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1-07 結婚の約束は百歳保険

 ララの返事は日常会話のような淡々としたものだった。


「なぜ? 好きになったら結婚するんでしょう?」


「今好きというわけではないみたいな言いっぷりだよね」


「好きよ、親族だもの。いつもルナとアリー、ジェレミー、ランドールと一緒だったから兄弟みたいだけど」


「ああーそれねー、そうじゃなくって⋯⋯」


 ──いやめっちゃ本気だったけど! 今の無し、今の無し、あっぶな!──


 ジェレミーは急に崖っ淵から落とされて、落ちていく途中にあった出っ張りに命からがら掴んだ気分になった。

 ララから手を離し頭をぽりぽり掻きながら、攻めるポイントをずらすための緊急思案体制に入る。


 水の入ったグラスを手に取ったジェレミーは平静を装い、世間話でもするかように背もたれに身体を預け足を組んだ。


「ほら、何ていうかな⋯⋯あれだよあれ、外国と食糧とか荷物の交換をするでしょ?」


「物々交換? 貿易のこと?」


 アイスタニアには通貨が無いので、外国とは等価交換だ。


「そうそれ貿易⋯⋯で、もしそれが海賊に取られたり、燃えちゃったりで駄目になったときに損害を分担し合うとか⋯⋯っていう、なんか難しいのあるよね」


 説明のほうが困難なはずなのに、動揺してか単語より仕組みのほうがまず頭に浮かぶ。


「保険かしら」


「そうそう、保険かな多分! でね、もしも、もしもだよ。僕とララが百歳になってもお互いに妻や夫がいなかったらさ、結婚しようよ僕たち」


「なるほど、そういうことね。うん、いいんじゃない?」


「ぶっ!」


 口に入れたばかりの水を思わず吹き出してしまう。あっさりララからアグリーを貰えた。言ってみるものだ。ジェレミーは空いているほうの手で自然に握りこぶしを作っていた。断られても譲歩案を口に出して伝える──なんと大切なことよ。


 ララは弟のようなジェレミーが結婚の話を持ち出してきたことに対してそれなりに驚いたが、今回銃で撃たれたことは心配を掛けてしまったと思っている。


「⋯⋯私のお母様、百歳超えても結婚しなかったから周りが心配したらしいの。自分のやりたいことがあったからずっと海外でそれに全振りしていて。結局長い間一緒に外国を回って、護衛から身の回りまで世話をしていた私のお父様と結婚したのよ」


 左上のほうをぼんやり見ていたララの目が隣の王子に向く。安心させたい気持ちがララをいつもより笑顔にさせた。


「さすがに百歳まで相手がいなかったら、そのときはジェレミーよろしくね。結婚しましょう」


 ズキューン!


 眩しい空の光(カミ)に照らされた芝生の庭は、幸せに満ち溢れた空間に変わる。ジェレミーの心は幸せが膨張していった。天にも昇る心地でふわふわしている。強い風が吹いたら飛んでいってしまうのではないだろうか。きっと飛ぶ。


「ふふ」


 ジェレミーはララの手を再び握った。

 兄弟みたいと言われほぼ振られ判定の直後に、ララから笑顔で結婚しましょうと言わしめる十六歳の凄腕ジェレミー。恋愛対象に視点を変えてもらうきっかけもでき、まさに勝ち確である。


 幸せに溺れそうな王子は、昨日ララが目覚めてからの心情を吐露する。


「なんかさ、ララ、少し変わったよね。リリアーナ様とルナが行方不明で、ララ自身も撃たれたのに前より笑顔が増えた気がするんだ。でも無理に笑ってるわけでもないみたいだし」


 ジェレミーは手を広げ動かしながら、一生懸命つたない言葉で表現する。


「しかもララの笑顔のパワーが強くなったかも。今まで目の前の人に向かっての笑顔だったのが、周りの花まで元気になりそうな、ずきゅーん、ぶわーっな笑顔なの!」


 昨日ベッドで目覚めてから間もないが、確かに笑顔でいる時間は増えたとララは自分でも感じていた。別の記憶で自分がいつも笑顔でいることを思い出したからだった。

 辛い状況でも笑顔を絶やさないでいると周りにいる人たちも一緒に元気になれたし、何より優しい空間になった。


「良い変化ってことよね?」


 パワーアップしたララの笑顔がすごく可愛い。周りにふわふわ花がたくさん飛んでいる。ララから発せられる愛情のようなエネルギーが、ずっと一緒にいたいと思わせる。惹きつけて離さない──不思議だ、ララに新しく能力が芽生えたのだろうか。


「うん⋯⋯最高だよ」


 それなのに、これからはこの笑顔に皆が気づいてしまうかもしれない。そんなジレンマをジェレミーは抱き始めていた。



 二人が栄養粒を食べるのを再開すると、遠くからこちらに向かって芝生を踏む音が聞こえてくる。


 ガゼボに入ってきた青年の一人はララの向かいに腰を下ろした。


 祖父の色を継いだ青い髪を後ろ一つにまとめ、端正な顔と適度に鍛え上げられた身体からは男の色気がたっぷりと出ている。レース素材の長袖から出ている手は、掴んだら離さない力強さがあった。


「ララ、心配したぞ。傷はどうだ?」


「レオーネ、傷はもうないわ。痛みも無いし全然大丈夫」


 ララは小さな花がぽんぽん身体から弾け出るような笑顔で二人の王子を出迎えた。


 ララが襲撃された話が伝わり、レオーネはアイスタニア王国内の巡回から、フロリアンはアイスタニア大陸周辺に点在する島の巡回から帰ってきた。


 少し遅れて歩いていたフロリアンは、母譲りの蜂蜜色の髪を空の光(カミ)で眩しく輝やかせながら日陰に入ってくる。長いウエーブの髪を揺らしながらレオーネの隣に座り、優雅に足を組む姿にララはうっとり見とれてしまった。いつもの主張したフリルは無く、最小限のギャザーで作られた服は、フロリアンにしてはシンプルなデザインだが、ドレープが大きく綺麗に出て上品さが際立っていた。


「今ララが着ているのは僕がデザインしたほうのドレスだね」


「フロリアン、本当にたくさんの服のデザインをありがとう。服を変えるのが楽しみだわ」


 レオーネとフロリアンから出された声には、ララを安心させる柔らかさがあった。

 そんなフロリアンは、さっきタバサと設定したフリルたくさんのドレスを満足そうに見ている。


 王の息子であるレオーネ、フロリアン、アリー、ジェレミーは兄弟だ。王位継承順位は今のところ、生まれた順番と同じということになっている。


 アイスタニア王国の首都パレスには、この四人の王子のうち誰か一人が駐在している。これまでジェレミーがパレスにずっといたので、他の王子は各地を飛び回っていた。

 王位継承順位三位であるアリーは、今は北のフレメルデン大陸に視察旅行中だ。 


「シークを着たら、ララはもう外に出られるかもしれないな」


 マナと同じようなことをレオーネにも言われ、動きが止まったララは胸の辺りから花の幻がぽんぽん出てくる。レオーネとフロリアンが不思議そうにそれを見つめた。


 ララの姉ルナは小さな頃から外に出て各地の町を経験している。ジェレミーも兄レオーネに連れられてすでに何回か遠出をしていた。これまで自分だけこの敷地から出ることができなかった。


「それは無責任な発言だね、ララが肩透かしを食うといけない。決めるのは王だ」


 フロリアンはぬか喜びさせてはいけないと、早めにレオーネに釘を刺した。


「俺が王だったら、ララをもう外に出す」


 外見は二十歳だがすでに風格がある。恋愛感情を無視したら、一番ララの結婚相手に近いのは王位継承権第一位のレオーネだと誰もが思うだろう。


「こんな可愛いララが外に出たら、男子がたくさん寄ってきちゃうよ。兄さんたちだってララが他の人に取られたら嫌でしょう? 王族の貴重な姫は、王子たちと結婚するってお父様も言ってたし」


 ジェレミーがララを他所の男に取られることに難色を示している。見事に男ばかりだった血族に、ララの母リリアーナ、ルナ、ララと三人の女性が生まれた。


「血族なら王子でなくてもいいって私は聞いてるわ。始祖であるお祖父様の七世までいけば、男の人は五十人いてもおかしくないわよ。詳しく聞いたことはないけれど」


「遠戚かあ。そこまで行くとかなり血が薄まって、寿命も二百歳あるかどうか⋯⋯っていうか今王子全員スルーされた?」


 衝撃を受けたジェレミーの白目が多くなる。

 さらに王族以外との結婚が禁止というわけではないことも皆は知っていたが、あえて話題に出さなかった。


「お祖父様なんて、お妃様が寿命で亡くなってから次の結婚しているけれど、それでも六回は結婚しているし。私も同じように長生きできて、相手の寿命が短いなら複数回の結婚も不思議じゃないと思うの。でも本当に好きな人と一回結婚できれば、きっと嬉しいわ」


 恋愛や結婚に一度も興味を持ったことがない十七歳の少女は、他人(ひと)事じみた口調で語っている。


 レオーネ兄弟とララはいとこだが、祖母が異なる。レオーネ兄弟は四人目の祖母、ララは六人目の祖母に当たる。彼女は笑うような口調で話を続けた。

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