28.二人だけのアフターデート
「小春。もしかして行きたい店って、ここなの……?」
「うん。そうだよ」
四人での遊びも終わり、俺は小春の案内である飲食店の前に立っていた。その飲食店の名前は──「激辛カレー地獄」。
「小春って、俺が辛いもの苦手なの知ってたよね?」
俺は苦笑いを浮かべ、隣にいる小春に抗議の目を向ける。が、小春は「えー? なんのことー?」とニヤニヤした上目遣いを向けてくる。
「この店は最近できたみたいで、辛い物好きには人気なんだってー」
俺の抗議を受け流し、小春は店の古風な引き戸を開ける。その瞬間、ツンとした唐辛子の刺激臭が鼻腔を突いた。
「おー! すっごく辛そうだねっ!」
もう目が痛いんだけど……。
辛い物好きの小春が弾んだ声を上げる。そんな中俺は息を呑み、覚悟を決めて足を踏み出した。
「らっしゃい! お好きな席へどうぞ」
若い青年店員に促され、俺と小春はカウンター席に並んで座った。店内にはカウンター席しかなく、他の客はすれ違いで出ていったおじさんだけ。彼は汗だくで天にも昇りそうな満面の笑みを浮かべていた。その様は、とても正気とは思えなかった。
この店怖い……。流石に辛さ控えめのメニューも一つくらいあるよね?
「えっと、小春は何にするの?」
俺と小春は肩を寄せ合い、同じメニュー表を覗き込む。メニューには「辛口」、「激辛」、「地獄」、「地獄の向こう側」の四種類のカレーしか載っていない。文字だけしか書かれておらずどんな見た目をしているのかわからないのがまた怖い。
「もちろんこの『地獄の向こう側』だよ! 陸も一緒に頼もっ?」
「無理。俺死ぬよ?」
「あははっ! 陸は大袈裟だなぁー」
俺にとっては大袈裟じゃないんだけどなぁ……。本当に味覚が死にそうだよこれ。
「俺は辛口にするよ」
俺は渋々、一番マシな辛口を指差した。
「おっけー! じゃあ陸にはわたしの地獄の向こう側を一口分けてあげましょう」
「丁重にお断りさせていただきます!」
なんだか久々に本気で声を荒げた気がするよ……。
そんなこんなで注文を終え、地獄の向こう側を食べさせようとする小春をいなし続けること十分弱。
「お待ちどう! こっちが辛口──」
店主らしき屈強な中年男性の手によって俺の前に置かれたのは、比較的普通のカレーだった。
でもなんで一味唐辛子かかってるんだよ。
俺の辛口も割と本気のツッコミをするくらいには辛そうだったけれど、次の瞬間、辛口はまだまだかわいい方だったと思い知る。
「──そんでこれが、地獄の向こう側だ」
「おー! まさにって感じだね……」
「えっ……? ……それって本当に食べられるものなの……?」
作った本人がいるのにそう言うのは失礼だとわかっているけれど、そう言わずにはいられなかった。なにせ小春の前に出されたカレールーは真っ赤に染まっており、溶岩のようにブクブクと煮え立っていたからだ。
見ているだけで背筋が凍り付き、冷や汗が止まらなくなる。
「こ、小春。それ本当に食べるの?」
「もちろんだよ! この匂い、いい汗かけそうだと思わないっ?」
「ハハハ……」
むしろべったりした嫌な汗かきそう……。
目をキラキラさせてスプーンを手に取る小春に、俺は頬を引き攣らせた。
***
「ふぅ……辛かったぁー!」
先に食べ終わった小春は汗だくになりながらも幸せそうに天を仰ぐ。彼女は汗が煌めく喉を動かし、ゴクゴクと水を流し込んでいた。
途中でパーカーを脱いでラフな白Tシャツ姿になっている小春は、汗が染みたTシャツの首元をパタパタしている。今の小春はあまりに無防備で、見てるこっちがハラハラする。
それにしても辛いなーこれ。
俺の辛口カレーは残り四分の一くらいだけど、すでに水を五杯もおかわりしている。そのくらい、水で流し込まないと食べられない辛さなのだ。
俺は覚悟を決めてカレーを口に入れると、口の中を焼かれているような感覚に襲われた。香辛料の辛い匂いが喉の奥を刺激しむせそうになる。
俺は急いで米を飲み込める大きさに噛んで、水で流し込んだ。
「陸。それそんなに辛いの?」
「うん。これ、辛すぎるよ」
「そうかなー? わたしにはそんなに辛そうに見えないんだけどなぁー」
「いやいや、すごく辛いって」
「ふぅん。そこまで言うなら一口ちょうだい? わたしが判定してあげるっ!」
そう言って小春は目を瞑り、口を開ける。
「わかった」
俺はカレーをすくい、小春の口に入れた。すると小春はカレーを舌の上で転がし、ゴクンと飲み込む。そして小春は顎に手を当て、芝居がかった動作で頷いた。
「ふむふむ。いかにも辛い物初心者向けって感じの味だねー」
これで初心者向けなのか……やっぱり俺には辛い物は無理だなぁ……。
その後も俺は水だけを頼りに箸を進め、なんとかカレーを食べきった。
***
「小春は今日楽しかった?」
今、俺と小春は並んでまばらな街灯に照らされた住宅街を歩いている。
「うん! 友達と遊びに行くなんてすごく久々で楽しかったよっ!」
街灯に照らされて鮮やかな笑顔を浮かべる小春に、俺も微笑む。
「そう。それならよかったよ」
栞とは仲良くなれたみたいだし、これからも小春に友達が増えるといいね。
しかし俺の願いとは裏腹に、連休明けの教室の雰囲気は小春にとって悪い方へと変わっていく。
*** ???視点 ***
「ほんと、心矢って便利よね」
「でもムカつく。いっつも男子に色目使ってさー」
「そうそう! あたしなんて、気になってた河野内くんが心矢に向かって鼻伸ばしてたんだよ? 酷くない?」
とある女子の部屋で、小春の陰口を言い合う三人。ポニーテールとショートヘアと癖毛のミドルロングの髪をした彼女らは、いつも教室で小春に勉強を教えてもらったり、委員会の仕事を手伝ってもらったりしているメンバーだ。
「……ねぇ二人とも。もう心矢なんかに下手に出る必要なくない? 気遣わなくてもどうせあいつは人の頼み断れないでしょ?」
「つまり、調子乗ってる心矢に自分の立場をわからせようって話し? いいねそれ。私乗った!」
「あたしもサンセー。あたしから河野内くんを奪った泥棒猫は散々利用してから捨ててやる」
「ねね怖ー」
醜い志を一つにし、耳障りな笑い声を上げる三人だった。
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