32.小春のための夜ご飯
「わぁー。おいしそー!」
風呂から上がってきた小春は、食卓に並べられた夜ご飯を見て声を上げた。
「もうちょっとでできるからね」
俺はフライパンで麻婆豆腐を煮立たせながらそう言うと、麻婆豆腐に仕上げのごま油を回し入れる。濃厚で、いかにも辛そうな刺激的な香りが鼻腔をくすぐった。
「小春、できたよー」
「おー! 麻婆豆腐もおいしそう。今日の夜ご飯は気合入ってるねぇー」
食卓の上には麻婆豆腐、チンジャオロース、米、そしてみそ汁が並べられている。
「じゃあ食べようか」
「うん。いただきますっ!」
小春は手を合わせ、麻婆豆腐に蓮華を入れる。
「麻婆豆腐はおかわりもあるから、ゆっくり食べてね」
おいしそうに頬を緩める小春にそう言って、俺も麻婆豆腐を口に入れた。
麻婆豆腐を飲み込んですぐ、小春は米を食べる。さらに米を飲み込んですぐにまた麻婆豆腐口へと、小春は米と麻婆豆腐の食べ合わせを最大限活かそうと蓮華を進める。
あっ、口にスープ付いてる。
「小春。こっち向いてくれない?」
「ん? なにー?」
「じっとしててねー」
「んん……!?」
小春が顔を上げると、俺は小春の口に付いた麻婆豆腐のスープをティッシュで拭った。
「へっ!? もしかしてスープ付いてたっ!?」
「うん」
「うぅ……恥ずかしいよぉ……」
小春は前髪を弄って目を逸らす。そんな小春の頬を、俺はぷにぷにとつついた。
「フフッ……だからゆっくり食べてねって言ったのに」
「ま、まあでも? わたしほどの美少女には弱点の一つくらいあった方が親しみやすいんじゃないかなーなんて思うわけですよ!」
目を閉じ、苦笑いを浮かべる小春がえっへんと胸を張る。対して俺は小春にジト目を向けた。
「ひとつ?」
「ひとつだよひとつ! 美少女の前には散財癖も朝に弱いことも口にスープを付けたことも全部ひとつになるのですっ!」
「暴論にもほどがある……」
「さ、さぁてと、次はチンジャオロースでも食べよっかなー」
小春は強引に話を終わらせ、チンジャオロースを食べようとする。が、そこで手を止めた。
「あれっ? わたしのチンジャオロースにピーマン入ってない?」
「うん。今日だけは野菜嫌いに目をつぶろうかなって思ってね。麻婆豆腐の野菜は仕分けられなかったけど、残した分は俺が食べるよ」
「やったぁ! ありがとう陸。あっ、だけど麻婆豆腐の野菜は大丈夫だよ?」
「あーそう言えば小春って、激辛カレーの時もニンジンとか平気そうにしてたね。もしかして──」
「うん。陸が思ってる通りだよ。わたし、なんでかよくわからないけど辛い物に入ってる野菜なら食べられるんだよねー」
「それって辛さで味覚が麻痺してるだけなんじゃ……」
そんな俺のツッコミは小春の耳に届かない。すると小春はあっ、と何かを思いついたように口を開けた。
「そうだ陸。これからわたしに野菜を食べさせる時は辛い料理に混ぜてよ。七味を振りかけるだけでもいいからさっ! ねっ! いいでしょ?」
小春は「どぉ? 天才の発想でしょ?」と聞こえてきそうな得意顔でピースサインをチョキチョキと動かす。
「それってつまり、子どもが苦手なものにマヨネーズをかけて食べるのと同じ感覚?」
「あー。言われてみればそれだね。……早速試してみてもいい?」
俺が頷くと、小春は俺のチンジャオロースからピーマンを一つとり、キッチンから七味唐辛子を持ってくる。そして、ピーマンの表面が真っ赤になるまで七味をかけた。
「いやかけすぎでしょ!」
「えー? でも中途半端な辛さじゃダメなんだよ?」
きょとんとした声を出し、小春はコテンと小首を傾げる。なぜツッコまれているのかわからないといった様子の小春を見て、お人形みたいでかわいいなんて臭いフレーズが浮かんだけれど、俺はさっきと同じツッコミをせずにはいられなかった。
「それってやっぱり辛さで味覚を麻痺させてるだけだろ……」
「ん? それって何か悪いの?」
「うーん……よくわからないけど、味覚障害になりそうじゃない?」
「大丈夫だよー。この間のカレーに比べれば七味くらいの辛さはノーカンだって」
うん。すごい説得力だね。
この前四人で遊んだ帰りに小春と寄ったカレー屋で食べたカレーの辛さを思い出すと、それだけで冷や汗が出てきた。
俺が自然と出た苦笑いを浮かべていると、小春は七味をかけたピーマンを躊躇うことなく頬張る。
「うん! 大丈夫だよこれ。これなら野菜も食べられるかもっ!」
小春は口端に七味を付け、無邪気に笑う。
「ハハ……よかったねー」
小春が苦手な野菜を克服したことは嬉しいはずなのに、俺は苦笑いしか浮かべられなかった。
***
「陸おやすみー」
「おやすみ、小春」
俺は小春とベッドに並んで横たわり、掛け布団をかけた。電気を消してしばらくすると、小春の静かな寝息が聞こえてくる。
……眠れない。
どうにも小春が今置かれている状況が頭を離れず、目が冴えてしまった。上体を起こし、月明かりに照らされた小春の寝顔を覗き込む。見ると小春はどこか楽しげに微笑んでいた。楽しい夢でも見ているのだろうか。
「やっぱり、小春は笑顔の時が一番かわいいね……」
俺は小春の頬をぷにぷにとつつき、それからサラサラの髪と柔らかい耳をそっと撫でる。すると小春は眠ったままくすぐったそうに身を捩った。
本当に、俺には何もできないのかな……もっともっと考え尽くせば何かいい方法が見つかるんじゃないの?
俺はプログラミングや姉さんからの書類仕事で培ってきた問題解決能力を余すことなくフル稼働させて考える。だがそれでも、小春の「誰かに頼られたい」という願いを邪魔せずに現状を打開する方法は見つからない。
結局俺はその日、ほとんど寝ることができなかった。
この話を読んでいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、
ブックマーク登録や感想、
↓の「☆☆☆☆☆」をタップして、応援していただけるとうれしいです!
星はいくつでも構いません。評価をいただけるだけで作者は幸せです。




