3.心矢さん、冷静になる
*** 心矢小春視点 ***
「心矢さん。次風呂いいよ」
入浴前の日課である筋トレを終え、ソファーでぼんやりと夕方のニュース番組を眺めていたわたしに、志喜屋くんは声をかけてきた。
「おっけー。じゃ、志喜屋くんの料理、楽しみにしとくね!」
「あ、ちょっと待って。心矢さんって何かアレルギーとかある?」
そう聞かれて、わたしは前髪をクルクルと弄りながら斜め上を見る。
「うーんと……アレルギーはないけど苦手なのはトマトとピーマンとニンジンと──」
「野菜はちゃんと食べなさい」
「あははっ! 志喜屋くんお母さんみたいなこと言うなぁ」
「これ、冗談じゃないんだけど」
「えー。今日くらいいいじゃん! 今日は記念すべき同棲記念日なんだからさっ!」
ジト目を向けてくる志喜屋くんに、同じくらい目を細めて非難の視線を返す。すると志喜屋くんは頭をかいて、笑いを含んだため息を吐いた。
「……しょうがないなぁ……今日だけだよ」
「はーい!」
わたしは脱衣所の扉を開け、服を脱ぐ。そして浴室の扉を開け、昨日までとは違う風呂椅子に座りシャワーを浴びる。
それからシャンプーのふたを押す。けれどシャンプーは出てこない。切れているようだ。どうしようかと周りを見ると、志喜屋くんのシャンプーが目に入った。
「……あとで言えばいいよね?」
わたしは志喜屋くんのシャンプーを使わせてもらい、丁寧に髪を洗う。それから顔と体を洗って湯船に浸かり、ふぅ……、っと一息ついた。
「…………あれっ!? わたしとんでもないことしてないっ!?」
よく考えてみれば、他に行くところがないとはいえ、わたし今、ほとんど話したこともないクラスメイトの男の子と同棲してるっ!? それってもうビッチとやってること変わんなくない!?
「心矢さーん! 風呂の温度大丈夫ー?」
遠くから突然聞こえてきた志喜屋くんの声に、肩が跳ねる。心なしか顔が熱い。
「だ、だだだ大丈夫ー!」
そうだよ大丈夫だよっ! これは仕方ないことだもん! だって志喜屋くんの部屋に止めてもらわないと野宿だよ? だからわたしは断じてビッチでも軽い女でもありません!
「それに、志喜屋くんからは少しも下心を感じないんだよね……」
今まで数えきれないくらい告白されたし、男の子に優しくされることも何度もあったけど、その人たちはみんな下心が透けて見えた。
あーこの人わたしの体目当てなんだろうなー、とか、わたしと付き合って自分の株を上げたいだけじゃん、とか。
けれど、志喜屋くんからはそういう感じがしない。うまくは言えないけど、ただただ親切でわたしを部屋に入れてくれてるってわかる。
あれだけダメダメなところを見られたのに、志喜屋くんがわたしを見る目は変わらなかった。普段は言わないようにしてる下ネタっぽい冗談にだって付き合ってくれて──。わたしの学校での評判とか外見とかじゃなくて、ちゃんとわたし自身を見てくれている気がする。
それに冗談ついでに頭をポンポンされた時だっていやらしさなんてまったくなくて、むしろ心地よかった。
しかも部屋はきれいで家事もできて、さっきだってわたしが午後の勉強している間にいつの間にか食材を買ってきたくらい志喜屋くんは有能で。話していると優しい人なんだなーっていうのが伝わってきて頼りになるし、なんだか一緒に居ると安心する。
「そうだよ志喜屋くんなら大丈夫だよ。もう考えるのはやめやめっ!」
パンっと手を叩いて思考を切る。それから湯船に肩を沈めて天井を見上げた。同年代の男の子との同棲──そんな非日常的な状況に吹っ切れて、すっきりした。が、同時に別の疑問が沸き上がる。
「ん……? ……っていうか、志喜屋くんはなんであんなに落ち着いていられるの? わたしってそんなに魅力ない!?」
これでも自分磨きはしてきたつもりだし、急にわたしと一つ屋根の下で暮らすってなったのに全然動揺してくれないなんて、わたしだって女としてのプライドが傷つく。
まってろよ志喜屋くん……絶対ドキドキさせてやるー!
わたしは拳を握り締めて決心し、浴室を後にする。それから体を拭いた後、髪を乾かしている時にふと思う。
「でも志喜屋くんってどうしてここまでよくしてくれるんだろう?」
元から仲が良かったわけでもなく、下心でもなければお金とかの対価を求められるわけでもない。本当に曇り一つない善意なのだろうか?
「なんかわたし、志喜屋くんに興味湧いちゃったかも」
彼がどんな考え方をする人なのか。何が好きで何が嫌いなのか。これからもっと知っていこう。わたしの素の姿を見ても態度を変えない彼に少しだけ甘えながら、わたしも彼に恩返しをしていく。そんな関係を築いていくのもいいかもしれない。
「ふふっ。これから楽しくなりそうだねっ? 志喜屋くん」
その頃、知らずの内にクラスの美少女の信頼を勝ち取っていた志喜屋陸はというと──。
「妹のために作る初料理なんてテンション上がるなー! 美味しいって言ってくれるかな?」
なんて考えながら、テンションマックスでフライパンを振っていたのだった。
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