第四十四話
あの後、俺と片桐は普通に話をしていたが、北島は一言も口を開かず、何かを考え事をしているようだった。
しばらくしてから、俺たちは店を後にした。
確かにここの料理はどれもおいしかったが、それ以上に俺は東雲との会話のことが気になっていた。
だが、あいにくとここには、関係のなさそうな片桐もいる。さすがに巻き込むのは憚られ、北島に聞くことはできなかった。
俺たちが宿舎に使っている船に戻り、自分の部屋に戻ってから、俺は北島を携帯端末で船内の食堂に呼び出した。
「で、何の用だ?と聞くのは、あまりに愚問か」
俺が食堂で待っていると、しばらくしてから北島がやってきて、開口一番そう言った。
「だな。俺が聞きたいことは、分かっているだろう?」
俺は自身の緊張を隠すために肩をすくめ少しおどけたように言う。
「ああ、分かっている。だが、ここで話すには適さないだろう?少し付き合え」
北島はそう言うと、食堂の外へと足を向ける。
俺は最初どこに行くのかと、北島に聞こうとしたが、聞いたところでついていくことに変わりないので、おとなしくその背中を追う。
北島が向かったのは、船内にある会議室のような部屋だった。
「ここは防音設備が備わっている。外からの音も、内からの音も漏らさない」
そう言って北島は、円形に並べられた机に収められている椅子を引き、静かに座る。
「お前も座れ。立ったままでは落ち着かないだろう」
俺は北島に勧められたとおりに、北島から席一つ分開けた位置の椅子に座る。
「さて、今日のあいつ、東雲の言っていたことだが。『英雄計画』という言葉に聞き覚えは?」
北島は椅子をくるりと90度回転させて。こちらを向き、俺の目をまっすぐに見つめながら、そう聞いてきた。
「『英雄計画』?」
俺はその単語に疑問符をつけて答える。
「そうか、やはり、知らないか」
北島は少し視線を外してそうつぶやいた。
俺はその言い方が気になって問う。
「知らなくちゃ、まずいことなのか?それは」
「いや、知らなくて当然だ」
即答する北島の答えに、俺は呆れを感じつつも北島に言葉を返す。
「なんだよそれ、からかっているのか」
俺はよく分からなくなって、頭の上に疑問符を並べる。
「いや、言い方が悪かったようだな。これは軍の内部においても一部の人間しか知らず、その上、都市伝説扱いになっていることでな。もしかしたら、知っているかと思っていただけだ」
そう言ってから北島は説明をし始めた。その都市伝説級の『英雄計画』とやらについてを。
「その計画がまことしやかに囁かれるようになったのは、ある人物の存在が、無名の一般兵から、一躍、戦場の英雄へと成り上がったころからだった」
北島はまた椅子を90度回して、今度は机の方に体を向け、まっすぐと前を向いて、肘を机の上に乗せ、手を組んで話し始めた。
「彼は北方の基地の中にいる、「特殊陸戦兵器」乗りだった。その彼がその基地に配属されてから一年目のこと。北方基地は北からの大規模侵攻にあった」
俺はその話を聞いて、思い当たる歴史的事件の名前が口から出てくる。
「五年前のロシア侵攻択捉戦役か」
それは五年前に起きた、ロシアの部隊による奇襲攻撃にさらされ、占拠された択捉島を奪還すべく行われた戦争だった。
「そう、それだ。敵の数は地上部隊だけでも、歩兵数百、「特殊陸戦兵器」が最低でも五十機はいたという話だ。確実に択捉島に基地を作るためにほかの部隊や、資材も大量に運ばれていたと聞く。その彼はその戦役に、その頃、最新鋭機でもあり試作段階でもあった「T-4A1兵・四強・壱式」を駆って戦場に出た。そして彼は、その戦いで敵機体の半数以上の三十機を一人で撃退し、国から勲章をもらっている」
聞いてだけでも恐ろしい敵の数だ。だがそれ以上に、それを撃退したというその人物の強さが異常だ。
「その後、外交ルートから何度となくロシアに抗議をしたが、回答は一貫して「そのような作戦を指示した事実はなく、我が国とは一切関係はない」だった。実際のところ、確かにロシア軍が攻めてきたという確証はなかった。乗っていた機体は鹵獲したが、ロシア軍でよく使われている機体というだけで、本当にロシア軍の物かはわからないし、敵兵も一人も捕虜にはできず、証拠がないままにその件は風化してしまった。一人の英雄を残してね」
そこまで話して北島は一息つく。
「で、それが都市伝説にどう関係するんだよ。聞いただけでは、ただの歴史の授業と変わらねえけど?」
俺はそこまでの聞いた情報をまとめて、思ったことを言った。
確かに不可解な点は残るが、わざわざ都市伝説になる要素があるとは思えない。
「ああ、それだけなら、少し腑に落ちないだけの事件として思われただけなんだろうが、その戦闘の後で気になることともの。そして、その戦闘の前後で気になる動きがあったんだ」
そう言って北島は顔をこちらに向ける。
「その戦闘で、倒した機体の中はすべて空っぽで、人が乗っていた形跡がなかったそうだ。その上、敵の機体のシステムはほとんどが強制的に消去され、物理的にも破壊されるように細工されていた。それだけなら、敵が自国の情報を守るためと言えるんだが、興味深いことに、その中の一部の機体から辛うじて抽出することに成功したデータの中から、遠隔操作用のシステムが発見された」
俺はそのことを聞いて、顎に手を当てて考える。
「つまり、最初からその五十機は、人が乗っていない、遠隔操作された空っぽの機体だった?確か、俺の記憶が正しければ、遠隔操作した機体の操作性は通常のように搭乗して操作するのに比べて、60~40パーセント程度低下するはず。数がいるとはいえ、そんな方法を正規軍が取るか?」
俺のつぶやきに北島は頷く。
「ああ、それも気になるが、それ以外にも、択捉戦役前後でとある企業の株価が大きく変動した。これも無関係には思えなかった。それが小さな企業や、一般の企業であればそうそう反応はしなかっただろうが、その企業はある意味特別とも言えた」
ここまできて、俺はようやく頭の中でピースがそろいだし、全体像が見えてくる感覚がした。
「なるほど、それが東雲グループだったと、そういうわけか」
北島は溜息を吐いて、片手で自分の両眼を覆い言葉を紡ぐ。
「私自身、ついさっきまでその話を眉唾物だと思っていたのだがな。東雲のあの話し方を聞くに、どうやら本当のようだ。一人の英雄が生まれたのは、一つの企業が、戦争による特需を引き起こすために島を占拠して、一人の兵士にその状況を覆させて英雄を生み出し、世論に火をつけて、勢いづいて戦争に発展なるように仕向けたなんて、正しく都市伝説だろう?」
北島は、行き場のない怒りという感情をどうにか心の中に抑え込んでいるように俺には見えた。
「対馬戦役みたいに、か。確かにあれはそれがきっかけとなって国の内部において軍拡が進んだけどな。いや、もしかしたら、戦争にならなくても、その戦争が起きるかもしれないって雰囲気が利益につながったとも、言えなくもないか?」
俺が自分の意見を口に出していると、北島は頭を横に振り、口を開く。
「どちらにせよ、馬鹿馬鹿しい話だ。利益のために人の命を危険にさらすなんて、言語道断。それじゃあ、私たちが命を張って守ろうとしているのが、無意味になるじゃないか」
そう言った北島の瞳には、わずかな怒りと、大きな悲しみの感情が灯っていた。
「そうだな」
俺は言葉少なに、同意の言葉しか出せなかった。
正直なところ、俺は強制的に軍にいることが強いられている状況にあるから、北島のように自分から守りたいものがあって軍にいる人間の気持ちが、いまいち理解できなかった。
「そういえばさ、その英雄となった兵士ってやっぱり」
最後まで「彼」という代名詞で言われ続けていた人物は、おそらく最近俺が会ったあの人なんだろうな。
「ああ、お前の予想通りだ。その英雄の名は「篠原良悟」。『北方の守護神』異名を持つ男だ」




