第67話:安売りされた最強(前篇)
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8月5日午後1時45分、大和杏が現地に到着、ガジェット返却後に停電の原因となっている場所へと向かおうと考える。
その場所とは、太陽光パネルの損傷したというドローン墜落現場だ。大和が到着した頃には、既に警察が現場検証を行っている。
しかし、その途中に割り込んだのは明石春だった。彼女の姿を見た警察は、何も反論することなく徹宵作業を始めた。
「ARガジェットで事故が絶対に起きないのはネット上の作り話なのは明らかだ」
明石がARバイザーで見ている場所、それは損傷した太陽光パネルである。明石は煙も出ていない状況に驚きを隠せなかった。
ドローンが墜落し、パネルは大破、ドローンも爆発四散していれば……アイドル投資家やネット炎上勢が自分達のアフィリエイトサイトで写真を公開していただろう。
パネルの方も損傷は小さい物で、簡易補修のみで何とかなるレベルである事がデータ確認で判明、大至急で補修作業を始める。
「あの事故で、損傷が少ないこと自体がチートじゃないのか」
明石はふと現状を見て、何かがおかしいと感じていた。ドローンの墜落事故で大損害と言う事例は非常に少ないが、明石は航空機事故のような惨状を想定していたのかもしれない。
同日午後1時50分、ミュージックオブスパーダ仕様のガジェットを装備した山口飛龍が、若手社長と思わしき人物と戦っていた。
ビットの墜落で太陽光パネルにダメージ、更には周辺のギャラリーに怪我人が出たとしてもお構いなし――そのような若手社長の態度は、山口を徴発させる要素としては効果抜群である。
それ以外にも、彼は山口を煽るようなスタイルでコンサートチケットの転売、超有名アイドルの偽記事、更には一部コンテンツを超有名アイドルが吸収して2次元アイドルから3次元アイドル作品として売り出す――。
こうした発言はアカシックレコードでもテンプレで記載されている物もあるのだが、全てか架空の事件と言う訳ではなかった。
「我々にとっては2次元コンテンツは不要。3次元コンテンツを永久不変の存在とし、そ全世界に発信させる――その為に、このドールシステムを生み出した」
若手社長が呼びだしたドール、それは3次元アイドルをCG映像の様に投影可能なアバターシステムでもあった。
「これこそ最強のコンテンツ! 3次元アイドルを事務所公認でコピーし、疑似アイドルが永遠に3次元コンテンツを――」
若手社長は他にも言おうとしていた事があったのだが、それを言わせないかのように山口がスナイパーライフルでアバターの動きを止め、更には保存されていたデータも一緒に消滅させた。
「この技術はフィクションでもあっても、扱うべきではない禁忌の技術――疑似的不老不死アイドルを再現しようと考え、それで無限の利益を得ようと言うのか」
山口の表情は激怒の表情ではない。もはや、彼の考えに対して呆れかえっている――という。
「アニメでも日常物のループ等が人気になっている。それを3次元アイドルで再現しようと言うだけの事。それの、何がいけないのだ」
若手社長の方は開き直り気味で、周囲のギャラリーにも訴える。しかし、周囲が受け入れるような気配はない。おそらく、相手が悪かったとしか言えないだろう。
その社長の発言を聞き、ダッシュで該当エリアにやってきたのは白衣の下にインナースーツ、右腕には大型のARガジェット《アガートラーム》を装備した大和だった。
「我々は永遠に続く存在に対して抵抗をしている。お前の言っているのはコンテンツ流通ではない。ただの永久機関だ!」
ダッシュの勢いで放ったアガートラームの一撃は、若手社長を守ったARアバターを瞬時で消滅させるほどだった。つまり、それが意味する物――。
「特定の1企業が絶対支配をするような物は、コンテンツ産業でディストピアを実行するのと同じ」
大和の一言は山口の代弁にも思えるような物だった。長い言葉よりも、短くまとめた方が伝わると――そう大和は判断していたのである。
「コンテンツ産業を軍事や大量破壊兵器等に転用する事――それは悲しみと憎しみを生み出すだけだ! ネットの炎上騒動は……」
大和に続くかのように、山口も若手社長の発言に対して反撃し、スナイパーライフルで復活したARアバターを減らしていく。
同日午後1時55分、若手社長は無尽蔵にARアバターを呼び出すのだが、それにも限界が来ていた。どうやら、予備のデータも尽きたらしい。
大和と山口だけでARアバターに抵抗していたのだが、大淀はるか、長門未来も応援に駆け付け、形勢は逆転したと言っても過言ではなかった。
「ネットの炎上祭り、それは過去に起こったデモ活動を連想させ、最終的には炎上祭りは大規模な破壊を生み出す力となる。それを超有名アイドルが操ることで、全ての世界を征服する。それが私が思い描くコンテンツ産業の理想形だ」
若手社長は、まだ敗北を認めない。自分の3次元アイドルこそが最強のコンテンツと思いこんでいるのだ。
「この世の中には――100%という言葉ほど信用できない存在はない!」
長門は鉄血のビスマルクを連想するような重装甲ガジェットでアバターを撃破していく。表情はアーマーの都合もあって、確認は出来ない。
それでも、長門がキャノン砲で次々とアバターを消滅させていく流れを踏まえると、若手社長の意見を完全否定しようという意図は読み取れる。
「超有名アイドルの様なコンテンツ流通が通じるのは、せいぜいが小規模コミュニティの中でだけ。それが分からないようでは、井の中の蛙と同じ――」
大淀の方は新型の軽装ガジェットを装備している一方で、パイルバンカーも新調している。そのパイルバンカーで超有名アイドルの疑似アバターを容赦なく消滅させる様は、ストレス発散とも見て取れる。
しかし、大淀の場合はそれだけでは済まない。自分の発言が歪められた事で今までの事件が起き、それこそネットが炎上するのも日常茶飯事。
そうした元凶を生み出したのが、レジェンドアイドルのプロデューサーである目の前の人物――それを倒さない事には全てが終わらないと考えている。
同日午後2時、停電の方は10分前には回復し、谷塚の会場ではDJイナズマが改めて十段に挑戦しようと言う場面になっていた。
しかし、そこへイナズマのガジェットに山口と若手社長の一件がニュース速報として流れる。それを見たイナズマは十段の待機画面になっているままで、スタートしようとしていた手を止める。
「これは――!」
イナズマの方も思わず驚きの声を出す程に、事件の方は大きく動いていたと言っても過言ではない。
先ほどのアイドル投資家と思われた人物、それがレジェンドアイドルに関係した人物だったのである。これには、自分も計算外だったと。
彼を倒すべき人物が自分ではないのは事実だが、それを自分には関係ないという事で呼びとめもせずにスルーした事実は変えられない。
そこで、イナズマはある決断をする。
「申し訳ありませんが、今回の段位認定への挑戦は――」
中止にすると言いだそうとしていた、その時だった。会場に唐突とも言える形で姿を見せたのは、南雲蒼龍だったのである。
「中止にする必要性はない。それに、賽は投げられた」
南雲が指を鳴らすと、近くの大型モニターに今の現状が映し出される。そこには、山口と大和以外にも、長門、大淀、更には鉄血のビスマルクも姿を見せていた。
「彼らが戦う理由、それはコンテンツ流通の正常化だ」
南雲の一言を聞き、イナズマにも覚えがあるような表情を見せる。それは、過去に自分が書いてきた小説とテーマが同じではないのか、と。
「小説サイトに夢小説やBL勢の二次創作SSがランキング独占、CD年間チャートにおける超有名アイドルのFX投資とも言えるような独占状態――他にも色々とありますが、こうしたコンテンツ流通の結果が正しい物と言えるのでしょうか?」
南雲が懸念しているのは、指標としてのランキングが一部の特定投資家ファンによる私物化……これが彼にとって、最大の障壁と考えていたのだ。
「私がミュージックオブスパーダと言う作品で、それぞれのプレイヤーに考えて欲しかったのです。今の超有名アイドルや特定ジャンルだけがコンテンツと認められるような日本を――」
最後に、南雲はあるデータをイナズマに転送しはじめる。そのデータが転送完了し、表示された画面を見て思わず2度見した。
《段位認定:十段》
そのデータの正体は、何と自分が挑戦しようとしていた十段のデータだったのである。それも、ミュージックオブスパーダでプレイ可能なコースとしてカスタマイズされた物だ。
「超有名アイドルが人気である事は、八歩譲って認めるとしても――たった一人の独裁によってコンテンツ産業が繁栄しても同じ結果になります!」
そして、南雲は姿を消した。アバターとかいう訳ではなく、確かに本物がいたという感覚はあった。彼が忍者と言う訳でもないのだが、イナズマは別の意味でも驚きを隠せない。
「今こそ、本当にあるべきクールジャパンを取り戻す!」
イナズマは瞬時にARガジェットを装着し、別のルートから山口達のいる現場へと向かう。そのガジェットは、あの時のオレンジ色である。




