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10.小春と放課後の寄り道

「おー! 合鍵……!」


 小春は鍵屋で合鍵を受け取ると、きれいな石を拾った子どものように合鍵を摘んでかかげ、まじまじと見つめる。


 合鍵は小春の手の下で揺れながら窓から差し込む夕日をキラキラと反射していて、本当にお宝みたいだった。


 一緒の鍵を持ってると、すごく家族っぽいなぁ……。


 合鍵と小春の笑顔を眺めてしみじみとしていると、鍵屋のお爺さんが俺の耳元で囁く。


「かわいい彼女さんだねぇ」


 俺は特に慌てることもなく、ヒソヒソ声で返す。


「ああいえ、彼女じゃありません。妹みたいなものです」


「そうなのかい? それにしては似てないねぇ」


「血が繋がってるわけじゃないので」


「ねぇ陸」


 小春に呼ばれて振り向くと、彼女はニヤリと口元を緩めていた。


 あ、これからかう気満々だなー……俺をからかおうとして自滅する小春、かわいいんだよね。


 そんなちょっと意地悪なことを考えて微笑んでいる俺に、小春はいたずらっぽい上目遣いで合鍵を見せつけてきた。


「合鍵ってさ、わたしが陸の彼女になったみたいじゃない?」


 あれ? 思ったより普通の質問……。


「うん。そうかもね」


 不思議に思いながらも頷く俺に、ここぞとばかりに小春はエアマイクを向けてくる。


「ではではではでは! 学校一の美少女を彼女にした今の陸くんの心境を取材させてくれませんかねぇ?」


「学校一の美少女って自分で言うなよ……」


「そんなことよりほれほれっ! わたしが陸のかの……彼女になった気分はどうなのかなー?」


 ほんのり頬を赤らめ、俺の顎をグイグイ押してくる小春。


 もうすでにプチ自滅してる……! かわいい! 手柔らかー! ……でも、小春がそう来るなら俺もからかい返させてもらうよ。


 俺は、必死に俺から目を逸らさないようにしている小春と目を合わせ、フッと微笑んだ。


「小春を彼女にした気持ち、だったよね?」


「そ、そうだよ! さあ早く吐いちゃって陸!」


「そうだねー。小春はいつもかわいいなーって思ってるから、嬉しい」


「はえっ!?」


 瞬間、シュボンッと効果音が付きそうなくらい、小春の顔は耳まで真っ赤に染まった。俺はそんな彼女の頭に優しく触れる。


「学校のみんなには見えないところで努力してて、気遣いができて優しくて、でも朝が弱いところも愛おしくて──」


 小春を褒めようと思うと、自然と口が動いた。


 小春と一緒に暮らし始めてまだ二日も経っていないのに、こんなに小春のことを知れてたんだなぁ……もっと、知りたいな。


 そんな感傷に浸りながら、俺が小春のかわいいところを列挙していくと、小春は大きく目を泳がせ始めた。


「──それに……フッ……! い、今みたいに俺をからかおうとして自滅する小春もすっごくかわいいよ?」


「もぉ……! それは言わないでよぉ……」


 頭を撫でていた俺の手に両手で寄りかかり、恥ずかしさのあまり上半身ごと下を向く小春。俺はもう笑い声を我慢できなかった。


「ハハッ……! ごめんごめん。小春の反応がかわいくてつい」


「~~~~っ! いい加減にしてよぉー!」


「いたっ!?」


 恥ずかしさが限界に達した小春に俺は、握られていた手に思いっきり爪を立てられた──三十秒くらい。


 血は出なかったものの、おかげで右手の甲には爪痕がくっきりと翌朝まで残った。


***


「ねぇ陸。そう言えば今日の食材ってもう買ってあるの?」


 鍵屋を出てしばらく歩いたところで、小春が前屈みになり俺の顔を覗いてくる。その際、肩にかからない長さの小春の髪が揺れて、彼女の目を魅惑的に隠した。


「まだだよ?」


「だったらさ。折角だしそこ寄って行こーよ!」


 そう言って小春が指さしたのは、少し先にあるスーパーマーケットの看板だった。


「そうだね。小春がいいなら寄っていこうか」


 そうして俺たちはスーパーに足を踏み入れる。俺は買い物かごを手に持って、今日の夜ご飯に使う食材を探す。


 今日は和食だから、鮭と……みそ汁の豆腐と大根、それと肉じゃが用のジャガイモと鶏肉と玉ねぎニンジン──。


「うえぇ……今日もニンジンあるの?」


 ニンジンが苦手な小春はニンジンを見るなり顔をしかめる。小春のしかめっ面なんて学校じゃまず拝めないから、なんだか得した気分。


「うん」


「陸の鬼、悪魔……」


「そんなこと言っても野菜は必要でしょ?」


「ジャガイモあるからいいじゃん!」


「ジャガイモとニンジンだと含んでる栄養全然違うんだよ?」


「うぐっ……! 反論できない……」


「でも小春にはニンジン少なめで盛りつけるから、頑張って食べようね」


「ほんとにっ!? ありがとう陸! 陸は天使だよっ!」


 単純だなぁ小春は。かわいいけど、すぐに騙されそうで心配だな。だって今、小春が食べるニンジンの量は俺がゼロから一に増やして、それから一を二分の一にしたから、結局小春が食べるニンジンの量は最初より増えてる。それなのに小春は喜んでる。


 うーん……すごく心配になってきた。


「小春。何か大きい買い物とか契約とかする時は俺にも立ち会わ──」


 いやいや、束縛彼氏かよ……! それに、兄弟にいろいろと制限されるのが嫌なのは、姉さんのせいでよくわかってるでしょ。


「ん? 陸何か言った?」


「ううん。なんでもない。それより小春は弁当に冷凍食品使う? そろそろなくなりそうだから買い足そうと思って」


「……? ……うん。わたしも使うよ」


 小春は首を傾げながらも返事をした。そして俺たちは並んで冷凍食品売り場に向かう。──その途中のことだった。


「あっ! ハーゼルダッツ!」


 小春は吸い寄せられるようにしてアイス棚の取っ手に手をかけ、高級アイスを手に取った。そして俺が持っている買い物かごにアイスを入れようとして、小春はハッと手を止めた。


 あ、そうか。小春は今お金ないんだっけ。


 小春は、水を浴びた子犬のようにフルフルと首を左右に振り、回れ右をする。それから名残惜しそうにアイスを棚に戻した。


「あ、危なかったぁ……」


 アイス棚の扉を閉め終え、一息吐く小春。俺はその横からアイス棚を開く。


「え? 陸?」


「小春はチョコチップでいいの?」


「いやいやいいよ陸。おごってもらっちゃ悪いよ」


「そうじゃなくて、俺が二種類の味食べたい気分なんだよね。二種類買って半分ずつ食べない?」


「だけど……」


 うーん……小春、どうしたら遠慮しないでくれるかな……? ……試しに欲望に訴えかけてみよう。


 俺は自分が食べたい抹茶アイスを手に取り、小春に見せつけるように手の上で転がす。


「小春がいらないなら、俺は小春の目の前でじっくりとハーゼルダッツを堪能するけど、どうする?」


「ぐぬぬ……陸の意地悪ぅ……!」


 効果はあったみたいだけど、小春に折れてもらうにはまだ足りないみたい。


 俺の手にあるハーゼルダッツをガン見しつつも腕を押さえて耐えている小春に、俺はベクトルの違う追撃を放つ。


「それに、俺が小春にハーゼルダッツを買ってあげたいんだよね。昨日も言ったけど、小春には俺に甘えて欲しいから」


「……っ!」


 昨日泣いたことを思い出したのか、小春は薄っすらと頬を赤らめる。けれど、小春はまだ諦めない。


「だ、だけどお金の貸し借りはよくないよ!」


「確かにそうだね。でも、アイス一個おごるくらいは許して欲しいな」


「むぅ……」


 言葉に詰まった小春は目線を左右に振り、何か言い返せないかと数秒考えた後、観念してハーゼルダッツの棚を開けた。


「……ありがとね。陸」


 小春ははにかみ、買い物かごにチョコチップアイスを入れた。


「うん。これからも甘えていいからね」


 そう言って俺は、小春の頭をそっと撫でた。この時、小春はなぜか俯いてしまって表情を見せてはくれなかった。

この話を読んでいただきありがとうございます!


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