第八話「夏祭り」(3/6)
自身の正体を知ったヒメは、いつもの明るい姿ではなくなっていた。それでも、唯斗たちのおかげもあってなんとかいつも通りの明るさを取り戻し、本当の夏祭りが始まろうとしていた――。
3.
――サングラスと黒髪の男が、若頭と共に漁港に立っていた。
「要望通り、お前らでも動かせるやつを一隻用意しておいた。小型な上、それなりに速度も出せる。新型の網も入れてあるから、人魚姫を追いかけるのには十分な性能だろ」
「ありがとぉ〜! 流石若頭、用意がいい、質もいい。やっぱ若頭にお願いして正解でしたわ!」
「お世辞はいい。てめぇらもやることをやれ。俺たちは俺たちでやるべきことがある。手伝いはするが、あとはお前が動かせ――」
若頭は漁港を離れると、そこには二人だけが残されていた。
「随分いい船だな、個人で持つ漁船なら十分だ」
「お前って運転免許持ってたっけ」
「船の操縦ならできなくもない。免許までは持ってねえが、操縦したことならある」
「上出来だ」
サングラスが満足げにそう言うと、ポケットからスマホの着信音が鳴り響く。
「おっと、これは来たかな来たかな〜」
電話の相手は、真鳩派に潜伏している若頭派の組員であった。
「依頼主か、例のターゲットを見つけた」
その言葉を聞いた瞬間、サングラスの口元がニヤける。
「ヒシィ……へへっ、捕まえろ。上手く捕まえれば、更に金を積んでやる」
「――わかった」
男はそう言うと、すぐに電話を切った。
「へへへっ、来たぜ来たぜ……」
「楽しそうだな」
「そりゃ楽しいでしょ、おれの華やかな未来がもうすぐ手に入ろうとしているんだからさぁ――」
◇◆
――わたあめを食べながら、三人は指田たちと合流する。
「お、話は聞けた?」
「はい、かなり衝撃的な内容でしたけど……」
「そっか」
指田の前で、藤原の兄弟がスーパーボール掬いをしていた。
「お、お前たちスーパーボール掬いやってんのか」
「金魚掬いよりも簡単だからな、大量に取れて楽しいぜ! 金ぱっぱもやるか?」
「いいぜ〜取れた数で勝負な!」
弟の方はポイが破れたようで、店の主人に欲しいボールを指定して二つ貰っていた。
「やった、二つも貰えた」
「お、やるねぇ。確か二十個取れたら二つだったっけ」
「そう!」
指田に頭を撫でられ、弟の方は嬉しそうにしていた。
「……私もやる」
「そうなるよね……」
唯斗はわかっていたようにそう言って、主人に一回と言って金を渡した。
「任せろ」
ヒメは誰にその言葉をかけたのかわからなかったが、次々とスーパーボールをボウルの中へと掬い上げていった。
「おー」
「ヒメちゃんってこういうとこで才能あるよね〜」
「ほんと、羨ましいです」
「唯斗はやらないの?」
「ヒメの食費代が想像つきますから……俺はいいですよ」
そんな風に話す唯斗に、指田は財布からいくつかの小銭を出した。
「はい」
「いや、これ以上指田さんに払わせたら返すものが――」
「返さなくていいから、楽しみなさい」
「でも――」
「子供は大人の言うことを聞く」
昨日兵吉じいさんに言われたことと同じ言葉を言われてしまい、唯斗も渋々諦めて受け取った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
唯斗は受け取ったお金を使い、主人に言って自分も一回分遊ぶことにした。
「よし、やるぞ――」
気が付けば六人は、時間を忘れて夏祭りを楽しんでいた。焼きそばを全て一人で平らげるヒメや、カタヌキに失敗する苗島。今度は金魚掬いと言って二人で挑戦し、結果は同数点となって帰ってくる藤原の兄弟、りんご飴に齧り付き舌鼓を打つ指田、射的でお菓子を当てる唯斗。
皆、それぞれが祭りを楽しんでいた。記念写真を撮ったり、海水浴の時とは違う楽しみ方がそこにはあった。
「ヒメ」
ヨーヨー釣りを、唯斗はヒメと仲良く二人でやっていた。
「夏祭りは楽しいか?」
「おう」
そこにはいつも通りの元気なヒメが居て、唯斗も安心した。
「俺も楽しいよ。正直、今でもまだ夢なんじゃないかって疑ってる」
「ユイトは夢だと思うのか?」
「思うよ。だって、こんなにおかしなことって世界中どこを探してもありえないと思うんだ。でも、それは現実に起こっている。痛みも感じるし、二週間も過ごせばこれが夢じゃないことはわかる。だから、ありがとうヒメ。こんなに楽しいのは、いつぶりかわかんないや」
唯斗はここ一番の笑顔を見せていた。
「……おう」
ヒメの釣り上げようとしていた水色のヨーヨーはヒメに引っ張られ、見事に釣り上げることに成功した。
「おめでとう〜! 持ってっていいよ〜」
主人に言われ、ヒメは嬉しそうにヨーヨーを片手の指に輪っかを通してぶら下げた。
唯斗の方は上手くいかず、釣り針が落ちてしまったためヨーヨーは手に入らなかった。しかし、ヒメの持っている姿を見ると、唯斗は不思議と満足できた。
「そうだ」
唯斗は思い出したように、ヒメの髪飾りに触れる。
「この貝の名前、ヒメは知ってるか?」
「どういう名前なんだ? これは」
「テンニョノカムリっていうらしいよ。ヒメがいつもつけてるから、気になって昼に調べたんだ」
ヒメは髪飾りを手に取り、貝殻を眺める。
「ヒメらしい髪飾りだな」
「イワシちゃん……」
イワシがどこまで知っていてその貝殻を選んだのかはわからなかったが、ヒメに似合っているということは周知の事実であった。
「俺も、貰った貝殻は大切に保管してるよ。――よし、次はどこへ行こうか」
次の屋台を探す唯斗の目に、ミルク煎餅を作っている屋台が入った。そこには苗島も居て、丁度いいと思いヒメを連れてその屋台へ向かった。
「ミルク煎餅かぁ、好きだったなぁ」
「お、唯斗も食うか?」
「あぁ、ヒメの分も頼む」
苗島が注文すると、主人がミルク煎餅を作り始める。
「いやぁ、計画とは上手くいかないもんだな」
「計画?」
「思いっきり別行動してんじゃん」
そこで気が付く。楽しさのあまり、昨日の晩に話し合っていたなるべく一緒に行動しようという計画が果たされていなかったのだ。
「完全に油断してた……」
「まぁいいじゃん。こんなに人も多ければ、目立った行動取るようなやつも居ねえだろ」
苗島の言葉に、唯斗も納得する。
「そうだな」
「それに、せっかくの夏祭りなんだし楽しまなきゃな! 変に考えすぎると、後になってもっと楽しめばよかったって後悔するぜ?」
主人から渡されるミルク煎餅を三人で分けながら、三人は近くのベンチに座り込んだ。
「美味い……!」
いつものように目をキラキラと輝かせながら、ヒメがミルク煎餅をむしゃむしゃと食べ進めていた。
「去年の夏祭りは二人で来たっけ」
「そうだな。指田さんがバイト入ってて出れなかったから、二人で来たんだったな」
「あの時は唯斗も浴衣だったなぁ。ヒメっちにも見せてやりたかったぜ……」
「仕方ないよ」
ヒメは二人の会話を置いてミルク煎餅の美味しさに心を奪われていた。
「気に入ってくれたみたいでよかったよ」
「ヒメは食べ物に目がないからな」
「来年も、この六人でここに来てえなぁ……」
それは叶うともわからない話であり、全員の理想でもあった。
「必ず来よう」
唯斗がそう言うと、苗島は慌てたように立ち上がった。
「悪りぃ、さっき落ちたもん拾ったのが来ちまったかも……」
「何してんの……」
「すまん、トイレ行ってくる!」
苗島はそう言って、慌てたようにトイレのある場所まで走り去っていく。
「なんで落ちたものを拾い食いするかねぇ……ヒメも、あんなことやっちゃダメだぞ――」
そう言って横を向いた時であった。先ほどまで隣で座っていたヒメの姿は――そこにはなかった。
「な――」
◇◆
屋台が立ち並ぶその裏側に、人のいないスペースがあった。
「――」
ヒメは男にタオルを口で押さえられ、助けを呼ぶことができずにいた。
「大人しくしてろ! お前を捕まえられれば俺は、一気に生活が楽になんだ――!」
「――‼︎」
なんとか抵抗をしようと男を肘で叩いたり、足を踏んだりしてみるが男の方が体が丈夫でびくともしない。
「クソ、マジで大人しくしや――」
そんな男の前から、一人の青年が猛スピードで現れる。
「ヒメを離せッ――‼︎」
唯斗は右手を大きく振りかぶり、男の顔面を目掛けて拳を放とうとした――しかし、
「邪魔すんじゃねえ!」
横から入ってきたもう一人の男に顔を殴られ、地面へ倒れ込む。
「ユイト!」
タオルがズレ、ヒメが唯斗の名前を呼ぶ。
「黙れこのクソガキ! チッこのガキにも見られたか?」
「こいつも連れてくぞ――」
男の拳は強力で、唯斗もその一発で意識が朦朧としていた。
「お前も来い、ガキ――」
抵抗する力は残されておらず、二人は屈強な男たちによって軽トラックの荷台に積まされる。カバーを被せられると、男二人は運転席と助手席に乗って軽トラックを動かし始めた。
「――あれ、唯斗?」
その頃、トイレから戻ってきた苗島が、唯斗とヒメが消えたことに気が付いた――。
あとがき
焼きだるまです、どうも。
とても眠たい休日を過ごしているのですが、ストックを作るために移動作業を続けなくてはなりません。
サボりすぎたツケではあるのですが……いやはや加筆修正をしながらだとこれがほんとに大変で……。
しかし、そんな悩みとももうすぐお別れとなります。数えてみたところ、来週には人魚姫も完結することが判明しました。
三月の中旬から始まり、大体一ヶ月半ですね。井の中の蛙かもしれませんが、連載中の中では月間の文芸ランキングで二位を取るなど、私の作品にしては一番がんばってくれたと感じています。
さて、まだまだ今週は人魚姫が続いていきますので、ぜひぜひ楽しんでいってください。では、また次回お会いしましょう。




