第三十話
「いや、待てよ!それでいいのかよ。明らかにメリットに対して、デメリットが勝ちすぎてるだろうが」
俺は片桐の決定を聞いて反論する。
実際、この勝負は明らかにこちらのデメリットが勝ちすぎている。得るものと失うものの差が大きすぎる。
「お前はここで勝負を断っても、失うものはない。勝負を受ければ、得られるものもあるかもしれないけど、負ければ出場できなくなるんだぞ。それにさっき郡山先輩は、ちょっかい出したりさせないって、言ってたじゃないか」
「ん、ん。ちょっといいかな、斎藤君」
俺が話していると、その横から郡山先輩がストップをかける。
「少し勘違いしているようだから、訂正させてもらうよ。僕は勝敗にかかわらずとは言ったけど、それは勝負を受けなかった場合には、その限りじゃないと言っておこうか」
郡山先輩はその特徴的な表情で、俺にそう突き付けてきた。
「つまりね、勝負を受けないことにも、デメリットは存在しているわけだよ。それを踏まえてた上で、選択はしてほしいな」
郡山先輩はそう言うと、あとは好きにするといいと言わんばかりに黙り込む。
俺は考える。この状況の最適解はなんだと。
そうやって悩んでいる俺に片桐は話しかけてくる。
「大丈夫です、斎藤君。私は考えたうえで選んでいます」
片桐はそう言って俺を見据える。
その眼には彼女なりの覚悟が見えた。
「確かに、負ければ失うかもしれない、それでも私は戦いたい。そして勝ち得たい。強くなる機会を」
俺はそんな片桐の本気の思いのこもった言葉を聞いて、何も言えなくなる。
「んっん~。双方、よろしいのかなぁ?」
そこまで一切口を挟まなかった楠先生が、話に区切りがついたとみて、片桐と永原先輩に勝負を受けるかどうかの意思確認をする。
そして二人は静かにうなずく。
「では、ここに、大会の出場権を賭けた模擬戦を開催するよぉーー!」
楠先生はそう言って、高らかに宣言した。
*********
俺は、無心でキーボードを叩く。
システムは片桐の希望通りの形に仕上げている。だが、それだけでは足りない。今の状態はあくまでデフォルトに近い。そこに俺なりのアレンジを加えて片桐にその調子を確かめてもらう。
勝負の日程は明日ということになった。これは今すぐということになると、まったく調整できていない片桐と、調整の途中でトラブルが生じて、ある程度は調整の済んでいる永原先輩との間に大きな差が生じるからだ。
俺としてはもう少し時間がほしかったが、大会までの時間はあまりない。その状況でこれ以上時間をかけるわけにはないという事情があった。
「あの、斎藤君?」
片桐がこちらの機嫌を伺うように、恐る恐る話しかけてくる。
「なんだ?」
俺は手を休めることなく、モニターをじっと見つめながら答える。
「怒ってますか?」
「なんで?」
俺はつっけんどんに答える。
「いえ、何となく。怒っているように見えたので」
俺は一瞬手を止め、どう答えるか考える。
そして、またキーボードを叩きながら答える。
「怒ってるさ。でもそれは、なんていうか、片桐に怒ってるとかそういうんじゃないんだよ。あの横暴なな態度とか、それをどうにかできなかった自分にとか、いろんなことに対して、俺は怒ってるんだ。だけどお前には怒ってない。ただ、申し訳ないというか、助けられなくてごめん」
俺は言い訳のような答えを言いながら、自分の無力さを痛感していた。
そんな俺の様子を見ながら、片桐はポツリポツリと話し出す。
「いえ、あれは私自身が考えて出した答えですからお気になさらず。それに、私はいつも斎藤君に助けられていますよ?」
俺はそんな片桐のフォローの言葉を聞きながら、機体の最終調整を終える。
「調整終わったぞ。大丈夫そうか操作して確認してくれ」
自分の言った言葉に対しての答えではなく、あくまで自分の仕事に徹する俺の姿に、少し苦笑しながらも、片桐はコックピットの操縦桿を握る。
俺はその姿を見ながら、本当に自分にできることの少なさに、嫌気がさす。
「俺がお前を助けてやれることなんて、そんなに多くはないさ」
俺のつぶやきは空気に溶けて消えていく。
*********
『それでは~、両者準備はいいかなぁ~?』
決して広くはないコックピットの中、少女は操縦桿を握りながら、スピーカーから聞こえてくる声を答える。
「はい、大丈夫です」
少女が答えた後、数秒過ぎてから、またスピーカーから声が聞こえる。
『ではでは、これより、防衛大学対馬校四回生永原君VS対馬防衛高等学校一年生片桐君の~、模擬戦を始めまーす!』
そこで、モニターの映像が変わり、今回の模擬戦のフィールドである市街地フィールドが映し出され、カウントダウンが始まる。
コックピットにいる少女、片桐はごくりと唾を飲み込む。
この戦いには負けられないという思い。勝ちたいという願い。いろいろな感情が彼女の心の中で渦巻いていた。
そしてカウントはゼロとなる。
彼女はすぐさま近くの建物を背に周囲の警戒に入る。
今回彼女の乗るのは、今回大会にも乗る予定だった軍の払い下げ機、『T-3F兵・三式』。
それは軍でも数年前まで、主戦力機として配備されていた、戦闘用汎用型量産機。その能力は全体的にとてもバランスがよく、比較的誰でも操縦が難しくない、安定感のある機体だ。逆に言えば、それ以外はあまり特徴のない凡庸な機体だと言える。
そして相手も同じ機体を操っている。
装備の指定もない。
完全な実力勝負だった。
彼女は注意深く周囲を見る。
戦闘が始まるまでは、緊張のあまり心臓がバクバクと激しく心拍をかき鳴らしていたが、始まってみれば、彼女の心は、一切風のない日の湖面のように静まっていた。
周囲の情報が頭の中にすっと入ってくる。
彼女は警戒状態のまま、静かに移動し始める。相手に情報を与えないように、相手の情報が少しでも自分の手元に集まるように。
彼女たちの勝負は静かに始まる。
*********
椅子に座り、モニターを見ながら、俺は膝を激しく貧乏揺すりさせていた。
「落ち着け、斎藤。お前が気を揉んだところで勝敗は変わらない」
そんな様子の俺を見かねた横に座る北島が、俺を諭す。
「わーってるよ!うなこたぁな」
俺は心配のあまり、変な訛りのような口調になる。
「そうだな、北島君の言っていることは正しい。軍人たるもの常に平常心を保つ心がけが必要だ」
北島とは逆の隣に座る篠原先輩にも諭される。
「まぁ、気軽に行こうよ、斎藤君。この勝負では命の危険まではないんだから」
その篠原先輩の隣に座る郡山先輩は、くくっと笑いながらそう言う。
命の危険がなくても、大会への出場権を失いかねないという、危険を伴っているのだがと、俺は心中でつぶやく。
目の前のいくつかのモニターには、戦場になっているフィールド全体の俯瞰映像とそれぞれの背後からの視点の映像、そして二人それぞれの上空からの個人の広めの俯瞰映像が、映し出されていた。
ちなみにだが、このセッティングをしたのは斎藤で、勝負を提案した張本人は、「郡山君がいれば、あとは大丈夫だよね」と言って、最初の宣言だけして、自分の担当の機体の整備に向かってしまっていた。
「ん、どうやら動きがあったようだね」
そうつぶやいた郡山先輩の声を聴きながら、俺はモニターを食い入るように見つめる。
「接敵だな」
短い言葉が北島の口からこぼれる。
そして戦う二人はまさにその言葉通り、お互いの存在を認識して攻撃に入っていた。
*********
「っつ、少しタイミングが悪い、ですね」
彼女は舌打ちしたくなるのを抑えて、あくまで冷静に対処する。
彼女は移動しながら着実に、周囲にトラップを設置していたのだが、その途中での接敵だった。
「仕方がない」
そうつぶやいて彼女の機体は装備していた40アサルトを構える。敵はすでにこちらの存在に気づいていてからの接敵だったのか、銃撃までの時間は敵の方が早かった。
数発の弾丸が装甲に当たるのを、音と振動で感じつつも、彼女は落ち着いて周囲の建物を盾にしながら、敵の射線から外れる。
機体に大きな損傷がないのを確認してから、彼女は40アサルトの下部につけられたグレネードランチャーのアタッチメントに煙幕弾を装填する。
そして銃口だけを建物から出して、煙幕弾を敵のいると思われる方向に放つ。
その後、彼女はグレネードランチャーに炸裂弾を装填して、煙幕が十分の広がったのを確認してから、炸裂弾を放ち、それと同時に建物から飛び出て40アサルトを撃ち、銃弾をばらまきながらジグザグに後退する。
そしてまた別の建物の陰に隠れる。
40アサルトをリロードしてから、グレネードランチャーに新たな炸裂弾を装填する。
「とりあえずは、逃げられたかな」
彼女は市街地のマップを出してそこに自身の位置と接敵位置、さらに自分の設置したトラップの位置にマーカーを打つ。
「また、罠の貼り直しですね。ですが、焦らずに行きましょう」
そうつぶやきながら彼女は建物の間を進んでいく。
そして、その後姿を「見る」ものもまた、ついて進んでいく。




