第二十話
俺は夢を見ていた。
真っ白な部屋だ。それはどこか病院の一室のような、でも、とても無機質で冷たい。
頭に声が響く。
思い出せ、思い出せと。
その声を俺は聞いたことがあるような気がする。でも、思い出せない。
すべてを思い出せと声がことさら大きくなる。
俺はその大きな声が不快になって耳をふさぐが、声はまだ頭の中に響く。
すべてをお前のすべてを、お前に刻まれた記録を思い出せ!
「っは!」
俺はここで目を覚ましていた。
俺は嫌な夢を見てしまったと思いながら、時計を見てまだ朝の五時であることを確認すると、まだ寝れるなと二度寝の態勢に入る。
そしてまた微睡に落ちようとしているところで、部屋の扉がノックされる音が聞こえる。
半分寝ている頭で誰が来たのだろうかと考えるが、眠気には勝てずに意識が薄れていく。
意識の端の方でがちゃ、というカギが解除されるような音が聞こえ、さらには扉の開くようなかすかな音が聞こえたような気がするのだが、そんなわけはないので睡眠を優先する。
「斎藤君、朝ですよ?起きてください」
優し気な声がベットの横から聞こえてくるが、たぶんこれは夢なんだと俺は処理して無視する。
「斎藤君は、お寝坊さんですね」
優しげな声とともにわずかに肩を揺さぶられるが、これもきっと夢だ。
「ふぅ、なかなか起きてくれませんね。仕方がありません」
俺のかぶっている掛け布団が取られる。これもきっと俺の寝相が悪いせいだとスルーしていると、一瞬の浮遊感とわずかな遠心力による重力の感覚、その後には背中をしたたかに打った衝撃。
俺はその瞬間、一撃で目が覚める。
俺の視界に映るものは俺の部屋の天井だったが、ベットに寝ているはずの俺の体は、床の上に転がされていた。
「おはようございます。さぁ、稽古の時間ですよ」
天井を見上げる俺の視界には、涼子さんの優し気な微笑みが映っていた。
というか稽古って何、なんのこと?
*********
あ...ありのまま、今あったことをありのまま話すぜ。
ベットで寝ていたと思っていたら、床の上で寝ていた。
次の瞬間には涼子さんに中庭に連れられて、竹刀片手に稽古だと言われてぼこぼこにされていた。
何を言っているのかわからねぇと思うが、俺も何が起こったのか、わからなかった。
頭がどうにかなりそうだった、目覚ましドッキリとか質の悪いいたずらだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。
「斎藤君、次、行きますよ?」
「あ、はい」
現実逃避をしていると、残酷なリトライを宣言してくる涼子さんに、俺は逆らうことなく竹刀を構える。
「いいですか、稽古の最初にも言いましたが、特殊陸戦兵器を操縦する上で、自分の体を動かすことに習熟しておくことは、非常に重要です」
涼子さんはそう言いつつも、スッと素人目にもわかるほどきれいに構えを取る。
「機体の構造は基本的に人体を模しています。それを動かすのに自分の体をお手本としておけば、機体にその動きをさせる一助になるでしょう。さらに言えば、貴方の乗っている機体には、どれだけ機体を動かすイメージが脳内にて想像されているのか、さらには全身に覚えこませるのかがネックになってきます」
俺はそのきれいな構えを取る涼子さんに打ち込んでいくが、すべて見事に受け流される。
「なので、貴方には私と武術の訓練を積んでもらい、操縦技術の向上を図ってもらいます」
パンっと竹刀を弾かれ、俺の手から竹刀が落ちる。
「さぁ、斎藤君拾いなさい」
涼子さんは優し気な微笑みのまま、ひゅんと竹刀の先をこちらに向ける。
頭がやっとしっかりとしてきたところで、俺は涼子さんに質問する。
「というか急すぎませんか。朝いきなり来て、稽古ですなんて言われて、俺正直混乱してるんですが」
俺は竹刀を拾って涼子さんに向き合う。
「おかしいですね。少なくとも昨日は、楠君の研究所に行ったのでしょう?そこで彼に連絡を受けませんでしたか?」
涼子さんは構えを解いてから、片手を頬に当てて首を傾げる。
「いえ、まったく」
どうやらこの事態の原因は楠先生らしい。
「はぁ、まったく彼は。今度しっかり叱っておきましょう」
そう言った涼子さんの眼光は一瞬鋭くなった。怒られる予定のない俺まで背筋が凍りそうになった。
「さて、それはそうとして。貴方を強くすることに変わりはありません」
涼子さんはまた構えて俺に向かい合う。
「さぁ、構えなさい、行きますよ?」
それから俺は、涼子さんの地獄の武術レッスンを、朝食の時間まで受けることになった。
*********
「はああぁぁぁ。疲れたぁ」
俺は食堂のテーブルに前のめりに倒れこんで頬を付ける。
「朝から随分とお疲れだね」
すると頭上から声が注がれる。
「なんだよ、クソイケメン」
朝から嫌な奴に会ってしまったと俺は嫌な気分になる。
「すごいね、顔も見ずに当てるなんて」
東雲は自然に俺の向かいの席に座り、自分の分の朝食のプレートをテーブルに置く。
「ああ、俺を声だけでこんなに不愉快にさせる奴なんて、お前以外にいないから」
俺は起き上がって、椅子の背もたれにだらりともたれかかる。
「ひどいなぁ、そんなに目の敵にしないでもいいじゃないか。それよりも食べないの」
そう言って東雲は、優雅に朝食を食べ始める。
「もう食ったよ、軽くな」
俺はそう言って東雲の様子をうかがう。
こいつが、本当に戦争を起こして、特需による利益を巻き上げようとしている一族からの監視役なのか。
「どうかしたの?」
東雲は俺の視線に気づいたのか俺に聞いてくる。
「いや、お前、かなりきれいな食べ方するよな」
俺は咄嗟にそう答える。実際に東雲はきれいに、優雅と言ってもいいような食べ方をする。
「親が厳しくてね。食事一つとってもいろいろ言われるんだ」
それは両親が大富豪の一族だからと、関係があるのだろうか。
「そうか、大変だな」
俺はそう無難な返事をしてから席を立つ。
「もう行くのかい?」
東雲は俺にそう聞く。その態度には、普通にクラスメイトと話しているようなものしか感じない。
本当にこいつがそうなのか?
「ああ、ちょっと楠先生の研究所に用があってな」
俺はそう言ってその場を去る。その時俺は背中に、粘りつくような視線を感じた気がした。
その後、俺は部屋に戻って制服に着替えてから、鞄を手に取って研究所に向かう。
朝の散歩がてら、俺は頭の中でいろいろと得た情報を整理する。
軍の内部も一枚岩ではなく、その中には派閥がある。
積極的に戦おうという好戦派閥-鷹派。基本的に専守防衛を守る反戦派閥-鳩派。
そしてその中にも、疑わしきは罰すべきと言う、証拠をでっちあげても処罰する厳罰派。戦争が起きた時に起きる特需を狙った利得派。などがいる。
そして俺は、常に監視の目にさらされている。これは聞いていたことだし、予想もしていた。だが、それ以上に俺は、いくつもの派閥から目をつけられていて、公式、非公式を問わずに監視役がいるらしい。
「まったく、モテモテだな、俺」
俺は研究所の前についてから、一人自分の立場を思って溜息を吐く。
俺が研究所に入って「武士・零式」の前を通り過ぎて、研究室に入ると、床の上に寝袋を敷いてその中で寝ている楠先生が出迎える。
「そりゃ、まだ寝てるか」
予想通りな夜型人間の姿を見て、俺は鞄の中からルーズリーフを一枚取り出し、簡単なメッセージを書いて机の上に置いておく。
「まあ、一応文句くらいは言ってもいいよな」
内容は簡単。
『武術の訓練について俺が何も聞いてないと涼子さんに報告したところ、今度涼子さんが直々にお叱りになるとおっしゃってました』
ふ、涼子さんの怖さに恐怖するがいい、楠先生。
俺が一仕事終えた達成感を感じて、学校に行こうとした時、ちょうど扉が開いて高嶋さんが入ってくる。
「あれ?祐司君どうしたの?学校は?」
俺は鞄を持ち直してから、肩をすくめて言う。
「学校はこれから行きますよ。それよりも楠先生には文句を言っときたくて」
俺の言葉に高嶋さんは何か思い当たることがあったのか、あー、なるほどと言って苦笑する。
「涼子さんの訓練の件ね。思ったよりも元気そうでよかったわ。先生もうっかりしてたみたいだから、許してあげて」
俺はそのうっかりのせいで、朝から寝ているところを投げ飛ばされたのだが。
「はぁ、まあいいんですけど。一応、確認とか、いろいろ聞いておきたかったんですけど、寝ているみたいなんで、今日の放課後、手伝いに来た時に聞きます」
俺は諦めて研究室を出て、学校に向かう。
「うん、行ってらっしゃい」
高嶋さんに見送られて俺は登校する。




