第十八話
俺は、楠先生の着ればわかるという言葉に促され、あの全身タイツのようなスーツを着用する。
そして、コックピットに入り、シミュレーターを起動させる。
大きく深呼吸をする。
今でも、機体に乗る時、それはたとえシミュレーターであっても、油断するとあの時の光景がフラッシュバックするようだ。日常ではもうそんなことはなくなってきたのだが、やはり機体に乗ること自体がトラウマになっているみたいだ。
だから俺は、大きく深呼吸をしてからグリップを握る。
『じゃあ、始めるよー、斎藤君。準備はいいかな?』
通信で楠先生が聞いてくる。
俺はそれに冷静に答える。
「はい、いつでも行けます」
コックピット内の壁に張り巡らされた、極薄のシート状のモニターが一変して戦場を映し出す。そしてそのモニターには、状況開始の文字が浮かび上がる。
俺は機体を一歩前に動かそうとする。だが、その動きは自分でも気持ちの悪いくらいになめらかで、本当に自分の体を動かしているようだった。
「これが、『SMAS』か!」
俺はこのシミュレーションの前に説明されたことを思い出す。
*********
「変わるよ?劇的に。
そうだね、まず君には話しておかなくてはいけないだろうね。
この機体がどうして「兵シリーズ」の第六世代ではなく「武士シリーズ」なのかを」
楠先生はそう言ってから俺にこの機体の、俺の乗る「武士・零式」のことを教えてくれた。
「まずだ、「兵」とは何だろうね」
楠先生は人差し指をピンと立て、腰を横向けに曲げながらそう聞く。
「そう、それは二足歩行型陸戦兵器のことだ。それならば、「武士」も同様ではないのか」
今度はさっきの逆向きに腰を曲げる。
「答えは否だ。これは二足歩行型陸戦兵器ではない。正式には人型陸戦兵器だ」
楠先生は腰を元に戻し、両手を前に突き出してそう言った。
そして、その両手を上に掲げてから、腕を組み、小首を傾げる。
「ではではぁ、その二つの差とは?二つは同じ意味なのではないのか?そう君は思うだろう。だがこれには、明確なコンセプトの違いが表れている」
楠先生は両腕を組むのをやめ、両方の手の人差し指を立てる。
「その違いとは。それはただ二本足で動く機械か。人のように動く機械かにある」
両手を下し、その手を背に回して組む楠先生。
「機体の動きとして、よりなめらかに効率的にしていくというのは今もしている。だが、どこまで行っても人が、操縦桿を握って動かしている限り、機械的な制約が生じる」
楠先生は横を向いてぎこちなく歩く。
「この課題を打開すべく、「兵シリーズ」には動作補助機構「MAS」が開発された。このシステムは、「MOTION・ASSIST・SYSTEM」の略で、もともと存在する動作のサンプルデータベースから今の動きの最適な挙動を予想し、動作の補助操縦をするというものだ」
楠先生はロボットダンスのような動きをしだす。
「このシステムには学習機能がついている一種のAIが搭載されていて、より操縦の癖を覚えさせることにより、その補正値が向上するんだ。ちなみにだが、自分の専用機なんか持たせるのはあまりに経済的に非効率的だから、大型のUSBメモリ型のキーをパイロットは持っていて、それに基本的な動作の癖のデータは入れておくんだよ。他の機体に乗ることになってもデータをすぐに移し替えられるようにね」
楠先生は徐々にぎこちないロボットダンスから普通の動きに戻していく。
「だが、これには限界がある。そのもっともなものは、システムの誤予測だ。システムは次に右腕を動かすだろうと予測するが」
楠先生は右腕を前に突き出す。そして左腕をふらふらと振る。
「実際にはその動きはただのフェイントで本命は、左腕の動きだったりするわけだ」
そう言うと楠先生はゆっくりと直立に戻る。
「このような誤予測に対応するように予測データをそろえるのだが、実際には過去のデータ通りに状況が進むことのほうが珍しい。結果的に戦場では咄嗟の行動が難しくなるわけだ」
システムのことや機械のことを話している楠先生は、生き生きとしてはいたが、どこかマッドサイエンティストじみていた。
「このようなことから、一部の上級者はわざとシステムを切って操縦する者もいる。俺としてもこれはあまり由々しき事態だと思っている」
ここまで話してから、楠先生はスッと指をここに鎮座している機体に向ける。
「だからこそ、俺はもう一段階、機械と人との境界を無くすためのシステムを開発した。今までは、あくまで機械的に行動を予測、補助としていた。だが、これではあくまで、機械の中に登録された機械の動きだ。
しかし、今回開発したのは、人の体中を走る微弱な電気信号を読み取り、その動きから次の動きを機体に反映させるというものだ。この微弱な電気信号は脳の電気信号も含まれている。
さらには、機体の構造もより人体構造に近づけている」
スッと機体に向けられていた指が俺に向けられて、一瞬びくっとなる。
「分かるかい?この機体は、君の動きを予測して、機械として動くんじゃない。君の動きをトレースして、君の体として動くんだ。これは脳波を読み取ることや、体を流れる電気信号の流れから、最適な動きに必要なプロセスを省くという方法を採用している。これは武道を習うときに型を体に覚えこませたり、スポーツのフォームを体になじませるのと似ている」
俺はその説明を聞いていて、疑問が浮かぶ。
「それくらいなら、もっと早い段階でできていたんじゃないですか。実際問題、現代のAIなら学習次第でそのくらいの情報の蓄積と解析は可能でしょう?」
楠先生は俺の言葉に肩をすくめる。
「そうだね学習させるだけならね。でもそれは機械の学習でしょ?俺の求めているのは人の動きなんだよ。これの肝は、機械による行動予測ではなく、機械による動作の最適化にあるんだよ」
俺はそれの違いが判らずに眉を顰める。
「君はあくまでこれを、ただの機械として考えているからわからないんだろうね。いいかい、これはね、もう、君自身となんだよ。君の肉体の付属部品なわけだ。眼鏡とかと一緒だね」
楠先生は自分の眼鏡をくいっと持ち上げる。
「もっとわかりやすく言えば、これは機械式の義手や義足、ロボットアーム見たいなものと考えてもらってもいい。あくまで君の体の一部なんだよ。機械であって機械でない。これがただの二足歩行型のロボットではなく、人型ロボットである理由だよ。
そして、その機械と人との境界線を無くすために、その二つを一つに近づけるためのプログラムが、「SMAS」、「SYNCHRONOUS・MOTION・ASSIST・SYSTEM」なんだよ。
これはね、とっても難しいことなんだよ?学習ではなくあくまで行動の最適化をさせる。言葉にすれば簡単でいままでもやってきたことだけど、それは同一、もしくは類似の動作に対するものだからね。今回の課題はあらゆる動作への適応性と多様性なんだよ」
その後も、先生からの苦労話やこのシステムのすごさなどを滔々と語られ、正直うんざりしながらも、一通り話し終わった後にやっと俺は機体に乗り込みシミュレーターをさせた。
*********
『うん、いい感じだね。じゃあ、今日はこれくらいにして終わろうか』
そう楠先生に言われてから、改めて時間を確認すると、この黒タイツみたいな俺の電気信号を読み取るためのアシストスーツを着て、シミュレーターを始めて二時間近く経っていた。
俺は額を流れる汗をぬぐいながら答える。
「分かりました」
俺はハッチをあけ、外に出る。
そして、降りてくる俺を迎えるように、高嶋さんがタオルとスポーツドリンクの入ったボトルを渡してくれる。
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
俺は言葉少なに答える。操縦している最中は気づかなかったが、終わってみると意外と体力を消費していることを感じる。
「んー、今日はもう帰っていいよー。お疲れさまー」
楠先生はこちらに視線を向けずにどうでもよさそうにそう言う。
「はぁー、先生はいつも。もう少し研究への興味を他人に向けてくださればいいのに」
高嶋さんはそう言って悩ましげに首を傾ける。
それに楠先生は片手をふらふらと振りながら答える。
「むぅ-だ」
その言葉を聞いて高嶋さんの溜息がこぼれる。
この人も苦労しているみたいだなと、哀れに思う。
「すみません、じゃあ、お先に失礼します」
俺はその後、着替えて研究所を後にして帰ろうとするが、出口には一人の女子が待っていた。
「出待ちとか、いつの間にお前は俺の熱狂的なファンになってたんだ?」
俺はそこにいた女子に話しかける。
「私は確かに斎藤を待っていたが、ファンになった覚えはない」
きっぱりと言う北島に俺は肩をすくめて答える。
「そうですか。俺はいつでもファン募集中だぜ?」
「遠慮させていただこう」
北島はバッサリと俺の誘いを断り、顎をくいっと上げて言う。
「少し話がある。帰る道すがら話すからついてこい」
俺は男前な誘いに、俺が女だったら惚れてるなと馬鹿なことを考えながらもついていく。
*********
「もしもし、僕です。今日の報告をしてもよろしいでしょうか」
寮の部屋の中、一人の少年は携帯端末を用いて、電話をかけていた。
「対象との接触に成功いたしました。恙なく交友の足掛かりを得ることができました。引き続き対象の情報収集と観察をいたします」
薄暗い部屋の中、少年の携帯端末の光だけが光源となって少年の顔を照らす。
「はい、了解いたしました。分かっております。問題ありません、お父様」
携帯端末を持つ少年の表情は、感情の揺らぎを一切感じさせない無表情だったが、その顔立ちは非常に整っていた。
「対象「斎藤祐司」が僕たち東雲グループの益となるのか、厄ととなるのか、監視いたします」
少年の表情は能面ののように動かない。




