9.事情説明
幼馴染の栞に小春との関係を見抜かれた俺は、彼女とともに近くの空き教室に入った。それから小春がうちに住むことになった事情を一通り話すと、栞は呆れた目をして、日光を反射する雪のような銀色をした後ろ髪を払った。
「ふぅん……で? だからなに? キモ童貞のあんたが心矢さんみたいにかわいい女子と一緒に暮らして襲わないでいられるん?」
「それは大丈夫だよ。俺は小春を実の妹だと思ってるから」
「はっ? なにあんた、とうとう頭イカれたん?」
「そうじゃなくて……栞も俺が自己催眠得意なの知ってるでしょ?」
「あー。そう言えばそんな設定あったわ」
俺は小学生の頃に一度、自己催眠状態で大立ち回りをした場面を栞に目撃されている。俺としてはかなりの黒歴史なんだけど、栞はその時のことを思い出しながらつまらなそうに爪を気にしていた。
「んで? キモ童貞のあんたなんかと暮らして、心矢さんは平気なん? あたしなら絶対発狂するんですけど」
相変わらず俺には毒舌だなぁ……あいつ相手には柔らかい言葉遣いするのに。
今更ながらにそう思ったが、俺は苦笑いを浮かべるだけにとどめ、会話を続ける。
「小春もたぶん、気にしてないと思う。少なくとも俺には小春が自然体に見えたよ。習慣だって言って集中して勉強していたから。それにラフな部屋着も平気で着て、ぐっすり寝てたから」
「ふぅん。心矢さんって案外ずぼらなんね」
ずぼら……確かにそうかも。
思い返してみると、小春は寝相が悪く、シャンプーが切れていることにも気付かず、おまけに寝起きもよくない。小春のこういうところは俺からしたらかわいいって思うけど、言われてみると確かに小春はずぼらだ。
「だからって普通あんたなんかに居候させてくれって頼む……? まあ確かに、言っちゃ悪いけど心矢さんって頼る相手いなそーよね」
「栞もそう思う?」
「もってことは、あんたも気付いてたのね」
「うん。あそこまで露骨だとね。誰でも気付く……」
表面上はクラスの女子たちに囲まれる人気者だが、実際はクラスの女子たちに都合のいいように利用されているという小春の現状。たぶんクラスの男子たちも気付いてはいるが、俺を含めて誰もそのことを小春本人には言えていない。
クラスに「小春が利用されていることには触れない」という雰囲気が流れているというのもあるけれど、何より小春自身がそれで満足している節があるから。
「……最後にもっかい確認させて。陸あんた、心矢さんに何かしたらタダじゃおかないから」
鋭い視線で俺を射抜く栞に、俺は真剣に頷く。
「うん。わかってるよ。栞は心配しすぎだって。さっきも言ったけど俺は小春のことを妹だと思ってるし、俺にとって妹がどういう存在か、栞も知ってるでしょ?」
そう言って微笑んで見せると、栞は白い目を向けてきた。
「あー、あのクソキモい妄想話ね……自分は姉に散々こき使われたから、妹ができたら絶対甘やかす、みたいなやつ?」
「そう! 俺は小春の願い事は何でも聞くし、小春が『居候させてもらってるのに悪いよ』って罪悪感を抱かないギリギリまで甘やかしたい。それに小春はかわいいから眺めているだけで癒されるし、一緒に居るだけで楽しいから、小春が嫌がることなんて絶対にしないよ」
「あー、わかったわかったあたしが悪かった……その頭お花畑な早口をさっさとやめなよ」
俺は自分の身の潔白を証明したかっただけ。なのになぜか栞は額を押さえて、盛大にため息を吐いた。
*** 心矢小春視点 ***
少し前──わたしは、陸と寺川栞が二人で空き教室に入るところを見た。それはわたしがトイレで、寺川さんに同棲のことを打ち明ける許可を陸に送り、トイレから出た時のことだった。
「そう言えば寺川さんって、よく陸と話してたよね……」
なんだろう……胸の奥がモヤモヤする。
なんで? まさか陸が他の女の子と二人っきりになってるから? いやいやそんなわけないじゃん! だってわたしたちは同棲してるだけで恋人じゃないし清き関係だし!
そんなことを考えていたら頬がほんのりと熱くなってきて──わたしは左右に首を振り、変な考えを振り払う。
「と、とにかく早く教室に戻ろっ! 朝霧さんに勉強教えてる途中で抜けてきちゃったしね!」
胸の前でギュッと拳を握り締め、わたしは教室に向かって歩き出した。
*** 志喜屋陸視点 ***
「陸おまたせっ!」
放課後。学校から少し離れた曲がり角で待っていると、小春が夕日に負けない眩しい笑顔をたたえて歩いてきた。
やっぱり妹ってかわいいなぁ……姉さんや幼馴染とは大違い。
「小春も学校お疲れ様」
そう言って俺は小春の頭をポンポンと撫でる。すると小春の表情が「えへへっ……!」と無防備な笑みへと変化した。彼女の黒髪は、押す度ふかふかの枕のように沈み込み、撫でているこっちまで気持ちよかった。
「……じゃあ予定通り、鍵屋に寄って合鍵作りにいこうか」
「うんっ!」
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