第六話「人魚姫のうた」(3/6)
苗島にヒメを託した唯斗は、先に家へと帰ることになる。その帰り道に唯斗は、怪しげな二人組とすれ違う――。
3.
サングラスたちは目的を果たすと、海辺から離れて雑木林を歩く。獣道を抜けて、山道に出る。そして町の方へ歩いていくと、そこは唯斗の家が近いアスファルトで舗装された通り道であった。
「それでよ、人魚姫が手に入ればヤクザさんにも利益になるって訴えたんよ。そしたら思いっきり却下されてさ、大金チラつかせてんのになんなんだよって感じ」
「この町は見た感じ、あまり暴力沙汰があるようには見えない。ヤクザも変なことはしたくないんだろうよ。でもお前、さっき協力は取り付けたって言ってなかったか?」
「そうそれなのよ。実はそれで事務所を追い出されたんだけど、組員の一人がその話詳しく聞かせてくれって言ってきて、おれも正直に話してあげたのさ。そしたら、ウチの若頭ならその話受け入れるかもしれねぇって言ってきて、マジ? って言って付いていったのさ」
「ほう、そんで?」
「それで付いていったらマジで大当たり。別の事務所だったんだけど、そこの若頭さんおれの話に食い付いたの。なんでも、金を積む人間は裏切らねえ。それどころか、落ちるところまで落ちてるお前なら尚更信用できるってさ! おれってもしかして有名人?」
「そりゃ有名人だろうな。裏社会じゃお前のやらかしたことも知れ渡ってるだろ。ただでさえ警察にも目を付けられてるんだからよ」
「あはは〜やっぱり〜?」
二人は山の横側にある住宅街を歩きながら、人通りも少ないためか周りを気にする素振りもなく話を続けていた。
「それでさ、本当に上手くいけば提示された報酬金にもうちょっと足してくれるってさ! もちろん人魚姫の権利もおれ持ちで、その一部は向こうも持つ。それで大儲けってことよ」
「それはいいことで。そんで? 大儲けした金でどうするんだ?」
「いやさ、金があればどこへでも行けるわけじゃん?」
二人の歩く道を、一人の青年がすれ違う。
「ハワイとか人生で一回行ってみたかったな〜って思ってさ」
「めでたい頭してんな」
そうして青年が通り過ぎた辺りで、青年の独り言を聞いたサングラスが振り返る。
「あはは――」
「どうした?」
サングラスは青年の方をしばらく見たが、すぐに顔を戻して歩き出す。
「……いや、なんか聞いたことあったような声の気がするけど、忘れちった」
「やっぱ薬でもヤッてんだろお前」
「ヤッてねえって、それでさ――」
◇◆
――苗島とビリヤードを楽しんでいたヒメは、気が付けばたった一時間で安定して玉を落とせるまでに成長していた。
「すげえな、オレでもそんなすぐに入れれるようにはならなかったぞ」
「私は天才だからな」
「それはわかんないけど、ビリヤードは天才だと思う」
素直に感心する苗島に、ヒメは他にはないのかと尋ねてくる。
「お、他のやるか?」
そうして次に移ったのは、店の奥にあるダーツであった。
「ダーツはオレもあんまりやったことなくてな、ルールも知らねえ」
「ここにあるやつがルールか?」
ヒメが指をさしたのは、紐に吊るされ、ラミネートされたルール表であった。
「ヒメっちは字読めないのか」
「まったくもって何書いてるのかわからん」
「まぁ、海に居たのならそうか」
苗島はそう言って、ルール表に書かれている内容を読み上げる。
「えーほにゃららがほにゃららで」
読み上げていない。
「つまりは投げろ、以上」
「えぇ……」
「なんだよ、疑ってる顔だな?」
「実際に疑っている。読むのめんどうくさくなっただろ」
「大正解」
「チョップしていいか?」
「ダメです」
そんな感じに始まり、そうして気が付けばルールを覚えたのか、二人でなんともなくダーツを続けていた。
「えいっ」
◇◆
「えいっ」
「何してんだ?」
黒髪の男は、石ころを海に投げるサングラスに聞く。
「跳ね石遊び」
「ほんとに何してんだ? てか、ここ海だろ……」
◇◆
唯斗はその頃、夏休みの課題に手を付けていた。
「久しぶりに一人で、なんの気にもならずに手をつけられるな。ここ最近、ずっとヒメと一緒に居たし」
ヒメが来る前は、唯斗にとって一人で居ることが当たり前になっていた。しかし、こうして騒がしい日常に置かれるとこうした時間も少なくなる。
寂しさを感じはしたが、久しぶりに背中を伸ばせるような気がしていた。
「ア〜」
唯斗は奇声をあげてみた。
◇◆
時計は午後の九時を指しており、指田が目を覚ます。
「うぅ……」
眠り足りなそうな顔で、指田は気合いだけで体を起こして背伸びする。支度を済ませると軽くだけ晩飯を食べて、すぐにアパートを出る。
この町は九時になると、人通りも昼間と比べて圧倒的に少なくなる。静かな夜の中、指田は鼻歌を歌いながら自転車のベルをリズムよく鳴らしている。近所迷惑もいいところである。
◇◆
「なぁなぁ」
「何? お兄ちゃん」
藤原の兄弟が、二段ベッドの上に横になっている。上の段で横になっているのが兄だ。
「この辺りに鬼が出たらしいぜ」
「わー、それはすごいね。それで、その鬼っていうのは?」
「金ぱっぱの頭をチョップするんだって」
◇◆
――布団の中から顔を出して、ヒメは天井を見上げている。
「〜」
そして思い出したように小さく歌い出した。名前は星のうたで、ヒメが唯一得意としていることでもあった。
海の中で、歌声は多くの生き物に届いていた。歌はクジラに教わり、気が付けば星空を見上げて歌っていた。
「素敵な歌だね、姫」
ポツンと浮かんだ岩に乗り、星空を見上げながら歌うヒメの横で、イワシが海から顔を出して聞いていた。
「イワシちゃんもそう思うか?」
「あぁ! クジラの歌よりも僕は好きだね」
それはいつかの日に言われた言葉。それが日常で、密かな楽しみでもあった。
海の観客は他にも居たが、ヒメにとって一番嬉しい観客はイワシであった。それ以外にはなく、皆平等に好いていた。
しかし、誰一人として自分と同じ存在はいない。自分と同じ姿をした生き物もいない。過去に一度、ヒメは仲間がいないか海中を探しにいったことがあった。結果は、わかっていた――。
生き物には子供ができることも知っていた。作り方は教わらなかったが、全ての生き物は子供から成長する。しかし、ヒメには子供の頃の記憶が存在しない。親の記憶も、その全てが本人にとっても謎となっている。イルカは必要なことしか教えず、他は教えてくれない。
他にも頭の良い生き物はいた。しかし、その全てが何かを隠そうとしていた。
「イワシちゃん」
ヒメは一度、誰も居ない時にイワシに相談をしたことがあった。
「もし、私が地上に行ったら寂しいか? 地上にはな、私に似た生き物が居るらしい。人間というのだが」
「人間かぁ、僕たちを多く食べる存在だよね」
「……そうだな」
魚たちにとって、人間ははるか上を行く存在でもある。天敵となり、環境を破壊していく。時に環境を守ろうとすることもあるが、人魚姫のように安心できる存在ではなかった。
「……僕は、姫のしたいことを優先するよ。助けるし、手伝う。そりゃ寂しいし、海の生き物たちとの約束を破るのは悲しいけど。でも、姫がそれをやりたいんなら、僕は全力で応援するね!」
「なんで、イワシちゃんは私を止めないんだ?」
他の生き物に相談すれば、間違いなく止められるだろう。
「……僕の命はね、あの時終わるはずだったんだ。他の生き物に狙われて、体の小さな僕は逃げ切ることができなかった。群れに居ることも苦手だったから、少しだけ孤立していたところを狙われた。でも、僕が食べられることで海の生き物たちの命が繋がるなら……それもいいと思った」
それが、海の生き物にとっては自然の流れであるからだ。
「だけど、姫に助けられた時、生きてていいんだと思ったんだ。だって、生きたいと思って抵抗するけど、食べられることに対しての最終的な結論はさっき言った通りだ。でも、もう少しだけ生きてもいいんだって。僕の体は不完全だから、多分子孫も残せない。それでも、姫だけが僕を見捨てなかった。僕を助けてくれた」
「イワシちゃん……」
「元より僕は、海の生き物としては不完全なんだよ。姫に依存していないと生きられない。姫が居なければ、多分僕は死ぬ。他の生き物に食われてね。もちろん抵抗したり、昔よりも隠れるのは上手くなったから変わってるとは思う。でも、姫が居るから今の僕がここに居る」
海の中で、イワシの本心を聞いた。
「だから、姫が旅立つなら僕は手伝うし止めない。寂しいことだし、その後の僕がどうなるかもわからない。でも、一度死ぬはずだった命。姫のために散るなら本望だよね! それこそ、おっきな魚とかにただ殺されるよりも、姫のためにがんばってから殺された方が気持ちがいい!」
「……死なないでな」
「えへへ、もちろんそうするよ。……ん? というか、その反応だと地上に出る気なの?」
「おやすみ、イワシちゃん」
「ちょっと〜!」
瞼を閉じる。イワシちゃんは答えを求めたが、ヒメは眠ることを優先した。たった一匹の、本音を話し合える友だち。
「――お前は海を捨てた」
夢の中で聞かされたイルカの言葉が胸を貫く。
「……ごめんな、イワシちゃん」
布団の中でヒメは、顔だけを出しながら体を横に向けて瞼を閉じている。その瞼からは、小さな涙が溢れていた。
「おやすみ」
眠書き
どうも、眠むだるまです。
一週間が過ぎるのは本当に早いですね。休日が過ぎるのも早いのですが……社会人としてやってけるか不安ですね。
最近は執筆にも戻れるようになってきて、若干ですが趣味のほうも少しずつ復活していけそうです。
実はこの回の投稿準備はできたてホヤホヤでして、休日なので余裕ぶっこいてたらこんな時間になってました。みなさんは計画的にやりましょうね。
では、また次回お会いしましょう。




