6.初めての二人の夜
*** 心矢小春視点 ***
そろそろ寝ようという話になり、わたしは勉強道具を片付ける。それから明日の時間割の準備をして陸の方を見ると、彼は問題集を手に持ったまま固まっていた。
「ん? 陸どうしたの? 寝ないの?」
「え? あーうん。寝るには寝るんだけど、どこで寝ようかなーって」
「あー……」
言われてみればこの部屋にはベッドが一つしかない。ここは居候の身として、ベッドは陸に譲ってわたしはソファーで寝よう。
「陸。それならわたしが──」
ちょっと待ってわたし。これ、陸をドキドキさせるチャンスなんじゃない!? 今までわたしばっかりドキドキさせられてた分、仕返しできるチャンスなんじゃない?
ニヤリ。わたしは口元を歪めて、ベッドの上に女の子座りする。そしてベッドをポンポン叩く。
「このベッドセミダブルなんだから一緒に寝てもいいんじゃない? それともなにー? 陸はわたしと一緒の布団だとムラムラして眠れなくなっちゃうのかなぁ?」
……これ、言ってる自分も恥ずかしいよぉー!
わたしは目を逸らしたくなるのも我慢し、陸に挑戦的な視線を送る。なのに──。
「いいの? 小春がいいなら俺は全然それで大丈夫だけど」
陸はちっとも照れた素振りを見せずに、平然と言ってのけた。
「なんでっ!? ……っていうか下ネタにノーリアクションはやめてぇー!」
「えー……そんなこと言われても今のは否定しても、嘘だーって言って肯定扱いされるタイプの質問でしょ? 俺の立場だとスルーするしかなくない?」
「まあそう言われればそうなんだけどさ……」
「それで結局どうする? 一緒のベッドが嫌なら俺はソファーで寝るよ?」
「いやいや! 家主をソファーで寝せて自分はベッドで寝るとかできないから! わたしがソファーに寝る」
「それを言うなら、いも──女の子をソファーで寝せて俺だけベッドを使うなんて、罪悪感で寝られないよ」
お互いの主張が平行線になり、沈黙が訪れる。その間わたしは、何かないかと部屋を見回す陸の横顔をじっと見つめる。
実際、一緒のベッドで寝るのはあり、かも……? なんでか陸からは下心を全然感じないし、認めたくないけど、陸はわたしのこと異性として見ていないし。女としてのプライドはすっごく傷つくけどね! ねっ!
「あ、あのさ陸」
「ん? 何かいいアイディア見つかった?」
わたしはTシャツの裾をギュッと握り、頬が熱くなるのを感じながら陸の目を真っすぐ見た。
「うん。今度は冗談じゃなくてさ、一緒にベッドで寝ない?」
「俺はいいけど……小春はそれでいいの? 無理してない?」
「だい……じょうぶ。陸とはまだちゃんと話してから一日も経ってないけど、陸に下心がないのはわかったから」
「そう……小春が信頼してくれて嬉しいよ」
そう言って陸はわたしの頭を撫でてくれる。彼の優しい手で撫でられると胸の奥が満たされて、どうしても口元が緩んでしまう。小さな悩みなどすべて忘れてしまうくらい、安心する。
そうして、陸はわたしが座っているベッドに体を寝かせた。続いてわたしも横になる。それから陸は、ベッドのヘッドボードに置いてあったリモコンを手に取った。
「もう電気消していい?」
「うん。いいよ」
ピッと電子音がして、部屋が暗闇に包まれる。カーテンの隙間から差し込む月明かりだけがわたしたちの足元を照らしていた。
わたしと陸は、言うまでもなく互いに背を向ける形となった。そしてわたしは目を閉じる。
…………寝れるわけないじゃんっ!
心臓の鼓動がうるさい。意識を手放そうとしても、緊張で火照った体に意識を明瞭にされる。心なしか呼吸も浅くて、掛け布団のきめ細かな感触が妙に鮮明だった。
「スゥ……スゥ……」
へっ!? 陸もう寝たの!? もうちょっと意識してくれていもいいじゃん……。
こうも異性として意識されないと、それはそれで傷つく。まあ襲われるよりは全然いいんだけどさ。
わたしはモヤモヤとした気分で体を起こし、ジト目で陸の寝顔を覗く。陸はほんの少しだけ口を開け、規則正しく息を吐いている。
……陸の寝顔、ちょっとかわいいかも。
さっきまでは頼れる優しいお兄さん的な言動を取っていた陸の、子どもっぽくて無防備な表情を見ていると、心の中のモヤが晴れていく。
それに、陸の頬柔らかそう……。
そう思った時には、わたしの指は自然と陸の頬に伸びていて──。わたしは欲望のままに彼の頬をちょんちょんとつついた。
やっぱり柔らかいなー。男の子の頬も柔らかいんだ。
「ふふっ……」
なんだが楽しくなってきて、ちょんちょん、ちょんちょんちょんと陸の頬をつつく。すると不意に、陸の目がパチッと開いた。
「なぁ小春、そういうのふつう逆だろ」
「わっ!? ごごごごめんっ! 起こしちゃった?」
や、やっちゃったぁ……!
「いいよ。それより小春もそろそろ寝ないと明日起きれなくなるよ?」
「う、うん……わかった。おやすみ」
「おやすみ」
わたしはシュンと肩を落とし、大人しく頭まで掛布団に潜る。
うぅ……恥ずかしいよぉ……。
羞恥心が全身を駆け巡り、わたしは布団の中で丸まって頭を抱えた。
これも陸の寝顔がかわいいせいだよー!
「だけど……」
だけど陸ってほんとにいい人だよね。優しいし下心もないし冗談にも付き合ってくれるし。料理もできて夢に向かって努力してるところもすごい。普段は頼りがいがあって、なのに猫舌だったり寝顔がかわいかったり、ツッコミの時だけ粗い言葉遣いになるところもギャップがあって親しみやすいし……。
「やっぱりわたし、陸のこともう好きに──ううん。まだ初日だし判断するのは早いって。いろいろあって勘違いしてるだけかもしれないし」
そうやって陸のことを考えていると、わたしの意識はいつの間にか眠りに落ちていた。
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