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第八話「夏祭り」(2/6)

 住職から語られた真の人魚姫伝説とは、幼い少女を海へと投げ捨てる非道のおはなしであった。真実が語られる中、ヒメの脳内には消えていたはずの記憶が蘇る――。

   2.



 ――小さな子供たちが外で走り回り、笑い合いながら遊んでいた。ヒメも、その子供たちについて回ろうとする。それを、後ろから肩に手を置かれて止められた。


「〇〇、こっちに来なさい」


 その男はそれだけを言うと、幼いヒメの右手を握って歩き出した。


「〇〇さん、どこへ行くの?」

「……」


 しかし、その男はヒメの質問に答えなかった。


 ヒメは不思議に思っていると、しばらくして目の前に山が見えてくる。入り口から入り山道を歩いていると、ある寺へと辿り着いた。


「連れてきました」

「お疲れさん……お役目を引き受けてくれて、本当に感謝します」

「ええ。うちの()が多くの人の命を救うなら……私は構いません」


 住職のような男に、父親は娘であるヒメを預けた。


「お父さん……どこへ行くの……? お父さん……お父さん――」


 ヒメは住職のような男に手を引っ張られ、抵抗も虚しく本堂へと連れて行かれる。父親はその光景を何もせず立ち止まり、ただただ娘が視界から消えるまでそこで眺めていた。


「お父さん――」


 そこからしばらくヒメは、寺のとある場所へと幽閉されていた。人魚姫になるにはまだ幼すぎると、ヒメがある程度にまで成長するのを待つことにしたのだ。


 水と食事だけが与えられ、外には出してもらえない。会話も最低限しかできず、家族と会うことも許されなかった。


 そして時が経ち、ヒメの体は江戸時代で言う成熟した体になっていた。実際はまだ成長途中だが、この時代では大人と同じ扱いであった。


 まだ大人とも言えない年頃の娘を引っ張り出すと、住職はヒメの両手を背中につけさせて、柱を間に通し紐で縛った。


 ヒメは抵抗しようとしたが、長らく幽閉されていたこともあり抵抗する力はほとんど残されていなかった。他の男たちにも取り押さえられており、まもなくヒメは手足が縛られ、柱に貼り付けられるような状態となった。


「やめて――」


 住職と男たちは何かを唱えながら、波の音が聞こえる方までヒメを持ち上げて歩き出す。


「助けて――」


 波の音はさらに近付き、潮風が髪を撫で始める。


「怖いよ――」


 ヒメは直感で気付いていた。このまま私は、海に落とされて殺されると。


「生きたい――」


 町の人間も同じで、誰かを生贄に捧げなければ食事ができないのだと、ただただそう盲信していた。


「死にたくない――」


 涙ながらに訴えようとも、その声が届くことはなかった。


「助けて――」


 海を目の前にして、崖の上にヒメは柱を立てて降ろされた。男たちが、柱に海へ沈むよう石を縛り付け始める。


「海よ、偉大なる海よ。我々の差し出す尊き犠牲により、人魚姫を作りたまえ」


 男たちが復唱する。


「そして、新たなる人魚姫よ。我々の飢餓を癒すため、この町に数多もの幸を届けたまえ――」


 住職の言葉を復唱すると、男たちはヒメの柱を持ち上げた。


「やめて、やだ!」


 ヒメが必死に訴えるが、男たちの表情は変わらない。


「嫌だ、死にたくない! 生きたい! お願い、助け――」


 男たちは力一杯に――柱に縛り付けられたヒメを海へ落とした。そして、ヒメは海へと大きな音を立てて沈んでいった――。


「苦しい――死にたくない――助けて――助けて――助け――て――たす――」


 ◇◆


 ――住職の話が終わり、三人は夏祭りの提灯が出迎える鳥居の前まで歩いた。


「あまり大したことはできませんでしたが、少しでもお三方の力になれていれば幸いです」

「いえ、貴重なお話をありがとうございました」


 唯斗はお辞儀をすると、住職もお辞儀で返して三人を見送った。


「取り敢えず、人魚姫の正体はこれでわかったな……」

「すげぇ……内容だったな」


 二人は住職の話を振り返っていたが、唯斗と手を繋いで歩くヒメは俯いたままであった。


「ヒメ、具合でも悪いのか? 大丈夫か?」

「……うん」


 ヒメの返事はいつもより元気がなく、先ほどの話で恐らく頭の整理が追い付いていないのであろうと二人は推測した。


「……人魚姫になれなかった理由も、なんとなく理解できた」

「どういうことだ?」

「住職さんの話を推測するに、海に魅入られるとは海に好かれるということ。つまり、ヒメは……海に帰らない選択を取った。だから多分……海に嫌われたか……好かれなくなったんだと思う」


 あくまで推測でしかないが、今のところそれが一番有力な説であった。


「ヒメ、あそこの金魚の声は聞こえるか?」


 唯斗の質問に、ヒメはなんとか答える。


「聞こえない」

「やっぱりな」


 この時点で、ヒメにはほとんど人魚姫としての力が残されていないのがわかった。


「じゃあ、もし今ヒメが捕まったりしたら……」

「人魚姫になれないとなると……それを知らないやつらがどんな手段に出るか、わからないな……」


 ヒメを探しているヤクザたちは先ほどの話も、ヒメの現状も知らない。余計に捕まるわけにはいかないのだ。


「ヒメ?」


 しかし、ヒメの気分は酷く落ち込んだままだ。唯斗の脳内に、自身の言葉が浮かび上がる。


「ヒメ、大丈夫」

「ユイト……」

「必ず守る。それに、話は聞けたんだから、夏祭りを楽しめるじゃないか」

「ユイト――」

「ヒメの食べたいもの、やりたいこと。今日はなんでもやっていい。だから、いつもの笑顔を見せてくれよ。ワクワクした表情を」


 唯斗に励まされ、ヒメは少しだけ微笑んでみせる。


「よっしゃ! じゃあまずは射的かぁ?」

「いや、まずは何か腹に入れないか? 流石に話を聞いてばかりだったから、お腹も空いたよ」

「私、わたあめというものを食べてみたい」

「いいぞ。苗島、わたあめの屋台どこにあったっけ――」

「それなら、確かあっち――」


 苗島の向かう方へ、唯斗はヒメの手を引っ張って歩き出す。


 暗いことの続いた後には、楽しい時間が待っている。三人は先ほどまでの気分を打ち消すために、夏祭りを満喫する。

 あとがき

 どうも、背脂ニンニクマシマシ麺固めだるまです。


 幼い頃の記憶って気が付けばなくなっていますよね。それなのに、トラウマみたいなものは覚えているものです。


 強烈な印象はいつまでも残るもの、相手に自分のことを覚えてもらう際には、一週間ほど風呂に入らず悪臭を漂わせておいたらいいのかもしれませんね(汚い)。


 さて、遂にヒメの正体が明かされました。人間とは極限下で盲信してしまえば、どれだけ残虐な行為にも手を染められてしまうのですね……。


 そういえば裏話なのですが、人魚姫になるには幼すぎるとありましたね。成熟している必要があると言っていましたが……まぁ、はい。そういうこともあります。


 さて、まだまだ第八話は続きますので、次回もよろしくお願いします! では、また次回お会いしましょう。

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