21.突然の訪問
「そう言えば、小春はこの連休でどこか出かける予定あるの?」
「ないよー。あっ、だけど火曜日はいつも通り夕方からバイトあるけどね」
日曜日の昼下がり。俺は小春と二人、ソファーに並んでレースゲームをしていた。今は九月のシルバーウィークで、今年は水曜日まで休みの五連休だ。
「逆に陸はどっか行くの?」
「うん。明日、久々に恭平と遊びに行くんだよね。だから昼は自分で食べてくれる?」
「おっけー」
頷いて、小春はコーナーを曲がる。その際小春は体ごとコントローラーを傾けるものだから、小春の髪が俺の頬を撫でてくすぐったい。小春の柔らかい肩と俺の肩が触れあって、心が温まる。
ちなみに今、俺は小春の半周遅れだった。
「小春って本当にゲームうまいね。全然追いつけない……」
「まあねー! よかったらこのゲームのコツ教えてあげよっ──かあぁっ!?」
鼻を高くして口元を緩ませ、天狗になって画面から目を離した小春は、きれーに──吸い込まれるようにコースアウトした。
「フフッ……!」
「もぉ……! 笑わないでよぉっ……!」
小春は耳を赤くして俺の肩をポカポカ叩いてくる。それでも、ペナルティーの強制停止時間が終わると小春は表情を引き締め、再び画面を凝視する。
そんなこんなでレースが終わった。結果は小春が一位で、俺はコンピューターにも負けて七位だったけれど、楽しかったからいいや。と、ちょうどその時、ピンポーンとインターホンの音が鳴った。
「ん? 誰だろう……?」
コントローラーを置いてインターホンのモニターを見るとそこには、長い銀髪を揺らして佇む幼馴染の姿があった。
「……栞?」
「栞って……寺川さんだよね? わたしたちが一緒に住んでることを話したっていう」
「そうだよ」
でもなんでうちに来たんだろう……栞は俺のこと嫌ってるからよほどのことがない限りうちには来ないのに。
よくわからないけど、とりあえず出よう。そう思ってインターホンの通話ボタンを押そうとしたその時、小春は何かに気付いたように声を上げた。
「へっ!? 連休中にわざわざ家に来るってことは、陸と寺川さんはそういう関係なのっ!?」
小春は驚くと同時に、なぜか泣きそうに目を細める。
「え……違うけど」
というか、小春はなんでそんな顔してるの? もし俺とあの栞が付き合ってたら俺でも驚くから驚くのはわかるけど……学年一の美少女である自分がパッとしない俺に先を越されたらショックってことなのかな……。
「ほんとにっ? ほんとに二人は付き合ってないのっ?」
いつの間にか俺の真横に来て、小春は俺の両肩をがっしりと掴んで詰め寄ってくる。
「うん……付き合ってないよ」
小春の息が頬に当たり、俺の息が小春の前髪を揺らす。そのくらい近距離で真っすぐに俺の目を見つめてくる小春に圧倒されながらも、俺は頷いた。すると小春は数瞬じっと俺を見つめた後、俺の肩から手を離した。
「そっかぁ……よかったぁ……」
二歩下がって胸を撫でおろし、ほっと一息吐く小春。
なんだったんだろう……?
なんて考えている暇もなく、またインターホンが鳴った。
そうだった。栞を待たせてるんだった。
俺は通話ボタンを押して声を吹き込む。
「今行く──」
ピンポーンピンポンピンポンピンポピンポピンポピンポーン!
しびれを切らした栞がインターホンを連打。俺は慌てて玄関に走り、扉を開けた。
「遅い……どんだけ待たせんのよ」
扉を開けた途端、栞は銀の長髪を払って靡かせ、上から目線を飛ばしてきた。彼女は灰色の肩出しトレーナーと紺色のジーンズを身に纏っていて、派手過ぎないがギャルっぽさは残る雰囲気にまとまっていた。
「ごめん。……それで、今日は何の用事?」
「今日はあんたじゃなくて心矢さんに用があって来たのよ。さっさと中入れてくんない?」
「わかった」
俺が頷くや否や、栞は俺に向かって虫を払うように手を振ってきた。
相変わらずだなぁ……。
家主を押しのけて家に上がり込む栞に、俺は苦笑いするしかなかった。
「寺川さんこんにちはっ!」
「ん。ども」
部屋に入った栞に、小春は笑顔で声をかける。対して栞は、無表情のまま軽く頷いた。けれど小春は気にせず、食卓の椅子を目線で指し示す。
「ささ、そこ座って。飲み物は何がいいっ?」
「あ、お構いなく。長居するつもりはないから」
「あっ、そうなの?」
足を組んで椅子に座る栞に続いて、小春も椅子に座る。俺は机の椅子を持ってきて、小春の横に座った。
「心矢さん、単刀直入に言うわ」
栞はそう切り出して、元からの鋭い目つきで小春に向き直る。栞の鋭い視線に当てられて、小春は息を呑んだ。
「……これからあたしとカフェ行かない?」
「「え?」」
あれ? 栞と小春って接点なかったよね?
疑問に思って小春の方を見ると、小春も栞の予想外の発言に戸惑っていた。
「えーっと……」
困ったように頬をかく小春に、栞は鋭い視線を向け続ける。
「あたしさー、心矢さんと少し話してみたいんよね。ダメ?」
「ううん。ダメじゃないよ……! だけど……」
そうだよね。ほとんど初対面みたいな相手と二人で出かけるなんて誰だって気まずい。それに──。
俺は栞に対して苦笑せずにはいられなかった。
「栞、目つきが鋭いから、小春が怖がってるよ?」
「はぁ? あたしが睨むのはクソ野郎と陸だけだわ」
「いやいや、小春は怖がってるよ。ね?」
「そんなわけないっしょ。ねぇ心矢さん?」
「え? わたしっ!?」
俺と栞に同時に迫られて視線を右往左往する小春。俺は彼女に耳打ちする。
「本当のこと言っていいんだよ?」
すると小春は一瞬迷ったように視線を泳がせ、誰とも目を合わせずに口を開く。
「えーっと、ほんのちょっとだけ怖いかなー……なんて」
「ほら栞。怖がられてる」
「ぐっ……」
怖いオーラを失くし、苦虫を噛み潰したような顔をする栞と、彼女をジト目で見つめる俺。そんな膠着状態を破ったのは、小春の笑い声だった。
「ふふっ……あははっ!」
「フッ……」
つられて俺も笑った。
「はっ……? 何? あんたらなんで笑ってんの?」
「いや、ごめんねっ? なんだか二人を見てるとおかしくって」
「はぁ?」
クスクスと肩を揺らし、楽しげに震える声を出す小春に、栞はわけがわからないと言うように眉間に皺を寄せた。
栞のあんな困った顔久々に見たな。小春のかわいいは栞の毒ばんだ心も溶かすってことかなー。
そんなやりとりをして、小春が笑いやんでから本題に戻る。
小春と栞がいきなり二人で出かけるのはハードルが高いって話だったよね。
栞も小春を心配して誘ったんだろうし、小春には俺以外にも心を許せる友達がいた方がいいのは確かだ。俺としても、二人が話す機会を作ってあげたい。
要は、二人じゃなかったらいいんだよね?
「ならこういうのはどうかな? 俺、ちょうど明日、恭平と遊ぶ約束してるんだよね。折角だから四人で遊びに出かけない?」
「……っ!?」
恭平の名前が出た途端、栞の眉がピクリと動く。
相変わらずわかりやすいなぁ……。
「し、しょうがないわね。そこまで言うならそれでいいわよ」
「わたしも賛成だよー!」
腕を組み明後日の方を向いて答える栞。彼女とは対照的に小春は俺の方を見て、太陽のように眩しく微笑んだ。
「なら決まりだね。恭平には俺から連絡しておくけど、待ち合わせは明日の十時に駅前のショッピングモールでいい?」
「ん。りょーかい」
そっけなく頷いて立ち上がる栞。そのまま帰るのかと思ったが、栞は玄関とは反対──部屋の中心に行き立ち止まると、唐突に鋭い上から目線を飛ばしてきた。
「で? あんたはどこで寝てるん? もちろんベランダでしょうね?」
「えっ? 普通にベッドだけど」
急にどうしたんだろう……。
「はぁ? あんた、心矢さんを差し置いてベッドで寝てんの? このクズ男」
「ううん。ベッド一緒に寝てるよ」なんて言ったら殺されそうだなぁ……。
眼光で人を殺せそうな目をする栞に、俺は口を閉じる。すると栞はさらに問い詰めてくる。
「……まあいいわ。じゃ、洗濯はどうしてるん? あんた心矢さんの下着とか触ってないでしょうね」
「大丈夫だよ。洗濯は小春がやってくれてるから」
「そ。んじゃ一応聞いとくけど、まさかあんたら一緒に風呂入って──」
「入ってないよっ!」
そう言ったのは小春。彼女は耳を赤くして、栞の言葉を遮った。
小春それ、慌てすぎてて逆に怪しいやつ。
「ホントに入ってないん? 心矢さん、慌てたように見えたんですけど」
眼光鋭く睨みつけてくる栞に、俺は「そんなことあるわけないでしょ?」と苦笑いを返した。
「本当だよ。流石に高校生にもなって(妹と)一緒に風呂は入らないって」
「……あっそ」
俺を値踏みするような目を向けてきた栞は、納得したのかそれ以上詰めてくることはなかった。
それにしても、ずっと俺と恭平の後ろをちょこちょこついてきたあの頃の栞は、どこにいったんだろうなー……。
***
「んじゃ、明日」
無愛想にそう言って、栞が帰った後、玄関で小春は俺の顔を覗き込んでくる。
「だけど陸、部外者のわたしが幼馴染の中に入っていいの?」
「うん。むしろ小春がいてくれた方が都合がいいんだよ?」
「えっと、どう言うこと?」
コテンと小首を傾げる小春に、俺は微笑んだ。
「それは明日わかるよ?」
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