第十二話
俺たちは昼飯を食ったあと、すぐに例の操縦シミュレート室なる部屋に向かっていた。
昼飯はきっちり奢った。まあ、女子だからなのか片桐がそうなのかはわからないが、小食で食費自体はそんなにかからなかった。
そして、俺たちは何の問題もなく操縦シミュレート室に、だいぶ時間に余裕をもって到着した。
そして俺は、教室の扉の前に立って、教室の扉に書かれている数字を見て首を傾げる。
「なぁ、片桐。この数字の意味ってなんだ?ローマ数字でⅠって書いてあるけど」
俺の何気ない言葉を聞いて片桐は、ああそういえば、と思い出したように話し出す。
「実は、操縦シミュレート室は横並びに三つあるんですが、私たちは基本的に第一しか使わないので説明は省いたんです」
「それはなぜに?」
「それは、ほかの二つに関しては、特殊水上兵器操縦科や、航空兵器操縦科のコックピットのモデルで作られているので、私たちにはあまり意味がないんですよ」
「ああ、なるほど。そういうことか」
俺の何気ない質問に、丁寧に答えてくれる片桐。
そして、余談ではあるが、俺たちは扉の真ん前でこの会話をしていた。なので、もし誰か後ろから来たらすごく邪魔なポジション取りだったりする。
「あまり、教室の扉の前で長々と話すのは感心しないが?」
そして、俺たちの背後には、ちょうど通行の邪魔をされている人がいた。
俺はその言葉に反応して振り返る。
「んあ?北島か。なんだお付きの人間は無しか」
俺は、後ろにいるのが北島であることを確認すると、周りにほかの人間がいないのを見て不思議に思う。
「残念ながら、私には四六時中、周囲に人間を侍らせて悦に浸る趣味などないのでな」
「ああ、そうですか」
俺の皮肉に対して、表情をピクリとも動かさずに言う北島に、一種の尊敬すら感じながらも、俺はそっけなく答える。
そして、北島はそんな俺の態度をかけらも気にせずに、自分の腕時計で時間を確認してから口を開く。
「まだ時間的余裕はあるが、できれば早めに準備をしたい。だからそこを通してくれ」
俺はこの優等生発言になんとなく抵抗したくなり、軽くファイティングポーズを取りながら言う。
「はっ!ここを通りたくば、この俺様を倒してから行くんだな!」
俺渾身のセリフ。次の瞬間には倒されてそう。
そして、北島はそんな俺から視線を外し、隣にいた片桐に視線を移して話す。
「片桐さん、よかったら、通してくれないか」
急に自分に話が振られたことに、少しびっくりしながらも片桐は答える。
「は、はい!どうぞ」
「ありがとう」
開けられた道を通っていく北島。それを見送る片桐。
そして、ファイティングポーズを取ったまま固まる俺。
無 視 さ れ た!
これはつらい。とっても辛い。これなら口汚く罵られたほうが、まだマシと言える。
俺は恐る恐る、隣の片桐を見る。彼女は俺のことをどんな目で見ているのだろう?
そして、俺はゆっくりと横を見るが、そこには俺の予想を超える事態が待ち受けていた。
そう、片桐は俺のことなんて、一ミリも見てなんかおらず、教室の中に入っていった北島のあとをじっと、とても真剣なまなざしで見つめていた。
その瞳は、気弱そうな、さっきまでの彼女の雰囲気は一切感じさせない意志の強さが、現れていた。
だが、ここで俺には重要な問題が生じている。
それは何か?
そう、それは、俺は北島のみならず、片桐にも無視されたということだ!
だれかいっそのこと、俺のことを罵ってくれ......。
*********
その後、俺は教室の中に入り、授業が始まるまで時間をつぶそうとしていたのだが、入った直後の片桐の言葉に一時停止する。
「じゃあ、あとはパイロットスーツに着替えるだけですから。男子更衣室は、このシミュレーターの先にありますので」
教室の内部は、奥と手前に縦二メートル、横一メートル、高さ一・五メートルほどの金属の箱のようなものが、ずらりと等間隔で左右に並べられており、その姿は威圧感を俺に与え......いや、そうじゃない。
「なぁ、片桐。パイロットスーツってどこにあるんだ?」
俺は現実逃避に教室内の様子を観察するのをやめて、片桐に質問する。
その言葉を聞いて、今度は片桐が一時停止する。
「基本的には、更衣室の入ってすぐのところに、まとめて業者の方がインナースーツと一緒に置いてくれているはずなのですが、よく考えてみると、斎藤君は、今日初めての授業ですよね」
しゃべりながら、自分の中の情報を整理していってるのだろう。片桐は話していくうちに、どうしようと慌て始めた。
「そこは心配するな。ちゃんと斎藤の分のスーツは持ってきている」
そうやって俺たちが慌てていると、その背後から、いつの間には唐橋先生が、黒色のダイビングスーツのような感じの服を片手に立っていた。
「先生、それが俺のやつですか」
「おう、そうだ。本当は教科書と一緒に郵送する手筈になっていたんだがな。手違いで送られていなかったようだ。すまんな」
「あ、いえ」
むしろ、ある意味では好都合だった気がする。下手に自分のもとに送られていたら、教科書のように忘れていた可能性があるからな。
「よかったですね。では、私はこちらなので。また後で」
片桐は安心したように一息ついてから、さっき教えてくれた男子更衣室の方向とは逆の方に歩いて行った。
「ほら、お前も早く着替えないと授業に遅刻するぞ」
そう唐橋先生にせっつかれて、俺は急いで男子更衣室に向かう。
そして入った更衣室は、入ってすぐのところに大量のハンガーにかかった、俺の持っているものと同じような服があった。
さらにその奥には、三十個ほどのロッカーがあり、特に誰がどこを使うということはなく、あくまで一時的に置いておくためのロッカーのようだった。
すでに何人かのクラスメートが、各々自分のロッカーを確保していて、着替え始めていた。
そして俺もそれに倣い、空いてるロッカーを見つけて、着替えようとロッカーを開けた瞬間だった。
急に開けたロッカーの戸は閉められる。
なんだと、横に視線をずらすと、そこには二人組の男が、こちらを見下したような目で見ながら立っていた。
「なにか、用か?」
俺は二人に問う。だが、二人はすぐには答えず、二人で俺の小馬鹿にしたように鼻で笑いあってから俺に話し始める。
「どんなコネ使ったか知らないが、あの北島さんからテストパイロットの座を奪うなんて、上手いことやったよな。まったく羨ましい限りだぜ。なぁ?」
二人のうちわずかに身長が高く、体格のいいほうが俺に言い、隣の少し華奢な男に話を振る。
「ホントだよなぁ。なろうと思っても、なかなかなれないテストパイロットにこの間まで一般人だった人間が、急になるなんて、よほど『才能』があるんだろうなぁ」
俺はうんざりする。
なんでこんな奴らにいびられなきゃいけないんだ。
俺は無視して着替えようとロッカーを開けようとするが、さっきと同じように閉められる。
今回はある程度予期していたから、誰が閉めたのかがよく見えた。
そして閉めた張本人の体格のいいほうは、こちらを睨みながら、また口を開く。
「無視してんじゃねぇよ。言えよ、自分はずるをしてテストパイロットになりました。すいませんでした。ってな。それで北島さんにテストパイロットの座を返して、この学校から消え失せろ」
こいつら、北島の信者どもか。めんどくさい。俺だって日常に戻れるなら、喜んで戻るさ。
「そうだ、お前なんかふさわしくないんだよ。北島さんみたいに才能もあって、努力もしてきた、本当のエリート中のエリートがなれるんだ。お前みたいな素人がなっていいものじゃないんだよ!」
華奢なほうが援護射撃と言わんばかりに言い放つ。
まったく、こいつら人の気も知らないで言いたい放題だな。
俺はまたロッカーの戸を開ける。今度は閉められないように勢いよく。
勢い余ったロッカーの戸は、ガシャンという大きな音を立てながら開け放たれる。
その音のせいで更衣室内はシンと静まり返る。思ったよりも注目を集めてしまったようだ。
「うるせえな。そんなに俺がふさわしくないって言うのなら、それを証明して見せろよ。ちょうど、次の戦技シミュレーションって授業は打ってつけだろう?」
気づけば、俺はそんな風に啖呵を切っていた。
そんな俺の言葉に、二人は鼻白んだ様子で俺を睨むながら言う
「いい度胸だ。後悔させてやる。公開処刑だ」
「素人風情がいい気になりやがって」
そんな二人の様子に俺は内心、やってしまったなーと早くも後悔していた。
*********
「よし、全員そろっているな。では、授業を始める。今回の戦技シミュレーションは、新しくメンバーが増えたからな、内容は個人個人の自由とする。なにか質問は?」
俺たちが入ってきた教室の扉の近くにある少し開けた空間で、唐橋先生の前に整列して授業の内容を俺たちは聞いていたが、先生からの質問を問う言葉に反応して一人の生徒の手が上がる。
「なんだ、坂下。質問か?」
手を挙げた生徒を見て、唐橋先生はその生徒をあてる。
「はい、今回来た二人は、両方ともに特務官にして新鋭機のテストパイロットであります。北島さんのその能力は自分たちもよく知るところではありますが、もう一人の方はいまだ未知数。なので、もしよろしければ、その短期間でテストパイロットをもぎとった技術を自分にご教授願いたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
唐橋先生から坂下と呼ばれた体格のいい男は、軍人のような口調でそう言う。
「構わんが、なぜ自分に許可を願った?」
「いえ、来たところの彼にすぐに頼むのはいいものかわからなかったので、一応の確認のため聞かせていただきました」
二人の会話をきいて俺は、嘘つけと思った。
これはただの宣伝だ。これから俺とこいつがタイマンするぞっていう。
「そうか。まあいい。自分も斎藤の実力は興味がある。許可しよう」
「はい、ありがとうございます」
こうやって俺と坂下との勝負はなされることとなった。
その後解散の声かけがなされて、生徒たちは一様にばらけるが、なぜか自分たちの訓練に行く様子がない。
そう周りの様子を見ていると、片桐が心配そうな表情でこちらに近づいてくる。
「斎藤君、あれって?」
「ああ、なんか、喧嘩売られたから、買った」
俺は面倒に思いながら片桐に事の顛末を話す。
「そうだったんですか。......一応言っておきますが、あの人とやるなら気を付けたほうがいいと思います」
片桐は少し思案するような風を見せてからそんなことを言った。
そして俺はその言葉の裏にどういう意味があるのか気になって質問する。
「気を付けるって、何を?普通にシミュレーターで戦うだけじゃねぇの」
俺のその言葉を聞いて、片桐は少し俺の近くに近づいてから、小さな声で囁く。
「彼と戦うときは少し変なんです。急に機体が何の異常もないのに重くなったり、急に彼の機体の速さが早くなったり」
おいおい、それって...。
俺の中にいやな予感がよぎる。
「それって、あいつがチートツール使ってるってことかよ」
「確証はありませんが、その可能性は低くないかと」
「そこまでして、勝ちたいのかよ」
俺は呆れたように言う。
だが、片桐はその言葉に同意できないようだった。
「勝ちたいとかそういうのではないと思います。どちらかというと嫌がらせに近いような気がします」
「より悪いような気がするぜ」
俺はまたもうんざりしながらも頭をかく。
「あー、忠告ありがとうな。まあ、なんとかするさ」
そう言って俺は金属の箱のほうに歩いていく。
その先には坂下が俺を待っていた。
「さっさと始めようぜ、斎藤よぉ」
俺は視線を周りに向けるが、さっきの華奢なほうの姿が見えなかった。
「いいけど、ルールはどうするんだ?」
「ルールは簡単だ」
それから坂下はルールを話し始める。
そして、俺たちの周りには、地味に人だかりができていた。
決まったルールはこうだ。
・対戦方式は一対一の対機戦
・使用装備には特に制限は無し。しかし、戦略級装備は使わないこと。
・使用する機体は、軍で一般的に使われている「T-5F7兵・伍式・七型」とする
・決着はどちらかが戦闘続行不能になるまで。降伏、撤退はなし。
・坂下が勝ったら、俺はテストパイロットを降りること。
・俺が勝ったら、もうちょっかいは出さないこと。
以上の六点が今回のルールだ。
そして俺たちはルール確認をすると、隣り合う二つのコックピットにそれぞれ入っていく。
さぁ、一つ勝負といきますか。
金属の箱の中に入ると、その中はこの間入ったあの機体のコックピットによく似ていた。
シートに座ると、スーツの背中や腰などの部分にある接続部分とシートベルトが繋がる。
そして俺は中にあるハンドルやペダルの位置を調節する。その後、調節されたハンドルを掴もうとした時、俺の脳裏にあの戦闘の光景がフラッシュバックする。
胃の中の物が逆流する不快な感覚が、体を走る。
それを俺は必死に堪える。
その感覚を抑えていてどれくらい経ったかわからないが、唐突にコックピット内に通信が入って俺の感覚は現実に戻る。
『斎藤、機体のセットアップの仕方は分かるな?教本通りにやればいい。それともなにかトラブルが起きたか?』
通信してきたのは、唐橋先生だった。
おそらく、いつまでたっても起動しない俺の方を気にして、通信をしてくれたんだろう。
「大丈夫です。問題ありません」
俺は大きく深呼吸して心を整え、集中する。
「大丈夫だ。やれる」
俺は自分に言い聞かせるようにつぶやく。
そして教本に書いてあった正規の起動手順を踏んでいく。
「メインバッテリー、オン。エンジン、ファイアオン。メインバイタルシステム、セットアップ。メインカメラ、オン。タクティカルデータ、オンラインを確認」
徐々に機体が目を覚ましていくのが、中にいてわかる。それがたとえ、ただのシミュレーターだとしても。
カメラの機能を起こしたことで、外部の景色が、頭部などの体全体に搭載された高性能カメラによって得られる。
そしてその景色はコックピット内のフレームが極限まで取り除かれたモニターに映し出される。モニターが普通にあるあたりは、この前乗った機体よりかは古い機体だということがわかる。
「挙動確認、『MAS』正常稼働。システムオールグリーン。「兵・伍式・七型起動!」
俺と機体が立っているのは、市街地を想定されたフィールドだった。これがわざとだったら、あいつらいい性格してやがる。
『やっと、起動したか。負けるのが怖くて、戦うのをやめたのかと思ったぜ』
また入った通信は、これから戦う相手、坂下からだった。
その声には、嘲笑と余裕が感じられた。それはただ単に、素人相手なら簡単に勝てると思っているだけではない、何かを俺は感じた。
「すまないな、なにぶん普通の機体に乗るのは初めてなんでね」
『その減らず口、すぐに黙らせてやる』
俺は機体に装備するものを選びながら、軽い雰囲気で言葉を放ち、それに過剰に反応して坂下は通信を切る。
そしていよいよ画面には、カウントダウンが五秒前から始められ、勝負の開始が近づく。
四、三、二、一。
次に出たのはゼロではなく、状況開始の表示だった。
そして、その瞬間と同時に、コックピット内にロックオンされたことを知らせる警報が鳴り響く。さらに機体に搭載された集音装置は、銃声を捉える。
「くそっ!開幕ロックオンとか、確実に開始前から索敵してたろ!」
俺と坂下の勝負は今始まった。
すみません、戦闘開始までしか書けませんでした。
次こそは本番が書けるはず!
がんばります。




