ているとは思う。
その後は三人揃っての登校。十分ほど真っ直ぐ歩いて行くと、左手に学校へと続く坂道が見えてくる。
匣庭高校の生徒は必ずここを通るので、自然と挨拶や待ち合わせの場所として定着している。
「おはよう」
と、声を掛けてきたのは柏原和と郷瀬文斗の二人組。なごさんとぶんちゃんだ。
「今日も朝から女子と一緒で……新田王国だね……何よりだよう」
「はあ? いきなり何言うんだよ、ぶんちゃん」
新田王国って……。俺、ぶんちゃんにそんな風に思われていたのか……と少しショックを受けていると、ぶんちゃんが馴れ馴れしく肩に手を回してきた。
「いつまでも、でんちゃんを羨んでばかりではないんだよう。俺は今日の合宿で生まれ変わるんだよう」
決意に満ちた表情のぶんちゃん。また何かやらかすつもりか。ぶんちゃんの愛読書『ラブコメの主人公になるための35の方法』の著者は実に罪作りだ。
前回はギャルの軍団の前に、見事なまでの大敗を喫したぶんちゃんだったが、今回は何を企んでいるのか。
俺はひととるるに先を促すジェスチャーをして、ぶんちゃんとなごさんと歩調を合わせる。男子には男子だけの話があるのだ。
「俺は最近、三谷さんのことが気になってるんだよう。チャンスがあれば合宿中に仲良くなりたいんだよう」
「三谷さん!?」
あの!?
ぶんちゃんの言葉に、俺は思わず耳を疑った。三谷さんと言えば、ギャルの軍団の中心人物だ。地味で控えめなぶんちゃんが、そんな華やかな存在に想いを寄せているとは、想像だにしなかった。
「そうだよう。あの、三谷パトリシアさんだよう。俺は彼女にギャップ萌えしてしまったんだよう」
三谷パトリシアさんはその名が物語る通り、海外にルーツを持つ生徒である。褐色の肌と金色に輝くような髪が印象的で、高身長で抜群の体格を誇っている。
けれど彼女の存在感はその外見のみならず、常に表情を崩さず、冷静で、余計なことを一切喋らない風格にあった。
彼女はギャルというより、クラスの女王と呼ぶに相応しい。
「ギャップ萌えってなんだよ」
「三谷さんは、普段デーンと構えていてカッコいいけど、一度俺が喋りかけた時にデレの要素を見たんだよう」
なんだそれ。
それよりもぶんちゃん、いつの間に三谷さんに声をかけられるまで成長していたんだ。
ギャルの軍団を前にして、唸り声をあげ立ち往生していた、あのぶんちゃんはもういないというのか。
「彼女、ああ見えて可愛い物が好きなんだよう。俺は彼女がつけてるリストバンドに描かれたファンシーなキャラクターを見逃さなかった。だから言ったんだよう。『それ、三谷さんみたいで可愛いね』って」
「ふんふん」
俺は適当に相槌を打った。そんなことよりも、ぶんちゃんの進歩は想像を超えていた。女子とまともな会話どころか、褒め言葉まで言えるようになっているではないか。
『ラブコメの主人公になるための35の方法』の成果だろうか。あの本、意外と実用性があるのかもしれない。
「そしたらさ。彼女いつもとは違った感じの態度で『お、おう』って言って、恥ずかしそうに顔を背けたんだよう。これはもう、デーンとしてるのにデレ。つまりデンデレなんだよう」
「ごめん。ぶんちゃんが言ってることが一つもわからない。デンデレって言葉も聞いたことがない」
「俺、説明が下手だからなあ」
説明の上手下手の問題ではない。俺の知るデレの系統の中に、デンデレという概念は含まれていない。
「ちなみに、そのキャラクターって何だったんだ?」
「でんちゃんは知らないかもなあ。グロイヤーラビットっていうキャラで、俺の妹も好きなんだよう」
……グロイヤーラビットなら知っている。パンパンに膨れ上がってドロドロに溶けた目と、血の滴る牙と、垂れ下がった刃物のような耳が特徴的なウサギのキャラクターだ。
二年ぐらい前、女子中学生の間で大流行した。ひとやるる、てみもグッズを購入して、教室で見せ合いっこしていたのを覚えている。
三谷さんはぶんちゃんに、グロラビに似ていると言われたのか……。よりにもよって。それはもう、話がまったく違ってくる。
「とにかく、俺はチャンスの目はあると思ってるよう」
目は溶けてなくなってるんじゃないか、と思ったが、俺はそれをぶんちゃんに伝えるのはやめた。
学校に着くまでの間、ぶんちゃんは俺となごさんにずっと、三谷さんの魅力を熱っぽく話し続けたのだった。やれやれ。




