19.焦れったがる小春と、プレゼント
*** 心矢小春視点 ***
木曜日の夜。わたしは食卓に座り、裁縫道具を広げた。すると、キッチンにいる陸が聞いてくる。
「あれ? 今日は勉強じゃなくて裁縫なんだ」
「うん。今日の家庭科で、来週からエプロン作りするって言ってたからねー。裁縫は久々だし、練習しとかないと」
「そう……小春はすごいね。何に対しても努力するなんて本当にすごいよ」
「えへへっ……! 別に普通だよー。そんなに褒めても何も出ないよ?」
自分にとっては当たり前のことだったけど、陸に褒められると素直に嬉しい。照れ隠しに頬をかいていると、陸は両手にティーカップを持ってキッチンから出てくる。
「いやいや、本当にすごいよ。俺は一つのことにしか努力できないからね」
「わたしは一つのことに集中できる人もすごいと思うけどなー?」
そう言ってわたしが裁縫糸を指でクルクルして遊び始めると、コトンと、わたしの好きなホットペパーミントティーが食卓に置かれた。
「あっ、陸。わざわざわたしの分まで作ってくれたの?」
「うん。いらなかった?」
「ううん。ありがとう」
わたしはお礼を言ってからペパーミントティーを啜った。喉からお腹まで温かいものが落ちていって、同時に爽やかな味わいが喉を通り抜ける。おかげで眠気が吹き飛び、頭がすっきりした。
やっぱり陸は優しいなぁ……。気配りできて、わたしの素も受け止めてくれて……。
わたしは目を閉じ、陸のことを考えながらペパーミントティーを舌の上で転がす。
これぞ至福……。……ってあれっ!? わたし、陸にアタックするって決めてから何にもできてないじゃん!
わたしが自分の恋心に気付いてからもう四日が経つ。だと言うのに、これまで通りからかったりからかわれたりするだけで、なんにもアプローチできてない。
だいたい、なんで陸はあんなに落ち着いてるの? 自分で言うのもアレだけど、わたしこれでもかわいい方の女の子だよ!?
周りからは学校一の美少女なんて呼ばれるくらいだ。客観的に見ても、わたしに女の子としての魅力がないわけじゃないはず。
だけど、これまで通り異性としての魅力を押し付けてからかうだけでは、陸はわたしを異性としては意識してくれないだろう。
あっ、そうだ! たまには方向性を変えてプレゼントでもしてみよっかな? フェルトも綿もあるし、手作り人形とか。何がいいかなぁー?
いろんな色のフェルトを見比べながら、何を作るか考える。そして、わたしの視線は水色のフェルトの上で止まった。
確か陸って、ゆるモンのスイニャーが好きだって言ってたよね? うん。それにしよう!
わたしはスマホにスイニャーの画像を表示し、早速チャコペンでフェルトに印をつけていく。
そうだなー。折角だし陸にはサプライズで渡したいなー。陸にはわたしが何を作ってるかバレないようにしないと。
今、わたしと陸は背中合わせの位置関係にある。わたしはチラチラと陸の様子を窺いながら人形作りを進めていく。
陸も資格勉強に集中してるから大丈夫そうだけど……それにしても集中してる陸の後ろ姿、かっこいい……。
少し猫背で、僅かに見える口元はキュッと結ばれている。普段のほんわかした雰囲気とは違う真剣な雰囲気を纏った陸に、思わず見惚れてしまう。
……わたしもがんばろ。
二時間後──。
これで……完成!
食卓の上には、散らばった裁縫道具と、テレビリモコンくらいの大きさの水色の猫──スイニャーの人形が置かれていた。我ながら見事にスイニャーの造形を再現したものだ。うまくいってよかった。
「小春」
「へっ!?」
急に陸に名前を呼ばれて、わたしは人形を隠すため咄嗟に机に伏せた。
びっくりしたぁ……! 今大丈夫だった? 陸には人形見えてない、よね? よねっ?
「どど、どうしたの?」
バクバクと脈打つ心臓を押さえつけながら聞くと、いつの間にかわたしのすぐ後ろにいた陸は苦笑いを浮かべる。
「それは俺のセリフな気もするけど……もう十二時だよ?」
「あっ、ほんとだ」
確かに、壁掛け時計の針は十二時を指している。人形作りに集中していたせいで、あっという間に三時間が経過していた。
……ってそんなことより今は、陸にバレないように人形を隠さなきゃ。
「あー、わたしもうちょっとだけ裁縫やりたいなー。だから陸は先にトイレでも行ってきて」
「フフッ……そう? じゃあそうするね」
どうしてだろう。わたしの完璧な嘘(棒読み)が陸に見透かされている気がする……。けれど陸は優しいから、わたしが言った通りトイレに入ってくれた。その瞬間、わたしはバッと机から起き上がり、完成した人形を急いでタンスの中に隠す。
危なかったぁー! もうちょっとで陸に見られるところだったよ。
わたしはタンスを閉め、深く息を吐く。
明日どうやって陸に渡そ。折角だし面白い渡し方したいよねー。陸、喜んでくれるといいなぁー。
*** 志喜屋陸視点 ***
お、結構点数取れた。
金曜日の夜。IT系資格の模擬試験問題を解き、採点し終えた俺はミルクココアを一口飲んで一息吐く。それから間違えた問題の見直しをすると、ちょうど寝る時間になった。
俺が凝り固まった首と肩を回し、立ち上がろうとしたその時、きめ細かな肌の細腕が俺の首に回された。
「陸くん陸くん。最近溜まってるんじゃないかなー?」
「小春? 急にどうしたの?」
シャンプーのいい匂いを漂わせ、バックハグしてくる小春。俺が首だけで振り返ろうとすると、なぜか全力で頭を押さえつけられた。
「いやぁ……陸は最近一人になれる時間が少ないでしょ? だから溜まるものが溜まってるんじゃないかと思ったんだ」
小春は冗談めかして下ネタを言う。それはいつものことだけど、今日のはなんだか毛色が違う。いつもより攻めていて、危うい。
「どう? ボクに溜まったものをぶちまけるのはいかが?」
それはライン越えだよ小春。冗談だとしても弄るに弄れない。
「小春。それはちょっと冗談が過ぎ──えっ……?」
注意をしようと振り向くと、小春は顔の前でスイニャーのぬいぐるみをフリフリと揺らしていた。そして小春は、ぬいぐるみの後ろでニヤァっと勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「おやぁ? 陸くん、今何を想像したのかなぁー? わたしはただ、陸は最近疲れが溜まってそうだから、スイニャーのぬいぐるみで癒されたらいいんじゃないかなぁって聞いただけなんだけどなぁー?」
「うぐっ……!」
初めて小春に負けた……完全に小春の罠に引っかかってしまった。からかわれた。余裕こいて小春を注意しようとしてた十秒前の自分が恥ずかしい……。
「……小春、わざと勘違いするように言っただろ」
「あははっ! すっごくきれいに引っかかってくれたねー陸!」
俺が何も言い返せずにいると、一頻り笑い終わった小春が人形を差し出してくる。
「はいこれあげるっ!」
「えっ? これくれるの?」
「うん! わたしが作ったんだよー?」
「そうなんだ……」
俺はガラス細工を扱うようにそっと人形を受け取り、じっと眺める。
小春がわざわざ俺のために手作りしてくれたスイニャーのフェルト人形……妹からの初プレゼントは手作りか……俺は幸せ者です……!
「ありがとう小春。これ、一生大事にするよ」
そう言って俺は、小春の頭をそっと撫でた。サラサラの髪が手に当たって気持ちいい。
「えへへっ……!」
照れ笑いを浮かべる小春につられて、俺も微笑んだ。
俺も小春に何かプレゼントしたいなぁ……。
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