第八話「夏祭り」(1/6)
この町のお寺には、人魚姫の骨が祀られているという。人魚姫の正体を知るために、唯斗たちはお寺のある夏祭りへと向かう――。
1.
三人が苗島の家を出たのは、昼食をとり、夏祭りが始まる二時間前の午後三時頃。
「指田さんへの連絡はしておいた。予定通りなら藤原の兄弟とアパートに居るはず」
「なぁ、ほんとに唯斗だけ浴衣じゃなくていいのかよ」
浴衣姿の苗島が、唯斗の後ろから残念そうに聞いてくる。
「いいんだ。今は下手なことでリスクを負いたくない。指田さんには浴衣が無くなってて、用意できなかったって伝えてある。俺はみんなの浴衣姿を見て楽しむよ」
そう言って微笑む唯斗に、苗島も諦めた様子で右側を歩き始めた。ヒメは唯斗の左側に居て、手を繋いで離れずに歩いている。
「夏祭りは何があるんだ?」
ヒメは祭りを知らないため、唯斗にどのようなものがあるのかを聞いてくる。
「夏祭りといえば……射的とか、くじ引き、スーパーボール掬い、金魚掬い、わたがし、ベビーカステラ、りんご飴、カタヌキ、ミルク煎餅……色々食べ物もある」
「食べ物……!」
目をキラキラと輝かせるヒメだが、すぐに表情を変えてしまう。
「今、金魚掬いと言ったか?」
「あぁ、金魚っていう赤とか黒のちっちゃい観賞魚をポイで掬うんだ」
「やはり人間のやることは残酷だな……」
「これに関しては否定できない……」
唯斗は苦笑いしながらも、海沿いを歩きしばらくして指田のアパートに辿り着く。
インターホンを鳴らすと指田は予定通りに帰っていたようで、扉の向こう側から声が聞こえてきた。すぐに扉が開き、中から着物姿の指田と藤原の兄弟が現れた。
「ゆい兄〜!」
「ヒメお姉ちゃん!」
「ここまでお疲れ様、唯斗とヒメちゃん」
「あの……オレは……」
「あぁ、真司もよく来たね」
「忘れられてんのかよ……」
冗談冗談と笑いながら、三人に指田は入ってくるように促した。
「ほいほい……ほい」
「お〜」
ヒメは指田による見事な早技で、簡単に浴衣姿に生まれ変わる。髪飾りにつけている貝殻は、釣り上げた時につけていたものだ。
「……可愛いな」
唯斗が少しだけ頬を赤らめて言うと、苗島が横から突いてくる。
「惚れてんの?」
「素直な感想だよ」
少しだけやかましそうな表情で返す唯斗に、ヒメが近付いてくる。
「ユイト、どうだ?」
ヒメはわかっているのか、唯斗に更に浴衣姿を見せつけてくる。
「あ〜もう、着たならさっさと行くぞ。藤原のガキ二人も玄関で待ち侘びてるし……」
「早く〜!」
「は〜や〜く〜!」
ヒメは残念そうに頬を膨らませると、仕方なく玄関の方へ向かう。下駄も指田がわざわざ用意してくれていたのだ。
「それじゃ、行きますか〜! 夏祭りへ!」
「おーっ!」
「おー!」
「おーう」
「おー」
「おー!」
――この町の夏祭りは、いつも八月の上旬に開催される。海から見て町の向こう側にある山に人魚姫を祀る寺があり、そこが毎年開催しているものであった。
小さな町でありながら、せっかくの楽しめる行事なのだからと町の大きさには似合わないほどに屋台が立ち並ぶ。隣町からもお祭り目当てで人は来ており、収益もそれなりにあるそうだ。
この町の人間であれば、夏祭りは毎年の楽しみとしている者も多い。
屋台の立ち並ぶところまで辿り着くと、六人は辺りを見渡しながら進んでいく。
「取り敢えず楽しみながら行きたいところだけど、俺たちはまず目的を果たすとしよう――」
「そうだな」
すると、唯斗が立ち止まって指田に話す。
「俺たち、住職さんに話があるので行ってきます。子供たちのこと、申し訳ないですがお願いできますか」
指田はわかっていたように答える。
「任せなさい。本来の目的はわかってるから、私は結果を聞ければ満足だよ。三人で行ってきなさい」
「ありがとうございます……!」
唯斗は感謝を伝えると、ヒメの手を引いて寺の方へと向かう。苗島もそれを追いかけるようにして歩き出した。
「さしねー!」
「こ〜ら、私一人で見なきゃなんだからあんまり離れないの――」
◇◆
お寺に辿り着くと、住職がお寺の前で祭りを楽しむ人々を眺めていた。
「住職さん!」
唯斗が近付いて声をかける。
「おやおや、どうされましたかな?」
住職は優しそうな表情で、唯斗たちの方を向いた。
「ここのお寺さん、人魚姫を祀ってあるんですよね」
「そうですよ、ここには人魚姫の骨があります」
「実は――」
唯斗は他の客に聞こえないように、こっそりと住職に話しだす。
「それはそれは――わかりました。少々ここでお待ちください」
住職は話を聞くや否や、疑いもせずに本堂の中へと入っていってしまう。しばらくすると、住職が現れてこちらへ来るようにと三人を招いた。
――三人が招かれたのは、寺の中でも一般人が立ち入らない奥にある八畳ほどの客室のような場所であった。
「さて、人魚姫のお話……でしたね」
「はい」
三人は住職と対面するように正座し、話を聞く。
「確かに、人魚姫伝説には語られていないものがあります。それも、人魚姫の正体に纏わる話です」
「人魚姫の……正体」
「ええ。まず、軽く人魚姫伝説をおさらいしましょう。時は、江戸と呼ばれた時代。この町に大飢饉が訪れようとしていた時のお話です。ある漁師たちが三隻の船を使って、いつもより遠いところへ漁をしに行きました。しかしそんな中、予定よりも早い嵐に見舞われて、一隻の船に穴が空いてしまいます。船員たちが絶望する中、船に空いた穴から魚たちが一匹、二匹と入ってきます。次第に数は増え、魚たちは一斉に穴に向かって突っ込み、たちまち船の穴は魚たちの体によって塞がれてしまいました。これにより船は沈むことを免れ、大漁の魚を蓄えたまま町まで戻ることができました。この時、一人の船員が海の声を聞いたと言います」
ヒメが正座により足を痺らせて、体勢を崩す。
「と、ここまでがこの町に伝わる人魚姫伝説の内容です。次に、人魚姫伝説の裏の話を話しましょう」
「裏の話……ですか」
「ええ。実は人魚姫は元々、一人の人間でした」
「はい?」
「え?」
「?」
三人とも驚いた表情を見せる。
「無理もありません。では、人魚姫がどのようにして生まれたのかを話しますね。時は更に遡り、江戸となる前のこと。この町はまだ、村と呼ばれるほどに小さなものでした。その頃はまだ、この場所も漁業が盛んではありませんでした。しかし、土地が悪いのか作物が育ちません。その時も、村人たちは食べるものに困っていました。そこへ、ある旅人が通りかかったのです。その旅人は数多の町を見てきたと言い、村人たちに漁業というものを教えました。すぐに村人たちは実践しますが、中々上手くいきません。しかし次第に技術は上がり、少しずつ魚の取れる量は増えていきました。そんなある日、魚が一切取れなくなってしまったのです。村人たちは大いに困りました。そこへ村に滞在していた旅人が、ある提案をしたのです。村に居る泳げない若い小娘を一人、海へ捧げなさい。生贄となった娘は、後に我々へ向けて多くの魚を恵んで帰ってくるだろうと、旅人はそう言ったのです」
住職から語られる真実に、唯斗は未だ信じられない表情を浮かべている。それは、苗島も同じであった。
「生贄……」
「つまり、ヒメっちもその捧げられた生贄ってことか?」
「それはわかりません。人魚姫になるには、条件があります。まず、人魚姫は地球上に一人しか存在しません。二人は居ないのです。そして、人魚姫は一度死んでいる必要があります」
その言葉に、ヒメは何かを思い出す。
「死ぬ……必要……私が……」
「ええ。そして、世界中に人魚姫が居ない場合にのみ、その時死んだ若い娘が人魚姫になることができます。しかし、この時一度記憶は失われるそうです。どうしてこのような話があるのか、このような現象があるのか、それは私にもわかりません。詳細な話は語り継がれていませんし、もしかすれば旅人ですらも知らなかったのかもしれません。ですが、こうして生まれた人魚姫は海に育てられ、魚との対話ができるようになると言います。そして、人魚姫になれる条件はもう一つあります」
三人の呆然とした姿を差し置いて、住職は続ける。
「それは、海に魅入られていることです」
「海に魅入られるって……魚の声が聞こえるっていう?」
「そう、その魅入られるです」
「うちのじっちゃんも……海に魅入られてる」
「残念ながら男は人魚になれません。ですが、人魚姫になれる条件は海に魅入られている必要があります。この、海に魅入られるとはなんなのかと言いますと、海に好かれているということです。海に好かれるものは、海の声が聞こえます。この町の漁師にも、何名かおられましたね。それこそ、苗島さんの祖父もそうでした」
これによって、海に魅入られるという現象が初めて明かされた。
「つまり、ヒメ様は海に特段好かれているというべきでしょう。私どもも、代々この寺を受け継いできましたが、実物の人魚姫が現れたのは初めてです。我々も、海に好かれていたのでしょうか」
住職の話に、苗島がある疑問を浮かべた。
「でも、ここには人魚姫の骨があるんだよな? それじゃおかしくないか?」
おっしゃる通りですと住職は話し、苗島の疑問に答える。
「ですが、どこかで人魚姫の代が入れ替わっていてもおかしくはありません。世間的に公表されていないだけで、過去にヒメ様の前任であった人魚姫は何者かにやって殺されています。しかし、ここにあるものはレプリカです。本物はありません。というよりも、過去に実在はしたそうなのですが、誰かに食われた……という記録があります」
「食われた⁉︎ 骨を?」
「人魚を食らえば、その人間は不死の肉体を手に入れることができるという言い伝えもあります。何者かがそれを実践したのでしょう。骨も残さずに……」
住職の話が終わり、三人は未だ信じられないといった表情で立ち上がることもできなかった。
ヒメは頭を押さえており、少しだけ苦しむような姿を見せた。
「どうした? ヒメ」
「記憶……何……これ……」
その時――ヒメの脳内に、消え去ったはずの記憶が現れる。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
遂に第八話が始まりました。ここまで続いてきた物語も、結末に向かってその舵をとりました。
さて、次はヒメの記憶についてのお話になりそうですね。ヒメの過去とは――ぜひ、その目で確かめてみてください。
では、また次回お会いしましょう。




