第66話:再生のカウントダウン(その6)
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8月5日午後1時30分、谷塚にあるスペースの別エリア、そこではDJイナズマが挑戦している機種と全く同じ音楽ゲームに挑むプレイヤーがいた。
「あいつ、七段をクリアしたぞ」
「4曲目の密林地帯を突破するとは――あの地帯は七段挑戦者を次々と撃沈させていると言うのに」
「一体、あの人物は何者……!?」
ギャラリーは七段をクリアしたプレイヤーが何者なのか興味があった。
そして、画面に表示されていたDJネームを目撃し、ある人物が衝撃のあまりに武者震いのようなリアクションを取った。
【DJ YUBARI】
DJネームを表示するスペースに書かれていたネーム、それは何とYUBARIだったのである。
このDJネームを使う人物、それは夕張あすかだった。彼女の服装は相変わらずのARガジェット用のインナースーツだが、周辺からツッコミは来ない。
何故にツッコミがないと言うと、このエリアは多種多様のARゲームを取り扱っており、ARアーマーやARギアを装備したままエリア内を歩きまわるプレイヤーもいる為、ツッコミが追いつかないというのもある。
「どうして、自分は音楽ゲームに――」
弱気な発言ではないが、この夕張の一言は周囲にとっても驚きの反応で受け止められてしまう。
このゲームプレイ回数は50回と少し、その段階で段位認定の七段を取ると言うのは、相当の実力を持っている事を意味している。
夕張の使用しているガジェットはカスタム型の鍵盤だが、チートと判定されるようなアクセサリー等は付けていない。
その為、いつしか夕張の事をリアルチートと呼び始めていた。夕張に関してはリアルチートと言う語呂に関して、あまり歓迎するような表情は見せなかったが。
「自分は、あまりにも強すぎた。だからこそ、ありとあらゆるジャンルを完全性は出来るとネット上で言われるようになり、それからか」
七段合格のリザルトを確認後、別のプレイヤーの順番もあったので、あっさりと筺体を離れる。
同日午後1時35分、DJイナズマは本題とも言える皆伝をプレイする為の準備をしている――ように見えていた。
本来であれば、皆伝を出現させる為にも十段を合格する必要性がある。実際、イナズマは九段に合格はしているが、十段はリアルタイム当時で不合格となっている。
しかし、このゲームのネットワークランキング対応は既に終了している為、いつでも皆伝に挑戦できるように解放されていた。
「これから挑戦するのは、ネット上にアップされている動画を見れば分かると思う。皆伝の解放タイミングを変えざるを得なかった、あの十段――」
この一言を聞き、周囲がざわついた。皆伝をプレイするとばかり思っていただけに、この心境の変化はどうなっているのか?
「皆さんは皆伝をプレイすると思ったでしょうが、自分は皆伝をプレイすると言った覚えはありません」
心境の変化や一部勢力の乱入でプレイする段位を変えた訳ではない。それだけは理解してもらおうとイナズマは説明し、動画サイトにアップされている動画を触りだけ見せた。
「この十段は、譜面難易度を含めて明白的に皆伝クラス――それ以上を見せつける結果になった、難易度インフレを助長した元凶でもあります」
動画のさわりでは、一曲目の段階で既にトリルを含めた譜面構成があり、ゲームを始めたばかりのプレイヤーでは対処法が見つからずに玉砕するのが関の山だ。
「今回のバージョンでは皆伝こそありますが、こうした事情があって、事実上の皆伝クラスが十段だったのです」
物は言いようと言うが、ここまで開き直るとは誰が予想したのか。音ゲーをプレイした事のないギャラリーはイナズマを臆病者と考える者も出てくる可能性がある。
しかし、この十段が皆伝クラスと言うのは昔のトラウマを知る音ゲーマーにとって周知の事実であり――。
「してやられた」
別の場所で中継を視聴していた大和杏は、あのガジェットを使えば間に合うのでは……と考えた。施設内で走る訳にもいかないので、早足で施設を出る事に。
同日午後1時37分、大和はARガジェットのガレージエリアで自分のバイザーを呼び出そうとする。
【エラーメッセージ】
しかし、エラー表示で呼び出せない状態に。どうやら、ガレージシステムに登録し、バイザーを待機状態にしないと呼びだせないらしい。
「面倒でも自宅まで持ち帰るべきではなかったか」
その原因は、大和が自宅までバイザーを持ち帰った事にあった。
ARガジェット専用のガレージを持っていることが条件になるが、自分専用ガレージに収納する事も可能になっている。
この辺りはARガジェットの個人所有を規制しようと考える勢力への対策ともネット上で言われているが、真相は不明と言うよりも言及する人物がいないのかもしれない。
「レンタルガジェットで間に合うのか――!?」
手頃のレンタルガジェットを検索する時間も……と考えた大和は、飛行型ガジェットがないか検索を始める。
しかし、飛行型ガジェットはドローン以上に規制が厳しく、未だにガイドラインをクリア出来たガジェットは存在しない。
結局はバイク型のガジェットを呼び出し、そちらに乗って該当エリアへ急ぐことになった。
「フルバイザーも、この際は仕方がない」
大和はインナースーツを必要とするフルバイザーではないガジェットを探したのだが、それでも貸し出し中になっていないガジェットを発見できない流れになる。
そして、大和がバイク型ガジェットに乗り込むと、モードチェンジを示すメッセージが表示される。
「今は、一秒でも早く――!?」
次の瞬間、バイク型ガジェットはロボット――厳密に言うとパワードスーツだが、瞬時にモードチェンジをする。
この状態であれば警察からバイクの免許証を求められないので、面倒でもこの状態で急ぐしかなかった。ARガジェットであれば、ガジェット専用のライセンスを提示すれば問題はないだろう。
しかし、物によっては形状の関係で自動車免許やバイクの免許等が必要になってくる。モードチェンジに関しては、その為の対策とも言えるのかもしれない。




