第十七話
試合を終えた二人はシミュレーターから出てくる。片桐はふらふらと、北島はしっかりとした足取りで。
俺は片桐に近づいて肩を貸す。
「大丈夫かよ、片桐」
俺が片桐の体調を気遣って声をかけると、片桐は力のない笑みを浮かべて俺に申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい、斎藤君。負けてしまいました」
「いや、それはいいけど。お前自身は大丈夫なのかよ」
俺はただシミュレーターの中で、揺られただけに見えない片桐に様子に、わずかな違和感を抱いて聞く。
「はい、大丈夫です。ちょっといつもより激しく揺られたので、くらっときているだけです」
そう言って片桐は普通に歩いて見せて、俺に大丈夫なことをアピールする。
俺はそれでも気になって片桐に聞こうとするが、その前に俺たちのそばに北島に近づいてくる。
「片桐さん、大丈夫か」
近づいてきた北島の第一声は片桐を気遣うものだった。
それに片桐は、片手をパタパタと振ってこたえる。
「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「なら、いいのだが。私も久しぶりに近接戦闘を、まともに打ち合える人間と会えて、ついつい加減を忘れてしまった」
北島はそう言いながらわずかに微笑む。その微笑みはどこか満足げだった。
「北島さんは、本気で私と戦っていたのですか」
片桐は北島の言葉を聞いて、真剣な表情で聞く。
「ああ、本気だったさ。少なくとも、手を抜いて勝てる相手ではなかった」
「そう、ですか」
その言葉を聞いた片桐の表情は、少しほっと安心しているようで、でも、悔しさの滲む顔つきだった。
何はともあれ、大事にならなくてよかった。
そしてこの後、俺は北島に試合を申し込まれた。
え?勝敗?ボロ負けでしたが、なにか?
*********
廊下で私は教官の背に言葉をかける。
「唐橋教官は、彼らがクラッキングの常習犯だということに、気づいておられていましたね」
教官は振り向かずに答える。
「何度も言うが、自分はもう貴様の教官ではない。その呼び方はやめろ」
だが、それは私の望む言葉ではない。
「では唐橋先生、あなたは彼らが、クラッキングという不正行為をして、授業内での勝率を上げる行為を知っていましたね」
教官はこちらを向き、私の目をしっかりと見る。
「そうだ、自分はあの二人の行動を把握していながら、あえて何の手出しもしなかった」
教官は何のためらいも葛藤もなく、堂々と私に言う。
「なぜです!?それではがんばって努力することに意味がなくなります!」
私は声を荒げる。教官相手に失礼かと思いながらも止められなかった。
そんな私に教官は落ち着いた様子で話す。
「勘違いするな、紗英。彼ら彼女らがあのシミュレーターに乗り、操縦技術を向上させるのは何のためだ?」
教官は私の教官をしていた時のように、私のことを下の名前で呼び、静かながらも厳しい声で語る。
「成績のため?将来条件のいい部隊に配属されるため?強さを誇示して、自己顕示欲を満たすため?どれも違うだろう。彼ら彼女らが戦う術を学ぶのは、生き残るためだ。戦場では学生時代の成績なんてクソの役にもたたない。俺は隣国との『ちょっとした小競り合い』で何人も死んでいったのを、目の前で見てきている。その中には学生時代、お前のようにとてつもなく有望で優秀な奴も嫌っていうほどいた」
教官はそう言って一呼吸入れる。そしてまた真剣に語り始める。
「いいか、紗英。自分はもう、仲間が死んでいくのを見るのも、教え子の訃報を聞くのも嫌なのだ。だから、教練、訓練も一切の手を抜かないし、それでついていけないというのなら、それでもかまわないと思ってる。それでその子が危険な軍人という選択を捨てられるならな。
だが、ここに残っている間は、自分の手で、この手でできうる限り、強くしておきたいのだ。
それが不正であろうと、片方の不利になる状況であろうとな。むしろ戦場において自分の思い通りに、いつも通りな状況になるほうが珍しいのだから」
私は教官の言葉を聞いて少しほっとしていた。
私は教官が少し見ないうちに、その眼を曇らせてしまったのではないか、もう私の知る教官はいないのではないかと、心配していたのだ。
だがそれは、ただの杞憂だったようだ。
教官は今も昔も、むさくるしいまでに熱血なままだった。
「なんだ、紗英。急に笑い出して」
つい笑ってしまった私のことを教官は咎める。だから私も教官を咎める。
「いえ、何でもありません。それよりも、先生、生徒のことを下の名前で呼び捨てなんて、ずいぶんと親し気ですね?」
「むっ」
教官自身気づいてなかったようだ。教官はしまったという顔をして固まる。
そんな様子を見て私はまた笑ってしまった。
*********
俺は授業の後、坂下と、あの華奢な男子「田中」と一緒に唐橋先生の説教で軍人の心得を肉体言語も交えながら叩き込まれた。
それだけでも俺はかなりげんなりしているのだが、俺はさらにこれからあの楠先生の下で仕事をしに行かなきゃならない。憂鬱だ。
俺は力なく、とぼとぼと目的地に歩いていく。
ついた先は、陸上自衛軍の敷地内にある楠先生の研究所。外観の高さは二十メートルほど、横幅は十メートル、奥行きは五十メートルほどで、中に入るとさらに地下二階分が吹き抜けになっていて、実質の中の高さは三十メートルに近づくほどの広さを持っている。
俺はそんな倉庫のような外観を持っている研究所に入るために人用の入り口からカードキーと声紋、網膜認証ロックを解除してから中に入る。
中は大型の倉庫のようで、入ってすぐに大型物資移動用の大型エレベーターがあり、下に物資を運んだり、下から物資を上げたりできるようになってる。そして、これは一応人の運搬用でもあるので俺はそれに乗り、カードキーを操作盤に通す。
下の実質的な一階には機体の部品や資材が置かれていたり、運動実験用の開けた空間があったりとごちゃごちゃしている。
そして端には部屋が数室あり、俺はその数室のうちの一室にカードキーを使って入る。
部屋に入った俺を迎えたのは、パンパンという破裂音だった。
俺は一瞬、銃の発砲音かと思って姿勢を低くするが、すぐにそうではないと知る。
俺の目の前には音の発生元と思われる数個のクラッカーと、それを指の間に挟んだりして、器用に自分一人で持って、自分で紐を引っ張って鳴らした楠先生の姿があった。
「斎藤君、いらっっしゃーい!」
なんだろう、すごく帰りたい。
*********
一人の男は研究所内の機体が配置、整備されている一角にあるとある機体の前にいた。
そこには何本ものケーブルが機体から伸びて、その機体の前にある複数の演算処理用のタワーパソコンにつながれて、複数のモニターの画面を見て、様々な数字やグラフなどが映し出されていた。
そしてその男はそのデータを食いつくように見入っていた。
「先生、そんなに画面に近づかなくてもいいじゃないですか」
男は背後からかけられた言葉に反応して、ゆっくりと振り返る。
「そんなこと言われてもね、里奈君。これを見たまえ、素晴らしいよ、彼は」
男は興奮を隠しきれないといった様子で、話しかけてきた里奈という女性に言う。
そして女性は、そんな男の様子に苦笑しながらモニターを見る。
「んー、確かに。これはすごいですね。これ、アシスト有ですか」
モニターのデータを見た女性は、真剣な顔つきになって男に問う。
そして男はそんな女性の様子にニヤリと笑みを返しながら答える。
「いや、無しだよ、まだね。これから一段落したら、彼には『例の新作』を着てもらう」
「いよいよですね。上手くいきますかね?」
女性の期待と不安の入り混じった反応に、男はすごく楽しそうに答える。
「失敗か成功なんていちいち気にしていたら、研究なんか進まないよ!今は成功した時、数字がどれだけ跳ね上がるかを想像して、ニヤニヤして居ようじゃないか」
そう言うと男は背もたれに体重を乗せ、簡素なデスクチェアに乗りながらくるくると回し、言う。
「それにぃ、失敗するときは失敗するしねぇ。そうなったらそうなったときに考えればいいさ」
男は目の前にある機体と、その中に乗る一人の男のことを考える。
「さて、どうなるかな」
*********
俺は部屋に入るなりクラッカーによる歓迎を受け、目を白黒させているうちに今日の仕事を言い渡された。
「今日はねぇ、君にはシミュレーターでのシステム運用のテストをしてもらうよ?まぁ、これには、まだまだ技術の足りない君の操縦技術向上の意図もあるんだけどねぇ」
と言われてからすぐに俺はパイロットスーツに着替えさせられ、この前乗った新型機(武士というらしいが)のコックピットに乗り込み、シミュレートモードで機体を動かしている。
そしてシミュレーターでNPCの敵を倒しまくっていると、急にコックピット内に通信が入り、降りるように言われる。
俺はシミュレートモードを切ると一息ついてからコックピットのハッチを開ける。
「お疲れさま、祐司君」
降りると、一人の女性が俺にタオルとスポーツドリンクの入ったボトルをくれる。
「ありがとうございます、高嶋さん」
この女性は、楠先生の助手の高嶋里奈さん。いつもニコニコしながら、楠先生や俺のサポートをしてくれる。
「さあさあ、斎藤君、次の課題だよぉー!」
俺がスポーツドリンクを飲んでいると、そんなのお構いなしに楠先生が話しかけてくる。
「はぁ、なんでしょう」
俺は気が進まないが、飲むのをやめて楠先生の話を聞く。
「次はねぇ、これを着てシミュレーターに乗ってもらうよ!」
そう言った楠先生の手には、パイロットスーツのようだが、その見た目はまんま全身タイツのような代物だった。
俺はちょっとそのデザインに引きつつも、これは実は嫌がらせなんじゃないかと顔を引きつらせる。
「おやおやぁ?もしかして、あまり気乗りじゃない?まぁ試作品だからねぇ。デザインなんて、二の次、三の次だよ」
そう言って楠先生は俺にスーツを押し付ける。
俺はたまらず先生に聞く。
「あの、これって何か意味があるんですか?こんなスーツ一つで、なにか変わるんですか?」
俺の懐疑的な言葉に、楠先生はくるりと体をこちらに向けて、どこか張り付けたような笑みを浮かべながら話し始める。
「変わるよ?劇的に。
そうだね、まず君には話しておかなくてはいけないだろうね。
この機体がどうして「兵シリーズ」の第六世代ではなく「武士シリーズ」なのかを」
楠先生の浮かべる微笑みは、本来与えるはずのぬくもりを容赦なく奪っていき、俺の背にうすら寒いものを感じさせた。




