第三十七話
3、2、1、0。
試合が始まる。
俺はまず深呼吸をする。
今俺のいるのは、広大な軍の敷地の中にある訓練場の一つ。森林エリアだ。
そこで俺は陸戦兵器の模擬戦をしている。
装備しているのは、射程20メートルという短い射程しかないペイントハンドガン一丁。残弾は12発。全長1メートルのペイントナイフ、二本。以上。
「ははっ、無理ゲー!」
俺は努めて明るく言う。
そうしないと心が折れそうだから。
信じられるか?それに加えて負けたらペナルティー付きだぜ?
あの楠先生が下すペナルティーとか、マジでいやすぎる。
どうやら俺は今年、厄年らしいな。
いや、こんなこと考えてると、今後も嫌なことが降りかかるに違いない。これできっと今年の厄は打ち止めだよ、きっと。
そんな益体もないことを考えながらも、俺はゆっくりと機体を動かしだす。
現実逃避を続けていても仕方がない。
ここは全力で勝ちに行くしかない。
そのためなら、俺は、鬼にも悪魔にもなってやる!
*********
「斎藤君は大丈夫でしょうか」
モニターの前で眼鏡をかけた少女は、今まさに戦闘中の友人の姿を見てそうつぶやく。
「どうだろうな。確かにこの短期間で彼は力をつけている。だが、それはついこの間までは、素人だった人間にしては、という前提ありきだがな」
眼鏡をかけた少女のつぶやきが聞こえたのか、その隣に立って、観戦をしている凛々しい少女は厳しい評価をする。
それを聞いた眼鏡をかけた少女は、さらに心配そうにモニターを見つめる。
「まぁ、大丈夫なんじゃない?」
その二人の後ろに、椅子に座って缶ジュースを片手に、ニヤニヤ笑う白衣を着た男が、そう二人に言う。
声をかけられた二人は振り返って、その男の顔を見て、そろって不安そうな表情をする。
「なんだい?その表情は。君たちは俺の言うことが信じられないのかい?あの機体の生みの親だよ、俺」
男は二人の反応に不満げに言う。
それから、凛々しい少女は言いにくそうに男に言う。
「いえ、言いにくいのですが、先生の大丈夫は、機体スペックとしての評価基準であって、彼を含めた総合基準ではないように思えます」
それに付け加えて、眼鏡をかけた少女も補足する。
「それにあの武装制限に、あのエリア選択もかなり厳しいと思います。ただでさえ、長距離射程の攻撃方法がないのに、大きな遮蔽物のない上に、高速機動を阻害する空間。せめてもの救いも、その遮蔽物が多いことくらい。はっきり言って斎藤君、かなりピンチだと思います」
だが、二人の冷静な分析を聞いても、男の態度は変わらなかった。
「ははっ、大丈夫だよー。彼ならきっとなんとかするでしょ」
少女二人は、男に疑いの視線をぶつける。その言葉は、何の慰めにもならなかったようだ。
二人の心の中には、技術者としての彼の能力は認めていたが、それ以外は欠片の信用も信頼もなかったので、これは、ある意味当然の帰結だった。
「斎藤君......」
眼鏡をかけた少女は、またモニターを見つめて心の中でエールと送る。
*********
「くっそぉーー!」
俺、絶賛爆走中です。
「遠距離スナイプはらめぇー」
俺がなぜこうも森の中を走り続けているのかというと、それは敵に見つかった上に、そいつが遠距離からちまちまと狙撃してくるので、その射線から必死に逃げているのだ。
その相手は、たぶん俺たち軍属の装備に、遠距離用の武装がないことをよく考えて、対策を考えてきているようで、長距離の狙撃に、近づいて来たら、小型のペイントミサイルをばらまいてすぐに後退、長距離の狙撃のコンボを仕掛けてくる。
正直うざい。ハメ殺す気満々だ。
地味にこっちの動きを予想しながら、射線を調整してきているようで、少しずつそこそこ大きく外れていたペイント弾が、俺の周囲に集まりだしている。
これは非常にまずい。早く打開策を立てないと、非常に危険が危ない。
俺は周囲を見回しながら、策を練る。
始めは、木々の間に隠れながら敵に接近できると思っていたんだが、思ったよりも木々の間が近く、上手く加速ができない。
その上に、ペイントミサイルの飽和攻撃が、怖い。
ただの爆風なら、装甲で何とか防げるのだが、ペイントミサイルは塗料がまき散らされるので、装甲に付着してしまう。そんなんでも、一応、着弾判定される。
ペイント弾が掠りでもすれば弾けるが、残念ながら、俺が発射できるペイント弾の射程は20メートル。がんばっても40メートルが限界だろう。それに残弾は12発。とうてい防ぎきれやしない。
いやー、マジで詰んでるわー。
ここは、賭けにでも出ないと勝てそうにないなー。
そう思っていると、機体の肩にペイント弾が着弾する。直撃だった。
「ちっ!思考に意識を割きすぎた!」
俺はすぐに、単調になりかけていた回避行動を、読まれないように複雑なものに変える。
「このヤロウ、覚えてろよー」
そこで俺は迷うことなく選択をする。
「ああ、俺は決めたよ。そう、逃げようってな」
俺はそうつぶやいて、すぐに身を翻して逃げる。敵に背を向けている状態だが、後方カメラで敵の様子は見ているので、回避には大きな影響はなかった。
もし遠距離攻撃の方法があったら後ろ向きに逃げる方法も採用したんだが、俺は持ってないので、逃走に全力を尽くすことに決めた。
敵の乗るのは汎用型な上に、装備もそこそこ重装備だ。その反対に俺の機体は、装備を極限までそぎ落とされている。重量的な面でも、世代的な面でも、移動速度は俺に軍配が上がる。
だから、俺は悔しくなんてないもん!
大丈夫、時間は、まだある。
俺はそう自分に言い聞かせて、背後から飛んでくるペイント弾から逃げる。
*********
「これは、なんというか......」
スタジオの中で、モニターを介して試合の様子を見ていた実況者は、なんとも言えない表情になる。
「ははっ、見事な逃げっぷりだねぇ」
それに対して、解説者はケラケラと笑っていた。
「一佐殿、これは、どうなんでしょうか。斎藤選手は本当に軍に所属しているのですか?」
実況者は言外に、この無様ともいえる戦い様子を見て、実力がともなっていないのでは?と問うていた。
戦っている彼が聞けば、いろいろと怒り出しそうだった。
だが、解説者はその問いの意図など、意に介していないかのように話し出す。
「うん、ま、確かに見ていてすごいダメそうに見えるけど、実際は結構すごいんだよ?」
その言葉を受けて、実況者は普通に疑わし気な表情を見せる。
「そう、なのですか?」
そう、普通はこの逃走劇を見ていて、すごいと思える人間は少ないだろう。こういう反応をするのが一般的だった。
だが、解説者はその一般的な解を否定する。
「確かに、彼は逃げているだけだよ。でもね、彼はあの木々の生い茂る中を『フェイント以外では、一度も止めることなく、速度も緩めずに走り続けている』んだよ」
その解説者の説明に、実況者はまだピンと来ていないようだった。
「普通に生身だったら、それも体力さえあれば不可能ではないだろうね。でも彼は機体に乗り、普通よりも移動に広い幅を必要とする状況下であっても、という条件付きでやっているんだ。これは、かなり難しい。これはひとえに、機体のスペックだけでなく、パイロット自身の技術も関係していると言えると思うよ」
そこまで言ってようやく気付いたようで、実況者はなるほどとつぶやく。
「逃げることにも、技術が必要になるのですね。興味深いです」
そう話す実況者の横で、解説者は顎に手を置き興味深そうに、彼のことをモニター越しに見る。
「さて、君はどうするのかな。斎藤クン」




