零章 十六年前
「おい、こーじ! おまえ、こーじだろ!」
ありえない大声で僕の名前を呼ぶ何かがいる。いや、そいつが呼んでいるのは、僕じゃない「こーじ」かもしれない。
「おおおおおい!! いきなりシカトすんなよ! こーじ! こーじ!」
園庭の真ん中、一人で僕の名前を大合唱する三歳男児が、おそらく僕の後ろにいる。
「こーじぃ! え、こーじ……? おれがまちがってる? きみ、こーじくんじゃない?」
人違いだと思ったのか、テンションが急降下した。
僕は小さくため息をついて答えた。
「ぼくはコウジだよ。何か用?」
パッと花が咲くようにそいつが笑った。泣きべその五秒前だったのだろう。よく見れば花じゃなく鼻水が垂れている。
「こーじ! おれ、いとう! こいつ、なかの!」
イトウの後ろに、全く鼻水を垂らしていない、端正な顔の子がいた。全然気づかなかった。影だと思った。
「こーじくん。なかのだよ。よろしく」
少しも笑わずナカノが挨拶した。なんだこいつらは。
「こーじ、きょうからだろ! おれとなかのは、0歳からここにいるんだからな!」
そのイトウの言葉が聞こえているはずのナカノは、目に見えないガラスの壁の向こう側にいるように、しらっとしていた。
母が死んで、僕は保育園に入れられた。0歳児のクラスには弟のアキラがいる。
僕は薄目で周りを見た。イトウは一人で喋り続けている。その横に、人ならざる者がいる。
園舎の下駄箱にも。
教室のオルガンにも。
年長の教室へ上がる階段にも。
給食室にも。
園庭の遊具には無数に。
これが、僕たちの出会いだった。




