34.陸と小春の本音
俺は、長澤さんたちに不当なお願いをされている小春を教室から連れ出し、適当な空き教室に駆け込んだ。そして俺が教室の扉を閉めると、小春はニヤニヤとした目を俺に向けた。
「急にどうしたのー陸? こんな人気のないところに女の子を連れ込むなんて大胆だねぇー?」
けれど小春は緊張しているようで、浮かべた笑顔はいつもより硬かった。俺にも、小春の冗談に付き合う心の余裕なんてなかった。
「小春。さっきのあれは頷いちゃダメだよ」
「えっと……あれって何の事?」
「塚田さんに掃除当番押し付けられそうになってたでしょ」
「だけどそれは、塚田さんたちが部活で──」
「今日塚田さんたちの陸上部は休みだよ!」
「えっ……」
自分でも驚くほど大きな声が出た。小春は俺の声と内容に驚き息を呑む。彼女の目からは光が失われていく。
「それにこの前物理の実験道具を運んだ時だって、あの三人に部活なんてなくて、まっすぐ帰っていったんだよ! 小春はあの三人に都合よく利用されてるだけだよ」
小春。お願いだからこんなことはもうやめるって言ってよ……俺はもう、小春が辛そうにしているところを見たくないんだよ。
「そう……だったんだ……」
よかった。小春、わかってくれたの?
小春の口から絞り出された言葉に、俺は薄っすらと笑みを浮かべる。けれど、続く言葉は俺の予想外の物だった。
「だけどわたしはそれでもいいよ。ちょっと変な形かもしれないけどさ、わたしが誰かの役に立ってるならそれでいいんだよ」
小春は真っすぐに俺を見てそう言った──目の下に薄っすらとクマができた、ひどく疲れた笑顔を浮かべて。
「……っ!」
本当にそれでいいって思ってるならそんな辛そうな顔しないでよ!
「小春はどうして──」
声を荒げた俺は、ハッとして口をつぐむ。小春が制服の裾を握って、説教される子どものように俯いていたから。
バカすぎるよ俺。小春に当たってどうするの……。
俺はふぅ、と息を吐き、なんとか気持ちを鎮めて冷静になる。
それにしてもひどい気分……妹が悪い男に引っかかった気分っていうのもこんななんだろうなぁ……。
「どうして小春はそこまでして誰かの役に立ちたいの? 自分でも今の関係はおかしいって気付いてるんでしょ?」
俺はいつも通りの穏やかな声を出せたことに安心する。すると小春は恐る恐る顔を上げ、小さく呟いた。
「わたし、不安なんだよね。ほんとにわたしはそこにいていいのかなって……だけど誰かの役に立っている間だけはみんなわたしを見てくれた、必要としてくれた──わたしはここにいてもいいんだって思えたの。だから今のままでいいんだよ陸。わたしは今の状態で満足してるよ?」
そう言って力なく笑う小春は、今にも泣きだしそうで──気付くと俺は、小春の小さな体をギュッと抱きしめていた。
「へっ!? ……陸!?」
俺は、小春の顔を俺の胸に抱き寄せる。
「俺は嫌だ。辛そうにしている小春を見ると俺も辛いんだよ……だから長澤さんたちに利用されるのはもうやめてよ」
「陸……ごめんわたし、やっぱり今のままがいい──」
そう言って俺の胸から離れようとする小春を、俺はさらに強く抱きしめた。そして小春の目を見て、声を絞り出す。
「……俺じゃダメなの? 俺の隣は、小春の居場所にならないの?」
「陸の、隣……?」
すると小春は顔を上げ、盲点だったと言わんばかりに目を見開いた。俺は小春を離し、涙が一雫だけ残っている小春の澄んだ瞳を真っすぐ見つめる。
「俺は小春と一緒にいると楽しいよ。努力家で明るくて、家事もできて頼りになる小春ももちろん好きだけど、朝に弱くてすぐに大量買いしそうになる、頼りにならないダメダメな小春もかわいくて、見てて癒されるんだよね」
「……っ!?」
小春の顔が耳まで真っ赤に染まった。俺は小春の耳と頬の辺りに右手を添え、続ける。
「だから小春。小春は誰の役にも立たなくたっていいんだよ? 俺も栞も恭平も、小春が役に立つから仲良くなったわけじゃない。小春が小春だったから友達になったんだよ」
「もも、もういいよ陸っ! もうわかったからこれ以上は恥ずかしいよぉー!」
小春はあわあわと口を歪ませ、慌てた素振りで手を振り俺を止めようとする。
よかったぁ……小春、わかってくれたんだね。
俺は嬉し泣きしそうになるのをグッとこらえて、小春の頭をワシャワシャと撫でる。くすぐったそうに、太陽のように眩しく微笑む小春を見ていると胸がいっぱいになる。けれど俺はもうひとつだけ小春に話したいことがあった。
「それにクラスの女子の中にだって、見返りとか利用価値とか関係なく小春と仲良くなりたいって思ってる人がいるよ? 小春は気付いてた? 百合川さんとか上野さんとか、用事がなくても小春に話しかけてくれてた人もいたでしょ?」
「……あっ、確かに! 言われてみればそうかも」
元通りの、小春の少し弾んだ声を聞くだけで口元が緩んでしまう。俺も浮かれているのか、小春が人差し指を唇に当てて考える仕草もひと際かわいく見えてくる。
もっと早く、こうしておけばよかったのかな……。
「でしょ? だから小春、みんなにありのままで向き合ってみよう? 嫌なものは嫌だって言って、楽しいことはみんなで共有して──きっと今より楽しくなるよ?」
「だけどわたし、今まで頼みごと断ったことないからどうやって断ればいいのかわからないかも……」
「それは少しずつ覚えていけば大丈夫だよ」
俺は兄として、妹の成長を支えたい。小春が俺や栞の隣以外にもたくさん居場所を見つけるまで、ずっと隣で支えてあげたい。そのためにも長澤さんたちをどうにかしないとね。でも今はそれよりも──。
俺は小春の頭にそっと手を置き、伝えておきたい言葉を紡ぐ。
「俺、ずっと小春と一緒にいるから、いつでも頼って甘えてね?」
「うんっ!」
小春は頭に置かれた俺の手を取る。そして、今までで一番明るく、最高にかわいい笑顔を咲かせた。が、直後──。
「……んっ!? 陸それって告──」
小春は急に驚いた声を出して、かと思えば口を塞いだ。
……どうしたんだろう? 俺何か言ったかな?
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