12.小春の手料理と、将来の夢
「陸。お風呂開いたよっ!」
小春と同棲を始めてから三日目。今日は小春の初料理当番だ。だから風呂に入る順番を変えて、小春が料理する時間を確保したのだ。
「ねぇ陸」
風呂に行こうとすると、小春は俺の服の裾を摘んだ。
「ん? どうしたの?」
「わたしの味付け濃い方だから陸の口に合うかどうかわからないけどさ、楽しみにしててねっ!」
そう言って、小春はアイドル並みのウインクを見事に決めてみせた。
「そう。なら楽しみにしてるね」
「うん! 任されたっ!」
力こぶを作るポーズをして胸を張る小春。彼女に限ってそんなことはないとは思うけれど、いつになくテンション高めな小春を見ていると、調子に乗って大失敗する気がしてならない。
小春に肩の力を抜いてもらうためにも、ちょっとからかっておこう。──うん。別に俺が小春がかわいく怒る姿を見たいからじゃないんだからね。
「たとえ小春がヘドロを作ってこようと、俺は完食してみせるから安心してね」
「ひどいっ! わたしだって昔からお父さんの分も料理してきたんだし、そんな大失敗はしないよっ!」
「それ、フラグにしか聞こえないよ?」
「もぉ……! 陸はすぐそうやって茶化す……ほらほら陸、大丈夫だから陸は早くお風呂入ってきてー」
「フフッ……はいはい」
やっぱり小春の反応は見てて飽きないなぁ……。
そうして俺は小春に背中を押されるまま、脱衣所に向かった。
***
「さあさあ食べて食べてっ!」
風呂から上がり食卓に座ると、食卓には牛丼とみそ汁が並んでいた。みそと焼かれた牛肉の匂いが混ざり合い、食欲をそそる。
「じゃあ、いただきます」
まずは牛丼に箸を入れ、米と一緒に牛肉を口の中へ放り込む。すると、米のほんのり甘くもちもちとした食感と、脂の乗った牛肉の香ばしい味が口の中を満たした。同時に、多めにかけられた牛丼のタレが味に深みを足していた。
おいしい……。
俺はしっかりと噛んで味わってから牛丼を飲み込む。
「すごくおいしい。小春って本当に料理上手なんだね」
「でしょでしょ! でもよかったぁー。陸の口に合って」
小春は安堵した笑みを浮かべ、紅しょうがをかけてから牛丼を食べ始めた。
それから他愛のない雑談をしつつ、俺が牛丼を四分の三ほど食べた時、小春が動く。
「ねぇ陸? 陸は苦手なものでもちゃんと全部食べるの?」
「そりゃあ頑張って食べるけど、急にどうしたの?」
「だったら──」
「え? ちょっと待っ──」
小春はいたずらっぽく微笑み、俺の苦手な辛いもの──紅しょうがを俺のどんぶりに盛りつけた。それも、米や牛肉が見えなくなるほど山盛りに。
「──これも全部食べられるよねっ?」
「それは……」
小春の笑顔怖い……俺に苦手なもの食べさせられたの相当根に持ってるね……。
小春に苦手なものを食べさせた手前、断ることもできない。俺は苦笑いを浮かべて、勝ち誇った笑みを浮かべる小春を見た。
「それにしたって限度ってものがあるでしょ……」
「んー? 何か言ったー?」
「何でもないです……」
なんか今日の小春怖いよ……。
小春に目が笑っていない笑顔を向けられて、俺は紅しょうがを食べる覚悟を決めるのだった。
***
水をがぶ飲みしつつなんとか紅しょうがを完食した後、俺と小春はそれぞれ作業時間に入る。小春は勉強で、俺は姉さんに押し付けられたプログラミングを進め、今はIT関連の資格勉強をしている。
「ふぅ……」
俺は一息吐いてミルクココアを啜る。すると、胃から全身へと体が温まっていき、集中力が戻ってくる。
ちなみに小春の勉強のお供はホットペパーミントティーで、俺も小春もほとんどカフェインが含まれないものを選んでいる。俺も小春も睡眠の質を大事にしているから。
小春も頑張ってる。俺も頑張ろ。
俺は、シャーペンの尻を唇に当てて、凛とした目つきで問題集と向き合う小春を一瞥して資格勉強に戻った。
それからしばらく資格勉強用のテキストに向き合っていると、ふと横から気配を感じた。
「どうしたの? 小春」
「あっ、ごめん。邪魔しちゃった?」
「ううん。もうそろそろ寝る時間だったから大丈夫だよ」
「よかったぁ……ところでそれって何?」
机に広げた資格勉強用テキストを指差す小春に、俺はテキストの表紙を見せる。
「IT関連の資格勉強用テキストだよ」
「へぇー。じゃあ陸は将来IT系に就職するの?」
「うん。そのつもり」
「すごいねー陸は。わたしと同い年なのにもうそこまで考えてるんだ」
「逆に聞くけど、小春はなりたいものとか行きたい大学はないの?」
「あはは……今は特にないかなー」
そう言って小春は頬をかいて苦笑いした。
でもそれじゃあ、小春は目標もないのに頑張ってるってこと? それって辛くないの?
そう聞きたかったけれど、目標を持ってる俺が言ったら嫌味になる。そこで俺は、ずっと気になっていたことを小春に聞いた。
「そう言えば今更だけど、小春って一人暮らしできるだけの仕送りもらってるんだよね? どうして家賃払えなくなったの?」
「え……いやぁそれは……」
瞬間、小春は罰が悪そうに目を逸らす。
そう。これはずっと気になっていた疑問だ。小春が言うには、小春のお父さんは小春のことを幼稚園の頃からずっと一人で面倒見てきたらしい。それだけ娘を大切にしている父親が、仕送り金を渋るとは思えない。
それに小春は今月──つまり九月からバイトを始めたと言っていた。最初から仕送りが足りなかったら四月からバイトをしていたはずだ。
それなら家賃が払えなくなったのは小春側に原因があると考えるのが自然だし、昨日アイスを衝動買いしそうになったことを鑑みると、答えは一つ。
「小春。後先考えずに何か大量買いしたでしょ」
「うっ……! ……なんで、わかったの?」
ゆっくりと俺に視線を戻す小春に、俺は無言で白い目を向け続ける。すると小春は再び目を逸らし、早口で弁解を始めた。
「いや、別に大量買いしたわけじゃないんだよ? ただちょーっとお父さんからの仕送りが一年分一気に振り込まれて、お金持ち気分になっちゃって……欲しい服とか食べたいものが目についたら買ってただけっていうか……」
だんだんと声が小さくなり、小春は叱られる子どもみたいにうなだれた。けれど、俺に怒る気なんて一切ない。
「なるほどねー」
俺が普段と変わらない声色で頷くと、小春はビクッと肩を跳ねさせた。一拍置いて、小春は恐る恐る、不思議そうに顔を上げる。
「え……? 陸、怒らないの?」
「どうして? だって小春、昨日はちゃんとアイスの衝動買い我慢できてたでしょ? 自分でダメなところを直せるなんて、小春はやっぱりすごいよ」
俺の言葉を聞くにつれ、小春の表情はだんだんと明るくなっていく。そして俺が頭を撫でると、小春はくすぐったそうに微笑んだ。
「えへへっ……!」
うん。小春の気分もよくなったところで──。
「──そろそろ寝ようか」
「だねっ!」
そうして俺と小春は、同じベッドに背中合わせになって眠った。
それからも小春との同棲生活を何事もなく過ごし、金曜日。今日は小春が俺の部屋に来てから初めてのバイトの日だ。
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