33.我慢は終わり
小春と映画を見に行った次の週。三連休を挟んでなお小春に対する長澤さんたちの当たりは強くなっていく一方だった。
「あのさー千草。ほんとに心矢さんにあんな他の味方してよかったの?」
移動教室から一年二組の教室に戻る際、俺が廊下を歩いていると前を歩く二人組の女子の会話が耳に入る。
「いいっていいって。長澤たちだって心矢をこき使ってるけど、心矢は今まで以上にいろいろやってくれてるじゃん。私たちだけ頭下げて頼み込むのもなんか変でしょ?」
「そうだけど……」
千草と呼ばれたクラスメイトの女子が、さっき小春に教えてもらっていた問題集をヒラヒラさせながらケラケラと笑う。
長澤さんたちの影響で、他の女子たちも小春に対する当たりが強くなってるのか……。
ただ、中には小春がこき使われていることに怒りや嫌悪感を覚えてくれている女子もいる。けれどそういった女子生徒は少数で、とてもクラスの雰囲気を変えられるとは思えない。
けれど、状況次第では小春の味方になってくれそうな女子が栞以外にもいるっていうのは大きい。俺がどうにかしてクラスの雰囲気を小春を守る側に傾けられれば、あとはどうにかなるのかもしれない。
でもそんなのどうやって……俺ってクラス内でただのぼっちなんだよなぁ……。
俺は連休中もずっと現状を打開する方法を考えてきたけれど、どうしても小春を助ける方法が見つからない。そもそも小春が現状をよしとしている時点で、俺のこれはただのお節介なんじゃないかって何度考えたことか。
でも、たとえこれがお節介だとしても、小春の疲れて辛そうにしている表情をこれ以上見続けるのは嫌だ。何か早く方法を思いつかないと……。
そうやって考え事をしながら教室に戻ると、またも長澤さんたちが小春を取り囲んでいた。
「心矢この答え見せてくれない? 昨日時間なくて宿題終わらなくってさー。映してもいいでしょ?」
「うん。いいよ。だけど次からはちゃんとやろうね?」
「はいはーい」
長澤さんが適当な返事をすると、間髪入れずに今度は安藤さんが質問する。
「さっきの実験の考察わかんないんだけど、心矢なんて書いた?」
以前から小春は女子たちから次々とくる質問やお願いを次々とこなしていた。けれど最近は、頼みごとの内容が宿題の丸写しや掃除や係仕事の押しつけなど、どんどんひどくなってきている。
それでも小春は嫌な顔一つせず、要望に応える。ファイルから実験プリントを取り出し、考察を書くヒントを言う。
「わたしはここの結果を見て──」
その時だった。椅子に座っている小春の体が大きく左に傾いたのは。
小春!?
俺は椅子から腰を浮かせ、虚ろな目をした小春の元へ駆け寄ろうとして──踏みとどまった。小春がハッとして、ギリギリで体勢を持ち直したから。
長澤さんたちはそんな小春の様子に全く気付かない。そして容赦なく塚田さんが次の頼みごとをぶつける。
「あたしたち今日部活のミーティングあるんだよねー。心矢、掃除当番代わってくれない?」
あれ? 塚田さんたちは三人とも陸上部で、今日陸上部は休みだったはずだよね……まさかまた嘘ついて小春に面倒な仕事を押し付けるつもりなの?
腹の底から荒れ狂う感情が湧き上がってきて、俺は爪が食い込むほど拳を握り締める。
小春はもう限界だ。小春は今も上の空で、塚田さんの話を聞けていない。
もう……我慢できないっ!
小春の願いとかクラスの雰囲気とか関係ない。俺が今からすることは小春のためじゃなくて自分のため──これ以上辛そうな小春を見たくないからやるだけだ。
結果的に俺が小春に嫌われることになってもいい……それでも俺は、これ以上無茶して小春が倒れるところなんて見たくない!
俺は俺の中を駆け巡る激情とは裏腹に、自分でも驚くほど静かに椅子から立ち上がった。
「ん? ねぇ心矢聞いてんの?」
ボーっとしている小春に、塚田さんが詰め寄る。すると小春は我を取り戻し、慌てて返事をした。
「えっ? あっ、ごめん。もう一回言ってくれないかな?」
「だから、部活のミーティングあるから私たちの掃除当番代わってって言ってるじゃん」
「あーうん。そういうことならわたしが代わ──」
「小春っ! ちょっとついて来て」
俺は小春の手を取り、半ば強引に立ち上がらせた。
「はえっ!? 陸!? ちょっ……えっ? どうしたの!?」
クラス中から一気に視線が集まってくる。
「おい。今心矢さんが志喜屋のこと陸って……」
「あの二人どういう関係なんだ?」
「俺も心矢さんに下の名前で呼ばれてぇよ」
男子からの、嫉妬の混じった訝しげな視線。
「あれどういうこと?」
「いきなり手掴んでくるとか最悪」
「でも心矢さんも名前呼びしてるし、もしかしたら志喜屋くんが心矢さんを助けてくれるかも……」
女子からの疑いと期待の視線。俺は全て無視して小春だけを見つめる。
「いいからついて来て」
「だけどもうすぐ六時間目が始まっちゃうよ?」
「一緒にサボろう。いいでしょ?」
「う、うん……でも陸、なんだかすっごく強引だね……」
小春は胸に手を当て、小さな声で頷く。それを見て俺は、俯きがちに頬を赤らめる小春の手を引き、小走りで教室の入り口へと向かう。
「はっ? 何あいつ」
「キモっ」
「マジないわ。ダル」
三人からの光の灯らない冷たい視線も無視して、俺は小春をつれて教室を抜け出した。
この話を読んでいただきありがとうございます!
もちろんこれから長澤たちへのざまぁ展開もありますのでご安心ください!
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