24.小春と栞
*** 心矢小春視点 ***
「で? 心矢さん。実際あんた、あいつのことどう思ってんの?」
陸と目里くんをフードコートに残し、寺川さんとトイレに向かう途中。寺川さんは前を向いたまま聞いてきた。途端に、さっき陸に思わせぶりに「小春は、守ってあげたくなる──小動物」って言われたことが脳裏によぎる。
むぅ……なんかムカついてきた!
「陸はバカだよ! わたしのからかいが通じないしむしろ逆にからかってくるし! すーぐ思わせぶりな態度とるんだもん!」
わたしが薄灰色のパーカーの裾を握って「もぉー!」っと唸ると、寺川さんは何を考えているかよくわからない目を向けてきた。それで少しは冷静になって、わたしは家での陸を思い浮かべながら続ける。
「だけどさっきも言ったけど、陸と一緒に居ると楽しいんだよねー。世界が色づくっていうか。それに陸は素のわたしを受け入れてくれて、優しいし誠実だし……かっこいい」
最初にわたしの同居を許してくれた時のこと。わたしの家庭事情を聞いて、甘えていいよって言ってくれたこと。一緒にゲームしたりご飯食べたりからかい合ったりして笑ったこと。掛け布団を踏んで転びそうになったときに助けてくれたこと。
まだ同居して二週間だというのに、陸との思い出が次々と思い浮かんでくる。
「……ふぅん。それがあんたの素か。あたしは教室でのあんたよりこっちの方が好きだわ」
「え?」
目だけをこっち向けてそう言う寺川さんに、わたしは小首を傾げる。すると寺川さんは、説明が面倒だと言いたげに頭をかいた。
「あー……だから、心矢──あーもうめんどい……! 小春、あんたは完璧演じるよりそうやって恋する乙女やってた方がいいんじゃね? って話」
「はえっ!? 恋する乙──。えっ!? わたしそんな顔してた!?」
「ん。あんためっちゃわかりやすいよ」
「そんなぁー……」
……ん!? まって! じゃあわたしが陸のこと好きだって陸にバレて──なさそうだなぁ……。
喜ぶべきか悲しむべきか。陸にそんな素振りは一ミリもなかった。
「ん? 小春トイレ行かんの?」
「あ、今行く」
気が付くと足を止めていたわたしは、トイレの前に立つ寺川さんの元へと小走りで向かった。
それから用を足し終え手を洗っていると、寺川さんが隣の洗面台に来た。そして彼女は独り言を呟くような声を漏らす。
「あいつは女に手を出すなんてできないヘタレだからさ、そこは心配してないんだけど、あいつに直接言いづらいことがあったらあたしに言いなよ?」
「うん。ありがとう。だけど寺川さんはどうしてそこまでしてくれるの?」
「栞でいいわよ」
そう言ってキュッと蛇口を閉めると、寺川さん──栞は言いづらそうに、元々鋭い目をさらに細くし、横目で鏡に映る自分を見た。
「あんたを見てると、昔のあたしを思い出すのよ」
「昔の栞?」
「そ。そりゃああたしなんかよりあんたの方が何倍も優秀なのは知ってるわよ。だけどね、小春は昔のあたしとおんなじ。孤独に見える。あんた、クラスの女子に本心で話せる相手が何人いる?」
凛とした目つきでわたしの目を覗く栞に、わたしは頬をかいて苦笑いを浮かべた。
「あー、あはは……気付かれてたんだ」
「……あんた、意外と平気そうね。もっと動揺すると思ったわ」
「そうだよねー。自分でも驚いてるよ。でもきっと、わたしが落ち着いていられるのも陸がいてくれたからだよ」
陸が素のわたしを受け入れてくれるから、甘えさせてくれるから、今はもう寂しくない。
「……そ。あたしとおんなじね」
「同じって?」
「あたしも昔、この銀髪と目つきの悪さのせいでクラスのやつらから距離を置かれてたのよ」
栞はそう言って、雪のように白く銀色に輝く髪の毛の先を弄る。
「え? 栞のその髪って地毛なの!?」
「そ。あたしの母さん、フィンランド人だかんね」
「へぇー! そうなんだすごいねっ! わたしハーフなんて初めて見たよ」
ほぇーっと驚き口を開けていると、栞は毛先を弄る手を止め、バサッと髪を払う。
「んで、孤立してたあたしに話しかけてくれたのが恭平ってわけ。……ま、陸のやつもいたけどね」
「そうだったんだ……」
栞も大変だったんだなぁーっとは思うけれど、栞の中で終わったことに今更同情されても迷惑だろう。そう思ってわたしは軽く流した。
「ま、要はさ、あたしは勝手にあんたを昔のあたしに重ねて悲劇のヒロインってラベルを貼っつけて、自己満のためにあんたを救ってやりたいって思ってんの。ハッ……引いたっしょ?」
投げやりに言い捨て、自虐的に笑う栞。彼女のいうことは確かに自分勝手で傲慢かもしれない。だけど、そうやって本音を言ってくれる相手なんて今まで陸しかいなかったから、だから──。
「ううん。それでも嬉しいよっ! わたしも飾らないで話せると友達が欲しかったんだー。陸とは話せない恋愛相談とかもあるしね?」
すると栞はポカンと小さく口を開け、そしてクシャっと笑った。
「ハッ……! 小春あんた、かなり変わってるわね」
「そぉ?」
わたしはいたずらっぽく微笑み、栞の手を取る。
「じゃあこれからよろしくね! 栞!」
「ん。よろしく小春」
それにしても、陸って昔っから優しかったんだなぁー。流石はわたしが惚れた男だよ!
そんなことを思いながら、わたしと栞はトイレを出てフードコートに向かう。なにやら話し込んでいる陸と目里くんの姿を見て、わたしはさっきの話を思い出す。
『孤立してたあたしに話しかけてくれたのが恭平ってわけ』
そう語った栞は、目尻も口端も緩んでいた。
あれはもう、そう言うことだよねっ?
わたしはニヤリと口元を緩め、栞の耳に口を近づけた。
「ところでさー。栞って目里くんのこと好きでしょー」
「……っ!? うっさい!」
「あははっ! そんなに怒んなくてもいいじゃん。別に恥ずかしがることないのにぃー。わたしはお似合いだと思うなぁー」
「あんたそういうのまじウザいんですけど……」
そう言う栞の声は、抑揚がなく底冷えのするものだった。
「へっ!? じ、冗談だよ冗談っ! そんなガチトーンで起こらないでよぉー」
虫を見る目を向けてくる栞に必死に弁明するわたし。すると栞は髪を耳にかけ、目元を緩めた。
「フッ……バカやってないで、さっさと二人に合流するわよ」
あっ、栞ってこんなにきれいに笑うんだ。
栞が浮かべたのは、春の日差しによって氷塊が溶けるような、気高さの中に優しさが見え隠れする大人っぽい笑顔だった。普段近寄り難い雰囲気を纏う栞が見せた笑顔に当てられて、わたしもはにかんだ。
「うん。そうしよう!」
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