第二十三話
「大型空母五、護衛艦二十、距離16マイル、速度15ノット」
「国境で止まるつもりはないようだな」
士官たちが忙しく立ち回る指令室の中、一人の男が女性士官の報告を聞いてつぶやく。
「勧告はしているな」
「は、中華海軍に艦隊に通信をしていますが、芳しくはないようです」
ふむと、男は考える。
「なるほど、あちらさんは本気のようだ。こちらの艦隊に通達、領海侵犯と同時に自衛権を行使せよ」
「よろしいので?」
「先にやってきたのはあちらだ。当然覚悟もできているだろうさ」
「上層部は、まだ連絡がありませんが」
「緊急時の指揮権は私にある。問題ない」
男は女性士官にそう言い渡すと、自分の席にどかりと座り込む。
「さて、戦争を始めようか」
*********
俺は研究所に着いて中に入ると、そこにはまだ退避していない楠先生たちがいた。
「おや?どうしたんだい、斎藤君。君には特に指示は出してないから、シェルターに行くはずじゃ?」
楠先生は俺を見て、不思議そうに首を傾げて言う。
俺はその様子を見て、思っていたことを話す。
「あの手紙は、楠先生が出したものではないんですか?」
「あの手紙?何のことだい。君は何のことを言って?」
楠先生は、本当に何を言っているのかわからないというふうに、訝し気な顔をする。
楠先生は白なのか?
「どうしたんですか?先生。あら、祐司君、どうしてここに?」
「あ、高嶋さん。実は機体のことでーー」
ーードゴンッ。
奥の研究室から高嶋さんが来て、俺はとりあえず機体が狙われていることを言おうとした時、強い振動と、何か重いものが衝突したような音が研究所内に響く。
「これは、襲撃のようだね」
楠先生はいつもは見せない真剣な表情で、音の発生源の方向を睨む。
「やっぱり、狙いはこっちなのか」
「やっぱり?君には思い当たることがあるのかね」
楠先生は俺の言葉を聞いて、その真剣な表情を俺に向ける。
その時、またさっきと同じような振動と音が研究所内に響く。
「いろいろと聞きたいことはあるけど、今はその余裕はないようだね」
楠先生はそう言うと、急いで機体の前のコンピューターを操作しだす。
「君は早く専用のパイロットスーツを着なさい。機体の起動は俺がしておく。里奈君、彼に例の物を渡して」
その対応の速さは、まるでこうなることを予想していたような、そんなスムーズさを感じて、楠先生への疑いは深まる。
だが、今は襲撃を何とかしないと。
「祐司君!こっちに来て!」
高嶋さんの叫ぶような必死な声が、俺の耳に入って思考の世界から現実に戻る。
「はいっ!」
俺は高嶋さんのいる研究室の方に入ると、高嶋さんは一つのアタッシュケースを持っていた。
「これが先生の言っていたものよ」
そう言って高嶋さんは、アタッシュケースの中身が見えるように開く。そして、そこには一着のパイロットスーツが入っていた。
「これは君専用のパイロットスーツよ。君のフィジカルデータをもとに作られた、「SMAS」専用のパイロットスーツ。さぁ、早く着替えて!」
俺は高嶋さんからスーツを受け取ってすぐに着替え始める。この際恥ずかしいとか、言ってる暇はない。
俺が着替えたスーツは、俺に合わせて作られたというのは伊達ではなく、ぴったりと体にフィットし、体の動きを一切邪魔することがない。
そのデザインは、授業で使っているようなものと似ているが、靴の部分だけでなく、グローブの部分まで一体になっていた。
「大丈夫そうね。じゃあ、最後にこれを」
俺が着替え終わると、高嶋さんは俺にフルフェイスのヘルメットのようなものを渡してくる。
「これは、ヘルメットの頭部保護の意味もあるけど、それ以外に、祐司君の脳波を観測して機体にフィートバックさせるための補助装置の意味もあるの」
俺はそのヘルメットを手に取り、かぶってみると、視界を阻害しないように広くデザインされたバイザーの部分にいくつかの表示が浮かぶ。
「そのバイザーには機体との情報を共有して、表示させるための特殊なフィルム型のモニターが着いてるわ。今は最低限の補助機能しかついてないけど、無いよりかはマシだと思うわ」
「説明ありがとうございます」
俺は装着感に異常がないことを確認すると、高嶋さんにそれだけ言って、外に出る。
「遅かったね斎藤君。もう起動は済ませてるよ」
楠先生は俺が来たことを確認すると、ニヤリと笑って言う。
「さぁ、行きなさい。いくらここが頑強に作られているとしても、敵ももうそろそろ中に潜入を果たすだろうからね」
俺は言われるまでもなく、コックピットに乗り込みハッチを閉める。
「はい。斎藤祐司、「武士・零式」行きます!」
俺は機体を立ち上がらせて、エレベーターに乗る。
「あー!そういえば、機体に新しく装備乗せといたから、確認してねー!」
エレベーターが上がっていく途中で楠先生の声が聞こえてくる。
俺は急いで機体の装備を確認する。時間はあまりない。
なんか、すごい既視感があるんだが。
*********
『さあ、時間だ。作戦行動を開始するぞ』
男は通信で他の隊員に連絡する。
それを合図に、コンテナは大きく開け放たれ、光が差し込む。
そして、男は機体を立ち上がらせて、移動し始める。別のコンテナからも四機の機体が出てきて移動し始める。
それらの機体はすべて八本の足を持ち、人型の上半身を持つ機体。中華の「大蜘蛛」であった。さらに付け加えるなら。それらの機体の両肩には戦車砲が搭載され、背中と腰には小型の短距離用ミサイルが収納されたミサイルポットが装備されていた。その上、手にはロケットランチャーが一つずつ装備されていた。
中華軍の内部でこの装備は、拠点攻略用第一兵装と呼ばれる重装備だった。
『目標にむかい、前進せよ。陣形は先のブリーフィング通りに』
「明白了!」
男の指揮で五機の「大蜘蛛」が動き出す。
男の乗る機体を真ん中にして前後に二機ずつ配置して、移動し始める。
地上部隊もそれぞれ移動し始めるのを確認して、男は一直線に目的地を目指す。
目標の研究施設はロックも固く、潜入して極秘裏に例の機体を奪取するのは前回の施設よりも難しいため、今回は少々強引にも破壊して侵入することに決定した。
そこまでしても例の機体は軍の上層部にとっては欲しいものらしい。
『いや、欲しいのは軍ではなく、あの女が、か』
男は苦虫をかみつぶしたような表情でそうつぶやく。
その脳裏に浮かぶのは、十年ほど前に中華軍の開発部門に招かれた開発者の女の顔だった。この「大蜘蛛」を開発したのも彼女だが、軍の上層部はたびたび彼女に振り回されているように男は感じていた。
男には今から奪おうとしている機体にそこまでの価値があるようには思えなかった。
だが、彼は軍人。上からの命令には逆らうことなどできなかった。まして、前回の作戦では失敗してしまっている。あとがないのもまた、確かなのであった。
『今度こそは、その機体もらうぞ少年』
確証はないが、きっと今度に戦うことになるのは、あの時会った少年になるであろうと男は感じていた。
そして、その予感は的中することになる。
五機の「大蜘蛛」が目的の場所に着くと、その頑丈な扉を破壊するために二機の戦車砲で攻撃し、残りの三機は三角形を描くように展開して、周囲の警戒に当たっていた。
四門の戦車砲合わせて二十発近く打ったところで、しびれを切らした一機が片手に持つロケットランチャーを、味方が止める前に放った。
そして、その攻撃によって見事扉は開け放たれた。がしかし、その扉が破壊されたことによって起きた土煙は一時的にとはいえ「大蜘蛛」たちの視界を悪くする。
その瞬間、その土煙を切り裂くように、鋭い踏み込みと同時に一機の人型の機体が飛び出す。
その機体が現れたことに驚いて、迎撃しようとするが、至近距離にまで接近を許してしまった二機には、もはやなすすべなど、ありはしなかった。
人型の機体は抜刀による一閃で、二機のコックピットを立て続けに、横一文字に切り裂く。
それによってパイロットによる制御を失った機体は動きを止める。
その一閃はそこに立ち込めていた土煙を振り払っていた。
そこでやっと男は視界が回復したことによって、扉の破壊に当たっていた二機がやられたことを知り、敵の登場を知った。
『やはり来たか。少年!』
男は人型の機体を見てそう叫ぶ。そして残った二機に命令を下す。
『かの機体は基本的に接近戦を得意としている!距離を保ちつつ最大火力をもって迎撃せよ!最悪コックピット周辺が残っていればいい』
そう言って男も機体との距離を置いて、戦車砲の照準を人型の機体に合わせる。
『悪く思うなよ、少年。これが、戦争だ』




