14.小春のバイト②
まさか小春のバイト先がこの店だったなんてね……。
俺は奥のカウンター席に座り、注文用のタッチパネルを操作する。思いがけず小春に会えたことで高鳴る鼓動を感じながら、俺はネギ玉牛丼定食を注文した。
「……っふぅ……」
注文中に店員が運んできた水を飲んで一息吐く。ようやく心臓の音が落ち着いた俺は何気なく、牛丼を届け接客している小春の方に目を向けた。
「お待たせしましたー! こちらチーズ牛丼と、おろしポン酢牛丼です!」
小春がニコっと営業スマイルを浮かべると、アラサーくらいの男性がドキッと肩を跳ねさせる。彼は、小春がペコっとお辞儀をしてから厨房に戻るまでずっと小春のことを目で追っていた。
「今の子かわいかったなー」
「……それ、彼女の前で言う?」
「いででっ!」
男性と相席している女性が、白い目をして彼の耳をつねった。
「でも確かに今の子はかわいかったわね。仕事もテキパキこなしてるみたいだし、私のお嫁さんに欲しいわー」
やっぱり小春はすごいなー。自慢の妹だよまったく。
小春が褒められてる会話を聞いて浮かれていると、ちょうど小春が牛丼を持って俺の席に向かってきた。
「お待たせしましたー! こちらネギ玉牛丼です!」
「ありがとう」
小春から向けられる真っすぐな笑顔に、俺も自然と微笑んでいた。牛丼になんて構わずニコニコと小春を見つめていると、小春がコクリと首を傾げる。
「ん? どうしたの陸。わたしの顔に何かついてる?」
「ううん。ただ、小春は仕事もできるんだなぁって思って。これならどこに出しても恥ずかしくないよ」
「ふふっ……なにそれっ? 陸は誰目線なのさ」
「兄目線だよ」
とは流石に言えなかったから、俺は「誰なんだろうねー」と誤魔化し微笑んでから牛丼に箸を入れた。
*** 心矢小春視点 ***
「小春ちゃん小春ちゃん」
陸に牛丼を運んでからしばらく。厨房で待機していると、お客さんが減って手持ち無沙汰になった店長の蝉時雨敏三──通称としさんが手招きしていた。
彼は今年で六十二、ふさふさの白髪にぽっちゃりとした体形が特徴的な、ほのぼのしたお爺さんだ。
「としさん。どうしたんですか?」
わたしが近づくと、としさんはカウンター席に座る陸を眺め、言った。
「もしかしてあの子、小春ちゃんの彼氏?」
「はえっ……!?」
今としさん、なんて……? 陸がわたしの彼氏って言ったの!?
わたしは顔が熱くなるのを感じながらも、なんとか声量を陸に聞こえない程度に抑えて抗議する。
「ち、ちち違いますよっ!」
「違うの? てっきり二人は付き合ってるのかなって思ったのに」
「もぉ……からかわないでくださいよとしさん!」
「だけど小春ちゃんは彼のこと好きなんじゃなーい?」
「違……」
あれっ? ほんとに違うの?
憎めないポワポワした笑顔を浮かべてからかってくるとしさん。けれど彼の言葉に、わたしは陸と過ごしたこの五日間を振り返る。
同じ部屋で暮らして、からかいあって助け合って話し合って。今まで誰にも言わなかった親の話までして……わたしってやっぱり陸のこと、好き……なのかな……。
「……るちゃん。小春ちゃん」
「え? あっ、はい!」
つい考え込んでしまった。今はバイト中なんだからしっかりしなきゃ。
「彼、食べ終わったみたいだからレジしてあげて」
「わかりました」
返事をしてレジに向かう。すると、レジに向かってくる陸の姿が視界に入った。
うぅ……こんなこと考えてた後に陸にどんな顔して会えばいいのぉ……?
わたしは陸が好きなのかどうかと真剣に考えた後で、結果が出る前に本人に会うのはどうも落ち着かない。
わたしはなるべく陸と目を合わせないようにして、陸から伝票を受け取った。
「九百十円です」
わたしは最小限の会話でこの場を乗り切ろうとする。が、陸は何の前触れもなく口を開いた。
「小春。折角だしバイト終わるまで待とうか?」
「いやいや、わたしまだ二時間くらいバイト残ってるんだよ? 悪いよ」
「そう……」
わたしが断ると、陸はちょっぴり寂しそうに目を細めた。いつも頼りになる彼が、子どもみたいにシュンと落ち込む姿を見ると、自然とクスッと笑いが漏れた。
なんだー。陸にもかわいいところあるじゃん。
「じゃあまたあとでね。小春、バイト頑張って」
「うん。ありがとう」
そうして陸は店を出る。彼の後姿が見えなくなるまで目で追う。
そうしていると、いつの間にかわたしは落ち着いていた。同時に、この気持ちが恋なのかどうか決めるのはまだいいやって思えてきて。
今はそれよりバイトバイド! ……そう言えば明後日は陸と暮らし始めて最初の日曜日だよね。何しよっかなー……。
──なんて、手が空いている間はずっと、陸を絡めた他愛のない妄想を楽しんだ。
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