16.陸の中学時代と、電話
「恭平って……同じクラスでサッカー部の目里くんのこと?」
「うん」
俺がこれから電話をかける相手の名前を口にすると、小春は意外そうに俺を振り向く。
「へぇー。陸って目里くんと仲良かったんだ」
「うん。恭平とは幼馴染だからね。それに中学校の時は俺も恭平と同じサッカー部だったから」
「そうなんだ!? 意外だなー。陸ってサッカーやってたの? ポジションどこだった? 陸の中学校どのくらい強かったのっ?」
小春はソファーに膝立ちになって興味津々に目を輝かせ、ソファーの後ろにいた俺に矢継ぎ早に質問してくる。けれど俺は、あまりこの話に乗り気ではなかった。
「俺はミッドフィルダーで……一応、二年生の時に全道ベストフォーまで行ったよ」
「すごいじゃん! その時って陸は試合に出てたの?」
「うん。一応、スタメンだった」
「すごっ! 二年生で強豪のスタメンなんてすごいじゃん! それでそれでっ? 三年生の時はどうだったの?」
「えっと、全道ベスト十六かな……でも俺、サッカーは二年生でやめたから」
俺がそう言うと、小春はコテンと首を傾げた。
「え? そうなの? もったいないなー。なんでやめちゃったの?」
「ちょうどその頃からプログラミングにハマってねー。それに、いろいろあったんだよね……」
「そう……なんだ……」
俺の話したくないという気持ちが顔に出ていたのか、小春はそれ以上聞いてこなかった。ほんの数秒、気まずい沈黙が流れる。
「……そう言えばさ、目里くんとそんなに仲いいならわたしたちが同棲してること言うの?」
「ううん。恭平に言ったら絶対からかわれるから言わないよ」
即答すると、小春は頬を緩めて小さく笑った。
「ふふっ……そっか」
ん? 何か面白いこと言ったかな……。
「……えっと、じゃあ俺はベランダで電話してくるね」
「あっ、待って陸。もう外寒いよ? わたしのことは気にしなくていいから部屋の中で電話して」
「そう? 小春がいいならそうするよ。ありがとうね」
「えへへっ……!」
お礼に小春の耳元を撫でると、小春はくすぐったそうに笑った。俺は彼女のお言葉に甘えてベッドの上に足を伸ばして座り、スマホで恭平に電話をかけた。
『……おっ。陸。今日はいつもより遅かったな』
ちょうど三コールで、スマホから恭平の落ち着いた爽やかイケメンボイスが聞こえてきた。
「うん。ちょっとね」
俺は恭平とは毎週日曜日の夜に通話している。ちなみに、学校では恭平と話さないようにしている。理由は完全に俺の私情で、恭平と関わると友達が増えすぎて、プログラミングや資格勉強、姉さんからの仕事をやる時間が無くなるからだ。
『で? 陸は今回のテストどうだった? おれはギリギリ赤点回避』
「俺も赤点はないよ。だけど歴史と生物化学はギリギリだった」
そんな他愛のない会話をしていると、ソファーにいたはずの小春がいつの間にか音もなくベッドの上に座っていた。
小春? どうしたの?
俺がアイコンタクトでハテナを浮かべると、小春はニヤニヤ俺の顔を覗き込んでくる。
また何か企んでる。……そうか。今は俺、通話してて声出せないから、狙い目だと思ったのかな。今度は何をしてくれるんだろう?
小春にからかわれてからかい返すのは楽しい。今からそれが行われると思うと、自然と頬が緩んでしまう。
『──けど、どうせ陸は数学と物理は高いんだろ? ……って陸聞いてるか?』
「ああうん。聞いてる聞いてる。数学と物理はよかったよ」
うーん……誰かと話しながら小春のからかいを楽しむのって意外と難しいかも。
なんて考えていると、早速小春が動き出した。
*** 心矢小春視点 ***
よーしっ! この大チャンス、絶対ものにするぞー!
いつもなら陸をからかおうとすると、言葉一つで陸にカウンターされているわたしだけど、通話中の今ならその心配はない。
今こそ、傷ついたわたしの女の子としてのプライドを取り戻すときっ! 絶対に陸をドキドキさせてやるっ!
わたしは意気込み、陸の隣に這い寄る。そして、伸ばしてある陸の足に頭を乗せた。
どうよ陸。学校一の美少女が太ももの上だよ? ドキドキしてるんじゃないっ?
わたしは勝ち誇った気分で陸を見上げる。だが陸は「どうしたの?」と目で語り、不思議そうに首を傾げるだけだった。どころか、何を思ったのか陸はわたしの頭を撫で始める。
ぐぬぬ……流石は陸。膝枕くらいじゃなんとも思わないって言うんだね?
……っていうかやっぱり陸に頭撫でられるの気持ちいい……このままずっと撫でられてたい。それに陸の太ももって意外としっかりしてるなぁ……。
そうしてわたしは目を瞑り、頭を撫でられるこそばゆさと、頬から伝わる陸の太ももの温かさを堪能した。すると陸は優しく微笑み、わたしの頬をツンツンとつつき始める。
陸と目里くんの会話が子守歌のように遠のいていって、今にもぐっすり眠れそう──って違あぁぁう!
わたしは落ちかけていた意識を呼び戻し、陸の太ももの上から跳ね退く。陸は何が何だかわからないといった様子でわたしを見ていた。
危なかったぁ……もう少しで陸の策略にはまって寝ちゃうところだったよ。こうなったらもう、アレをやるしかないっ!
わたしは陸にジェスチャーを送り、窓の方を向くようにお願いした。すると陸はなぜか微笑んで、窓の方を向く。
よーし! やるぞー!
わたしは自分を鼓舞して、陸の背中に抱き着いた。
……っ! どう? 陸、ドキドキしてくれてるっ?
両腕を陸の首に回し、顔を陸の肩にうずめる、わたし渾身のバックハグ。わたしも恥ずかしいけど、これなら体勢的に陸はわたしの頭を撫でられない。反撃を受けることはないはず。
わたしはほんの少し陸の肩から顔を上げ、陸の表情を見る。すぐに陸と目が合って、思わず顔を伏せてしまった。結果から言うと、陸はちょっとは驚いた顔をしていたけれど、それだけだった。
なんでそんなに平気そうなのっ!? わたしなんてドキドキで心臓が爆発しそうなのにぃー!
「……っ!」
不意に陸がわたしの手にそっと触れてきて、声が出そうになった。もう一度顔を上げてジト目を向けると、陸は温もりを噛みしめているような穏やかな笑顔を浮かべていた。
これでもダメかぁ……もぉ……! どうやったら陸をからかえるのー!?
内心、駄々をこねる子どものように大暴れしながらも、わたしは陸から離れる。すると陸はわたしに向き直り、ポンっと軽く頭に触れてきた。そのことがどうしようもなく嬉しくて、悔しい。
むぅ……次は絶対陸をドキドキさせてやるー!
わたしは陸に背を向けて、ベッドからぴょんっと飛び降りる。その瞬間、視界が縦回転した。
「うん。恭平。じゃあまた来しゅ──」
「ふぇっ!?」
「小春っ!」
わたしはギュッと目を閉じる。次の瞬間──。
ドンッ! と、重い音が耳朶を打った。が、その割に衝撃はほとんどなかった。
「小春大丈夫っ!?」
すぐそばから聞こえる、いつになく焦った陸の声に目を開ける。すると、互いの息遣いを感じられるほど近くに陸の顔があった。
「はえっ……!?」
な、ななな何これぇっ!?
陸に至近距離で真っ直ぐに見つめられ、顔が熱くなる。同時に、お姫様抱っこの要領で肩と膝裏に回された陸の腕を意識してしまう。どうしていいかわからず、わたしは部屋中に視線を巡らせた。
通話が切れ、ベッドの上に投げ出された陸のスマホと、床に落ちた掛け布団。どうやらわたしは、ベッドの上を動き回ったせいで床にはみ出ていた掛け布団を踏んだらしい。
そっか。転んじゃったわたしを陸が受け止めてくれたんだ。
「だ、大丈夫。ありがとう、陸……」
その時、気付く。陸は片膝を床に付いている。さっきの「ドンッ!」って音、もしかして陸はわたしを助けてくれた時に思いっきり床に膝をぶつけたんじゃ……。
「陸こそ大丈──」
「そう。よかったぁ……」
膝が痛いだろうに、心の底から安堵し微笑む陸。
……っ。陸は、優しすぎるよ……っ!
これが最後のひと押しだった。この一週間、陸と一緒に過ごし彼の人柄に触れた。優しくて誠実でユーモアもあって、それでいて一緒にいるだけで楽しくて安心する。わたしの弱さを受け止めて、わたしを自然体でいさせてくれた。
そんな彼に対して密かに芽生えていた恋心は今、苦しいほどに膨れ上がった──それはもう、今までみたいに見て見ぬふりができないほどはっきりと。
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