第67話:安売りされた最強(中篇)
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8月5日午後2時10分、混戦の戦場となっているエリアに唐突な警告表示が現れた。この表示は山口飛龍をはじめとしたランカーのARバイザーにも表示されている。
《このエリアは、まもなく別ゲームのフィールドに変更されます。プレイをされない方は、早急にエリアから退場願います》
この警告メッセージを見たとき、山口は何のARゲームが組み込まれていたのか、分からなかった。
そして、ARガジェットの画面を確認すると、そこにはARアクションと表示されている。アクションと言うよりもシューティングに近い感じだったが。
警告表示に従い、山口は表示されたエリアより外へと退去する。他のメンバーも同じ対応をしたが、若手社長だけは退去をせずに抵抗を続ける。
「逃げるのか? それでは3次元アイドルコンテンツの完全勝利――最強コンテンツであると認める事になるが?」
若手社長の方は、相変わらずの煽りスタイルで山口達を挑発するが、それに従うことなくエリアの退去を行う。
同日午後2時13分、警告表示の後に表示されたのは使用されるゲームの変更についてだった。これに関しては、警告通りにフィールド退去をしなかった若手社長には表示されていない。
何故表示をされないかと言うと、彼のARガジェットが外部ツールを使用しているタイプと言うのもあるかもしれないが、それ以上に――。
「まずは、1曲目」
オレンジ色のパワードアーマーが突如として姿を見せたと思ったら、突如として両肩のレールガンを展開して構える。
彼がDJイナズマなのは若手社長が知らないだけではなく、山口をはじめとしたランカー勢も認識出来なかった。
「何だ、あのバケモノは――」
若手社長は周囲に突如として現れたアンノウンに対して攻撃を仕掛けるのだが、若手社長の攻撃が命中する事はない。一方で、イナズマのレールガンは的確にアンノウンを撃破していき、大差を付けていた。
十段の1曲目は南雲蒼龍の楽曲であり、トラウマを与えたと言っても過言ではないブリザードフォースと言うタイトルの楽曲。
南雲の曲パターンとも言えるトランス曲調、サンプリングボイス、独特の音使い、それと『3倍アイスクリーム』の空耳も実装している。
イナズマがテンポ良くターゲットに向けて攻撃を命中させているのに対し、若手社長の方はチートの力で物を言わせている印象だ。
「そう言う事か――」
南雲が中止にする必要がないと発言した裏には、こういう意味合いがあったのかもしれない。実機では演奏出来ないが、ミュージックオブスパーダという別ステージでプレイする事が出来たからだ。
しかも、ご丁寧にもコースに収録されている曲は全てゲームに入っているうえに、曲サイズまで一緒だ。ここまで用意周到である事には逆に恐怖を感じている。
「南雲が何をさせようとしているのかは分からないが、その挑戦を受けようじゃないか」
最後のターゲットを撃破したイナズマの曲ゲージは60%残っている。その一方で、若手社長の方は90%。どのようなトリックを使用したかどうかの察しは既に付いているが。
同日午後2時20分、2曲目はクラシックアレンジ、3曲目はBPM300に近い高速曲と言う構成も全く一緒で、プレイしていてイナズマは更なる違和感を感じた。
「ここまで同じと言う事は、最後の曲サイズも同じになる。つまり――」
イナズマが周囲を見回すが、何かが現れるような気配はない。そして、タイミングを見計らったように若手社長がイナズマに襲い掛かってくる。
「ミュージックオブスパーダ、それさえなければコンペでは我々の超有名アイドルタイアップ音楽ゲームが――!」
全てを言い終わる前に、若手社長のARガジェットにはエラーメッセージが表示され、武器系ガジェットも全て機能を停止する。
「馬鹿な! システムロックだと!?」
若手社長は何が起こったのか把握できていない。その中で、彼に止めを刺した人物は予想外の人物だったのだ。
その人物は若手社長の持っていたARガジェットを弾き飛ばし、それを自分の手元に上手く落とす。そして、目の前の人物が放った一言、それは――。
「チートを利用し、無限の利益を得ようと考えるのか。迷惑メールのメッセージに踊らされ、更にはネット炎上勢の口車に踊らされ――アイドルファンとしても許される行為ではない」
若手社長の目の前に姿を見せた人物、それは何とエクスシアだったのである。何故、彼が唐突に姿を見せたのか。
「エクスシア! アカシックレコードにしか存在しない、架空のヒーローが――現実化したというのか?」
若手社長はエクスシアが姿を見せた事に驚きを隠せない。
しかし、目の前にいるエクスシアには胸部分のアーマーや細部でオリジナルと異なるデザインが確認される。つまり、これが意味するのは本物ではないのだが……。
「貴様の正体は分かっている。まさか、あの提督を上手く操っていると思いこむとは……」
エクスシアの発言を聞いた山口達は何の事を言っているのか分からなかった。提督と言う単語をエクスシアが知っているとは思えないからだ。
同日午後2時23分、若手社長は目の前にいるエクスシアが自分の知っているエクスシアと錯覚していた。動揺している為か、偽者とも認識できていない。
「あの提督? 奴の事か。まさか――?」
若手社長が気づいたときには、既に遅かった。その提督とはメビウス提督である。彼は、今まで超有名アイドル側のスパイを演じていたのである。それに加えて――。
『気づくのが遅すぎましたね。奏歌市だけでなく別プランの町おこしを計画していた春日部市等も取り込もうと考え、自分が推しているアイドルグループをファンでもない人間に押し付けようとした―』
「メビウス! 貴様、図ったな!?」
『芸能事務所に対して税制優遇するという話でもあったのでしょう。それこそ、ご都合主義その物。超有名アイドルを世界に広め、それだけを――』
「我々はコンテンツ産業を戦争の道具にしようなどと考えていない! 超有名アイドルを唯一神にしようと――」
『今の言葉、言質としていただきました。既に該当する施設には警察だけでなく国際警察なども駆けつけているでしょう』
「国際警察だと? そんな事、一言も言っていなかったぞ!」
国際警察の単語を聞いて驚く若手社長だったが、メビウスの方は既に連絡を切っていた。
その後、駆けつけたアキバガーディアンに若手社長は拘束された。その理由は『チートガジェットの使用』だが、実際は別の理由だろう。
同日午後2時25分、4曲目の画面表示で止まっていた事にイナズマが気づいた。段位認定であれば、ゲームの進行が止まると言うのはリズムゲームであり得ない。
「ARゲームだから、進行が止まったのか?」
イナズマの一言に対し、エクスシアの回答は――。
「止まったというよりは、今のプレイが無効になったというのが正しい認識かもしれない」
目の前にいたエクスシアの正体、それは木曾あやねだった。彼女がメットを脱ぎ、ARギアを取り外すと――その姿にはイナズマも驚くしかなかった。
「本物のエクスシアは?」
「エクスシアは架空のヒーロー。それ以上でもなければ、それ以下でもない。目撃例があるとしても、それはコスプレイヤーに過ぎない」
「ARゲーマーではなく? イースポーツプレイヤーでもなく?」
「その通り。エクスシアがエクシアとなっていたり、バルバトスも別の名前になっている、あるいは別の単語をプラスする事もあり得るわ」
「そうなると、エクスシアは――」
「直球で言えば、ミュージックオブスパーダにはエクスシアという人物はいない。中の人などいない――と言う事ね」
木曾の妙な説得力のある発言、それはアカシックレコードがどのような解釈とも受け取れる、扱い方に関しては個別案件であり、それ以上を運営が細かく関与しないという証明でもあった。
「それならば、木曾あやねとしての回答を聞きたい。ARゲームのイースポーツ化、あれを推進した張本人は誰だ?」
木曾の目の前に姿を見せたのはARギアを解除し、改造軍服に着替えたビスマルクだった。そして、彼女は木曾の口から予想外の人物の名前を聞いた。
「音楽ゲームのイースポーツ化は大和杏であっているかもしれないけど、ARゲームのイースポーツに関しては――」
木曾が振り返り、その目の前にいる人物は――。
「山口飛龍、あなたの名前が書き込みにあったわね」
周囲のランカーや他のメンバーも驚くしかなかった。まさか、トップランカーの山口飛龍が全ての元凶だったのか?




