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13.陸の過保護と、小春のバイト①

「小春って今日バイトなんだっけ?」


「うん。……あっ、それでわたし、賄い食べてくるから夜ご飯は大丈夫」


「わかった」


 今は、同棲を初めてから最初の金曜日の朝。脱衣所で制服に着替えている小春とドア越しに話していた。


「ちなみに何時くらいに帰ってくるの?」


「うーんと……バイトは十時に終わるから、十時半くらいかなー」


「結構遅いね。もしよかったら迎えに行こうか?」


「あははっ……! 今まで一人で帰ってたんだから大丈夫だよー。陸は心配性だなぁー」


「それもそうだけど……」


 でもやっぱり夜道を小春一人で歩かせるのは心配だなぁ……。ちょうど季節の変わり目で不審者も多くなる時期だし。


「やっぱり迎えに──」


「陸くん」


 小春は脱衣所の扉を開け、俺の言葉を遮る。そして人差し指を立てて、幼い子どもに言い聞かせるように言った。


「過保護は嫌われるよ?」


「うぐっ……!」


 そうだった……俺も父さんと母さんの過保護が嫌になって一人暮らしを始めたんだもんなぁ……。今なら母さんたちの気持ちが少しだけわかる気がする。


「ごめん小春。ウザかったよね……」


 俺は素直に頭を下げた。すると小春は、抑揚のない声で言う。


「うん。めちゃくちゃウザかったよ」


「だ、だよねー……」


 こ、小春にウザいって、ウザいって言われた……もう立ち直れない……。


 俺は表面上では苦笑いを浮かべ、生まれたての小鹿みたいに震える足でなんとか立ってはいるものの、内心では四つん這いになって絶望していた。


「なんてねっ! 今のは冗談だよー! あれあれ陸くんっ? 陸くんはわたしの冗談を本気で受け取って落ち込んじゃったのかなぁ? ……ってあれっ!? 陸ちょっと落ち込みすぎじゃない!?」


 小春は俺の顔の前で手を左右に揺らし、俺の反応がないことに慌てふためく。


「ハハハ……ごめんね。俺ってウザかったんだね……」


「わぁ陸ー! 冗談! 冗談だから戻ってきてぇっ!」


「冗……談……?」


「そう冗談! 冗談だよっ! わたしちょっとくらいウザくても陸のこと大好きだからっ!」


「そう……?」


 俺はゆっくりと顔を上げ、虚ろな目を小春に向ける。すると小春はグッと両手を握り締めて、大きく頷いた。


「うんっ! そうだよっ!」


 小春の真っすぐでキラキラした目を見ていると、荒んだ心が浄化されていく。


「そう……冗談、だったんだ……」


 よかったぁ……小春に嫌われたわけじゃないんだ。生きててよかったぁ……!


 俺は唇を噛みしめ、泣きそうになるのを堪える。陽だまりにいるようにポカポカと温まる心に、思わず微笑んだ。


「でも小春。もう今みたいな冗談はやめてね? 俺の心臓が持たないから」


「それはお互い様だよっ! 陸がそれ言うのっ!?」


[え? なんのこと?」


「へっ!? ほんとにあれ全部無自覚なのっ!?」


 信じられないと目を丸くする小春に、俺は首を傾げる。


「よくわからないけど、とりあえず学校行こうか」


「……そうだね」


 こうして俺は、小春にジト目を向けられながら通学路を歩くことになった。


 ……ん? あれ? 結局俺ってちょっとウザいってことなんじゃ……? いや、でも、小春の許容範囲ってことだよね。ならいいよね? うん。いいってことにしよう! でないと俺、死んじゃう。


***


 部屋に小春がいないと、なんだか寂しいなぁ……。


 小春のいない放課後。まだ小春が来てから一週間も経っていないのに、一人で部屋にいると物足りなく感じてしまう。


 何もする気が起きず、部屋の中でボーっとしていると、気付けば時刻は午後七時を回っていた。


「……久々に外食でもしようかな」


 夕食を作る気も起きなかった俺は十五分ほど歩いて、たまに食べる牛丼チェーン店に足を運んだ。


「いらっしゃいませー! お好きな席にどう……ぞ──って陸!?」


 この声って──。


「小春?」


 顔を上げるとそこには、黒のポロシャツに黒のズボンというバイト制服を身に着けた小春が立っていた。中性的な制服と彼女のスラリとした体形と短い髪の組み合わせは、ただの「かわいい」ではなく「かっこかわいい」小春を見せてくれる。


 目を丸くして驚く小春は、制服と手に持っている牛丼が乗ったお盆も相まって、店に馴染んでいる。


「……小春のバイト先って、この店だったんだね」


「うん。陸もこのお店によく来るの?」


「たまにね。月に一、二回くらいかな」


「そうなんだー。奇遇だねっ?」


「そうだね……」


 唐突な出来事に頭が追い付かない。何を話していいかわからず、俺は小春をチラチラ見ながら、両手の指を絡めてせわしなく動かす。小春も小春で頬を掻きながら、床と俺の顔を交互に見ていた。


 何を話せばいいの? これ……。


 俺たちが店の入り口で黙りこくっていると不意に、カランカランとドアベルが鳴って新しい客が入って来る。


「あ、えっと、とりあえず席座るね?」


「う、うん。わたしも仕事に戻るよ」


 びっくりしたぁ……小春ってここでバイトしてたんだ。

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