第三十三話
俺はぼんやりしていた頭が、すっきりと晴れていくのを感じる。
「あっれー、おっかしいなぁー。俺、徹夜しすぎて、耳までおかしくなっちゃったのかー?」
そうこれは、俺の聞き違い、そうに違いない。間違いないよ。だって、こんなに頑張ったのに、それはさすがにあんまりじゃないか。そうだろう?
「なにをおかしなことを言っている。聞こえなかったのなら、もう一度言うぞ。楠先生は今回の大会は、新型機のお披露目も兼ねているから、早々に負けたりしたら、ペナルティーを付けるそうだ」
立ち止まった俺の方を振り向いて、北島は呆れ顔でもう一度言う。
「嘘だっ!」
俺はその言葉を否定する。ついでに心の中で、そんな現実も否定する。
「はぁ、どう思おうとお前の勝手だが、楠先生は容赦しないからな」
そう言ってまた歩き出す北島。
俺はその後ろでガタガタ震えていた。
俺の脳裏にあのトラウマがフラッシュバックする。
楠先生は、容赦しない。むしろ、手加減を知らない。それを俺はよく知っていた。
「これが現実」
俺はがくんと肩を落として小さくガッテムとつぶやく。
それから気を取り直すことはできないが、立ち止まっていても仕方がないので、北島の後をついていく。
「おーい、北島クーン」
そうして北島の後を、カルガモの子供よろしくついて歩いていると、前の方から北島を呼ぶ声がする。
俺も反射的に顔を上げて見ると、そこには背の高い男が大きく手を振りながら、こっちに近づいてくる。
俺はその男の顔を見た瞬間から、もう既に気づいていた。その男は紛れもなく俺の敵だと。確証なんてない。だが、俺の根本的な部分、それこそ遺伝子に刻みこまれた本能ってやつが、俺に教える。その男は敵だ、排除しろ、殺られる前に殺れと。俺の獣の部分が叫ぶ。
ああ、この感覚は二度目だ。
ありていに言おう。その男は「クソイケメン野郎」だったのだ。
くっ、顔面偏差値だけがすべてじゃない!
「おや、一人じゃなかったようだね?カレシ?」
俺たちの近くまで来た男は、俺のことを見て不思議そうに言う。
「篠原一佐、冗談は選ばないと、相手を傷つけますよ」
「おい、待て北島。それは言外に俺がお前の彼氏だという冗談が、お前を傷つけるほどにひどいことだって言ってるのか?」
俺が北島の言葉に異議を申し立てると、北島はこっちを向いてにっこりと笑う。
「その通りだが?」
「けっ!」
北島はすごくいい笑顔で肯定しやがった。俺も反射で唾を吐くふりをする。
「ん、んー。仲は悪くないようだけど、カレシカノジョって感じじゃなさそうだね」
目の前の男は、少し戸惑いながらそう言った。
それにしても、この男の顔はつい最近見たことがあるような気がする。
「それにしても、篠原一佐はこんなところで何をしておられるのですか?」
北島はその男に問う。
北島も篠原と呼んでいるから、この人物の名前は篠原というんだろうな。ん?篠原?
「なにしてるのって、僕の配属はここ、国後基地だよ?ここにいてもおかしくはないでしょ?」
篠原さんは指で地面をさして、おどけた口調でそう言う。
「いえ、そうではなくて。私が聞いた話によれば、篠原一佐の部隊は--」
北島が続きを言おうとした時、男の肩が後ろからがしりと掴まれる。
「見つけましたよ、隊長~」
女性の声で、地の底から漏れ出る怨念のような声が響く。
俺たちがギョッとしていると、篠原さんは慣れているのか、あまり大きな反応は見せずに、肩をすくめるだけして、後ろを振り向く。
「残念、ここまでか」
篠原さんが振り返った先にいたのは、一人の女性だった。背の高い篠原さんと並んでいるせいで、あまり高くは感じないが、たぶん俺と視線が同じくらいなので女性にしては高いほうだと思う。
そしてその女性の特徴の中で特筆すべきは、その髪の毛の長さだった。俺がたぶん視線が同じと、確証がなかったのも前髪もとても長く、視線といっても、目が髪の毛で隠れているせいで、見えなかったからだ。
後ろの髪の毛も腰のあたりまである黒髪のストレートヘアなので、さっきの話し方も相まって、幽霊にしか見えない。
「隊長、戻ってください。隊長がいないと、もしもの時が、面倒です」
おどろおどろしい声のトーンで話す女性は篠原さんにそう言う。
「ま、仕方がないね。帰るよ。じゃあね、北島クン」
そう言って北島に、にっこり笑うと、篠原さんは呼びに来た女性を連れてこの場を去っていく。
「はぁ、あの性格は、変わらないみたいだな」
北島は、そう言って肩をすくめる。
「なぁ、北島。あの人は何なんだ?」
俺はずっと気になっていたことを聞く。
「ああ、あの人は、この国後基地陸上自衛軍特殊陸戦兵器特別防衛隊第一部隊隊長『篠原良悟』一等陸佐だ」
俺はこの説明を聞いても、ああ、上官なんだなくらいの感想しか浮かばず、俺の気になっていることは解消されなかった。
「そして、ロシアと面しているこの一帯を守護する要でもある。その獅子奮迅の活躍から、ついた二つ名が『北方の守護神』」
北島はまだ説明してくれるが、俺の聞きたいことはそうじゃない。
そこで俺は、どうだ分かったかと、満足していそうな北島に、俺が本当に聞きたいことを聞く。
「北島、そうじゃなくて。俺が聞きたいのは......あの人って誰かに、めっちゃ似てね?」
俺が言うと、北島は「は?」という顔で固まる。
「いやな、顔自体はかなりムカつくイケメンなんだけど。なんかなぁ、見た時になんか違和感あるなーって、ずっと気になってたんだ」
俺はなんでだろうなと北島に問うが、北島はフリーズから復帰するやいなや、ふっとニヒルに笑う。そして、そう、お前はそういうやつだよなと何かを諦めたようにつぶやく。
俺はその微妙に聞こえるつぶやきを聞きながら、誰に似てるんだろう、芸能人かな?と自分の思考に没頭する。
「はぁ。おそらく、お前の言うよく似ている人物にお前は最近会っているぞ」
俺はそう言われて、ここ最近の自分の行動を、思い起こす。......最近はパソコンとしか会っていない気がする。
そんな俺の様子を見かねた北島は、俺の答えを教えてくれる。
「名字で普通気付くだろう。あの人は、うちの対馬校の防衛大の三回生。篠原健悟先輩の兄だ」
そこまで言われて、俺は自分の中にある疑問が、一瞬で氷解するのを感じる。
「ああ、なるほど。ああ、やっぱり寝不足で思ったよりも、頭が働いてねぇー」
俺は疑問が解けてすっきりしたことに満足して、大きく伸びをする。
「さーて、自分の部屋に戻って寝るか」
俺はそう言って歩き出す。
その俺の背中に北島は声をかける。
「忘れていないだろうが、一応言っておく。明日からの試合は、負けると楠先生のペナルティー付だからな」
俺はそう言われて、はっとする。そして振り返って俺の安眠を妨害しかねない一言を言った北島をジト目で睨む。
そんな俺の態度を見て、北島はふんと鼻で笑う。
「現実を見ろ」
その無情な北島の一言に俺は沈む。
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一人の女子が、機体のコックピットの中で膝を抱えて座っている。
その女子は、今までシミュレターで訓練していたようだ。
「ふぅ」
女子は一息ついてからコックピットから出る。
ゆっくりと降りた彼女は、振り返って自分の機体を見上げる。
「これが私の、専用機。斎藤君がくれた、私が大会で戦うために作ってくれた機体」
その原型から大きく外れた機体のフォルムを見ながら、彼女は胸のあたりのパイロットスーツをぎゅっと握る。
「勝ちます。必ず。斎藤君が諦めずに作ってくれたこの機体で、私も諦めずに戦います」
そう言って彼女は歩き出だす。
大会は始まる。




