15.二人の日曜日
小春がバイトで寂しかった金、土を乗り越え、今日は同棲を始めてから最初の日曜日。俺は朝七時くらいに起きた。
今日は一日中小春と一緒にいられるなぁ……。
なんて内心はしゃいでいたけれど、小春が起きてきたのは昼前だった。でもまあ、これはこれで小春のかわいい寝顔を堪能できたからよかったんだけど。
そして小春は朝食を兼ねた昼食を食べた後、ソファーに寝転がり、今はぼんやりとお昼のワイドショーを眺めている。
俺は小春の横に腰掛ける。すると小春は、俺の足に自分の足を絡ませてきた。定位置を探すためか、俺のすねから指先のあたりを温かくて柔らかい小春の足がゴソゴソと探るように動くから、ちょっとくすぐったい。
「小春ものんびりすることあるんだね」
「そりゃそうだよ。わたしにだって息抜きは必要なんだよっ?」
お互いテレビの画面を見たまま話す。まさに自然体──これぞ仲睦まじい兄妹の理想といった状況に、俺は心の中でガッツポーズをした。
姉さんとはこんなに穏やかに過ごせなかったからなぁ……なんか、感動……!
「それにしても意外だね。小春は息抜きを忘れて努力して倒れちゃう人種だと思ってたよ」
「…………そうだね」
今の間、なに?
小春の不自然な沈黙。その理由が気になって彼女の顔を横目に見ると、めちゃくちゃ気まずそうに目を逸らしていた。
「もしかして小春。努力のし過ぎで倒れたことあるの?」
「いやぁ、それはその……でも今はもう大丈夫なんだからいいじゃん! ねっ? ちゃんと倒れた時の反省を生かして、毎週日曜日は何もしないって決めてるんだよ」
「そう? ならいいけど……あんまり無理しないでね?」
そうは言っても小春は今でも頑張りすぎてる気がするんだよね……俺が、小春が倒れないよう気を付けて見ておかないと。
「ねぇ陸。そんなことよりさ、ゲームでもしない?」
あ、話逸らしたな。
「いいよ。何のゲームにする?」
「そうだなー……陸って何のゲーム持ってるの?」
「俺が持ってるのは育成ゲームが多いかな。そこに並んでるので全部だよ」
そう言って俺がテレビ台の棚を指すと、小春はちょこんと床に女の子座りして棚を物色し始める。薄ピンクのパーカーに身を包んだ背中は小さくて、保護欲をくすぐられた。
「あっ、陸も『ゆるモン』持ってるんだ。このゲームわたしも好きだよっ!」
ゆるモン──正式名称「ゆるふわモンスター」。名前の通りゆるふわなモンスターを育てる育成ゲームだ。モンスターを育てるための素材集めが意外と大変で、やりがいがあって面白い。
「そうなんだ。小春もゆるモンやってるんだ。」
小春と趣味が合った。それだけでもう、言葉にできないくらい嬉しい。
「陸は誰が一番好き?」
「俺はスイニャーかな。小春は?」
「わたしはイワムッキー。パンダなのに体岩でできててマッチョって、考えた人すごくないっ?」
「それなのに情けない表情が多いのも面白いよね」
「そうなんだよ! あれは見てて飽きないよねー」
クスクスと肩を揺らしながら話す小春はやっぱりかわいい。ゲームのキャラだって見ていて癒されるけど、小春を見ている時が一番癒されるなぁ……。
「……っと。だけどゆるモンは一人用だもんね……モリパなんてどう?」
そう言って小春は、自分のソフトを並べていた棚からモリパ──ミニゲームやすごろくゲームが入っているパーティーゲームを取り出し、表紙を見せてくる。
「うん。俺それ、前からやってみたかったんだよね」
「じゃあ決まりだねっ! 早速やろう!」
それから俺は、小春にボコボコにされた。
「やったぁ! またわたしの勝ちぃっ!」
俺たちが遊んでいたのは、ミニゲームラッシュ。次々にミニゲームをプレイするモードで、今はゼロ対十三で小春の圧勝中だ。
「小春、強すぎない……?」
「まあねー。誰かと一緒に遊ぶかもと思ってたくさん練習したもん」
え? じゃあ小春はずっと一人でパーティーゲームをやってたってこと!?
「……小春。辛かったね」
俺は、部屋で一人、もくもくとモリパをする小春の姿を想像し、小春の頭をポンポンと優しく撫でた。
「え!? なんでわたし慰められてるのっ!?」
小春っ……。
一人でパーティーゲームをする悲しさに気付かない小春を見ていると、涙が出そうだった。
「わからないならその方がいいよ。それより、次のミニゲームやろう?」
「よくわかんないけど……じゃあ次負けた方に罰ゲームねっ! そろそろ陸も慣れてきたでしょ?」
「いやいや、この結果見てそれ言うの?」
「ダメ?」
わざとらしくあざとい上目遣いをしてくる小春。ふざけてやってるのはわかっているけれど、そんな目で見つめられたら俺に断る選択肢なんてない。
「ううん。ダメじゃないけど……」
これってほぼ確実に俺が罰ゲーム受けるやつだよね……。
「ちなみにそれ、俺が負けたら何をさせられるの?」
「うーん。そうだなぁー……」
小春は人差し指を唇の下に当て、視線を泳がせ考える。そして「あっ……」と何か思いついたように、視線を止めた。それから俺を横目に見る小春。彼女の目はニヤニヤと細められていた。
「じゃあ陸。わたしが勝ったらマッサージでもしてもらおっかなー? もちろん、こことかもね?」
そう言って小春は、俺に胸を見せつけるように抱え込む。対して俺は、妹の胸を揉むことに興奮するわけもなく、ただ頷いた。
「わかったよ。俺、姉さんによくマッサージさせられてたからたぶんうまくできると思う。楽しみにしててね」
「へっ!? 無反応!? それは女の子として傷つくんですけど!?」
「ん? そうなの?」
「むぅ……陸のバカ。絶対に勝ってやるー!」
拗ねたように口をすぼませ、謎に意気込む小春。俺、何か変なこと言ったかな……?
そんなこんなで始まったミニゲームの説明は、要するに連打ゲーだった。
あ、これなら勝てるかも……。
「陸。準備はいい?」
「うん。いつでもいいよ」
「じゃあ行くよっ!」
小春がスタートボタンを押し、スリーカウントが始まる。そして、画面に「スタート」と表示された瞬間、部屋中にボタンの連打音が響いた。
「……っ。やるね、陸」
残り五秒。俺が若干優勢でラストスパートに入る。焦った小春は上半身を俺の方に傾け力み、連打速度を上げる。
残り一秒……逃げ切れそう……。
そんな時、トンっと小春の肩が俺の腕にぶつかった。
俺も小春も、それぞれ腕と肩から互いの体温を感じつつも、気にせず連打を続けた。
直後、画面には「ストップ」の文字が表示される。結果は──俺の勝ちだった。
「……っ負けたー! ……陸連打力すごいね。なんでそんなに速いのっ?」
俺の腕に寄りかかったまま、伸びをするように脱力した小春。彼女が俺の顔を見て質問すると、自然と上目遣いになった。それに体の向きも変わったせいで、柔らかい感触が腕に伝わってくる。
「たぶんパソコンのタイピングで慣れてるからじゃないかな」
「なるほどー。……って、なんで罰ゲームかけた時に限って負けるのー!?」
「フフッ……それ今?」
プクッと頬を膨らませる小春の、今更すぎる嘆きに思わず笑ってしまう。
「むぅ……陸と一緒に激辛ラーメン食べに行こうと思ったのに……」
今なんか悪魔みたいな呟きが聞こえた気がするんだけど……勝ってよかった……。
拗ねた小春のとんでも発言に胸を撫で下ろしていると、小春はすぐに起き上がり、ニヤけた顔になって腕を抱えた。
「それで? 陸はわたしにどんなイヤらしいお願いをするのかなー? あーわたし穢されちゃうー!」
腕を抱えたまま体をくねらせ、棒読みでふざける小春。ここはちょっと乗ってみようかな。
俺は手を上げて指を曲げ、襲いかかるような形にして、おどけた声を出す。
「それなら、小春のお望み通り体の隅々までマッサージさせてもらおうか」
「へっ!? あっ、いや、その……陸……あれは冗談っていうかなんというか……」
俺の冗談を本気と勘違いしたのか、小春はほんのり顔を赤くして横を向き、目を泳がせた。その様子は初々しくて微笑ましい。
「フフッ……小春。俺も冗談だよ……フフッ……」
「へっ? 冗……談……?」
「うん」
俺が頷くと、小春はカァーっと頬を真っ赤に染め、俯いた。
「もぉ……陸のバカっ……!」
「ハハッ……! ごめんごめん。小春をからかうのが面白くてつい──」
「それ全然反省してないでしょー!」
「ごめんごめん」
小春ってよく冗談を言うのに、冗談を言われ慣れてないのかな?
「それで罰ゲームだけど、全身マッサージはともかく、小春がいいなら肩揉みくらいはするよ?」
「ううん。わたしはそんなに凝ってないから大丈夫。……っていうか、むしろわたしが陸の肩揉む? 陸っていっつも勉強の後肩回してるよね? 肩凝ってるんじゃない?」
「うん。確かに凝ってる……そうだね。じゃあお願いしようかな」
「おっけー! 任されたっ!」
小春はそれなりの大きさの胸を張り、ドンと叩く。前髪を揺らし、ニッと笑う小春は宝石みたいにキラキラしていて、俺は思わず見惚れてしまった。
小春は、俺が見惚れていることには気付かずソファーの後ろに回り込む。そして小春は、俺の肩を揉み始めた。
「こんな感じ?」
小春がグッと力を込めると、肩に激痛が走る。
「いったぁ……!」
「おー。合ってるみたいだねー」
「う、うん。痛いけど、ちゃんと気持ちいいよ」
「よかったー。……それにしても陸、相当凝ってるね」
「うぐっ……! ……うん」
そこで会話が途切れた。小春は黙々と俺の肩を揉んでくれている。ちょうどいい機会なので、気になっていたことを聞いてみる。
「……今日で小春が来てから一週間だけど、一緒に暮らしてどうだった? 慣れた?」
「うん、慣れたよ」
そう言って小春は、俺の肩を揉む手を止める。小春を振り向くと、彼女はくすぐったそうにはにかんでこう呟いた。
「それに、陸といるとすっごく楽しい」
「そう。それならよかったよ」
俺も、真の意味で小春に同居人として認められたみたいで嬉しくて、自然とはにかんだ。
そうして訪れた二度目の沈黙は、ふかふかの毛布に包まれたように温かかった。
***
夜──。
風呂を済ませ、小春手作りのハンバーグを堪能した後。小春はテレビのバラエティー番組を見ながら、湿った髪をクスクスと揺らしていた。
「小春。俺ちょっとベランダで電話してくるね」
「ん? こんな時間に誰と電話するの?」
不思議そうに俺の顔を見つめる小春に、俺はことも無げに言った。
「恭平と」
この時俺が口にしたのは、表面上俺とは関わりのない、クラスの中心人物の名前だった。
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