第二十二話
「ふっ、はっ!」
「いい感じです。その調子で」
「せいっ、はっ、せいっ」
「ふむ、少し今のは攻めが雑です。最適の一撃を打つのと同時に、次の一手だけでなく、そのさらに先のことも考えなさい」
「てりゃぁ!」
「しっ」
パシンという音とともに、俺の竹刀は弾き飛ばされていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は乱れた息を整えながら、今の打ち合いの流れを復習してどうしたらよかったのか、頭の中でシミュレートする。
「今日はここまでにしましょう」
「はい、ありがとうございました」
俺は今日も朝の稽古を涼子さんにつけてもらっていた。
「やはり、なかなか筋がいいですね。二週間でここまで強くなれれば大したものです」
「そうですか。汗一つ流さずに、攻撃全部を軽々と受け続けてる涼子さん見てると、とてもそうは思えないんですが」
息がちょうどよく整ってきたところで、涼子さんに反論する。
「それは仕方がありません。年季の差です。一朝一夕で超えられるほど、私は弱くありませんから」
涼子さんが涼しい顔でそう言い切るの見て、つくづくこの人は超人だなと思う。
今はまだ剣術くらいしかしてないけど、これにほかの武術が混ざってきたらどうなるんだろう。俺は朝日を拝めるんだろうか。
「さぁ、朝食まで時間がありません。急ぎなさい」
そう涼子さんに急かされて、俺は自分の部屋に入ってシャワーを浴びてから、制服に着替えて食堂に向かう。
「やぁ、おはよう、斎藤君」
食堂について、自分の朝食をもっていつも使っている席に向かうと、当たり前のように東雲が座っていた。
この現象は、この二週間のうち学校が、ある日にもない日にも見られる。非常にうざい。
「はぁ、なぜ朝っぱらから、クソイケメンの顔を拝まにゃならんのだ。拝むのなら、美少女の顔を拝みたいもんだ」
俺は沈鬱な表情で切実に思う。
「ははっ、今日も冗談きついなぁ」
東雲には俺の感情がいまいち伝わらないようだ。いや、わざとっていう可能性もあるんだが。
「で、今日も朝から稽古?よくやるよね」
「しかたねえだろ。これも一応任務なんだから」
そうでなければ、朝の貴重な睡眠時間を削ってまで、あんなにきついことはしない。仕事と言うならば、するよ?真面目にね。
「最近は、シミュレーターの方でも調子よさそうじゃないか」
「調子がいいっていうより、慣れただけだよ」
東雲の言う通り、最近のシミュレーターの戦績では、クラス内を三段階に分けて、下位と中位の相手には負けることがなく、ほぼ全勝。上位の相手にはいまだ苦戦していて、特に今一位に君臨している北島、二位の片桐、三位の東雲にはあまり勝てていないが、それ以外ならば六割以上の勝率を取っている。これは、ついこの間まで素人だったことを考えると、十分すぎるほどの戦績だ。
「能ある鷹は爪を隠すのかな」
「全力で頑張った結果だよ」
東雲はさらりと、初めからそれだけの実力を持っていたのではないかと言ってきたが、それはさすがに言いがかりすぎる。
「知っての通り、俺はただの素人だったよ」
東雲は俺の言葉に、ふうんと言うだけでそれ以上は何も言わない。
俺もこいつが監視役の一人だということを知らされてから、できるだけ言動には気を付けるようにしているが、どうにもこいつはいろいろと言質を取ろうとしているように感じる。
かなり怖い奴だ。最初会った時からこいつには何か感じるところがあったんだ。
「さて、飯も食ったし、行くかな」
「学校に行くのかい?じゃあ、僕も行こうかな」
しかも学校に行くときは、高確率でこいつが着いてくる。そんなおまけ俺はいらないよ。
その後、俺は嫌な登校時間を過ごしつつも学校に到着した。
「おはよっすー」
俺は席に着くと、隣に座っている片桐に挨拶する。
「おはようございます、斎藤君」
片桐は最初のほうは言葉が詰まったりしたが、今では普通に会話ができている。敬語口調は変わらないが、これは癖らしいので仕方がないだろう。
俺は何とか少しずつとはいえ、クラス内でもしゃべる人間を増やしているが、やはりよくしゃべるのは、なんだかんだで世話になっている片桐とが多かった。東雲はノーカンで。
「今日の一限は、現代文ですよ」
「いや、もう忘れてこないから」
片桐はくすくすと笑う。
最初のイメージが、よく教科書を忘れる人間としてインプットされてしまったせいか、たまにこういう冗談を言ってくる。
でも、笑った顔が結構かわいいから許す!
「よし、全員席に着け。出席を取るぞ」
教室に唐橋先生が入ってきて、朝のホームルームを始める。
今日もいつもの今日が始まる。
*********
海運などで使われるコンテナの中。うす暗い中で幾人かの男たちが集まっていた。
『さぁ、争奪戦の第二幕だ。諸君、先の失態は、ここできっちりと雪ごうではないか』
「明白了!」
そこにいる人間の顔つきは、日本人に似ているが、どちらかと言うと大陸側の血が入っている顔つきで、その言語は、間違いなく中華で話されている中国語だった。
ここで起きるのは、あまり歴史において、大きくは取り沙汰されたりはしない。だが、大きな歴史の流れに影響を及ぼす、一つの大きな出来事でもあった。
いつも通りの今日は、今日に限って言えば、訪れない。
*********
大きく広い部屋。
そこには多くの士官たちが集まり忙しく動いていた。
「状況は?」
一人の男がその部屋の中に入ると、そこにいた士官たちが、その忙しく動く手を止め、男に敬礼する。
そして、男の問いに一人の女性士官が答える。
「は、中華海軍の艦隊は釜山軍港を出発したようです」
「うむ、こちらの準備は?」
男はその部屋の中で、一段高くなっている位置に移動しながら報告を聞く。
「は、対馬全域に第一種戦闘配備を勧告し、既に出港準備のできている艦から出ております。進行度は七割完了しております」
「よろしい。地上部隊も厳戒態勢に入らせなさい。どうもタイミングが怪しすぎる」
男はその高い位置から全体を見回しながら、指示を出す。
「了解いたしました」
女性士官は恭しくお辞儀をして、男の前から下がる。
「これは、やはりあれのせいなのか」
男のつぶやきは、誰に聞かれることなく消えていく。
*********
それは三限目の最中のことだった。
先生の話を聞きながら、ぼーっとしていた俺の意識を覚醒させる、けたたましい警報音が校舎内に響く。
『緊急事態の発生により、第一種戦闘配備が出された。一般人は地下シェルターに向かいなさい。軍属の者は各員配置に着きなさい。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない』
校内放送によって知らされたのは、戦いの知らせ。
俺はまた、あの恐ろしい中に放り込まれるのだろうか。
「みなさん、落ち着いてシェルターに向かいましょう」
教科担任の先生が誘導を始める。普通の学校ならざわついて、最悪の場合パニックに陥りかねないが、そこはさすが防衛高校の生徒といったところか。
「先生、すみませんが、自分は軍に戻ります」
北島は何か連絡が入ったようで、生徒の列から離れる。
俺はそのまま生徒の流れに乗って進んでいく。
「中華軍でしょうか」
俺の隣にはいつの間にか片桐がいて、俺に小声で聞いてくる。
「だろうな、今のところそれ以上に怪しいのはいないだろう。ここでロシアやほかの国が出てくることは考えにくい」
俺は片桐に合わせて小声で答える。
「最近は、侵攻もほとんどないと聞いていたのですが」
「まあ、ここ一年は、無かったねぇ」
俺たちが話していると、後ろからいつの間にか近づいてきていた東雲も参加し始める。
「あったとしても、小競り合い程度で大規模な戦闘にはならなかったはずだよ」
「とすると今回も、そうなのか?」
俺たちが、そうやって話していると、シェルターの入り口に着く。
列の前の方から入っていくのを見ながら、俺はチリチリとひりつくような感覚にとらわれる。
本当にいつも通りの小競り合い?違ったとしても本気で侵攻作戦をするのか?今の時期にする理由は?
何かを見落としている。タイミング、時期、理由。
俺はその瞬間、脳裏にこの前の封筒のことを思い出す。
あれをもらってから二週間、ほぼなにもなかったので忘れかけていたが、これのことだったのか?
だとすれば、俺は......。
「すみません、先生。俺も軍に戻ります」
「斎藤君?」
後ろで片桐が心配そうな声をかけてくるが、俺は流れにあらがって走り出す。
俺はこの嫌な予感を振り払うために研究所に向かう。
この侵攻は囮。本命は最新鋭機の奪取作戦にある。
俺は言葉にできない核心に従い、走り出す。




