25.陸と恭平
「ははっ……そうか。陸は相変わらずお姉さんに尻に敷かれてるんだな」
小春と栞がトイレに立って、俺と恭平はフードコートで他愛のない会話をしていた。
「そう。でもそのおかげで生活費をくれるから助かってはいるけどね」
「それはいいよなー。おれは家賃は親が払ってくれるんだけど生活費はバイトで稼いでるからな」
それにしたって押し付けてくる仕事の量が多すぎる!
この前押し付けられた仕事なんて一日四時間やってたのに二週間近くかかった。学生にやらせる量じゃないよ。しかも昨日また書類送られて来たし。
俺が内心姉さんへの鬱憤を叫んでいると、恭平は水を一口飲み、目の奥を光らせる。
「それでさ──」
恭平はからかうように目を細め、肘をついてテーブルに乗り出す。そして囁いた。
「陸、心矢さんとはどこまで行ったんだ?」
「いやいや、俺と小春はそう言う関係じゃないって言ってるでしょ」
「そんなわけないだろ。今までほとんど接点なかったおまえと心矢さんがいきなり名前呼びでべったりくっついてるんだぞ? 隠してないで話せよ」
「それは──」
小春と一緒に住んでるから。とは言えない。このタイミングだと小春の許可を取れないし、なにより恭平は絶対からかってくる。故に、俺が取る選択肢は一つ──はぐらかす。
「──それより恭平はどうなの? 栞とはうまくいってる?」
そう言った俺は、目を逸らし絡ませた両手の指をせわしなく動かすという、はぐらかす時の癖全開だった。
だというのに黙ったままでいる恭平。気になって視線を戻すと、恭平は頬杖を突き、健気にがんばる幼児を見るように優しく見守る微笑みを浮かべていた。
「あからさまだなぁ陸は。もう少しうまく話逸らせないのかよ?」
「うっ……」
「ははっ……まあ陸が話したくないんなら無理にとは言わないさ」
「そうしてくれると助かるよ」
助かったぁ……。
俺は、小春との関係を誤魔化せたことに一息吐いてコーラを飲む。ちょうどその時、俺たちの近くを胸の大きい女性が通っていった。恭平、胸ガン見である。
「なあ陸。服の上からだとよくわからないんだが、心矢さんって胸大きいのか?」
またかぁ……恭平は折角イケメンなのに……。
恭平は胸フェチだ。まあ男なら誰しも女性の胸に目がいってしまうものだが、恭平は全く隠す気がない。流石に栞や仲のいい女子といるときは自嘲しているようだけど、男子だけになったらこの通り──見境がなくなるのだ。
なんというか……バカだよね。でも嫌いにはなれないんだよなぁ……。
「可もなく不可もなくって感じだと思うけど」
ここで答えなかったら、小春本人の胸をガン見しかねない。その方が嫌なので、俺は冗談半分本気半分で白い目を向けつつ答えた。
「いいよなぁ。陸は心矢さんの胸を触ろうと思えば触れる関係だろ? 栞は内面も外見もいいんだけど、胸はあれだからなぁ」
「ハハ……相変わらずだね……。それと何度も言うけど俺と小春はそう言う関係じゃないって」
「またまた。そんなこと言って陸、もう心矢さんの胸に触ったことあるんじゃないのか?」
「ないって」
「はぁ……おれもいつかデカい胸に埋もれてみたい──」
「あんたら、何の話してんのよ」
気付けば、腕を組み背筋が凍てつくような冷たい眼光を向けてくる栞が恭平のすぐ後ろに仁王立ちしていた。彼女の背中からは、小春がひょっこりと顔を出している。
「あ、いやこれは……」
いつも余裕ぶった表情を浮かべている恭平が、今は栞に迫られ冷や汗を垂らし、表情を硬直させていた。
フフッ……なにやってるだよ恭平。バカだなぁ……。
俺が恭平と栞が見せる痴話げんかのような光景に微笑んでいると、いつの間にか俺の後ろに立っていた小春の息が耳に吹きかかる。
「ねぇ陸。わたしの胸、興味あるなら揉ませてあげよっか?」
大人っぽくて色っぽいウィスパーボイスを出す小春の表情はしかし、いたずらをする子どものように無邪気に笑っていた。
「それ、俺がうんって言ったらどうするつもり?」
そう言ってジト目を向けると、小春は目を泳がせ声を上擦らせる。
「えっ!? いや、それはえっと……り、陸なら……いいよ?」
「そう……」
俺は小春に向かってゆっくりと右手を伸ばす。すると小春はビクッと肩を跳ねさせ、頬を赤らめ目を逸らした。俺はスッと目を細め、覚悟を決めて目を瞑る小春の胸に触れる──なんてことはなく、おでこ目掛けてデコピンを放った。
「いったぁ!?」
「小春、からかうのに体張りすぎ」
「うぅ……」
小春にジト目を向けると、しばらく涙目で額を押さえ、ぷっくらと頬を膨らませてかわいらしく睨んできた。
「フフッ……ごめんごめん。痛かった?」
「そうじゃないよもぉ……! 陸のバカッ!」
デコピンじゃなかったら小春は何で怒ってるんだろう?
なんて首を傾げていると、恭平に肩を叩かれた。
「陸、痴話げんかはそれくらいにしておけよ。次、服屋行くぞ?」
「痴話げんかじゃないけど……うん。わかった」
俺が頷くと、恭平は小春の方に視線をやる。俺の言葉の前半は、完全にスルーされた。
「心矢さんもそれでいいか?」
「……うん。わかったよ」
一瞬、俺の方に不服そうな視線を向けてきたが、小春は特に何も言わず笑顔に戻った。
「よし。それじゃあ行こうか」
そうして俺たちは、服屋が並ぶショッピングモール二階へと向かった。
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