11.小春の努力家な生活習慣
「小春。次風呂いい……よ?」
俺が風呂から上がった時、小春はピンと背筋を張り、腕立て伏せをしていた。
「……二十八、二十九、三十!」
三十数え終え、立ち上がる小春。軽く汗ばんだ彼女に、俺はソファーにかけてあったタオルを渡す。
「小春。お疲れ様」
「うん! ありがとう陸」
ポフッとタオルに顔をうずめて汗を拭く小春に、俺は聞いてみる。
「小春って風呂入る前は毎日筋トレしてるの?」
「そうだよ。それに今日は朝寝坊しちゃって朝走れなかったからねー。多めにやってたんだー」
「へぇ。小春は朝走ってるんだね。小春はてっきり朝弱いのかと思ってた」
「きき、今日はたまたまだよ! 今日はたまたま寝坊しただけ! ほんとはわたし、目覚ましかければ起きられるんだよっ!」
声を上擦らせて弁解する小春。耳が赤くなってる。
「あれ? でも小春って部活入ってないよね。どうして筋トレしてるの?」
「だって、力持ちって頼りになるじゃん。それに運動できたら体育とか球技大会の時に頼ってもらえるからね」
「そう……だね……」
小春って誰かに頼られるためばっかり──というより、自分の価値を上げることに必死なのかな。どうしてそこまで自分の価値を上げることにこだわるんだろう──ううん。だいたい察しはつくし、俺が口出しできることじゃないけど、無理して体調崩したりしないといいな。
ともあれ──。
「小春はえらいね。でも、ちゃんと水分摂ってから風呂入るんだよ」
「もぉ……わたしそんなに子どもじゃないよー!」
小春は拗ねたように口をすぼめて、ジトっとした視線を向けてくる。その姿が一番子どもっぽくて、笑いを堪えられなかった。
「フフッ……それもそうだね。ごめんごめん」
俺が笑いの混じった震えた声を出すと、小春はいぶかしげに首を傾げる。
「何で笑って……え? もしかしてわたしって子どもっぽいのっ!?」
「うん……フフッ……でも、子どもっぽい小春もかわいいよ?」
「もぉ……! 陸はすぐそういうことを言うんだからっ!」
真っ赤な顔した小春は、目を瞑って俺の胸をポカポカ叩いてくる。
小春、俺が子どもっぽいって言う度にどんどん子どもっぽくなってるなぁ……。
そうして俺はしばらくの間、かわいく怒る小春を眺めて癒された。
***
「やっと終わった……」
夕食後。俺は姉さんから押し付けられた仕事、小春は勉強すること三時間。俺は朝も含めて五時間かけて姉さんから押し付けられた書類仕事を終えた。
俺は肩と首を回して、残りのプログラミングの仕事内容を確認する。
うーん……プログラミングは好きだけど、でもいくらなんでも多すぎない!?
「これは明日にするかなぁ……」
そう呟き、俺は小春が持ってきた木製の壁掛け時計を見る。雲のようにふわっとした造形のかわいらしい壁掛け時計。その針は、十二時前を指していた。
小春を見ると、彼女は食卓でシャーペンの尻を唇に当てて頭を悩ませていた。
すごいなぁ小春。全然集中途切れてない。……でも朝走るって言ってたし、そろそろ寝ないとまずいよね。
俺は机から立ち上がり、小春の横まで行く。
「小春」
呼びかけても返事はない。小春の横顔を覗くと、スッと口を閉じ、凛とした目つきで問題を見つめていた。
「……っ!」
いつも教室で遠目に見ていた小春の真剣な表情に思わず見惚れそうになって、俺は咄嗟に距離を取る。
……やっぱり小春はすごいね。かわいいのにかっこよくて──もうすごい以外に何も言えないくらいすごい。妹じゃなかったら惚れてたよ。
俺は一呼吸置いてから、小春の肩をそっと叩いた。
「小春」
「ん? ……あっ、陸。どうしたの?」
問題集から顔を上げた小春は、シャーペンの尻を唇に押し付けたまま小首を傾げる。
かわいいなぁ……。小春はどんな動きをしてもかわいい!
俺は表情を緩ませながらも、壁掛け時計を指差す。
「もう十二時だから、そろそろ寝ないと明日に響くよ?」
「ほんとだ。もうこんな時間かー。じゃあこの問題だけやったら寝るよ」
「そう? なら俺は先に寝る準備しておくね」
「うん……あっ、陸。今日は目覚ましかけていい?」
「うん。いいよ」
そう言えば、小春って本当に目覚ましさえあれば朝起きれるのかな……?
そんな疑問を消し飛ばすほど、小春は眩しく微笑んだ。
「ありがとっ!」
それから俺は寝る準備を済ませ、勉強している小春の横顔をベッドから眺め──ようとしたけれど、小春の邪魔をしたら悪いと思って大人しくスマホを弄った。
それから十分としないうちに小春は勉強を終え、寝る準備を済ませてベッドにやってくる。その時、今朝小春に蹴られた背中がうずいた。
あ、小春って寝相悪いんだった……。
「小春。俺はやっぱりソファーで寝るよ」
「え? なんで?」
「だって小春。寝相悪いでしょ」
「へっ!? わたし別に寝相悪く──あっ!」
最初はピンと来ていなかった小春。だが、何かに思い当たり声を上げた瞬間、バツが悪そうに目を逸らし、照れ隠しに頬をかいた。
「いやぁ……あのね陸。実はわたし、ベッドが変わった初日だけ寝相が悪くなるんだよねー」
「なにそれ」
「わたしにもわかんないよっ……だけど昔からそうなんだもんしょうがないじゃん!」
「えー? 本当に初日だけなの?」
からかいがてら、小春にジト目を向けてみる。すると小春もジト目になって口をすぼめた。
「むぅ……陸の意地悪……」
「フフッ……ごめんごめん」
拗ねながらも俺と一緒のベッドに腰を下ろす小春。彼女の頭をポンポンと撫でてから、二人一緒の掛け布団をかぶる。俺たちは横になった状態で見つめ合った。
「じゃあ、おやすみ小春」
「うん。おやすみ陸」
それから俺は腕を伸ばして、灯りを消した。
明日も小春と一緒に過ごせるのかぁ……幸せだなぁ……。
そんなことを考えながら眠りにつく。
意外にも、翌朝小春はちゃんと目覚ましとともに目を覚ましたし、初日のように寝相が悪いなんてこともなかった。
けれどこの時、俺は忘れていた。明日は小春の初めての料理当番だということを──つまり、小春に苦手なものを食べさせた報復を受ける日であるということを。




