2.同棲準備
「ここが志喜屋くんの部屋かぁ……わたし、男の子の部屋って初めて入ったよ」
キッチン、風呂、トイレ、ベランダ付きの、そこそこ広いワンルーム。その中心で興味深そうにキョロキョロしている心矢さんは、中学ジャージに寝ぐせだらけの髪にも関わらず絵になっていた。
心矢さん、だいぶ落ち着いてるね。よかった。
これでも俺は、わけあって人の本心を見る目には自信がある。我が妹──コホン。今の心矢さんは、むしろ学校にいる時よりも自然体だった。
危ない危ない。心矢さんイコール妹って思い込みは成功してるけど、口走らないように気を付けよう。
流石の心矢さんも、話したばかりの男に妹って言われたら引くだろうし。
「男の子の部屋って思ってたよりきれいなんだねー」
「うん。掃除はちゃんと毎日してる──っておい、何流れるようにベッドの下覗いてるんだよ……」
心矢さんが落ち着いていると言ったのは取り消そう。どうやら変な緊張はしていないけれどテンションは高いらしい。
「えへへっ……! 一度こういうのやってみたかったんだよねっ」
ベッドの下から顔を上げた心矢さんはそう言って舌をチロリと見せる。そんな彼女のかわいい仕草に思わず口元が緩んだ。
「だいたい、今時そういうの紙で持ってる人なんてそうそういないでしょ」
「おやぁ? ということは志喜屋さん、そのポケットにあるスマホにはあなたの性癖が詰め込まれていると?」
おどけた口調で目を細める心矢さん。その姿は戯れてくる小動物のようにかわいらしくて、思わず口元が緩む。
「フフッ……そうだとしても見せないよ?」
「むぅ……わたしとしては志喜屋くんにもっと慌ててほしかったんだけどなー」
「はいはい」
俺は心矢さんの冗談を軽く受け流し、拗ねて口をすぼめる彼女の頭をポンポンと撫でた。
心矢さんって元々明るいイメージはあったけど下ネタっぽいことも言うんだ。ちょっと意外……。
「とりあえず、心矢さんの部屋から荷物運ぼう?」
「そうだね」
そうして俺と心矢さんは協力して家具や日用品を運んでいく。使わない家具は収納やベランダに、古くなった物、必要のない物は処分業者に出すため玄関に運んだ。
ちなみに言うと、今日は前期期末テストが終わった直後の月曜日で、先生たちがテスト採点するための振替休日となっている。おかげで、同棲生活の準備に時間を当てられた。
「志喜屋くんお疲れー!」
「心矢さんもお疲れ様」
二時間かけて引っ越し作業を終えると、ビジネスホテルみたいに白黒基調だった部屋の印象は大きく変わった。
温かみのある木製の二人掛け食卓、アクセントになる薄ピンクのタンス。キッチンには心矢さんの分の食器も並び、クローゼットには心矢さんの分の服もかけられていた。他にもゲーム機やカバン、洗面道具などが増えている。
自分の物ではない物が増えた室内を見ていると、同棲の実感が濃くなっていく。
「それにしてもすごいね心矢さん。細いのに力持ち」
そう。心矢さんは家具を運ぶ時、男の俺でも重いと感じるものを平然と持っていたのだ。
「えっへん! これでも体育で情けない姿を見せないように鍛えているのですっ!」
「へぇー。そうなんだ」
右腕で力拳を作るポーズをして胸を張る心矢さん。けれど彼女の白く細い腕からは、力拳は申し訳程度しか出ていなかった。──が、それはそれでかわいい。
「……荷物運びも終わったことだし、とりあえず昼ごはん食べようか。俺が何か作るよって言いたいところだけど、今食材切らしてるんだよね……ラーメンでもいい?」
「もちろんいいよー! わたしも手伝おっか?」
「いいよ。余りのネギ入れて茹でるだけだから」
「そっか……」
「心矢さんも疲れたでしょ? ラーメンができるまでのんびりしてて」
「うん。ありがとう志喜屋くん。……けどこれからはわたしがご飯作るよ? 居候させてもらってるんだもん」
「気持ちは嬉しいよ心矢さん。でも任せっぱなしってのも悪いし、心矢さんも料理できるみたいだから家事は当番制にしようか」
「おっけー! じゃ、そうしよう!」
それから十数分かけてインスタントラーメンを作り、心矢さんの部屋から運んできた木製食卓に並べた。
「いただきますっ!」
そう言って心矢さんは髪を押さえ、みそラーメンを啜りだす。その姿は、心矢さんが妹じゃなかったら(妹だと思い込んでいなければ)一目ぼれしてしまいそうなほどかわいくて色っぽかった。
やっぱり心矢さんってすごいかわいいなぁ……。流石は我が妹! ……なんてね。
一切の下心なく心矢さんを眺めながら、俺もしょうゆラーメンの麺を箸で摘まみ、冷ますのも忘れて口に入れ──。
「熱っ……!」
思わず声を上げ、麺を器に戻す。舌を軽く噛んで火傷の痛みを紛らわしていると、不意に心矢さんと目が合った。
「志喜屋くんって、もしかして猫舌?」
「う、うん……」
「へぇー。そうなんだー……」
両手で頬杖を突き、妙に柔らかい笑みを浮かべる心矢さん。なんだろう? と思いながらも、俺はとりあえず舌を冷やそうと水を飲む。
「志喜屋くんもかわいいところあるじゃん」
「……っ!?」
「からかわないでよ」って言いたかったけれど、口の中の水が邪魔してすぐには反論できない。俺は水を飲み込んでから心矢さんにジト目を向けた。
「今、俺が言い返せないタイミング図ってただろ……」
「ふふっ。バレた?」
「バレバレだよ」
してやったりといった表情の心矢さんに呆れた視線を向け続ける。そうしていると、俺も堪え切れずにフッ……と笑ってしまった。
──と、しばらく笑い合い、場も和んだところで本題に入る。
「じゃあそろそろ、当番とか決めようか」
「おっけー! あ、それと生活リズムも確認した方がいいかも。寝起きの時間とか違ったら、目覚ましとか灯りとか大変でしょ?」
「そうだね。それも確認しよう」
そうして俺たちは話し合う。
心矢さんが寝るのは零時ごろで起きるのは朝の六時。俺も寝るのは零時だが、朝は六時半くらいだからそこは心矢さんに合わせることにした。話しているうちに、風呂入ってから夕食食べる派っていう共通点を見つけられて嬉しかった。
「次、当番だけど、心矢さんはバイトやってるんだっけ?」
「うん。シフトは火曜、金曜、土曜だよ」
「そう……ならその日は俺が料理作るよ」
「だったらわたしは他の日だね。掃除洗濯ゴミ出しはその日料理当番じゃない方ってことでどうかな?」
「掃除とゴミ出しはそれでいいよ。でも洗濯は……俺はいいけど心矢さんは大丈夫?」
「へっ? 何が?」
食卓に置かれた当番表を見ていた心矢さんは顔を上げ、コクリと首を傾げる。
あ、心矢さん下着の問題に気付いてないな。……ちょっと、からかいたいかも。
愛らしい生き物を見ていると弄りたくなるのが人間というもの。俺は口端が上がりそうになるのを堪えながら、考える人さながらに顎に手を当て、おどけた口調で言ってみせた。
「なるほどつまり、心矢さんは同年代の男に下着を見られることに何の抵抗もない痴女ってことかな?」
「はえっ……!?」
俺の言葉を聞いた途端、心矢さんはフリーズした。そして、ボンッと顔を真っ赤に染め上げた。
「わ、わわわわたしそんな痴女じゃないしっ! そ、そういう志喜屋くんこそわたしの下着を見たいんでしょー?」
「いや別に。心矢さんの下着になんて興味あるわけないでしょ」
「それはそれで失礼だよっ!!」
恥ずかしがる顔もかわいいなぁ。心矢さんって反応いいからからかい甲斐があるなぁ……。でも、やりすぎも良くないよね?
「フフッ……ごめんごめん。からかいすぎた」
「もぉ……」
頬を赤らめながら不機嫌そうに見つめてくる心矢さんの視線を受け流し、俺は話を戻す。
「それより、結局洗濯はどうしようか? 二人別々にする?」
真面目な話に戻ると、心矢さんも一息吐いて切り替えてくれた。
「ううん。志喜屋くんさえよければ洗濯は全部わたしがやるよ? 家事半々だと、居候させてもらってる身としては肩身が狭いから」
「そう……ならお願いするね」
「うん! 任されたっ!」
可もなく不可もない大きさの胸をドンと叩き、親指を上げる心矢さん。そんな彼女を見ていると胸の奥が温かくなって、また表情が緩んでくる。
心矢さんも自然体でいてくれるし、これからは楽しい同棲生活になりそうだ。
この話を読んでいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、
ブックマーク登録や感想、
↓の「☆☆☆☆☆」をタップして、応援していただけるとうれしいです!
星はいくつでも構いません。評価をいただけるだけで作者は幸せです。




