第三十二話
あの模擬戦の後、すぐに機体は永原先輩の整備チームに持っていかれた。その代わりにと言わんばかりに、片桐の機体の収納スペースには、不具合のせいで復旧困難と切られた機体が収納されていた。
俺はその機体を見上げながら、考え事をしていた。
「これが例の問題の機体かい?」
そんな俺の後ろから声がかかる。
「ええ、一応俺も調べてみましたけど、これはひどいですね」
俺は声の主である楠先生に振り返って答える。
「みたいだね。俺も一応参加してたから、粗方は知ってるけど」
楠先生が俺の横に並んで機体を見上げる。
俺も同じように機体を見上げて、愚痴をこぼすように話す。
「メインのエンジンは不具合が生じて出力が六割減。脚部駆動系は関節の部品の複数が紛失。しかもその多くが、代わりの部品の予備がなくて発注待ち。バッテリーも交換の必要あり。プログラム関係も手が加えられた形跡がありました。バグだらけです」
俺は深く溜息を吐く。そして楠先生に問う。
「これ、明らかに悪意のある誰かによる妨害工作ですよね。もしかして、片桐の機体を奪うことまで盛り込んであったとか」
「いや、それはないでしょ」
俺の疑念を即座に否定する楠先生。
俺はどうしてそう言い切れるのかと、楠先生の意見を聞くために視線を向ける。
「君、いろいろとありすぎて、頭が回ってないみたいだね。普通に考えてないでしょ」
そう言って楠先生は、俺に呆れ顔を向けて話し出す。
「あのね、普通、片桐君に何か嫌がらせしようとするのなら、直接本人にするでしょ?こんなに遠まわしで、成功するかどうかも分からないような、不確定要素の高い仕方はしないでしょうに」
楠先生は肩をすくめ、両手を肩のあたりに持っていき、手のひらを上に向けてから首を振って、「やれやれ」と言わんばかりの行動をする。ちょっとイラッとした。
「彼に実際に会って分かったでしょうが。彼はあんなんだから、実力はあっても、敵の多い人間だそうだからね。おのずと解は求められる」
なおも「やれやれ」を実行しながら、楠先生は言った。
俺はその説明を聞きながら、また心に怒りが沸き上がる。
「つまり、今回の騒動は、あの人の身から出た錆を片桐がぬぐわされたってことですか」
「ま、そういうことだねぇ」
さっぱりと言い切る楠先生の言葉を聞きながら、俺は拳を強く握りしめる。
「こんなんじゃあ、終われない。こんなんじゃあ、報われない」
俺は頭の中で思考を巡らせる。可能性を、一パーセントでもいいから、何とかなる可能性を模索する。
「あいつを、何としても、大会に出場させて見せる」
俺が頭の中で設計図を引いている横で、楠先生はまた「やれやれ」としていた。
*********
二段ベットが二つ置かれた、あまり広いとは言えない部屋。
その二段ベットの一つの下段は、まだ消灯時間でもないがカーテンが引かれて、その中にいる人物の姿を隠していた。
そこに一人の女子生徒が近づく。
「片桐、夕食の時間だ。行かないのか?」
内を外を隔てるカーテンの向こう側からは、答えはなく、人が動く気配すらない。
女子生徒は仕方がないと溜息を一つ吐いてから、背を向けて部屋を出ようとする。そして、出る間際にぽつりと言葉をこぼす。
「あいつは、まだ諦めてないぞ」
そう言い残し、女子生徒は部屋を立ち去る。
その後、一人だけ残されたカーテンの向こうの人物は、のそりと動き出す。
「まだ...諦めていない?」
ぽつりとこぼされた言葉を聞いた人は、そこにはいなかった。
*********
大きなドームのような建物の中、天井の部分は大きく開け放たれていて、青空が見えていた。下の芝生のグラウンドでは自衛軍の楽団と、国後校の楽団の合同楽団が開会式の前のセレモニーを行っている。
そして演奏が終わった瞬間、盛大な祝砲と、航空自衛軍のブルーインパルスがアクロバット飛行をしながら、空に文字を描き出す。
『祝!第二十四回 全防衛大・高等学校交流戦 開催!』
『死力を尽くせ!我らの後輩諸君!』
その激励の言葉に、多くの出場選手は胸を熱くしていることだろうと、俺はあまりはっきりとしない頭で考える。
その後、開会式が始まり、ドームにいる生徒は全員起立して、直立不動のまま開会の偉い方々の挨拶と、大会の説明を聞いていたが、俺は半分立ったまま寝ていた。
そして、気づいたときには開会式は終わり、生徒は移動をし始めているところだった。
「斎藤、行かないのか?」
俺の横にいた北島が俺に話しかけたことによって、俺はやっと意識を戻す。
「お、おう。行く行く」
どこに行くのかも定かではなかったが、とりあえず答える。
「はあ、ここ最近寝る間も惜しんで、機体の整備に励んでいたのは知っているが、そんな調子で明日からの試合は大丈夫なのか?」
北島はそんな様子の俺のことを見て、深く長い溜息を吐きながら、半眼になって俺を睨む。
「まぁ、大丈夫だろ。どうせ、負けても何のペナルティーもないし」
俺はそう言って大きなあくびをする。
そう、どうせ強制参加といっても、負けてどうこうという話はないのだ。だから、俺は負けても問題ない。
「ここに私たち軍属が参加するのは、軍属の人間とそれ以外の、「違い」を周りの生徒に教え、ひいては国民に伝えるためにあるんだぞ。そうそう簡単に負けていいはずがないだろう」
北島は呆れを多分に含んだ声で、俺を責める。そして視線をドームの客席の一角に向ける。
そこには複数の国内の放送局のテレビクルーの姿と、数多くの機材の姿が見えていた。
この大会は確かに、それぞれの学校の生徒同士の交流を通して、互いに切磋琢磨し、技術向上を促すという目的があるが、それ以外にも目的はある。
「次代の国防を担う生徒の姿を見せて、国民の支持を得る。ねぇ」
そのもう一つの目的。それは次代の国防を担う生徒たちが、どれだけ優秀で、信用できるかというのを宣伝して、国内の不安感を払拭し、支持を得るという、ありていに言えば、人気取りのためであった。
「中学生は悪くて、高校生はいいんだよな」
俺は何となしに言葉を漏らす。
それは世間にはあまり中等部の存在が知られていない理由が、外聞を気にしてというのがあるのに対して、こうやって大々的に高等部の存在が宣伝に使われているのが、何となくアンバランスに感じられてこぼれた感情だった。
「疑問には思うだろうが、それもそういうものだと、飲み込むしかないだろう」
横に並んで歩く北島は、俺のつぶやきを聞いて無表情にそう答える。
「ま、そんなもんか」
俺もそこまで気にしていたわけでもないので、すぐに切り替えて歩みを早める。
「で、片桐の機体はどうなんだ」
並んで歩く隣の北島は、前を向いたまま俺に話しかける。
「まぁ、完全に闇改造されてるけど、出来栄えは上々かな。問題は、片桐がそれを使いこなせるかにある」
俺も前を向いたまま答える。
そう、あの後俺は、あの半分ガラクタみたいな機体を、いじりにいじりまくり、船の上と港に到着してからの時間をフルに使って、片桐の機体を仕上げていた。
そのせいで俺は今、絶賛寝不足中だ。だが、後悔はしていない。
「私もちらりと見せてもらったが、あれはもう原型を留めていないだろう」
北島は俺の作り上げた機体の姿を思い浮かべて、苦笑いを浮かべる。
「いいだろう?俺たちの出場するのは、『特殊陸戦兵器個人交流戦』なんだから。それにもともとは「兵」だったんだから大丈夫だろ」
俺はそう言って肩をすくめる。
自分でもあの機体が試合前の審査に通るかどうかは、半信半疑だったので、通ったときはちょっと驚いた。
「なにはともあれ、どんな形であれ、片桐が出場できるようになってよかったな」
北島がそう言うのを聞いて、俺も「だなー」と答える。
さぁ、明日から俺たちも試合だ。一応、手抜きと悟られない程度には頑張って、早めに負けよう。
「ああ、そう言えば。楠先生が言っていたが、今回の大会は自分の新型機にお披露目の意味合いもあるから、早々に負けたりしたら、上司としてペナルティーをつけるとおっしゃっておられたぞ」
俺はがちりと体を硬直させる。
なんっ...だとっ...!?




