第二十八話
「やぁやぁ!どんな感じかな?」
俺が調整を終わらせたころに、楠先生はちょうどよく俺たちのところに来る。
「ソフト面は大丈夫です。機体の方ははっきり言って専門外なんで、手は付けてません」
俺は楠先生に簡潔に報告する。
「そうかい。まぁ、機体の方はもう大体終わってるからねぇ」
「楠先生、では試乗してもよろしいでしょうか?」
楠先生の言葉に、北島が食い気味に聞く。
「うーん、まぁ大丈夫なんだけど。もう少し待ってくれる?」
楠先生は少し考えてからそう答え、北島はその返答にわずかに肩を落とす。
いや、どんだけ乗りたいんだよ。
「どうしたんですか楠先生。いつもだったら、喜々としてデータが取れるって言いそうなのに」
俺は、使っていたパソコンを片付けながら、楠先生に問う。
俺には、機体の稼働データよりも優先されることが気になった。
「そうだねぇ。今は僕もいろいろと手伝いが忙しいのと、ちょっとその忙しい理由の方がどうなるのか、微妙なところなんだよねぇ」
それさえなければ、僕もやりたんだけどねぇ、と楠先生の口から言葉が漏れるのを俺は耳でとらえる。
「大学の先輩の機体が、どうかされたのですか?」
俺たちの会話を聞いていた片桐が、横から会話に入ってきて楠先生に聞く。
「ん?ああ、君は二人のクラスメートか。そうだね、正直、復旧できるかどうかは五分五分だね」
一瞬、会話に参加したのが誰なのかわからずに頭の上に?を浮かべるが、状況から判断して答えを導き出したようだ。
そして、楠先生の答えを聞いた片桐は、眉をひそめて不安そうな表情をする。
「それは大丈夫なんですか?もし復旧できないとしたら...」
「ん、んー。どうかなぁ。もしかすると、そういう申し出もあるかもねー」
片桐がすべてを言わずに止めた言葉に、そこからその意図を読み取ったのか、楠先生が答えた。
「ん?どういうことだ?片桐」
二人の間では、会話がつながっているらしいが、俺にはさっぱりなので、片桐に説明を求める。
「斎藤君は、今回出場する本校の特殊陸戦兵器の機体数をご存知ですか」
質問を質問で返してきた片桐に俺は記憶を探る。
まったく、これが片桐じゃなかったら、面倒な事せずさっさと説明しろと殴ってるところだった。特に某イケメンとか。
「確か、実機演習用の五機だったよな」
「そうです。その五機のうち、防衛大の方に三機、防衛高の方に二機が配分されているのです」
これは大学生と高校生のトーナメントが分けられているからだ。
そして軍属枠として俺たち「武士」二機が出場する。
「そして今回復旧が困難になっているのは、防衛大の四回生の先輩方の機体です。これによって防衛大組の機体は三機から二機に減ります」
片桐は順序立てて、わかりやすく説明する。
「そして、この大会は個人戦もありますが、同時に団体戦もあります。これには大学、高等部関係なく三機が出場します」
そこまで言われて、やっと何となく問題の輪郭が見えてくる。
「ってことは、その不具合の出た機体のパイロットは――」
「そうです」
俺が視線で片桐に問うと片桐がそう答えたので、俺は確信を得る。
つまりその不具合の出た機体のパイロットさんは、団体戦のメンバーで、もし復旧ができないと、団体戦への出場も危ぶまれるわけだ。
だが、それでなんで片桐が不安そうな顔をするんだ?
「そして、もし機体の復旧が難しい場合には――――」
「お前が高等部の特陸のパイロットか?」
片桐が結論を言おうとした時、その後ろから大柄な男を引きつれた神経質そうなメガネの男が現れ、片桐に高圧に話しかける。
「は、はい。そうです」
急に知らない人間に話しかけられたことや、高圧的に話しかけられたことによって、片桐は委縮してしまっているようだ。
だから俺は立って片桐の前に出る。
そして俺の隣には、その不穏な雰囲気に何かを感じたのか、北島も片桐の前に立っていた。
「何か用ですか?センパイ」
俺は片桐の代わりに話を進めることにした。
「特務官殿には関係のないことだ、どいてくれ」
神経質そうな男は俺を見ると、その眼鏡の奥の瞳を細めて俺を睨む。どうやらずいぶんといらだっていらっしゃる御様子だ。
「永原先輩、失礼を承知で言わせていただきますが、そのようなあからさまに威嚇するような態度で近づいていては、このように警戒されても致し方ないと、存じ上げますが?それと私も特務官ですが?」
俺の隣にいる北島が神経質そうな男、永原先輩を無表情のまま、まっすぐと見て言う。
「...っう」
そして、永原先輩は北島の対応に一瞬ひるんだように言葉を詰まらせるが、すぐに持ち直して俺たちを睨みながら再度言葉を発する。
「こちらにもいろいろと理由があるんだ!時間もない、邪魔をするな!」
そこで永原先輩はいら立ちを爆発させたのか、強引に俺たちをどけようと北島の肩に手を伸ばす。
俺はその様子を横目で見ていたが、永原先輩の手が伸びた瞬間に、北島の目がわずかに本気の色が垣間見えたのをしっかりと捉えていた。
ああ、投げ飛ばすか、地面に倒して捕縛する気だな、と俺は予想する。ついでにきれいに投げ飛ばされる永原先輩の姿も予想する。
だが、この予想は覆される。
「永原先輩。あまり下級生、しかも女生徒に乱暴するのはいかがなものかと」
その地面のそこから響くような、ただ低いだけではないどこか迫力のある声で永原先輩を諫め、なおかつ、北島の肩に伸びていた手を横から掴んで止めたのは、後ろに立っていた大柄な男だった。
「篠原!お前、上級生の俺に盾突くのか!」
永原先輩は自分の行動を止めた男に怒鳴り声を上げる。
しかし、男はまったく動じず、永原先輩の目を真正面から受けながら、答える。
「あまりに目に余る行為は、私としても看過いたしかねます。それにこれは郡山先輩からの指示でもあります」
「あぁ!?郡山の?」
永原先輩は、郡山先輩という人物の名前を聞いた瞬間に、その勢いを少し弱める。
「はい。もし、いらいらしすぎて乱暴な行為とかになったらテキトーに止めといて、と伺っておりますので」
その言葉を聞いた永原先輩は、舌打ちを打っていたが、その手を引っ込める。
「だったらお前が交渉しろ。こっちの要望は分かってるだろうな?」
いらいらした様子を隠そうともせずに永原先輩は言う。
それに対して大柄な男は、頷いてから答える。
「承知しております」
その答えを聞いた永原先輩は少し後ろに下がる。
その代わりに大柄な男が前に出る。
俺たちはいまだ臨戦態勢のままだった。
「待たせたな。私の名前は篠原健悟、防衛大学特殊陸戦兵器操縦科の二回生だ」
そう名乗った篠原先輩の態度に、俺と北島は臨戦態勢を解く。
「ああ、じゃあ、俺は高等部の――」
俺が篠原先輩に倣って自己紹介しようとすると、先輩は軽く手を俺たちの前に出して止める。
「問題ない、全員知っている」
そう言って篠原先輩は順に俺たちのことを呼んでいく。
「後ろにいるのが、片桐さん、前の貴女が北島さん。...そして最後の君が、斎藤祐司君」
ほかの二人の間に微妙な間を感じたり、俺だけフルネームで呼ばれたことにすごい違和感があるが、今はとりあえずスルーして話を進める。
「じゃあ、さっそくですが、何の用ですか?」
俺のつっけんどんな態度に、篠原先輩は嫌な顔をせず、ふっと小さく笑ってから話し出す。
「そんなに警戒しなくてもいい。といっても、難しい話かもしれないがな」
そう前置きしてから、続いて篠原先輩は本題を話し出す。
「君たちも聞いているかもしれないが、後ろにいる永原先輩の乗るはずだった機体が重篤なトラブルを抱えてしまった。作業スタッフも努力してくれてはいるが、正直なところ復旧は難しいと考えている」
篠原先輩は、さっきの永原先輩とは打って変わって、とても落ち着いて調子で話す。
「その場合、永原先輩は自機を失い、大会への出場はできなくなる。そうなっては団体メンバーの私たちとしても困る。そこでだ、片桐さんにお願いしたいのは、君の乗る予定の機体を永原先輩に譲って欲しいんだ」
篠原先輩はその低く迫力のある声で片桐に言った。
俺は、これが片桐が不安そうにしていた理由であることを知り、ちらりと後ろを見て片桐の様子を伺う。
「そ、それは...」
たとえ高圧的な態度をとっていないとしても、片桐は委縮したままだった。
「確かに君も、努力してその出場権をもぎ取ったのだろうとは思うが、どうかここは私たちを助けると思って、機体を譲ってはくれないだろうか?この通りだ」
そう言って篠原先輩は頭を深く下げる。
この人は、こんなむかつく人のために頭まで下げてお願いできるのかと、俺は驚きを尊敬を覚えていた。自分もその行いを倣おうとは思わないが。
「で、でも...」
だが、片桐の返事の色はよくない。
そしてそこで、後ろに下がっていた爆弾が爆発する。
「ああー!何をちんたらしてるんだ!片桐!貴様も、はい、分かりましたと言えばいいんだ!上級生に逆らえると思うなよ!」
またも怒鳴り散らすように言った永原先輩は、片桐を指さす。
「どうせ、貴様は来年もあるんだろう!こっちはもう今年しかないんだ!この大会の成績が軍に入隊後の待遇にも関わってくるんだ!貴様は俺の将来を壊す気か!ああ!?」
怒涛のように永原先輩の口からあふれ出される言葉に、片桐は完全に縮こまってしまっていた。
「それに、高等部の一年の癖に大会に出場しようなんて、生意気なんだよ!しかも聞けば、貴様は編入組だそうじゃないか。そんなやつはな、おとなしく観客席で観戦していればいいんだ!しゃしゃり出てくるな!」
もはやただの暴言と化している永原先輩の言葉に、俺は堪忍袋の緒がちぎれそうになっていたが、隣の北島はとうに切れてしまっているのか、わずかに殺気を漏らしながら永原先輩を睨んでいた。
「わかったか!?分かったなら早く、はいと―――」
「とおおーーーう!!!!」
永原先輩が最後まで言い切ろうとした瞬間、 俺たちと永原先輩たちの間に白衣姿の男が急に下から生えてきた。
「双方ともの言い分は分かった」
急に地面から生えてきた男。いや、ほんとに生えてきたわけじゃないけど。その男、楠先生は間に立って手を横に突き出して俺たちがとびかかるのを止める。
「こういう時は、古くからの習わしにより、勝負で決めようじゃないか」
楠先生はニヤニヤと笑いながら、俺たちと永原先輩たちを見ながらそう言った。
というか古くからの習わしってなんだよ。
「楠先生、邪魔をしないで―――」
永原先輩が、急に割って入ってきた楠先生を排除しようとするが、その言葉をまたぶった斬って楠先生は話す。
「別に邪魔しなくてもいいけど、その代わり、学校にはこの件について報告させてもらうよ?この恐喝じみた『お願い』についてね」
楠先生の言葉に、永原先輩も黙り込む。
「ではではー。ルール説明に入ろうか!」
「いや、ちょっと待ってくださいよ、楠先生」
俺は、そのまま暴走し続けそうな楠先生を止める。
「こっちはそもそも、その勝負を受ける必要がないじゃないですか。普通に断ればいいだけで」
「別にそれでもいいけど、その場合、あっちのあの子が、片桐さんをそのまま放っておくかな?報復とか、考えられるかもしれないね?」
俺の抗議に対して楠先生は、俺に近づいて小声でそうつぶやく。
「そんなの」
俺はそう言われると言葉に詰まる。だが、もし片桐がその勝負に勝っても、その可能性はあるわけだから、結果的に選択肢はないじゃないかとも考える。
「ではでは、改めて、ルール説明といきましょうか!
ルールは簡単。勝ったほうが、負けたほうに一つお願いできます!
さらに、今回で使うのは機体に基本装備されている、シミュレターで勝負します!
機体はその実際に乗っている機体のみ、装備は大会で使用されるものに限ります!
勝敗の決め方、その他ルールも大会ルールに沿ったものとします!
以上でなにかご質問がある方は?」
そこで北島が静かに手を挙げる。
「そちらは、こっちの機体を望むのは分かりますが、こちらはあまり勝ったとしても何を望めばいいのです?」
北島の問いに楠先生は面倒くさそうに答える。
「そのくらい自分で考えてほしいんだけどねぇー。まぁ、妥当なところは、逆恨みせず、一切の危害を加えないこと、とかかなぁ」
俺は楠先生の言葉に少しムッとする。
相手の方から勝手に絡んできといて、勝った報酬がもう絡まないことは、さすがに気に食わない。
俺はちらっと北島を見る。そして、北島も俺を見ていた。
その瞬間、俺は北島と心が通った気がした。
その内容は、「こいつ、今の潰しといたほうが、よくない?」「私もそう思う」である。実力行使する気満々である。
俺たちが行動に出ようとしたとき、その動きは一人の人間の登場と、その人間の発した言葉によって止められる。
「へぇ、遅いと思ったら、なんか面白いことになっているじゃないか」
その声の主は、悠々と歩いてくる。
「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらおうか?」
この場に現れた新たな乱入者は、その細い目をさらに細めて言った。




